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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

王太子×悪役令嬢推しのヒロインと騎士×ヒロイン推しの悪役令嬢と陰謀をはかる姫君

作者: 音祇

・オタク要素を多く含みます。

・CP名等出てきます。NL.GL.BL要素がふんわりと含まれますので注意してください。

・世界観あやふやなので、雰囲気でふわっと楽しんでいただければ幸いです。

・悪役令嬢やヒロイン等と題名にありますが、実際に中身で口に出しているわけではありません。乙女ゲームらしき雰囲気ですが生かしきれませんでした。

・なんでも大丈夫という方はどうぞ!


11/29…誤字修正




「あなた……自分が何を言ったのか分かっていて?」



 パシン、と軽やかな音を立てて閉じられた扇子。それを口元に当てて不愉快そうに目を細めるのは、ヴィクトーリア・ローゼンガルデン。筆頭公爵家ローゼンガルデンの姫君で、我が国の第一王子の婚約者である彼女は、未来の王妃として相応しい知能と美貌を備えている。艶やかに揺れる金糸の髪を上で結い上げ、燃えるように咲き誇る大輪の赤薔薇を模した髪留めをしている彼女はいま、髪飾りと同じく真っ赤な瞳をキッと吊り上がらせ、雪のように白い肌を彫刻のように強張らせながら、目の前の少女を睨みつけていた。

 睨まれた少女は、しかし、ヴィクトーリアの迫力にも負けない。ヴィクトーリアのことをすっと見返して、凛とした態度で口を開いた。



「……ええ、分かっております。ですが……自分の心に嘘はつけません」



 彼女はユリカ・フランソワ。フランソワ男爵の庶子で、類稀なる魔法の才能を見出され、この魔術学園へ入学してきた、元平民の天才少女である。そして彼女が有名なのは、その才能だけではなく、他に見ないほどに美貌もそうだった。ユリカの栗色の髪はふんわりとウェーブしていて、瞳は彼女の心を表したように澄み切った空の色をしている。ぱっちりと開かれた丸い瞳に、ばら色の頬、子リスの若き愛らしさの彼女は、見た目からは想像もつかないほどに天真爛漫で、多くの貴族令息の心を掴んだ。そのことに、不満を持つ令嬢も少なくなかった。

 ヴィクトーリアも、ユリカに嫉妬心を膨らませている__と、思われている。



 ユリカはスゥッと息を吸い込むと、懐から取り出した一冊の本を、ヴィクトーリアに掲げた。

 その本とは……。




「見てください、この表紙のヴィクトーリアさまの美しさ。特にこの髪のこだわりが素敵でしょう?お友達に描いていただいたのです。神絵師です本当に。

 それにここ!フェリックスさまがヴィクトーリアさまの手をお取りになって優しく微笑むここ!!これはもうハピエン確定です!二人は幸せなキスをして終了するのです……!やはり、フェリヴィクが世界一……!」




 そう。その本は、「いろどり、ひかる。 〜フェリックス×ヴィクトーリア 非公式アンソロジー〜」だった。きらきらしい表紙に描かれたのは、金の髪の美少女に、それを引き寄せる銀の髪の美青年の絵。まごう事なく、この国の第一王子、フェリックスとその婚約者ヴィクトーリアの姿絵だ。

 そう。ユリカは、熱心なフェリヴィク信者だったのである!


 曰く、ヴィクトーリアさまの金の御髪とフェリックスさまの銀の御髪の対比が美しく、神が祝福しているに違いないと。

 曰く、フェリックスさまの氷の瞳が、ヴィクトーリアさまを見つめるときだけとろりと甘くなるのが叫びたくなるほど素敵であると。

 曰く、名も知れぬ平民の痴れ者に仲を乱されるも永遠の愛を貫くフェリヴィクの姿は精霊ですら崇めるほどであると。


 そう、平民暮らしが長く、貴族に夢を見て育ったユリカは、その夢で見た通り、夢を体現したのかと疑うほど麗しいフェリックスとヴィクトーリアが並んだ姿を見て、一瞬で好きになってしまったのだ。それからというもの、布教活動を行いフェリヴィク推し仲間を集め、今では自分で筆を取り、小説を書き上げるほどの神作家になっていた。



