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夢を見る者  作者: 暇人
嵐の前の静けさ
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03 応えるための願い

 ……はあ、起きたくないな。

 現在時刻は午前7時02分。

 こう、何と言うか、うん、起きたくない。


 あれから何もないまま3日が過ぎた。毎日、部員たちで知恵を絞ってはいるがやはり部費がないと言うのは中々に厳しい。特に星宮が相当お冠だ。

 あいつ日に日に凶暴化してるんだよな……

 とはいえ、そんな理由で学校を休む訳にもいかないので俺は重たい体を起こして部屋を出る。


 朝飯を食べ、身支度も整えた。後は学校に行くのみ。

 さて……あいつは今日もいるのか……?


「お兄ちゃん? 早く行こうよ」


「お、おう」


 灯里に促されて俺は玄関に向かう。

 俺は何とも言えない気分でドアを開けると、そこには東道が待っていた。


「あ、おはようございます!」


「うん、おはよう灯里ちゃん」


 俺の脇のすぐ横を抜けて行った灯里は敬礼のようなポーズで挨拶をし、それに東道は小さく手を振って返す。


「草野君もおはよう」


「……おう」


 俺は返事をしてから少し諦めつつ学校へ向かう東道たちについていく。


 さて、何故東道が俺たちと一緒に登校しているのかだが……正直俺にもわからん。昨日、東道が突然言い出したのだ。理由としては東道曰く、「どうせなら一緒に行った方が楽しい」とのこと。

 だが、どうしてもこれが本当の理由には聞こえないのだ。当然、疑っているわけでもないし東道にこんな嘘をつくメリットが無いのはわかってはいるんだけど……


「どったの、お兄ちゃん? さっきから黙って」


 俺が後ろでずっと黙っていたのが気になったらしい。怪訝そうな顔……というより、どこか不満そうな顔である。


「あー悪い、少し考え事をしてた」


「もう、ダメだよお兄ちゃん。せっかく東道さんが迎えに来てまで一緒に登校してくれてるのに」


「……おう、東道悪かった」


「ううん、大丈夫だよ」


 東道が笑顔で返事をする。


「つーか二人とも、いつの間にそんな仲良くなったんだ? 昨日会ったばかりだよな?」


 さっきから俺が黙っていた間ずっと二人で話していたようだし、昨日会ったばかりだとは思えなかった。側から見れば、姉妹に見えたかもしれない。


「そりゃあ、東道さんが良い人だから話しやすいって言うのもあるけど、東道さんって聞き上手なんだよね。話しやすい」


「そ、そうかな?」


「そうですよ! 自信持ってください!」


「う、うん。ありがとう」


 灯里の応援(?)に東道がぎこちなく応える。

 東道は自己評価が低めらしい。まあ、威張られるよりはマシな気もするけど。


 それから灯里とも別れた後、学校に着く。着いた直後に一緒に教室に入るのは流石にまずいかとも思ったが、別に誰も俺のことなんて気にも留めないだろうと思ったので、そのまま行くことにした。

 俺が先に入り、その後に東道が続く。東道が教室に入った瞬間、男女合わせて五、六人くらいのグループに話しかけられたみたいだが俺のことは気にしていないらしい。

 座りながら確認して、俺は特に問題は無さそうなので本を鞄から取り出して開く。


 一通りの授業も終わり、ホームルームも終わった。帰り始めたり、部活に行く生徒もちらほら。                                                                         

 ……はあ、行きたくないな。

 つい朝と似たような事を思ってしまう。まあ、理由は同じなんだけどさ。


「草野君? どうしたの?」


 鞄を抱えて固まっている俺に東道が不思議そうに斜め後ろから声をかけてくる。


「いや、悪い。部室に行こう」


「うん」


 俺は覚悟を決めて東道と部室へ向かう。


 階段を上がる足が重たい。この学校は構造が少し特殊で学校の玄関は大階段を上がった先の二階にあり、そこから入る。一階は職員用のフロア(主に職員室など)。二階と三階が生徒の教室があるフロア。そして四階が特別教室があるフロアとなっていて、そこに物理室がある。

 俺の教室は二階なのでただでさえ少し面倒だと言うのに、今日に至っては本当に憂鬱だ。


 そうして、四階に着き物理室の扉に手をかけようとしたその瞬間。


「部長のバカっ!!」


 その言葉と同時に扉が勢いよく開いた。驚いて前を見ると、そこには泣き顔の星宮がいた。俺たちを見た星宮は一瞬立ち止まったがすぐに走り出してどこかへ行ってしまった。


「え、ほ、星宮!?」


「待って!」


 追いかけようとする俺の右手を東道が掴んだ。


「今は一人にさせてあげた方が良いと思うの」


 その東道の目と、声は、何かを察したような、確信したようなものだった。その言葉に俺は渋々頷いた。


 部室の中を見ると部長が座って下を向いていた。

 あの部長が何かしたのか?

