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第二王子は婚約者を振り向かせたい  作者: 如月あい
2章 アドレア・ストラーテンが入学するまで

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7.アドレア・ストラーテンの提案

 レオンがセントレア王立上級学校に入学してから、一年半がたった。

 最初の新入生歓迎パーティを乗り切ったレオンは、アドレア以外の女子生徒と噂になることもなく、平穏に学校生活を送っていた。

 入学した直後と違ったことといえば、ルークと親しくなったことだろう。

 彼、あるいは彼女は、あの日以降、レオンといるときでも、ルクレティオとしてふるまうことを徹底していた。本人曰く、こちらのが気性に合うから、とも言っていた。


「今日はやけに嬉しそうだな、レオン」


 授業を一緒に受けていたルークにそう話しかけられると、レオンは心からの笑みを浮かべて答えた。


「アドレアに会うからね」

「なるほど。半年ぶりだっけか?」

「そうだね。さすがに王立上級学校の寮生になったからには、軽々しく帰省するわけにもいかない。他の生徒もそんなことはしていないし」

「ま、レオンの場合、帰る場所は城じゃなくて、アドレア嬢のところみたいだけどな」

「さすがに城に帰っているさ。アドレアにだけ会いに行ったら、母上に小言を言われるに違いないからね」


 本当はアドレアのところに休暇を費やしたいところだが、レオンが王城と学校の寮以外に長期間滞在するのは、警備の面でも憚られる。さすがに自分の私事に、護衛の騎士たちを付き合わせる気にはなれなかった。


「アドレア嬢が入学するのも半年後か。早いな」

「本当にね。アドレアが入学するのは、毎日会えて嬉しいような、彼女の交友範囲が広がって嫌なような……複雑な気分だ」

「俺ははやく二人のかけあいを見たいけどな」

「たぶん素のアドレアと、猫をかぶっているアドレアの差に驚くと思うよ。ま、君にアドレアが素を見せるのかはわからないけど」


 後半は、むしろ見せてくれるな、という気持ちを込めていうと、ルークは呆れかえった様子でいった。


「俺の性別、覚えてるよな?」

「アドレアからすれば、間違いなく男だ。うっかり惚れるかもしれないからね」

「おいおい。狭量すぎんだろ。俺がいうのもなんだけど、第二王子がそんなんで、王家として示しつくのか?」

「もちろんつかない。だから、狭量に見えないように工夫は必要だ……」


 レオンとて、ルークが女であることは理解している。しかし、ルークの振る舞いも見た目も完全に男であるので、その隣にアドレアが並んだ時のことを想像すると、なんとも御しがたい気持ちになるのだ。


「俺は女に惚れられるような下手はうたねぇよ。困るのが自分じゃねぇからな」

「それも一理ある。それに、アドレアが王子を選ぶはずもないか……そうなると、ルークに協力してもらうのが最善策かな」

「最善策?」


 自分の思考のままに口に出していたら、ルークを置き去りにしてしまったようだ。


「狭量に見えないようにするには、やはり、多少のことは目を瞑る必要があると思ったんだ。たとえば、新入生歓迎パーティーで、アドレアに他の男ともダンスを許すとか、ね」

「で、許す相手は俺だけで、結局ほんとの男には……ってわけか。アドレア嬢も真相を知ったらびっくりだな。なんて心の狭い男か、ってな」

「真相を知らせなければ思わないさ。ルークの事情は、知られない方が都合が良いんだろう?」

「まあ、そりゃそうだが……アドレア嬢には事情を知らせてもいいと思うけどな」


 ルークの言葉で、レオンはアドレアに真相を知らせた時のことについて考えてみた。

 前提として、アドレアは王子妃にはなりたくないが、結婚願望はある。

 つまり、自分の評判を婚約解消ギリギリまで守る必要がある。そのため、彼女はきっと無闇に男と仲良くなったりはしないだろう。

 しかしルークが女だと知っていたら、周囲の目があるところでは親しくしないかもしれないが、レオンと三人だけの時には打ち解けていくに違いない。

 レオンと親しくなれたルークは、アドレアとも気が合わないはずがないのだ。そうすると、レオンはやはり、見た目は男であるルークとアドレアが親しげにしている様子を見るしかないのだ。