 恍惚の表情で本の表紙を撫でるユリカを見るヴィクトーリアの瞳は、しかし、とても冷ややかなものだ。



「世界一……?何を惚けたことを言っているのかしら」



 凍て付くほど冷たい声を出すヴィクトーリア。彼女が徐に後ろへ手をやると、取り巻きの一人が、恭しく一冊の本を差し出した。

 その本とは……。




「ご覧なさい!これが我がローゼンガルデンの力によって編成された小説よ!悪役令嬢の酷い虐めで心身共に病んだユリカを、これ以上辛い思いをさせないようにと己の剣で貫くイグナーツの姿……!ああ、なんと儚くて美しいこと!

 雪の降る庭で、ユリカを追うイグナーツの辛さといったら……!ああ、しんどい!心臓が締め付けられるようだわ!素敵!やはり、イグユリこそ一番だわ」




 そう。その本は「堕つるは空が花 〜イグナーツ×ユリカ 非公式創作小説〜」だった。皮の表紙で丁寧に閉じられたその本の表紙には、金の糸で美しい花が丁寧に刺繍されていた。その繊細で美しい表紙には、繊細でも美しくもない題名が記されているのだが。

 そう。ヴィクトーリアは、熱心なイグユリ信者だったのである!


 曰く、身分の差ですれ違う姿が身を引き裂かれるほどつらく、そして美しく尊いものだと。

 曰く、騎士として鍛え上げられたイグナーツの精悍な体躯と、小動物のように華奢なユリカの身体との差が素敵だと。

 曰く、健気に苛めに耐えるユリカを支えるイグナーツの姿はまさしく童話の騎士と姫のようだと。


 そう、厳しい王太子妃教育の間に許された唯一の娯楽である読書を極めたヴィクトーリアは、そのとき読んだラブロマンスによく似たイグナーツとユリカの二人の姿を見て、一瞬で好きになってしまったのだ。それからというもの、取り巻きを筆頭に布教して回り、今では自分で監修したイグユリの長編小説を作り上げる敏腕編集者となっていた。



 大物になった二人は、各々推しCP陣営をまとめあげ、最後の障壁たる人物__そう、ヴィクトーリアはユリカにイグユリを、ユリカはヴィクトーリアにフェリヴィクを、それぞれに布教しているのだ。

 全ては推しCPに幸せになってもらいたい一心で。



「全く……困ったお二人ですこと」



 ふう、と溜息をついて、私は本を閉じる。ここまで静観していたが、私はそろそろ、この茶番を終わらせなくてはならないのだ。



 ヴィクトーリアとユリカは仲が良い。最初こそヴィクトーリアがユリカを敵視していた節もあったが、今ではすっかりライバル関係にある(布教的な意味で)。推しCPは違えど熱意は認める、手は取らないが同じ広い沼に浸かっている同志であると、互いの推しCPプレゼン大会が始まらない限りは、ごくごく仲の良い二人なのだ。


 が、しかし。周りにはそう見えていないのである。

 女子生徒はそうでもない。今の場もそうだが、ヴィクトーリアとユリカが話すのは主に女子生徒だけが集まるサロンでのこと。そしてサロンでの様子を見ていれば、ヴィクトーリアとユリカが仲が悪いなどと誤解する人はいないだろう。


 しかしサロンの外では違う。

 ヴィクトーリアは、自身の影響力の強さを分かっていた。自分ほど身分の高い令嬢が、末端の貴族一人にばかり目を掛けると、他の貴族に目を付けられる。それは好意的なものではないとヴィクトーリアはよく知っていた。だからこそ、ユリカを守るつもりで積極的に話しかけることはしなかったのだ。

