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「な、に…?」
鎧の男は剣の先を見つめて、動揺した声を零す。
一瞬の静寂の後、辺りが騒然とした。
「初心者の剣が、上位グループの剣を折った…!?」
プラスチック剣に叩き込まれた立派な鉄製の長剣は、綺麗な切断面を残して、短剣へと成り下がっていた。
「剣が使えないならこれ以上戦えないだろう。少女を引き渡してもらう」
「……ふ、ふん!そいつを持って行きたいならそうすればいい。だがな、わしから離れたらそいつは死ぬぞ」
「どういうことだ?」
中年男性は下卑た笑みを浮かべ、少女の胸元を指差した。
その指し示す先には黒い刻印が刻まれている。
「それは…?」
「こんなことも知らんのか?これは主従の盟約を交わした証だ。術を掛けた者を主、掛けられた者を従として、従が主の命に背いた時、主の傍から離れた時、主が死んだ時、従は胸を抉る痛みと共に絶命する。言っとくが、この刻印は術を掛けたものにしか解けんぞ。もちろんわしは絶対に解かんからな」
少女を見ると、小さくコクリと頷く。
中年男性の言ってることは正しいらしい。
ーーどうするべきか。
彼女を中年男性から引き離す方法がない。
ーー術者以外でも刻印が解ければいいのだが。
願望が頭を過ぎったと同時に、ふと、頭の中に呪文が浮かんだ。
その文字列を俺は今まで見たことがない。
けれど、何故だか、これを唱えれば少女を呪縛から解放できる確信があった。
「創に約束があった。終焉に裏切りがあった。
我は聖霊に乞い願う。この者の魂を戒めから解き放て。この者に自由と安寧を与えたまえ!グローリー・レイ!」
途端、少女が眩しい光に包まれる。
刻印の辺りが熱いのか、少女は手で胸元を抑え、「あつい…」と苦しそうな顔をした。
間も無くして光は消え、少女も痛みがなくなったのか、不思議そうに胸元に手を当てている。
「な…っ、馬鹿な!!盟約が術者以外に解除できるはずが…!」
中年の男性は、少女を見て狼狽えた。
先程まであったはずの刻印が綺麗になくなっているからだ。
「今までそんな事例聞いたことがない。きっと、刻印が目に見えなくなっただけだ…!!おい、今日は気分が悪い!!さっさと帰るぞ」
少女の白い髪を攫み、中年男性は少女を引っ張っていこうとする。
俺が中年男性の腕を掴もうとした時、少女は首を横に振り叫んだ。
「いや……!」
「何…っ!?」
少女が中年男性の命令を言葉と態度で拒絶する。
しかし、少女に異変は起こらない。
「……本当に、盟約が…?……くっ!俺に恥をかかせた事、後悔させてやる…!!」
中年男性は鎧の男を呼び、一瞬のうちに姿がたち消えた。
どうやら、鎧の男の魔法で瞬間移動したらしい。
少女は二人の姿が見えなくなったと同時に、ヘタリと地面に座り込んだ。
足が震えている。
さっきの拒絶は、彼女の初めての抵抗だったのかもしれない。
「お前がよければ、俺と一緒に来ないか?」
少女は俺の顔を見上げる。
前髪の隙間から綺麗な赤色の瞳が僅かに見えた。
少女は大きく首を縦に振る。
「俺は蘇威巳園だ。お前の名は?」
「なまえ、ない…」
「…そうか。なら、俺が名付けよう。そうだな。お前の髪は雪のように綺麗な白色だから、ユキというのはどうだ?」
「…ゆき。わたしのなまえ…」
少し安易すぎたかと、少女の顔を見ると、嬉しそうに口元を緩めていて、ホッと息をつく。
「ユキ、行くぞ」
「うん!」