07 やっと始まった文化祭
文化祭までもう少し引っ張っても良かったかもですね。
文化祭当日。特にこれといった事件もなく、所々に苦難があったりなかったりしながらも、何とか間に合わせることができた。文化祭の期間は13、14日の2日間。翌日の月曜日は振替休日となっている。
俺たちがやるのは液体窒素の実験。予定は10時〜、12時〜、15時〜、の三回となっている。時間にして大体15分〜20分ってとこだろう。
「おはようございます」
俺と東道は集合時間である7時ちょうどに部室に入る。
「先輩方、遅いですよ」
「いいだろ、間に合ったんだから」
まあ、実を言うといつもと違う時間で起きてしまったために何時に家を出ればいいかわからずに家でのんびりしていたら東道が「遅れちゃうよ」と、言いに来てくれたお陰でなんとか間に合った。部活でいつもと違う時間の登校に惑わされるのは俺だけではないはずだ。こういうのを学生あるあると言うんだろう。
「よし、では最後の打ち合わせをしよう」
この打ち合わせで全員が自分の役目をしっかりと理解しているか。そして、実験全体の流れがしっかりと頭に入っているかどうかを確認する。
※注 ここから説明が長くなります。ただ淡々と説明される文が苦手な方は読まなくてもあまり問題はありません。
まず、あらかじめ大きめの水筒と同じくらいの大きさの容器に入れておいた液体窒素にメインである部長が花を突っ込む。そして、取り出した花を革の手袋をつけた手で凍った花を握り、バラバラにする。
次に容器に入っている液体窒素を発砲スチロール製の容器に少しだけ移し、そこにゴムボールを浸けて中まで凍らせる。それと同時に東道と星宮が前の方にいるお客さんに注意を呼びかける。それから、部長の横で控えていたアシスタントの俺が開けた場所、人に当たらない場所で部長から受け取ったゴムボールを地面に叩きつけて粉々にする。(上手く凍らせないと叩きつけた際、砕けずにバウンドして顔面に直撃する)
そして、もう一度発砲スチロール製の容器に液体窒素を移して、今度はそこに犬の形をした風船(東道作)を入れると、中の空気が液体空気となり風船は萎む。そうして、萎んだ風船を液体窒素から取り出すと風船はあたためられ、液体空気が蒸発して気体空気に戻り、萎んでいた風船は膨らんで犬の形に戻る。(たまに膨らまずに割れる)
最後に液体窒素に浸けたティッシュを小さなフィルムケースの中に入れて間髪入れずに俺が蓋を閉じる。すると、フィルムケース内部のティッシュによって冷やされた空気があたためられて膨張した空気に耐えきれなくなった蓋が吹き飛ぶ。(ケースの耐久度が極端に低い、且つ蓋が固すぎるとケースが爆散する恐れあり)
これらを東道と星宮が台本を読みながら、進行・解説をする。
と、こんな具合である。……液体窒素こわ。何だよ、ケースが爆散って。安全確認とかそういう問題じゃねぇじゃん。しかも、凍ったゴムボールが顔面に直撃とか……怖すぎだろ。……って、いかんいかん。これは最初にも思ったことだ。今更怖がってどうするんだ俺は。
「うんうん、いい感じですね!それじゃあ、また9時半までに集合でいいんですよね?」
「ああ、それではまた」
部活での出し物の最終確認も終わり、各々が自分の教室に向かう。
あぁ、神様。憐れなる私に慈悲を。どうかゴムボールが顔面に直撃しませんように。どうかケースが爆散したりしませんように。
「? どうしたの?」
「……何でもないから気にしないでくれ」
遠い目をして神に祈っているところを東道に見られてしまった。恥ずかしい。
教室に着くと俺はすぐに時計を見た。現在時刻は午前7時34分。今度はしっかりと間に合ったらしい。
俺はいつもなら自分の席があるはずの窓際の壁に寄りかかり周りを見渡す。いつもより少し早い時間に教室に着いたが、いつもよりもずっと多い数の生徒が既にこの教室にはいた。どの出し物を回るか相談している者。只々、騒ぎ立てる者。文化祭に興味ないフリしながら教室の端っこでソワソワしている者。本当に一切興味がなくて眠そうに気怠げにしている者。今か今かと待ち遠しそうにしながら周りと駄弁っている者。みんな本当に文化祭を楽しみにしているらしい。
まあ、当然といえば当然だろう。大体の人は来年には受験だ。そうなれば文化祭に現を抜かしている暇はない。実際、高3の文化祭は任意の自主参加によるものだ。部長のように推薦を取っていたり、「大学なんて余裕!」という人くらいしかいないらしい。
暫くして、担任の先生が教室に入ってきて出席を取り終えると教室全体を見渡してから、
「進路にもよるが、お前らにとっては今回で文化祭は最後みたいなものだ。全力で楽しめよ!」
その言葉を聞いた瞬間、生徒たちが「うおおお!」とか「いえーい!」とか言って張り切っている。
……凄い熱意だな。こう、俺だけ温度が違うと少しだけ疎外感を覚えてしまう。まあ、でも、俺はできれば部活の方に専念したいから、それでいいような気もする。
なんてったって、部長にとっての部活での文化祭は今回が最初で最後なのだ。科学部のためというのもあるが、2年間お世話になったあの人のためにも失敗したくないという気持ちはある。
それからは、材料やシフトが間違ってないかとか、テーブルの位置は間違ってないかとか。そういった最終確認を行った。
