5.昼食(続)
ひょいひょいひょい、ぱくぱくぱくっと、吸い込まれるように料理が消えていくのをぼんやりと見る。昨日の放課後から警戒していたような展開はない。周囲の人達に関しては多少の警戒は必要だろうが、雪野の周りの三人達は警戒しなくていいだろう。ぼーっと、そんなことを考えていると、次の話題へと話しが移っていた。
「へ~、いなむ~とゆきちゃんって幼な~じみな~んだ~」
声の主は言わずもがな、四宮である。
「ええ、そうですね。つゆちゃんとの関わりは小学校からですので」
「うちの勝~ち~。うち~らは産~まれた時か~ら」
「こら、子どもみたいだよ」
「そ~う?」
たしなめる田中に四宮が純粋な疑問、というように聞き返す。このようなところが彼氏から『子どもみたい』と評されるのだろう。
「ちょっと待った! 幼なじみと言えばわたくし、胡桃と紫音の関係を忘れてもらっちゃ困るよっ」
例のMをオープンにしているアスリートさんが声をあげる。隣の浜村さんも同意するようにうなずいている。マイペースな彼女にしては珍しい反応だ。
「そ~れじゃ、東西南は~?」
「え、幼なじみ……」
突然、話を振られたため、口ごもってしまう。
──幼馴染み。
「え~、いな~いの~? つまらな~いな~」
「だから、沙夜。子どもみたいだよ」
「……」
四宮と田中の会話を余所に、雪野がこちらを見る。いや、それ以外の三人の視線も集まっている。
……四宮と田中? いちゃつき始めたよ、けっ。
話を戻そう。幼馴染みがいるのか、いないのか。
「……幼馴染みは、いるよ」
その言葉を出すとともに、鮮明に記憶がよみがえる。
「……え?」
「どんな人なの?」
漏れた雪野の呟きを掻き消して、楜沢さんが訊いてくる。遠い昔の、彼について。
「強い奴だったよ、あいつは。腕っぷしとかじゃなくて、心がほんとに強いんだよ。芯があるっていうのかな……かっこよくてさ、俺の憧れなんだよ。今、何してんのかなぁ」
久しぶりに彼のことを思い出したからか、それとも、思い出してしまった紅い記憶を塗りつぶしたかったからか。湧き水みたく、すらすらと言葉が紡がれる。
「別れの挨拶もできなかったし、引っ越した理由も話せてな……」
そこまで言葉が出て。紅い記憶が脳を揺さぶる。一度出てきたらもう止まらない。記憶の欠片が集まり、交ざり、形作っていく。とっくの昔に封印した紅い記憶。
「大丈夫!?」
「東西南さん!?」
「東西南!」
記憶の奔流に頭が痛み、嫌悪感が吐き気を招く。
──しろくん!!?
あいつの声が、聞こえた気がした。
「……悪ぃ、少し気持ち悪くなってだけだから」
「……顔………青白い」
「そんな顔で言われても説得力がないよ……」
自分でもわかるような引きつった笑み。あの日、犯した罪が重くのし掛かる。
……忘れてた筈なのになぁ。
「ヤバくね、あの顔色」「早退するんじゃ……」
いつの間にか、クラス中の視線を集めていた。さすがに雪野ファンクラブの面々も心配してくれているようだ。
「もう、大丈夫だから」
心配げに見つめる雪野達に告げる。と──
「何が大丈夫だ。さっさと保健室に行くなり、早退するなりしろ」
振り向く先に、白衣を纏った女教師──担任がいた。
「吐きそうなガキがいると授業の邪魔だ、失せろ」
「…………」
反論を許さぬその威圧感に黙する。
「返事は」
「……はい」
返事を聞くと、担任は興味が失せたとばかりに机から書類を取り出して、自身の根城である理科準備室ヘと去って行った。
「不器用な先生だね」
「あぁ……」
同感だ。だれよりも生徒を思い、律し、諭し、導く。それがうちのクラスの担任。
「ま、取り敢えず保健室に行きなよ、付き添いはいる?」
「いらな……」
「僕が行くよ」
俺の言葉を遮り、雪野が言う。
断ろうとしていたが、付き添いは……素直に嬉しい。雪野をなんだかんだで避けようと思っていたが、このまま友人になれたなら。──どれほど楽しいだろうか。
ふらつく頭でそんなことを考える。
「じゃ、行こ」
雪野に連れられて、保健室ヘと向かった。
道中の雪野は具合の悪い俺に気を使ったのか、言葉を発することはなかった。そんな心遣いが、優しくしみわたる。やはり、モテるにはこのようなちょっとした心配りが必要なのだろうか?
「熱だね」
「熱、だな」
「早退できる? それとも、親御さんの都合がつくまで寝てる?」
俺と雪野プラス学校医の吉本先生は、体温計を囲んで話していた。
「たぶん、この時間だったら従兄の時間が開いていると思うので、早退します」
「わかったわ」
「大学生なの?」
「そうだよ」
先ほどから妙に距離の近い雪野の質問に応える。治まることのない頭痛と吐き気に顔をしかめてはないだろうか、と不安になる。
「お兄さんに連絡したら来るまで横になってなさい。苦しそうよ、無理しないの」
吉本さんがそう言うのと予鈴がなったのは同時だった。
「僕は戻るね、ましろくん」
「ああ、また明日」
「明日は土曜日だよ。土日で安静にして治すんだよ?」
「わかった、また月曜日」
「またね! ちゃんと休むんだよ!」
何度も念を押して雪野は走っていった。
「かわいい彼女さんだったわね」
「違いますよ。それに雪野は男ですよ」
「あら、ごめんなさい、彼氏ちゃんだったのね」
「違います」
「恥ずかしがらなくていいのよ」
……何言っても無駄な人だ。
不毛なやり取りで体力を奪われる前に切り上げる。只でさえ病人なのだ。体力はほとんど残っていない。そうして従兄に連絡を取り、ベッドに入るのだった。
……って、自然過ぎてスルーしてたけど、雪野の呼び方が名字から名前になってる!?