 また、ユリカも、ヴィクトーリアの気遣いを察し、無闇矢鱈と話しかけることはしなかった。


 しかし、彼女たちは、正直な乙女だったのだ。

 正直ゆえ、推しと推しが会話していると、その溢れるパッションを抑えきれないのである。



 例えばヴィクトーリアの場合。

 この間のことだが、イグナーツとユリカが仲良く話していると、それを見つけたヴィクトーリアは、「まあ、まあ、まあ!」と歓喜の声を上げて近付いていってしまうのだ。

 「まあ、まあ、お二人は、なんて仲がいい事でしょう!幸せそうで何よりですわ!」と、ヴィクトーリアは推しCPを目の前で見れたことに対する純粋な嬉しさを口にする。

 イグナーツと話していたユリカは、推しに推し事を疎かにして自分の私生活を優先にしていると誤解されたら困ると、「違っ、これは違うんです……!」とヴィクトーリアに言い募った。

 上機嫌のヴィクトーリアは「あらあら、気にしないでいいのよ?分かっていますもの……全部、ね。」と扇でにやつきすぎて引きつった口元を隠し、にんまりと笑う。

 対するユリカは、「本当に、違うんです……っ」と誤解されたくないとばかりに顔を真っ青にして首を緩々と振った。

 その後、二人の実の姿を知るイグナーツが「引いてくれないか、ヴィクトーリア嬢」と仲裁に入り、面白がったヴィクトーリアは「ええ。……ユリカさん、後で話はたぁーっぷり聞きますからね」と言い残し、その場を後にしたのだ。



 こうして見ると、ただの友人同士のお喋りである。

 しかし、それを抜きにして、「筆頭公爵家の令嬢で次期王太子妃」と「元平民で高位貴族にすり寄る男爵令嬢」の会話だと思って見て見ると、こうなる。




 男爵令嬢と高位貴族令息が仲良さげに話しているところに、「まあ、まあ、まあ!」と嫌味っぽく声を上げてやってくる公爵令嬢。

 彼女は、「まあ、まあ、お二人は、なんて仲がいい事でしょう!幸せそうで何よりですわ!」と更に言い募るように責め立てる。

 男爵令嬢は、怯えているのか、「違っ、これは違うんです……!」と顔を青くして否定する。

 しかし、公爵令嬢は、言い訳を許さないとばかりに「あらあら、気にしないでいいのよ?分かっていますもの……全部、ね。」と意地悪く笑い、あわれ男爵令嬢は「本当に、違うんです……っ」と顔を真っ青にして震える。

 愛する者が怯えていることに苛立った令息が「引いてくれないか、ヴィクトーリア嬢」と二人の間に割って入ると、ヴィクトーリアは渋々と言った様子で「ええ。……ユリカさん、後で話はたぁーっぷり聞きますからね」と言い残し、その場を去った。



 __と、こうなってしまう。

 本心を知っている側からいうと、は?と言ってしまいたいほど馬鹿らしいが、サロンでの様子を知らない大方の男子生徒はこう言った意味のやりとりだと思い込んでいるのである。