 逆に真相を打ち明けなければ、アドレアもルークに惚れられまいと警戒して、仲良くしようと思わないのではないだろうか。


「やっぱり事情を打ち明けたくはないかな」

「まさかとは思うけどさ、女の友人も許さない気じゃないよな?」

「まさか。そこまで狭量ではないさ。でも……男の友人と親しくしているように()()()のは、歓迎できないね」

「……なるほど。そういうことか。バカだな……」


 どうやらルークもレオンの真意に気づいたようだ。

 さきほどと同じように呆れられているからと思ったが、今度のルークは笑っていた。


「どうしたんだい?」

「いや……アドレア嬢に会えるのが楽しみだなって」

「半年後には紹介できるさ」

「ああ。じゃあ、行って来いよ」


 ルークに言われて、レオンは自分の今日の予定を思い出した。

 アドレアに会うのだ。半年ぶりに。



 レオンは学校を離れて、向かったのは王都にあるストラーテン家の所有する屋敷だ。

 幾度も足を運んだその場所は、レオンに”帰ってきた”と思わせる場所だった。

 夏の青空の下、新緑と咲き乱れる花々がまぶしい庭園に入ると、レオンは自然と心が凪いでいくのを感じた。しかしそれと同時に、アドレアにもうすぐ会えるという逸る気持ちも沸き上がっていて、歩みが早まるのを抑えることができなかった。


「アドレア」


 来訪を知らせていたからか、彼女は出迎えに来ていた。

 長く腰まである銀髪は太陽に輝き、青い瞳はまっすぐにこちらを見据えている。彼女は、自身の瞳と同じ色をしたドレスの裾を持ち上げると、優雅なしぐさで礼をした。

 そしてゆっくりと立ち上がり顔を上げると、彼女はいつものように勝気な笑みを浮かべていった。


「久しぶりね、レオン」

「半年ぶりだね。アドレア」

「中に入りましょうか」


 暑い夏の日差しのもとでは、お茶を飲むのには暑すぎる。

 アドレアに誘われたレオンは、彼女に素直についていって、屋敷の中へと入った。

 そうしてストラーテン家の客間へと案内されたレオンは、ソファに座って一息をついた。アドレアもレオンの向かい側に座ると、じっとレオンの顔を見て、そうしていった。


「学校生活は変わりはないの?」

「いたって平穏な毎日だよ」

「隣国のルクレティオ王子殿下とは、気が合うって言っていたけれど、その友情はいまでも?」

「ああ。基本的にはルークと一緒に行動している。アドレアが学校に入学したら彼を紹介するよ」


 アドレアとは半年に一回程度にはあっているため、学校生活での話もかいつまんで彼女には聞かせていた。そのついでに、ルークのことも話していたのだ。


「そのルクレティオ王子殿下って、どういう人なの?」

「どういう人? 気になるの?」


 前回、ルークのことを話した時には、彼の人となりについて話してはいなかった。というのも、ルークという人物像を話すには、何を話しても嘘をつかないといけない心苦しさがあったためだ。

 また、前回はアドレアに深く聞かれはしなかったため、興味がないのだろうと思っていたのだ。

 紅茶を置いたアドレアは、少しだけ首をかしげて考えながら話した。


「……そうね。正直、あなたは友人を作る気がないのかと思っていたから。それでも親しくしているその人物が気になったのよ」


 アドレア・ストラーテンという少女は、人の心の理解に長けている。だからこそ、レオンが友人を作る気がないと思っていたという彼女の言葉は正しい。

 実際、ルークに出会うまでは、レオンは学校で誰とも親しくならず、均衡を保とうと思っていた。それが、レオンにとっては最善だと信じていたからだ。


「親しくなったきっかけは、本当に、些細なことだね。でも……それからずっと友人として扱っているのは、たぶん、ルークがアドレアと似ているところを感じるからかもしれない」

「私と?」

「うん。ルークは君に似ている。合理的で、目的のためなら手段を選ばない」

「……合理的なのはあなたもでしょう?」

「非合理ではないけど、私とルークはそこで似ているわけではないと思うな」


 まさしくアドレアの言う通り、ルークはアドレアにも似ていて、レオンにも似ている。

 しかし、似ている部分は異なる、とレオンは分析している。

 アドレアとルークは、合理的で、しっかりと達成したい未来を描いている。そのためなら多少の努力を惜しまない性格だ。また、二人とも、何かを得るために何かを犠牲にする覚悟のある人間だ。