俺たちのクラスがやるのは普通の喫茶店だ。決して、メイド喫茶やコスプレ喫茶などではない。というか、あんなもの提案したところで通るはずがない。みんなして夢を見みすぎだ。
そうして、準備をしていると不意に放送が流れた。
『えー、9時になりましたので、これより第54回目の文化祭を開催したいと思います』
校長か教頭か聞き分けのつかないオッサンの声がそう宣言すると、外が急に騒がしくなった。試しに窓から校門の方を見てみると、老若男女、沢山の人が押し寄せていた。
駅周辺以外、特に何もないこの町に住む人たちにとってはこういった文化祭もお祭り事のひとつなのだろう。
「草野君、行こう」
「おう」
東道の横に並んで教室を出る。
「ねぇ、草野君は文化祭、楽しみ?」
「あー、まあ、楽しみっちゃ楽しみだな」
俺も特に将来の夢とかはないので、取り敢えず大学に行こうと思っている。だから、俺にとっても今回で文化祭は最後だ。
そういえば、近年では俺のような『とりあえず大学』というのが問題なっているらしい。……いや、俺には関係ないはず。うん、大丈夫。大学はやりたいことを探し、それに全力で取り組むための場所である。って誰かが言ってたし。あんまり気にするな、俺。
「なあ、唐突なんだけどさ。東道って何か将来の夢とかあったりする?」
我ながら本当に話題の振り方が下手である。東道も突然の質問に少し困っている。
「うーんとね、今は目の前のことに集中したいらから、あんまり考えてないかな」
「へー……」
と、少し予想外な回答にさっきまで前を見ていた視線を東道に向ける。
そういえば、この間もそんな感じのこと言ってたな。この町でやることがどうのって。一体何なんだろうか。やはり、東道といると何かと疑問が増えるばかりだ。
扉を開けて部室に入る。が、そこには誰もいなかった。
「あれ、誰かいると思ったんだが……」
「あ、隣じゃない?」
そう言って、東道は物理準備室の扉を指差した。たしかに扉の隙間から光が見えている。俺は近寄り、扉を開けてみる。そこには、部長と星宮、それに双葉先生もいた。
「あ、先輩。じゅあがじ!」
星宮は俺たちを見るなり、手を上げて元気よく挨拶(?)をしてきた。
「……おい、なんだそれは」
何か聞き覚えがあるぞ。
「え?なにって、挨拶に決まってるじゃないですか」
「決まってるじゃないですかって、いやいやいや、そもそも何でお前がそれを……」
そう言いながら東道の方を向くと申し訳なさそうな顔をしていた。俺はその表情を見た瞬間に全てを察した。
「東道……?」
「ごめん、ホントごめん!あんまり面白かったから、つい話しちゃって」
東道は顔の前で手を合わせながらそう言ってみせた。
「先輩、これからもこの挨拶をどんどん広めていきましょうね!」
「するか!」
くそ……こいつ、この話題だけで1ヶ月は俺をいじる気だ。そういう目をしてやがる。
「にゃははー、いやー、そういうことを星宮さんの耳に入れちゃダメだよ〜草野きゅん」
「先生、その呼び方やめてください」
「え?じゃあ……じゅあがじ?」
名前にされた!?
「それもやめてください!普通に呼んでくださいよ」
「えー、それじゃつまんなくない?」
「呼び方に面白さなんていりませんから!」
くそ、この人もそこそこめんどくさいな。
「先生、あんまり草野をいじめないでください」
俺と先生のやりとりを見兼ねた部長が横からそう言ってきた。部長、ナイス!
「えへへ、ちょっとふざけすぎたね。草野君、ゴメンね。あたし、草野君と最近会ってなかったから、つい」
先生は頭をかきながらそう言った。
「いえ、大丈夫です」
たまに少しうざい時はあるが、もう2年以上の付き合いだ。先生のこの感じももう慣れた。……時々、少しだけうざいけど。
「よし、ではそろそろ時間だ。全員揃っているんだし、もう出よう」
部長の言葉に全員が頷こうとした時だった。
「ああ、ちょっとまって!」
「どうしたんですか?」
全員の視線が先生に集まる。その先生の方は何やら段ボールを漁っているようだった。
「えっとねー、たしかここに……あった!」
そう言って先生が出したのは四着の白衣だった。
「えっへへー!今日のために昨日段ボールごと引っ張り出してきたんだ!」
「おお、いいですね!ザ・科学部っで感じで!」
と、星宮はえらくハイテンションで白衣を着る。
「さあ、三人も」
そう言って先生が渡してきた白衣を身に纏う。
「あ、これいいですね」
何というか、凄く着心地がいいな、これ。偶然なのか知らないけどサイズもピッタリだし。
「あ、そうだ」
「どうしたの?」
東道が不思議そうに星宮に訊くと、
「皆さん、円になってください」
と、そんな星宮の言葉に全員疑問符を浮かべながらも狭い準備室で円になった。
「よし、それじゃあ部長、手を前に出して!」
星宮が部長に円の中心に手を出させ、自分の手をその上に乗せる。と、その上に何かに気づいたように先生が手を乗せた。次に東道、そして俺がその行為の意味を理解して手を乗せた。
「それじゃあ部長、お願いします」
その星宮の言葉に部長は少し困惑しながらも、すぐに真面目な顔になると咳払いをして、
「やるぞ!」
「「「「おおおお!」」」」
と、いかにも慣れていないような掛け声で俺たちの文化祭はスタートした。
最近、『……』に頼りすぎている気がする。