 更に悪いことには、この歪んだ認識が本当であるとされて、学園外、つまるところ親の貴族世代にも伝わりつつあることだ。



 これには流石の王太子殿下も焦った。イグナーツもそうだが、王太子殿下は、二人の内情を知っているから、今まで問題なしとして見守っていたのだ。

 自分を意識しない可愛らしい婚約者に、プレゼンを聞いてすこしは意識して欲しいとでも思っていたのだろうか、その詳しいところは分からないが、とにかく見守る姿勢でいた。


 が、父である王から二人が一触即発の仲だという噂がある、と聞いた王太子殿下は流石にいけない、と動くことに決めたらしい。

 まあ、今の噂のままで行くと、大事な婚約者さまが悪役だ。父王にも、未来の妃に素行の悪いものは、など云々言われたのだろう。


 しかし、王太子殿下自らは動けない。あの二人に割って入ると話が余計こじれるし、そもそも二人が接触するサロンには、男性である王太子は立ち入れないからだ。

 だから、そのための私である。


 この学園には三人、抜きん出て身分の高い人物がいる。


 一人目は王太子であるフェリックス。

 二人目は筆頭公爵家令嬢であるヴィクトーリア。

 三人目が、王族であるベルティーナ。



 そして何を隠そう私こそが、そのベルティーナなのである。


 ベルティーナ・リーリエシュトラオスは、王族からの分家リーリエシュトラウス公爵家の長女で、父は元王の弟である、やんごとなき身分のお嬢様だ。そして、れっきとした王位継承権を持つ、王族である。リーリエシュトラオス家は、王家公認の分家であるから、筆頭公爵家になると王族との権力の差がどうとか面倒なことになる。そのため、筆頭公爵家になることは後にも先にもないが、王族の血が濃いから、他の公爵家からも一目置かれる公爵家だ。


 そんなわけで、王家と繋がりの深い公爵家の令嬢である私は、フェリックスと姉弟のように仲良く育った。ベルティーナはフェリックスの頼み事をよく聞き、フェリックスもまたベルティーナの頼み事をよく聞いた。

 これもその一環である。……それ以外の意図もないことはないが、それは今は置いておく。


 私としても噂が出回るのは困る。

 ベルティーナは雑食ゆえ、フェリヴィクもイグユリも等しく推しているのだ。



「二人とも、もうお辞めになって」

「ベルティーナ様……!」

「ベルティーナ!」



 ベルティーナが声を掛けると、ヴィクトーリアとユリカは睨み合うのをやめ、はっとしたようにベルティーナの方を見た。



「もう……やめましょう。お二人とも、何故そうにもいがみあうの?」

「だって!」



 ベルティーナが諫めると、ヴィクトーリアは、まるで小さな少女のように瞳を揺らす。



「……わたくし……だって……わたくしだって、フェリックス様をお慕いしているわ……」



 ヴィクトーリアが、何かに堪えるようにそう吐き出した。とてもではないが、「慕っている」と恥じらって溢すような雰囲気ではない。ベルティーナは頷いてヴィクトーリアに続きを促す。

 視界の端でフェリヴィクの気配に目を光らせたユリカは無視して。



「……でも、わたくし、イグユリも好きなの。他のものも愛しているのに、フェリックスさまも愛すだなんて、不誠実じゃない」



 今にも泣き出しそうに顔を歪めるヴィクトーリアの言い分を、ベルティーナは3秒ほど噛み締めてようやく理解した。

 成る程、推しCPを追っているのに、フェリックスにもアプローチを掛けるのは、推しの片手間にフェリックスにちょっかいをかけているようで自分で納得できない、不誠実だ、とそういうことらしい。

 そういえば、ヴィクトーリアは昔から潔癖で堅物な性格だったな、とベルティーナは思い返した。


 彼女は、ヴィクトーリアは潔癖すぎるが故に、フェリックスに好意を示すことができないらしい。



「そう、ヴィクトーリアの思いは分かりました。

 ……ユリカさんはどう思って?」



 ベルティーナがユリカに話を振ると、彼女は困ったように周りを見渡した後、止めてくれる人が誰もいないことに気付き、へにゃりと誤魔化すように笑った。



「そう、ですよね。ヴィクトーリア様が話したのならば、私も話さなきゃ不誠実ですよね」



 そう言って伏せられたユリカの空色の瞳は、いつもの快活な色とは打って変わって静かだった。



「私は……私は、はい。イグナーツ様と、共に歩けたらと、そう思って過ごしております」



 ユリカは、溜息をつくように溢した。……とてもではないが、流れる空気が、誰かに恋慕する想いを零したような甘い空気とはいえない。ベルティーナは頷いてユリカに続きを促す。

 視界の端で、イグユリの気配に目を光らせたヴィクトーリアを無視して。



「ですが、私は、こういう身分ですから。イグナーツ様とは釣り合いませんし、何より……王太子殿下とヴィクトーリア様に、睦まじい仲を強要するとも取れるほど大きく活動してしまっていますし、様々な方に迷惑をかけている自覚、ありますから」