 一方でレオンとルークは、性格が似ているというよりも、境遇が似ている。

 レオンもルークも王位を望んでいない。しかし、一歩間違えれば、自分の手元に転がり込んできてしまう立場にもいる。だからこそ、そうならないための布石を必死に敷いているのだ。

 レオンは、できるだけ自分の立場を強めないような立ち回りすることで。

 ルークは、自分の価値を上げないような立ち回りをすることで。


「じゃあ、どこが似ているというの?」

「……それは秘密」

「どうしてよ。教えてくれたっていいじゃない」

「だめだよ」


 アドレアにはルークの事情を教えることはしたくない。たとえ狭量だとルークに思われていても、アドレアに悟られなければいいのだ。

 アドレアは、レオンの様子を見て、レオンが口を割る気がないことを見て取ったらしい。ため息をつくと、話題を変えた。


「それにしてもあなた、意外と真面目よね。上級学校に通えば、浮いた噂の一つや二つ、すぐに広まると思ったのに」

「そうすれば、君は嬉々として婚約解消を提案するんだろう?」

「もちろん。そうすれば私にキズが付かずに別れられるし。二年もあれば、あなたを誘惑して落とす魅力的な女がでてきてもおかしくないと思っていたのに」


 残念だわ、と声には出さずアドレアは言った。


「確かにセントレア王立上級学校には、国中から有力貴族の子息令嬢たちが集っている。そういう意味では、魅力のある女子生徒がいることも否定はしないよ」


 レオンはふっと笑みを浮かべてアドレアにそういうと、彼女は眉根を上げた。レオンの次の言葉を待っているようだった。


「……それで?」

「でも、アドレアに敵う者なんていないさ」

「どうして、そう言い切れるの」

「君は、努力しているからね。怠惰に生きたいって言っているけれど、現実を見ている合理主義者な君は、必要であれば労力を割くことを惜しみはしない」

「打算的な女よりも、自分を好いてくれる女の方が、男は安らげるんじゃないの?」

「さあ……。他はどうあれ、私は君が好きだよ、アドレア」


 レオンは、できるだけストレートに思っていることを口にした。しかし、アドレアは驚いた様子もなく、小さく息をついてこういった。


「あなたは、私の結婚相手として()()がよくないわ」

「条件が、ね」


 アドレアは嘘をつかないタイプの人間でもある。

 だから、レオンはアドレアのその言葉は、こう受け止めた。

 ”条件”以外は問題がない、と。


「ちょっと……どうして笑ってるの?」

「いや……やっぱりアドレアが好きだな、と思って」

「……ときどき、レオンの考えていることが分からないわ」

「そうかな。私の考えていることは、いたってシンプルだよ」

 レオンの目下の望みは、基本的に二つしかない。

 一つは兄が王になり、自分は継承権を放棄すること。

 もう一つは、目の前の少女、アドレア・ストラーテンを妃にすることだ。


「……レオン。あなたは、やっぱり私を妃にする気なのね? 虫よけではなく」

「もちろん」

「じゃあ、こうしましょう。あなたが卒業するまでに、婚約解消したいと思うことがなければ、あなたの勝ちよ。私はあなたとおとなしく結婚しましょう」


 急になされた提案に、レオンは動揺した。

 アドレアは今まで一度も、結婚しても良いと口にしたことはなかったからだ。


「私にキズがつかない婚約解消には、あなたが気が変わるということが必要不可欠な条件よ。つまり、不特定多数の異性のいる、学校生活は最もそれを発生させやすい。そうなれば、レオンが学校を卒業してしまうことはすなわち、その条件を満たすことができなくなることを意味するわ」

「……なるほど。で、私の気が変わったら、私の負けというわけだね」

「そうよ。簡単でしょう」

「……君にはあまり、メリットがないんじゃ?」

「卒業後に婚約解消は許さないわ。私の貰い手がいなくなるもの。つまり、それを加味して選びなさい」


 それでもなお、やはりレオンの方がメリットが大きい。彼女の提案だったら、レオンが負けることはあり得ないからだ。それに、彼女の心配である、卒業後の婚約解消もあり得ない。

 

「その提案、承知した。その代わり、君にもその言葉の責、負ってもらうよ」

「わかっているわ。勝負ね、レオン」


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