02 変わり始める
主人公の心情や場面の描写の少なさには一応理由があるので今は気にしないでもらえると嬉しいです。
午後6時、夕暮れ時に科学部は終わる。部活の中では早い方かもしれないがやることが無いので仕方ない。
「何でよりにもよって1ヶ月後何ですかぁ……」
星宮がため息混じりにそんなことを言う。
「そうは言ったってしょうがないだろ。前々から決まってた事をお前が忘れてただけだ」
「酷い! 冷たい! 東道先輩、慰めて下さい!」
「あはは……」
東道は笑いながら突き出された頭を撫でた。
俺たち科学部は全員、途中まで帰路が同じなので部活がある日は滅多なことがなければ大体は一緒に帰っている。
あ、でも東道も方向が同じなのは少し驚いた。
「しかし、残り1ヶ月となるとできるものが限られてくるぞ」
さっきまで無言だった部長が口を開いた。
「じゃあ逆にできるものって何ですか?」
星宮が聞くと部長は少し考えるよう仕草をしてからもう一度口を開く。
「やはり部費がないと言うのはきついな。最終手段としては全員でお金を出すか……」
「えー! 嫌ですよ!」
まあ、そうなるよな……
「うーん、でも俺もそんなに小遣いないし。ぶっちゃけ自腹は結構きつい」
実際、俺の家も裕福と言う訳ではなく、父さんには悪いがそこら辺のサラリーマンよりはマシな程度でしかないので1ヶ月に三千円くらいしか貰えない俺としても自腹は痛い。
「ごめんね。私も力になれそうになくて……」
俺が考え事をしていると東道が申し訳なさそうにそう言った。
「いえいえ、良いんですよ、東道先輩は! 今日来たばかりなんですから」
東道の言葉に星宮が返す。
東道は今日来たばかりなのだから払う必要はない。これには賛成だ。
まあ、それはともかく。さっきからずっと抱いたままの疑問を晴らすため、部長に近づいて部長にしか聞こえないように小声で話しかけた。
(あの、部長。東道がどうかしたんですか?)
「え?」
少し驚いたような顔をした。今日、部長が部活に来てからずっと東道を見つめていた。
「いや、何というか、既視感があってな」
「既視感ですか」
「ああ、だから何処で見たのかなとずっと考えていたんだが、どうにも思い出せそうにない」
既視感か……。俺が今朝から感じている違和感も、もしかしたら既視感とか、そういうものなんだろうか。でも、違和感と既視感って別物じゃないか?
「ちょっと先輩方、何してるんですか! 真面目に考えてます?」
少し前から星宮の声。文化祭について少し焦っているらしい。……というか、何であそこまで文化祭に拘ってるんだ?
「ああ、考えてるよ」
「なーんかウソくさいなぁ」
疑問を横に置いて応えると星宮は俺と部長を目を細めてジト目で見てきた。
そうこうしている内に別れの十字路まで来た。この十字路で俺は方向が同じの部長と星宮と別れる。
「草野先輩! 明日には良い案を下さいよ。では、また明日!」
「また明日」
星宮は手を振りながら部長とそう言って右に曲がった。
「また明日」
「はい、また明日」
俺と東道は返事をすると左に曲がった。
「……東道もこっちなのか?」
「う、うん」
俺が聞くと東道は少しぎこちないように答える。
……さっき自己紹介した時もそうだったがどうして東道は俺と話すと少しぎこちなくなるんだろうか。
一緒に並んで帰路を辿る。東道はずっと顔を伏せたままで全く上げる気配がない。無言の空気が漂う。
やっぱり、こう言うのは苦手だな……
今の空気に耐えられなくなった俺は勇気を振り絞って東道に話しかける。
「なあ、東道」
「な、何?」
やはりぎこちない。と言うよりか、緊張してるような……?
初日なのだし当然と言えば当然なんだろうか。まあ、何がともあれ何か話をしよう。場が持たない。
「東道は何で引っ越してきたんだ?」
なんとも無難で面白味のない質問だが、まあ、転校生にはこんなところでいいだろう。……決して何を話せばいいのかわからない訳でじゃない。本当だからなっ。……俺は誰に言い訳してるんだろう……
「え? それは……」
あ、しまった! と、東道の言葉が詰まったところで気づいた。そうだ、こんな微妙な時期に来るくらいなんだから相応の理由があるはず。急に距離を縮め過ぎたかな……
そう思って謝罪をしようとした時、東道が口を開いた。
「……やることが、あるの」
「……やること?」
俺はつい聞き返してしまう。
この町でやることなど、俺には皆目見当がつかない。俺たちが今住んでいる地域はお世辞にも都会とは言えない。むしろ言ってしまえば田舎寄りだろう。そんな場所でできることって何だ? そういえば、東道が何処から来たかも知らないな……
そうやって俺が思考を巡らせていると東道が言葉を続ける。
「これは私にとって使命のようなモノなの」
「使命?」
使命って一体どんな? と、直球に訊くのも何だと思い、俺は別の疑問を投げる。
「使命ってことは誰かに命令されたのか?」
「ううん、別に命令された訳じゃないよ。私がやりたかったって言った方が適切だと思う」
「……命令された訳じゃないなら……その、責任感とか、そういう感じか?」
「そう……なのかもね。うん、たぶんそう」
流石に踏み込み過ぎただろうか? そう思いながら俺は東道の言葉を待つ。まるで絵本でも読み聞かされているような気分だ。だか、それは東道によって遮られる。
「あ、もう着いたよ」
そう言われ前を向くと、道の左に我が家があった。
「えっと、それじゃ俺はここだから……って何でさっき俺の家がわかったんだ?」
そう聞くと東道は少し笑ったように、
「ううん、草野君の家を言ったんじゃなくて、私もここだから」
そう言って東道は道の右にある、俺の家の正面にある家を人差し指で指した。
「……へ?」
俺は素っ頓狂な声を上げる。
……いや、え? 嘘だろ? 引っ越し屋とか見た事ないぞ? ていうか東道は知ってたのか?