 取ってつけたような無表情で話すユリカの言い分を、ベルティーナは5秒ほど噛み砕いてようやく理解した。

 つまりユリカは、身分差の問題や、自身の身の振り方の問題からイグナーツの手を取ることを良しとしていないらしい。


 そういえば、ユリカは本来、フェリヴィクを推す活動はそれほど大きく動いていなかったとベルティーナは思い出した。フェリヴィク布教運動は、ユリカの友人達がユリカの名前を使って宣伝した結果、ユリカが仲間をかき集めたような形で広まってしまい、張り合うようにヴィクトーリア率いるイグユリ派が台頭してきてしまったがために、同じように活動することになってしまったのだ。


 確かに、愛し合っていない二人を勝手に付き合うよう周りが強制する運動は、あまり褒められたものではない。

 まあ、フェリックスとヴィクトーリアや、イグナーツとユリカは、他から見て明らかに愛し合っているため、然程の迷惑にはなっていないとベルティーナは思っている。そもそも、サロン内でしか話していないのだし、友人同士のおしゃべりの延長と考えれば問題にならない。

 あの活動は、つまり、「え〜、あなたとあの人いい感じじゃん!付き合っちゃえば?」「そんなぁ、それをいうならあなたとあの人の方がいい感じじゃない〜!」みたいなじゃれあいの過激化したものの末なのである。



 さてどうやってまとめよう、と、ベルティーナが動くより先に、ヴィクトーリアが動いた。



「ユリカ!!」



 金色の髪をふわりと揺らして、ヴィクトーリアがユリカに掴みかかった……のではなく、そっと、優しく、抱きしめたのだ。

 突然のことに動揺したユリカは、なされるがままにヴィクトーリアの腕の中に収まった。



「迷惑だなんて、そんなこと思ったことないわ!それに、本当は、あなたにまっすぐに応援されて、嬉しかったの!

 ……それに、迷惑を掛けていたのはわたくしのほうだわ」



 後悔するように目を伏せて、ヴィクトーリアは続ける。



「あなたに布教するために、本を作って押し掛けたのはわたくしが先でしょう?だから、流れでわたくしたちとおなじように本を作ることになってしまったのでしょう?

 ならば、謝らなければならないのはわたくしよ。わたくしのせいで罪悪感を持たせてしまって、ごめんなさい」

「あ、謝らないでください!」



 悲鳴を上げるようにユリカは叫ぶ。ヴィクトーリアは、罪悪感からか今にも泣き出しそうに顔を歪めていた。



「本当は……私も、嬉しかったんです!批判されるのならばローゼンガルデン家の代表として後ろ盾につくって言ってくださったことも、本当に、その心が嬉しかったんです!

