5.王子の友人は
セントレア王国第二王子であるレオンと、ウェストカームの王子ルクレティオが親しくなったころ。それは、レオンが入学してから三か月近くがたっていた。
セントレア王立上級学校では、この時期になると新入生の歓迎パーティを行うのが通例だ。
歓迎パーティは公式な行事のため、ドレスコードがあり、基本的には男女一組での入場が原則となる。つまり、レオンも誰かをエスコートしなければいけないのだ。
そのため、ここ最近、レオンは多くの女子生徒に声をかけられっぱなしだった。
「レオン殿下! 歓迎パーティのお相手はお決まりですか?」
「いえ……実をいうとまだ。ただ、打診はしているところです」
「え……、あ、そうなのですね……」
廊下で呼び止められては、居もしない相手に打診をしている、と嘘をつき、笑顔で令嬢たちの誘いを交わし続けている。
ただしこれもあまりに長く続けると怪しまれるだろう。
正直、適当な令嬢を見繕って、申し込んでしまうことも考えたのだが、それをやろうとすると、アドレアの顔がちらついて、踏ん切りがつかなかった。
これでもし、レオンがアドレア以外の令嬢に熱をあげているなどという根も葉もない噂が流れたら、目も当てられない。アドレアが嫉妬でもしてくれようものなら、やってみる価値はあるのかもしれないが、これ幸いと婚約解消の話を進められる可能性の方が高い。
そんな理由で、レオンは、誰か一人を選ぶことに対し、まったく乗り気ではなかった。
「よお、色男」
レオンがどうしたものかと頭を抱えていると、軽い口調で声をかけてきた黒髪の男がいた。日焼けした肌に、赤い瞳の彼は、笑うと白い歯が印象的に光る。
「ルークに言われたくないね。君もかなり多くの誘いを受けていると聞いたよ」
「ま、それは否定できねーな。仮にも王子だ。打算もあるだろ」
「……そうだね」
ルークと一緒にいるようになってから、気づいたことがある。
彼は口調こそ乱暴だが、比較的、よく気が付くし、気も回る。相手の本音を推し量るのも上手い。だからこそ、彼もまた、自分に近寄ってくる令嬢を素直に受け入れることができないのだろう。
「レオンは、やっぱりアドレア嬢のことがあるからか?」
「まあ……そうだね。アドレア以外の誰と踊っても、きっと波は立つだろう。せめて、セントレア王国民でなければ……違うかもしれないが」
セントレア王立上級学校の生徒は、ほとんどがセントレアの国民だ。
ルークのような留学生は極めてまれなのだ。
「んー……じゃ、いっそ俺と踊るか?」
「私が、君と? 冗談だろ」
「ま、そりゃそうだな」
ルークもよほどパートナー探しに参っているようだ。男同士で踊るという冗談を言うほどには。
と、思っていたのだ。この時は。
しかし次の日、レオンはルークの言葉の真意を知ることになる。
ルークが自分と踊るか、と提案した次の日。
廊下で学級委員を務める女子生徒に呼び止められた。
「レオン殿下」
「どうしました?」
「殿下を学校長がおよびです」
「わかりました。知らせてくれてありがとうございます」
レオンはいつも通り、完璧な笑みを浮かべて礼をいうと、学校長室へと向かった。
学校長室に向かうまでの道でも、何人かの生徒に呼び止められたが、学校長に呼ばれていることを盾に交わしていく。
そうして学校長室の前にたどり着くと、ノックをして中に入った。
「レオン殿下。ご足労願いありがとうございます。実は、殿下にお願いしたいことがございまして」
にこやかな学校長のそばに立つ、友人と、友人にそっくりな男の姿だった。
「こちら、ルクレティオ殿下と双子であらせられるルナリーク殿下です。今年の新入生歓迎パーティの来賓の一人としてお越しいただきました。つきましては、レオン殿下にエスコートをお願いしたいのです」
「わかりました。私がエスコートしましょう。……このお二人と話したいので、外に出ても?」
「もちろんかまいません。ぜひ、ルナリーク殿下にも、学校を案内してさしあげてください」
レオンは、自分の顔が引きつりそうになるのを抑えながらそういうと、ルクレティオとルナリークの方を向き直り、笑顔で言った。
「行きましょう」
レオンは二人が後からついてくることを信じて、足早に学校の庭園へと向かった。庭園までの道のりは、誰も話さなかった。後ろからついてくる二人さえも、話していない。
時々、すれ違う生徒が、後ろの二人を見て驚いたような表情をしていることに気が付いたが、きっと彼らは思い違いをしている。
レオンの方が、数百倍、驚いたのだ。
目的の庭園につくと、レオンはくるりと後ろを振り返った。
振り返れば、髪型以外、ほとんど見た目に差のない二人が並んでいた。男の方はルクレティオで、女の方がルナリークだ。
どちらもつややかな黒髪に、浅黒い肌をしていて、きっと髪型だけを互いに似せれば、この二人は性別ですら誤魔化せるだろう。
