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怒鳴り声の先に注目すると、お貴族様が着ていそうな質の良い衣服を身にまとった中年男性がいた。
その中年男性の面前では、小学低学年くらいの白髪の女の子が俯いている。
おそらく綺麗な白であっただろう長い髪は無造作に伸ばされ、汚れにくすんでしまっている。
前髪は少女の顔の半分を覆い隠し、表情は分からない。
衣服も生成りのワンピースを着ているというより、布を被っているという表現が近く、髪と同様に汚れやほつれでボロボロだ。
「お前のような役立たず、死んじまった方がましだ!!」
中年男性は少女を罵倒し、同時に頬を打った。その反動で少女は地面に倒れ込む。
俺は少女を助けようと、一歩足を踏み出した。
しかし、先ほどの男性が右腕を俺の前に出し、それを阻んだ。
「やめておけ」
「だが」
「後ろに鎧の男がいるだろう?あいつは冒険者ランク最上位グループの1人で、あの金持ちに雇われた用心棒だ。お前がでしゃばった所で、あいつに止められるのが落ちだろうよ。初心者のお前じゃ敵わない」
確かに、鎧の男は他の人とは異なり、装備も立ち居振る舞いも格段に上であるような雰囲気を漂わせている。
俺じゃ全く歯が立たないかもしれない。
だが。
誰も、助けようとしない。
少女たちから視線を逸らす人。
慣れてしまっているのか一瞥だけして気に掛けていない人。
皆、少女に気付いているのに、武器を持っているのに、知らないふりをしている。
こんなのは、絶対おかしいだろ。
「可哀想だが、奴隷にとってはこれが普通のことなんだ。反抗すれば、お前が殺される」
「そんな普通なら、俺は要らない。例え分が悪くたって、目の前の人を見捨てることを俺はしたくない」
「あ、おい!」
制止を振り切って、少女と中年男性の間に立つ。
突然現れた俺に、中年男性は眉を顰めた。
「何だ、お前は」
「お前にとってこの子が不要なら、俺がもらい受ける」
俺の言葉に中年男性は哄笑した。ひーひーと腹を抱えて笑う様に、見て見ぬふりをしていた人々が何事かと足を止め、野次馬の群れを作る。
中年男性はどうにか息を整えると、品定めするような視線を俺に向け、にやりと嗤った。その目には明らかな嘲りが含まれていた。
「初心者の身なりで、わしの邪魔をするのか?生意気な奴だ」
「…………」
「おい。こいつを殺せ」
中年男性の声に、鎧の男が俺の方へ一歩ずつゆっくりと近づく。
鎧の男は俺を見るなり、口を開いた。
「悪い事は言わない、今すぐ引け。無駄な殺生はしたくない」
「断る。俺だって非道な殺生は見たくない」
「そうか…なら仕方ない」
鎧の男はその言葉を皮切りに、剣を抜き、上から勢いよく振り下ろした。
あまりの速さに剣を抜くことも出来ず、辛うじて剣の鞘で受け止める。
衝撃に、受けたところから鞘がヒビ割れ、砕け落ちていく。
「やっぱり最上級ランクのやつは格が違う…!」
「私、全く刃を見切れなかったわ…」
「私も。あの子、初心者なのによく受け止めれたわね…」
「装備に段違いの差があるんだ。鞘だけじゃなく、すぐに刀身も粉々になるのは目に見えてる」
周りの人々はざわざわとしながらも、どうすることもできず、俺達の様子を遠巻きに伺っている。
一振りで鞘を壊されたのだから、同じように刃を受ければ、刀身も壊されてしまう可能性が高い。
なら、受けずに避け、攻撃して相手を戦闘不能にするしかない。
だが、このガラクタの剣でさえ、周りの木々を薙ぎ倒したのだ。
避ければ周りの人や街に危害が及ぶかもしれない。
それに、攻撃した時、もし相手に受け止められたら、この剣は果たして保つのか?
「俺の動きについて来れた事は褒めてやる。だが所詮は初心者の装備。引かなかったことを悔いるんだな」
考えが纏まらないうちに、二振り目が俺を襲う。
切っ先をすんでのところで躱すと、地面を深く抉る音が足元から聞こえた。
ーーん?
俺の後ろから3mほどの地面が割れている。
だが、それだけだ。
俺の剣、見るからに陳腐だし、皆が口を揃えて初心者の装備と言うから考えも寄らなかったが、もしかして………
地面から剣を抜こうとする鎧の男に対し、俺は剣を振りかざす。
力の限り振り下ろすと、鎧の男はそれに合わせて、剣を即座に引き抜き、刃で受ける姿勢をとる。
ーーカキンッ、と、刃と刃がぶつかり合う音が街に響いた。
と同時に、衝撃に耐えられなかった刀身が地面へと落ちていった。