未だに驚きを隠せていない俺を背に東道は家の敷地に足を踏み入れる。
「それじゃ、また明日」
そう言って東道は小さく手を振って家の中に入って行った。
えー、いや、ええぇ……偶然ってすごいなぁ……
そんな事を思いながら俺も自分の家に入った。
自分の部屋へ行き鞄を下ろす。それから、リビングに降りると灯里が部屋着でテレビを見ながらソファーでポテチを頬張っていた。
あいつ、またやりやがったな……
そう思いながら灯里の隣に俺も座る。
「あ、お兄ちゃんお帰りー」
「ああ、ただいま。……ところで、そのポテチはどうした」
俺がそう聞くと灯里はしまったという顔をした。
「お前、また俺の買っといたポテチを勝手に食いやがって!」
「だってしょうがないじゃん! そこにポテチがあったんだから!」
「何だよその屁理屈は。ジョージ・マロリーに失礼だろ」
「は? 誰それ?」
知らないのに使ってんのかよ……
「ていうか、お前このあいだダイエットするって言ってなかったか? あれはどうしたんだよ」
俺の記憶が正しいのなら、灯里は『ダイエットする!』と家族全員に啖呵を切っていたはずだが。
俺が聞くと灯里はかの有名な『考える人』のようなポーズをしながら言った。
「うーん、やっぱりですね? 私には難しすぎたと言いますか何と言いますか……」
「つまり、自分の欲望に勝てなかったと」
「何でそういう言い方をするかなー!」
俺が要約すると灯里は顔を上げてキレた。
いや、絶対お前が悪いと思うんだけど。という言葉は口には出さない。今度こそ本気で怒られそうだ。
そんなこんなで最終的には二人でテレビを見ながらポテチを頬張る。
喧嘩しても結局は和解したり、そうでなくとも次の日には忘れていたり、兄妹なんてそんなものだろう。
それからは夕飯を食べてお風呂に入り部屋に戻る。現在時刻は21時30分。
タイムリミットまで後2時間半、一冊、速ければ二冊いけるな。
そう思いながら俺は本棚のまだ読んでいない本を手に取るとベッドの上に寝っ転がり、仰向けになって本を開く。
本は学校でも読んではいるがどうも集中しづらい。それにたった10分の休み時間では当然、本は読みきれない。授業を受けている間、本の続きが気になってしょうがないのだ。だから家で、それも自分の部屋で読むのがベストだ。
だか、こうも毎日読んでいると自分のお小遣いでは限界が来るので今は父さんが昔集めていたらしい本を借りて読んでいる。
父さんも結構な本好きで前に一度、父さんが今まで集めた本を数えたことがあったが全部で四千はあったと思う。そして今もなお増え続けている。いやはや恐ろしい。きっと、俺も本が好きなのは父さんの影響なのは間違いないだろう。
二冊目の本を読み終わった頃の時刻は午前0時12分。
少しオーバーしていまった。
そう思うと俺は急いで本を本棚にしまい、電気を消してベットに潜った。
いま思えば今日は色々あって疲れたな……
東道が転校してきたかと思えば初日なのにも関わらず部活に来て、星宮もいつもよりハイテンションで、そういえば部長も心なしかいつもより口角が上がっていた気がする。……まあ、あの人はいつも真顔だが。
本当にたった1日で色々ありすぎた。けど、楽しかった。
そして俺は早く朝にしたくて眠りについた。明日も楽しいと良いな、とそう願いながら。
ジョージ・マロリー(ジョージ・ハーバート・リー・マロリー)はイギリスの登山家であり、「何故するのか」という問いに対して「そこに〇〇があるから」という名言の生みの親です。
因みに、マロリーが1924年にエベレストに登った時、行方不明になりその遺体が見つかったのは1999年の5月。以来、マロリーが世界で初めてその頂に達したかどうかは不明となっているそうです。
長々とすみませんでした。