 確かに、さっきの星宮の言葉を聞く限りそう推測出来るけど、部長は他人に、ましてや後輩の女子に酷いことをするような人とは思いない。……まあ、何がともあれ聞いてみなくてはわからない。

 俺は部長に近づき話しかけた。


「何があったんですか」


 それに小さく頷いて、部長は静かに話し始めた。




 あれから俺たちも椅子に座って部長から話を聞いていた。

 部長から聞いた話を簡単に纏めると、まず部長と星宮はいつも通り文化祭の出し物について話し合っていた。そこで、部長は気になったから星宮に「何故そこまで今年の文化祭に固執するのか」と聞いたら怒り始め、「お前たち三人には来年もある」と言ったのが決めてとなったらしい。

 確かに先輩からそんなことを言われれば怒るのも当然だろう。そして、それを言ったのが部長だったのが星宮には尚更効いたのだろう。

 というか、正直俺も少し怒ってる。だから、部長に俺が思った事を言おうとした、その時。


「私は部長が悪いと思います」


 さっきまで俺と黙って話しを聞いていた東道が立ち上がり、少し怒ったように言った。


「ああ、その通りだ。だから今からでも──」


「謝りに行ったって、鈴音ちゃんに失礼です」


 東道は部長が言った言葉に重ねてそう言った。


「……え?」


 部長が少し驚いたように声を漏らした。わけがわからない。と、そういう顔をしていた。


「だって、鈴音ちゃんは部長のことを想ってくれてるからこそ、いま怒ってるんですよ?」


「……」


「それなのに、その本人である部長が謝ったりなんかしたら、鈴音ちゃんの想いを否定してしまうことになるじゃないですか」


 「だから」と、東道は続ける。


「私はそんなの許しません」


 その言葉は力強く鋭利な刃となって部長の心を刺した。


「……わからない。私には、どうすればいいのか……わからないんだ」


 『教えてくれ』と、その声は助けを求めた。その表情は何かを懇願するようだった。……けれど東道は──


「それは、部長自身が考えることです」


 そう言って、突き放した。

 流石にやり過ぎじゃないかとも思ったが、東道の顔はとても真剣だった。……俺が止めていいものじゃない気がする。


 きっと部長にとって、『謝罪』という行為が封じられたことが一番効いているんだろう。今まで見たこともないような、困惑しているような表情だった。


「なら、いったいどうすれば……星宮に……許してもらえるっていうんだ……」


 部長から漏れたそれは、その言葉は、その声は、俺にもわかる。それは、きっと部長の本音だ。

 俺は今まで、部長の本音という本音を聞いたことがなかった。部長が隠していたわけではない。他人の本音なんて、あまり聞く気にはならないし、部長も自分のことを積極的に話すような人ではない。だからこそ、今、初めて聞いたその本音には少し驚かされた。


「謝罪するってことは否定するってことで、それが駄目なら、どうすればいいと思います?」


 と、天使のような笑顔で訊く東道。

 やっぱり、東道は優しい。突き放しておきながらも、しっかりヒントをあげてる。


「否定をしてはいけない……なら……」


 部長は呟きながら考えていた。そして、考え始めてから数十秒後。


「…………ああ、そういうことだったか」


 そう呟くと、部長は静かに立った。さっきとは顔つきが違う。


「ありがとう、東道」


 そう言うと部長は走って部室を出て行った。その背中を、俺と東道は見送った。


「ふう」


 東道が座って息をついた。


「お疲れ」


「うん、ありがとう……大丈夫かな」


 東道は心配性……と言うか、やっぱり自己評価が低いみたいだ。


「部長なら大丈夫だと思う。あの人だって、元は凄く良い人なんだ。ただ少し、他人の心を理解するのが苦手なだけで……」


 まあ、それが今回の事件の原因でもあるんだけど。


「あー、でもさ、東道もすごかったよ。まるで詩人みたいだった」


 俺が冗談混じりに言うと東道は少し顔を赤くした。


「そ、そんなことは無いと思うけど……」


「そんなことあるって。俺じゃあんな風にはできなかったかもだし……。それに、あんまり謙虚だと、今度は部長に失礼にならないか?」


 俺がそう言うと東道はハッとした。


「そっか、そうだよね。気を付けないと」


 東道はそう言って微笑みを返してくれた。

 ……あ、これヤバいわ。美人すぎて目を合わせてらんない。話題を変えよう。


「えーっと、それじゃあ……俺たちは帰るか。二人とも、いつ帰ってくるか分からないし」


 というのは当然、建前である。星宮も部長も走ってどこかへ行ってしまったが、二人の通学鞄は今この物理室にあるため、少なくともここに帰ってくるのは確かだ。もし部長が失敗して一人で戻ってきた時、どんな反応をすればいいか分からないから、それを回避するための口実でしかない。


「……うん、そうだね。帰ろっか」


 そう言って、東道はまた笑いかけてくれた。

 ……目を見て分かった。どうやら東道は、俺の気持ちを汲み取ってくれたらしい。

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