05 晴れのち曇り
デート回です。草野が情緒不安定気味ですが許して下さい。
9月16日午前9時20分。俺こと草野逹見は現在、非常に困っております。
「ううぅ〜……どおしよう〜」
俺の部屋で、俺の目の前で俺の服を凝視しながら唸る少女が一人。時は少しだけ遡り10分前へ。
『なあ、灯里』
『ん〜?なあに〜?』
『実は今日、東道に町を案内するんだけどさ、何処がいいと思う?』
『……はあ!!?』
『取り敢えず商店街を通ってショッピングモールにでも……灯里?』
『それより服!』
というわけである。……いや、今の回想じゃ少しわかりづらかったかもだけど、要する灯里に東道とお出掛けすると言ったら身嗜みをどうにかしろと言われたのだ。
「なあ、灯里。何もそこまで見た目に拘らなくても……」
「う〜ん、どうしよう〜。顔と雰囲気どころか後ろ姿さえも一切合切イケメンに見えないお兄ちゃんをどうしたら少しでも良く出来るのかな〜……」
今ナチュラルにディスられた?絶対ディスられたよね?
「もう、何でこんなに服が少ないの!?」
え、なに。今日の妹なんか怖い。あたりが強い。
ていうか、服が少ないのは仕方ないだろう。休日しか着ないんだから。
「よし!取り敢えずこれで!」
と、灯里が勢い良く選んだのは特にどうということもない普通の服だった。……まあ、そもそも俺がカッコイイ服とかを持ってないからなんだが。
まあ、そんなこんなで約束の場所である最寄り駅前の女性の銅像付近に来たわけだが。
………やっべ超緊張してきた。いやだってほら、同い年の女の子とお出掛けなんてこと今までなかったし……こんな、デ、デートみたいなこと……。と、取り敢えずは落ち着こう。よし、まずは時間の確認だ。9時42分。……うん、まあ、予想通りというか、まだ来てから2分程度しか経ってないのはわかってたんだが、緊張のせいかどうしても自分の腕時計を見ては周りをキョロキョロし、もう一度見てはキョロキョロしを10秒ごとに繰り返してしまう。
そうやって、不審な挙動をしていると一人の女性に目が止まった。決して東道ではない。それは一目瞭然なのだが……。不審すぎる。まさか今の俺以上に不審な奴がいるとは思っても見なかった。
姿勢は猫背。後髪は膝まで伸びている。前髪も目元どころか顎下まで伸びており、顔が見えない。格好も中々に異質だ。真っ黒のワンピース(?)みたいな服で、何より終盤とはいえまだまだ暑い日が続くこの夏に長袖なのだ。周りからも酷く注目されており、怪しさ満点である。それどころか、長い前髪の隙間から微かに見える瞳には恐怖すら感じる。どこか遠くを睨んでいるような、そんな目だった。
そうして、気付けばその女性は角を曲がり、もう見えなくなっていた。
「お待たせ」
「じゅあがじ!!」
「……ぷっ、なに?その『じゅあがじ』って」
「………い、いや、なんでもない……」
びっ、びっくりした〜。あーマジでびびった。
さっきの人が気になりすぎて周りが見えてなかったらしい。つい、変な声が出てしまった。めっちゃ恥ずかしい。
「わ、悪い。ちょっと、ぼーっとしてた。もうそんな時間だったか」
と、そう言って時間を確認するが、まだ約束の10時まで14分はある。
「東道、意外と早いんだな」
「それを言うなら、草野君は私より早かったじゃない。もしかして、待たせちゃった?」
「あーいや、全然。俺も今来たとこだから」
「そっか、なら良かった」
ぉぉおおお、何だこのカップルのような会話は!
