2.大人に認めてもらいたい少年と、大人を見限った少女
暗い雰囲気の物語は苦手なんじゃ……
ところどころおかしいところがあるかもですが目をつむって下せえ。
王都の貴族地区には、主要な邸宅から直接入ることのできる共通施設が一つだけ存在している。
それが、地下の大牢である。
全部で5つの階層からなり、下に行くほど凶悪な犯罪者が収容されていると一般には言われている。
しかしこれは誤りである。
(何だここ……牢屋、だけど周りにいるのは犯罪者というより貴族や領主みたいな人たちばかり……)
地下の大牢には最下層のさらに下に第6層が存在し、そこには政治犯や元貴族など、もともと身分がかなり高いにもかかわらず収容された者たちが牢に入っていた。もちろん実際に犯罪を犯した者もいるが、そういった刑期が目に見えて確定する者たちはここにはいない。つまるところこの真の最下層には、犯罪者に仕立て上げられた冤罪被害者、あるいはアルトのように口減らしの前段階として封じておく『いらない者』が収容されていた。
「おら、ここがお前の房だ。喜べ、立派な一人部屋だぞ?」
アハハハハハ、と笑う牢番に連れてこられたのは、今までの生活とは正反対の、小さくて汚くて薄暗い部屋。唯一置かれているのは便器だけで、ベッドはおろかマットレスすらない。お情けなのか、極薄の布切れが片隅に転がっていた。
(ここが僕の房、ってことはこれからここで過ごすのか。あと二年も……)
茫然自失。
今のアルトはその状態だった。今までの努力も、支えてくれた使用人の優しさも、魔法を教えてくれた人たちの気遣いも、全て無いものとされてしまったのだ。未だ親の愛に支えられて生きていなくてはおかしい歳の子供が受ける仕打ちではないだろう。
(……僕の、せい?今まで何度も何度も剣を振ろうとしてきて、でもやっぱり持てなくて。それでも父上に認めてもらいたかった。そんなことを思っちゃいけなかったのかな……)
しかも、その仕打ちをしたのは自身の父。物心つく前に母を亡くしているアルトにとって頼ることのできる親は父だけだったというのに。まだ精神が子供の彼は、信じられる大人自体が少ない。そのため、悪いのは父の期待に応えられなかった自分である、という考えにとらわれてしまっていた。
(だけど、父上はわざわざ『授与式まで』って期限を設けてくれた。ならそこまで頑張って、何か戦闘職に関係するスキルを手に入れられるように努力するしかない!)
授与式――正式名称を新青年スキル授与式というこの儀式は、春の初めごろ、各地の神殿にその年12歳になる少年少女を集め、神から与えられし神聖なスキルを開放して付与する、というものである。この世界において、スキルは突然降って湧くものでも先天的に持っているものでもなく、どの生命よりも上位に位置する神々から与えられる、その者の素質に最適なものである。
つまり、スキルはその者の象徴と言い換えてもいいほど、その後の人生を左右する重要なキーになっている。
例えば、アルトの父親であるディルムットは『剛剣』というスキルを持つ。これは純粋に剣を振るう際の力が強くなるというもので、誰が見ても分かる攻撃系スキルである。反対に騎士団には『鉄壁』という防御系スキルを持つ者もいる。他にもスキルの系統には、補助系や変化系、魔法系などといった区分けがある。
過去にはどの区分けにも属さないイレギュラーなスキルも存在したが、そういったものは無系統と呼ばれ、どれだけ性能がよかろうとも評価されないことが多かった。
(そうと決まれば、武器……はないから、まずは体作りから始めよう。『体力はすべての資本だ、何をするにしても力がなくちゃ始まらない』。昔読んだ本にそう書いてあったっけ)
目の前に現れるメッセージが何なのかは分からないままだが、それを解き明かすより先に戦闘系スキルのために力をつける。それがアルトの考えだった。実際、そうやって戦闘系スキルを身に着けた人もいるのであながち間違いではなかった。
周囲の房や牢番に馬鹿にされながらも、一心不乱に特訓を続けるアルト。
だが彼は知らない。
彼が報いようとしている父は、もはやアルトに期待など露ほどもしていないことも、
彼が今していることこそ、将来自分をどん底に突き落とすきっかけになっているのだということも。
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ところ変わって、貴族地区のライドリッヒ家本邸。
執務室では当主のディルムットが少女の質問攻めを受けていた。
「どういうことですか父上!なぜ、アルトに会わせていただけないのです!」
「先日伝えただろう。あれはもはや我が一族の者と思うな、と」
少女の名はシェリア・ライドリッヒ。アルトの姉である。
シェリアは昔からアルトのことを可愛がっていた。彼が剣を握れないことも知っており、何か他の攻撃手段はないかと探し回った結果、一案として魔法を覚えるよう勧めたのも彼女である。
「せめてもの情けで授与式までは追放せずにおいてやっているのだ、ありがたいと思ってもらわねばな」
「――――ッ授与式までって、そのあとは、どうなるのですか!?」
「その後……ふむ、あれが我が一族にとって使えるかどうかによるな。まだましなスキルを引ければ馬車馬としてこき使うのも一興かもしれぬ」
ハハハ、と笑うその姿は、もはやシェリアにとって尊敬できる父ではなく、それどころか通常の人間かどうかすら怪しいほど狂っていた。どこまでも一族の体裁を気にし、それに傷をつけそうな因子はたとえ肉親であっても容赦なく排除する。そうやってこの家は成り上がってきたのだと、シェリアはこの時初めて気づかされたのだった。
その後、何も言わずに執務室を出たシェリアだったが、今の彼女は失意の底にいるわけではなく、むしろやる気に満ちていた。その胸に抱くのはただひたすらに弟への愛情であり、目に宿るのは問題解決へと全力を尽くす決意の炎だった。
(今は追放せずにおいてやる、ということは、少なくともそれまでは命の保証はしているはず。なら私がしなくてはならないのは、授与式までにアルトを守れるだけの力をつけること。そしてほぼ確実に起こる追放にすぐ対応できるように外堀を固めなければ)
アルトがどこにいるかが気になり、今すぐにでも救い出してやりたい気持ちを抑え――その我慢は血涙を流さんばかりであったが――、世界で一番愛している弟のため、自分ができることをする。
並大抵の精神力でできることではない。しかしこれも愛の試練であると自分を律し、これまでに築いてきたありとあらゆるコネクションを駆使して将来のための礎を築いていく。その過程で何人か巻き込むことになるが、あくまで行動動機は『弟のため』であるので、シェリアとしては知ったことではなかった。
……まあ、その巻き込まれた人たちも大抵ぶっ飛んでいたのだが。
ブラコンおねえちゃん登場。そしてアルトへの愛は加速していきます。
最後の一文は馬鹿な物語にするための布石なのであんま気にしないでください。
次回以降は早めに投稿できるといいなあ。
(追記 21/06/24)
後々の記述と矛盾しそうな書き方をしている部分があったので少し削りました。