 それに本を作るのも、あの、楽しかったです!ですからっ……」



 ユリカは、涙をじわりと滲ませて、叫ぶように話す。その表情から、その言葉が本心であると伺えた。

 今にも涙を溢れさせそうな二人を周りは見つめていたが、その肩に、ぽんと手が置かれた。

 今まで静観していたベルティーナである。



「落ち着きなさい、二人とも。

 いい?よく考えて答えて頂戴ね。あなたたちが推しCPに対して感じる想いと、あなたが好いている男に感じる想いは、本当に同じ好きなの?」



 ベルティーナは微笑んで続ける。



「きっと違うわ。推しCPに対するのは、結ばれて欲しい、見ているだけで幸せ、そんな気持ち。でも好きな人に対するのは、一緒に幸せになりたい気持ち。違う?」



 はっと息を飲むヴィクトーリアとユリカ。思い当たる節があるのだろう。慈愛の表情を浮かべ、ベルティーナはそっと二人の頭を撫でた。



「それに、推し事をすることと、自分が普通に幸せになることは、両立できないなんてことはないわ。

 だから二人とも、素直になって。抱く想いは違うから不誠実なんてことはないし、ヴィクトーリアが言っていたように、迷惑なんてかかってないわ」



 多分、という言葉は飲み込んだ。ここで水を差すべきではない。表情は慈愛に満ちた微笑みのままだ。

 そんなベルティーナの内心を知らないヴィクトーリアとユリカは、感激したように息を詰まらせた。



「ベルティーナさま……!」

「ベルティーナ……っ……うぅっ……」

「あぅ、ヴィクトーリアさま、泣かないでください、泣かれちゃうと、私もっ……」



 ぽたり、と、ヴィクトーリアの瞳から真珠のような雫が零れ落ちる。驚いて目を見開いたユリカの瞳にもまた、同じように滴が溜まっている。

 それを見たベルティーナは、慈愛を込めた笑みでゆったり頷き、二人を抱きしめた。


「いいのよ、我慢しないで」

「っ……ぅっ、ふぅっ…!」

「……ぅうぅ〜っ!」


 ベルティーナに抱かれ、ついに声を上げて泣き始めたヴィクトーリアとユリカ。周囲で見守っていた令嬢はワッと声を上げ、惜しみない拍手を送った。中には、二人と同じように涙ぐんでいる令嬢さえいる。

 その暖かい声援は、ヴィクトーリアとユリカの新しい道を__推し事と恋愛を両立させる道を歩く上で、これ以上にない支えになるだろう。



 今やサロンには、いままでにないほどに暖かく優しい空気が流れていた。



 そしてベルティーナは、拍手に包まれながら、生まれてこの方婚約者の一人も居ず、初恋も済ませていないという事実は口が裂けても言わない決心をした。



***



 ひとしきり泣いたヴィクトーリアとユリカが顔を上げたとき、その場にはしんみりとした空気が流れていた。



「わたくし、今度から、フェリックスさまともっとお話ししてみますわ。応援してくださいませね?」

「もちろんです、ヴィクトーリアさま!!……私も、勇気を出して、イグナーツ様をお出掛けに誘ってみます!」

「まあ!それはとてもいいわね!」



 つい先刻まで行われていた推しCPプレゼンの時の殺伐とした空気は何処へやら、一気に普通の乙女らしく会話を始めた。

 その光景を見たベルティーナは、自然に笑みを浮かべる。

 この時(・・・)()待っていた(・・・・・)のだ(・・)、と。




「まあ、まあ、これはとても素敵なことね。

 ですから記念に、新しい事を始めてみませんこと?」




 にこりと笑って手を鳴らしたベルティーナに、周囲の目が集中した。朗らかな笑顔の裏ににじむ底無し沼の色に気付くものは、そこには一人も居ない。

 今回の功労者である彼女の言葉に、周囲は笑顔で同意する。ヴィクトーリアも、ユリカも、もちろん乗り気である。


 ベルティーナは、緩む頬をなんとか抑えて、おもむろに、先ほどまで読んでいた本を取り出した。

 その本とは……。





***



 あの出来事より一週間。

 ベルティーナはフェリックスとイグナーツに学園のカフェに呼び出され、御礼のケーキを振る舞ってもらっていた。



「ベルティーナ、今回は本当にありがとう」

「いいえ、お礼は必要ないわ。従姉妹として当然のことをしたまでだし」

「それでも、助かりました。私からも感謝を」



 ベルティーナは、フェリックスとイグナーツに頭を下げられる。しかし彼女は、とんでもないとばかりに首をゆるく振った。



「そんなに感謝することはないわ。

 ……私もすごく得をしたし……」

「ん、なんだい?聞こえなかったんだが、もう一度言ってくれないかい?」

「いいえ、なんでもないです」



 一番の苦労が掛かったというのに、ベルティーナは笑顔だ。ここ数年で一番良い顔である。そのことに少々引っかかるところがあるフェリックスだったが、何にせよ丸く収まったことは事実。笑顔で流して自身もケーキを口に運ぶのだった。