彼女いない歴=年齢の俺にとっては夢のような会話だ。逹見、感激の極みである。因みにこれは灯里からご教授いただいたデートの極意③だ。
デートの極意③ 嘘をついてでも今来たと言え。相手に罪悪感を感じさせるな。
「えっと、じゃあまずは商店街から行くか」
「うん、わかった」
俺は東道の返事を聞くと、北西の方角に向かって歩き始めた。
駅から北西に少し歩くと商店街が見えてきた。
「ここが商店街だ」
「……….えっと」
と、何て言えば分からないような微妙な反応をする東道。
まあ、その気持ちはわかる。
何と言うか、酷い荒れようだ。どこの店もシャッターを閉じているし、錆がシャッターだけでなく看板やら放置された自転車やらにこびり付いている。さらに言えばカビが屋根を覆い隠すように付着している。そのせいで、あと2時間もしないうちに正午だというのに、日の光が入らず、まるでこの商店街だけが時間が止まったみたいに暗い。あと、どこか生臭い。
田舎のくせに町おこしだとか言って無理してかき集めた金で元々あった小さい商店街を増築・改築し、屋根付きのアーケード商店街にしたのが裏目に出たらしい。
「ここ、お店やってるの?」
「あー、確かに見た目は良くないかもだけど、一応開いてる店もあるんだ」
「へー、何がやってるの?」
「畳屋」
「………」
さっきまで見えていたはずの好奇心はどこかに消えた。
「まあ待てって。そんな顔するなよ。畳屋以外にもあるから」
一瞬だけだったが東道の顔が凄く冷めてた。色んな意味でドキッとしたのは秘密である。
「ほら、あそこ」
そう言って、俺は『四月一日書店』と書かれた店を指した。
「……えっと、何て読むの?」
「ん? あー、『わたぬき』だな」
まあ、まず日常生活の中で四月一日を『わたぬき』と読むことはないので、知らなければ本当に読めないな。とういか、『わたぬき』は本来『綿貫』と書くらしいし。まあ、そんな蘊蓄みたいなのはどうでもよくて。
「入るか?」
俺がそう訊くと東道は少し考えた素振りを見せてから顔を横に振った。
「そうか。まあ、商店街は大体こんなもんだ」
と、次の場所に向かおうと歩き始めた瞬間、さっき説明した本屋から女の子が出てきた。
……何というか、ちょっと意外だ。俺以外にもこんな古臭い本屋を使う物好きがいるとは。まあ、この本屋、品揃えだけはいいからな。
勝手に(失礼な)解釈をして歩みを進めた。
……で、商店街を出たはいいものの、会話が全くと言っていいほどない。話すことといえば見かけた店を少し紹介するだけだ。
「あ、あっちに見える白いのが病院だ」
「うん」
やっべ、変に意識してきたせいで全く会話が出来ない。商店街の時は割と自然に出来てたと思うんだけどなぁ………あ!
そこで灯里から教わったことを思い出す。
デートの極意④ ③が終わったら服装を褒めるべし。なるべく気合が入ってるところを。
しまった……完全に忘れてた。一体どこのタイミングで言えばいいんだろうか。
というか、そもそも言わないといけないのか……?もうタイミングは逃してるんだし、言わなくても……いや、やはり言おう。褒めるところは褒めるべきだ。うん。……とは言ったもののどのタイミングで言ったもんかなぁ……
「あ、あれだよね」
そう言って、東道が人差し指で指したのは薔薇色をした『Æ◯N』というロゴの書かれた正方形の大きな看板だった。
「ああ、そうそう、あれだ」
商店街の廃れてしまった今ではイ◯ンほど頼れるものはない。というか、あれは探せばどこにでもある気がする。マジでイ◯ン最強。田舎の味方。
建物に入ると天井の窓から差し込む日光と明るい照明の光に出迎えられる。壁や地面の色は基本的に白で、各々の店が看板に色をつけることで鮮やかな色合いになっている。本当に商店街とは大違いである。というか、そもそもここと商店街を同じ舞台に立たせること自体が間違っている気がする。
「ここなら、大抵のものは手に入る。つーか、ここに無ければこの街のどこを探してもないと思う」
日用品や食材からちょっと頭のおかしいおもちゃまで、ここは本当に沢山のものがある。しつこいようだが、ここは都会よりも田舎寄りだ。だから、ここに無ければ本当にどこにもない。それだけ、この街はあまり発展していないのだ。まあ、実のところ、その原因は田舎寄りだからというよりも、歴代の市長と町長たちのお頭が揃って残念だからという理由があったりなかったりするが、それはまた別のお話。
「あれ?」
「うん? どした?」
東道が左の方を不思議そうに見ていた。なんだろうと思って俺も左を見てみると、
「あ」
「あ」
部長と星宮がいた。
………なぜ?
一応、草野は本が好きという設定があるので、これからも蘊蓄はちょくちょく挟んでいきます。