ここで、レオンは、ルクレティオではなく、ルナリークの方を向いた。
すると初めて会ったはずの彼女が少し気まずげな表情でこちらを向いていた。
「さて、どういうことか聞かせてもらっていいかい? ルーク……いや、ルナリーク姫?」
「やっぱ、ばれてたのか? 双子の妹を連れてきたとフツー思うだろ」
ルナリーク姫は、見た目こそ、完璧な令嬢だった。しかし彼女の口から零れ落ちたのは、普段のルクレティオが発しているような言葉だ。
「その人か否かは分かるさ。二ヶ月隣にいればね」
「さすが、勘がいいな~。ばれないかと思ったのに」
「ずいぶん舐めているようだね」
「悪い悪い。怒るなって」
レオンは比較的、人間に対する観察力はあるほうだった。だからいくら顔が同じだったり、性別が入れ替わっていたりしても、今まで二カ月間一緒にいたのが誰かは分からないはずがなかった。
つまり学校長室に入った瞬間、レオンは、今まで自分がルークに騙されていたと気づいたわけだ。
とはいえ、よくよく思い返してみると、彼は一度も嘘をついていない。
彼は名乗る時ですら、ルークと名乗った。
それはおそらく、ルクレティオではなく、ルナリークの愛称に違いない。
「妹のルークがお世話になっています。私はルクレティオ、ティオと呼ばれています」
ルナリークの男装時と全く変わらぬ姿で、しかしながら、物腰の柔らかな、完璧な王子がそこにいた。
同じ顔でも言動がこれだけ異なるだけで、雰囲気がかなり違って見える。他の生徒に見られると厄介なため、レオンは周囲に気を配りながら言った。
「初めまして。レオンと申します。……ティオ殿は、どうしてこちらに?」
「私がここにいる理由は、セントレア王国の北にある、ノースブルーに用がありまして、ひそかに向かっていたところだったのですよ。ただ、妹があまりにもおてんばなもので、心配になったものですから……こうして様子を見に来たわけです」
「なるほど。まあ……たしかにおてんばといえばおてんばかもしれませんね」
男装して学校に通うことを、おてんばで片付けるのはどうかと思うが、少なくとも淑女とは言い難いことは間違いない。
「ルナリークが私に変装しているということは、セントレアの国王陛下と、第一王子殿下、そしてレオン殿だけしか知りません」
「やはり、学校長も知らないのですね?」
「ええ。ルナリークがあまりにおてんばすぎるので、それを矯正できればいいと思って、留学させたのですが……この言葉遣いで王女だと、貰い手に欠きそうでしたので、私の格好をさせたわけです」
「となると……ウェストカームではティオ殿はどういう扱いになるのですか?」
「まさに問題はそれでね、私が二人存在するのはまずいですから、母方の親戚の住む、ノースブルーで静かに暮らそうと思いまして」
そこまでしてどうして、とレオンは思ったが、彼らの事情にそこまで深く足を踏み入れない方がいいだろう。
レオンにとっては、この学校でできた友人が、男ではなく女だっただけのことなのだ。
「さて、レオン。俺と踊るだろ?」
「……もしかして、そのためにティオ殿を?」
「さあ? どーだろうな」
さきほどティオは、ひそかにノースブルーに向かっている途中だと言っていた。いくらルークの変装が完璧だとは言え、本物のルクレティオが並ぶのは、見破られる危険性を高める。その危険性を冒してまで、彼がここに来るのは、不自然な気がしたのだ。
「レオン殿。妹はこの通り、かなりおてんばなので、ぜひマナーを正してやってほしいのです。手間はかかりますが、レオン殿が探していたエスコート相手としては最適でしょう?」
「……そうですね」
これはレオンが気を使わないためのティオなりの気遣いなのだろう。ルークが女としてレオンにエスコートされてくれるのは、圧倒的にレオンの利が大きい。
レオンは既に婚約者が決まっているため、ルークをエスコートしても、それがきっかけで彼女との婚姻に発展したりはしないためだ。
「では、当日はよろしくお願いします」
「ちなみに……当日のティオ殿はどなたをエスコートするのですか?」
「ああ、それは、妹の面倒を見るために、私はどなたもエスコートしないことを許されています」
それなら、この入れ替わりも気づかれずにやりすごせるかもしれない。何せ二人の言葉遣いが違いすぎて、同じルクレティオの顔だと言っても、周囲が疑うのではないかと危惧していたのだ。
すると、そんなレオンの懸念はお見通しだったらしい。ティオが優雅にほほ笑んで、レオンに言った。
「私とルークの違いを見分けるのは困難ですよ。……俺が口調をまねりゃいいだけだからな」
「! そっくりで驚きました」
「でしょう? これで何の心配もありませんね」
こうして、レオンを悩ませていた新入生歓迎パーティのパートナーは、決まったのだった。