 __あの後、お互いに検討することを誓ったヴィクトーリアとユリカは、仲良さげに行動することが増え、フェリックスとイグナーツと合わせて四人で行動することも増えた。そのお陰で、ヴィクトーリアとユリカの不穏な噂は完全に断ち消えることとなる。ヴィクトーリアの生家である、ローゼンガルデンが正式にユリカの後ろ盾になると公言したことも理由にあるだろう。近々正式にイグナーツとユリカは婚約を結ぶらしい。

 なんにせよ、みんなが幸せになってよかった、とベルティーナは思う。


 推しCPは無事くっつき、それになにより同志(・・)も増えた。ベルティーナは上機嫌で紅茶を口に運ぶ。



「ところでベルティーナ」

「なにかしら」

「最近、私とイグナーツが共に歩いていると前よりも注目を受ける気がするんだが、何か知らないかい?」



 にっこり笑顔で、ベルティーナは答えた。



「さあ。わたくし、存じ上げませんわ」



 彼女の手には、あの時ヴィクトーリア達に勧めた本、「幼馴染みのあいつが気になるだなんて認めない! 〜フェリックス×イグナーツ×フェリックス 上下ごった煮アンソロジー〜」が大切そうに収められていた。



読んでくださりありがとうございました!


オタクの方向性の違いで対立する感じの悪役令嬢とヒロインいいな、と思って書き始めたはいいもののただのオタクになってしまい、この結果に……。

感想、評価、ブクマ等していただけると泣いて喜びます。


[以下補足説明]


二人の素質を見抜いていたベルティーナ、どうにかしてこちら側(腐女子への沼)へ引き摺り込みたかった様子。そして成功してしまいました。

最後のベルティーナが持っていたアンソロジー、アンソロジーとありますが書いてるのはベルティーナ一人です。仲間がいないので一人アンソロジー。セルフで欲望を埋めていました。

あわれフェリックスとイグナーツは、今後かわいい婚約者や学園中の令嬢から萌えネタとして不本意な妄想へ使われることでしょう……。

フェリックスとイグナーツの組み合わせは、身分差萌えしたヴィクトーリア、貴族のキラキラしたところに憧れたユリカ、二人とも結構ぐっさり刺さります。


陰謀を図る姫君ことベルティーナ「計画通り」



本作では全く生かせなかった設定なのですが、ユリカは本当に才能あふれる少女です。魔法の才を見込まれて、王宮魔術師団にスカウトさえされています。いずれ爵位をもらうかもしれないと噂されるほど。その才能を買った公爵が、王太子妃になった娘ヴィクトーリアの侍従にしたいと願い、ユリカが受け入れたので、後ろ盾につきました。無償じゃないです。

一応魔法もある世界なんです。


異世界恋愛なのに主人公の恋愛要素が薄すぎましたが、本当は主人公へ思いを寄せる人もいるんです。設定はあります。出す機会はありませんでした。無念。続編があれば……もしくは……?




[以下計画のない次回予告]


 フェリックスとイグナーツの禁断の愛にハマってしまったヴィクトーリアとユリカ。同じ組み合わせに、今度こそ楽しく話すことができると沸き立つ二人の前に立ちはだかったのは、「どちらが上か」という終わりのない戦いの壁だった__。


「正統派カリスマ王子のフェリックス様は攻めに決まっているわ」

「イグナーツさまは騎士ですから、待っているだけだなんて会いません!ガンガン攻めていきます!」

「……」

「……」


 どうなるヴィクトーリア。どうなるユリカ。迷える二人の前にはまだ大きな障壁、最後はハッピーエンドがメリーバッドエンドかどっちがいいかという壁も残っている。同じなのに違う、もどかしい思いを抱える二人に、祖は口を開く。



「わたしはフェリイグもイグフェリも美味しいわ」



 雑食(ベルティーナ)も交えた、不毛な戦いが、いま始ま(らない)

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[一言] とってもおもしろかったです!続編読みたいです。
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