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第二王子は婚約者を振り向かせたい  作者: 如月あい
2章 アドレア・ストラーテンが入学するまで
4/21

4.学校生活のはじまりは

 セントレア王国の第二王子レオン・エメラルド・セントレアが、セントレア王立上級学校に入学してひと月近くがたった。

 この学校には代々の王族を受け入れていることもあり、身元の確かなものしか入れない。そのため、レオンの学校生活は、案外、自由なものだった。学校の敷地内であれば誰に行動を制約されるわけでもなければ、小うるさい家庭教師に邪魔されることもない。

 クラスメイトは、最初はレオンとどう接するかに悩んでいたようだったが、王子らしく穏やかに、かつ、愛想よく接していると、みんな扱い方を心得たようだった。レオンは一線を引いて接していたため、誰かと特に仲良くなることはなかったが、それは大した問題ではなかった。

 学校でいる間に、下手に国内貴族と親交を深めて、余計な疑惑を生んでしまったら面倒なことになる。レオンは兄ともめるなんて面倒ごとは起こしたくなかったのだ。王家にもう少し男児がいれば、レオンはきっと早々に王位継承権を放棄していただろう。

 しかし、アドレアが言っていたように、現在の王家の男児は数が少ない。また、兄に何かあった時に、レオンが王位継承権を放棄していたら、国が傾きそうなほど色ボケした男が王になることになる。それはなんとしても避けねばならないことだった。


 だからこうして、王位継承権を持ち、誰とも親しくせず、穏やかな学校生活をレオンは送っているのだ。今日も今日とて、持て余した時間を静かに読書に費やそうかと、図書館に向かっているときだった。

 何やら騒がしい声が、庭園の方から聞こえてきた。


「あなた、この前はよくも私に恥をかかせてくれたわね! 私が雑草みたいですって!?」


 叫んでいるのは、セントレア王国の有名な名家の一つ、ヴラサーク伯爵家の娘だった。以前、ちらりと茶会で顔を合わせたことがあるが、なかなかに気性の激しい少女だった覚えがある。

 そんな彼女が怒鳴りつけている相手は、隣国ウェストカーム王国の王子ルクレティオだった。ウェストカームとこのセントレアは、親交の深い国で互いの王族が留学に来る、というのはさして珍しい話ではなかった。同じ学年だがクラスが違うため、積極的にかかわってはいなかったのだが、こういうもめごとに巻き込まれた彼を放っておくのは、レオンの立場上よくない。


「いや、俺は別に、カタバミみたいだっていっただけじゃねーか」

「そのカタバミという植物を調べましてよ! そうしたら、雑草の名前ではありませんか! 私は友人たちの前で恥をかかされたのですわ!」

「雑草っていうけど、立派な花だぞ。俺はカタバミが好きだし、あの黄色い花は、かわいらしいじゃないか」


 もめている内容を聞くと、どうやらルクレティオが、伯爵家の令嬢に対してカタバミのようだ、といったことが発端になっているらしい。ご令嬢を形容するのに雑草の名前を出すとは、スマートではないが、どうやらルクレティオには全く悪気がないようだ。


「何を話されているのですか」


レオンは友好的な笑みを浮かべて場に割って入った。すると、思った通り、(くだん)の伯爵令嬢は、慌てたように怒りを収め、どうにかレオンに微笑みを向けた。


「いえ……。その、この方が多少、言葉選びがお上手ではないようなので、指摘してさしあげているのです」

「カタバミに例えられたのが気に障ったのですか? カタバミはウェストカームでは、子孫繁栄の象徴として縁起のいい花のようですよ。きっと、ルクレティオ殿も、悪気はなかったのでは?」

「え……そうでしたの?」

「そうだな。縁起のいい花だから、嫌がられると思わなかったんだ。悪いな」

「そ、それなら構いません。私が無知だったのもいけないのですから。……では、失礼いたします」


 レオンのフォローの言葉に納得したのか、それともレオンにこれ以上、自分が怒っている姿を見せたくなかったのか、どちらかはわからない。

 ただ、伯爵令嬢は自分なりに怒りを収め、その場を去っていった。


「あんたレオン王子だよな? 名前は知ってるみたいだけど、俺はルクレティオ。フォローしてもらえて助かったよ」

「私はレオンと申します。我が国のものが失礼をして申し訳ありません」

「そんなにかしこまらないでくれよ。俺のこのしゃべり方がもっと問題になるだろ? 俺のことはルークって呼んでくれ」


 どうやらルクレティオは、自分の言葉遣いが王子にしては適切ではないという自覚はしていたようだ。しかし彼はそれを改める気はないのだろう。


「では、ルークと呼ばせていただきます」

「レオンのその口調はそのままなのかよ……」

「まだ、親交を深める前ですから」


 ルークがレオンの敬語に対して渋い顔をしたため、暗に親しくなれば口調を崩すのだとほのめかしておく。実際にやるかどうかはおいておいて、相手の意に沿うための条件を提示することは、たとえ相手が王子でなくても大切だ。その条件を提示するだけで、さも自分がその行為に前向きであるかのように見えるからだ。


「じゃ、レオンの口調が崩れるまで、付きまとうかな」

「どうぞお好きなように」


 この時のレオンは、軽い気持ちでそういった。というのも、まさかルークが、本当にずっとレオンに付きまとうようになるとは思ってもいなかったためだ。

 それからのルークといえば、本当に、レオンに付きまとった。出会ってから二カ月間、レオンが心を許すまで、毎日会いに来たのだ。男同士だというのに、あらぬ噂が立つのではと思うほどべったりだった。

 

「レオン!」


 ある日のルークは、なんだか得体のしれない虫をつかみながら、レオンに近寄ってきた。彼の目は輝いており、レオンに嫌がらせしたいから虫をつかんでいるわけではないことは分かった。


「どうしたんですか?」

「この虫は、セントレア王国にしか生息していない虫で、俺の国じゃ見れないんだ」

「そう……ですか」


 レオンは別段虫が苦手、というわけではないが、間近で見せられて興奮するほど好きなわけでもない。自分で思っていた以上に、興味のなさげな声ができていたのだろう。

 ルークはにっと歯をみせて笑うと、虫をぽいっと放り捨てた。


「レオンは興味がないってことがわかったよ」

「え?」

「いや~だってさ、そのかしこまった口調を崩すには、仲良くなるしかないんだろ? それならまずは見定めないと」


 ルークはそういってあっけらかんと笑うと、手を振って、その場を立ち去った。

 どうやらレオンの様子をうかがっていたようだ。


「レオン!」


 ある日のルークは、見慣れない菓子を袋ごと差し出してきた。

 白い粉の振られたその菓子は、持ってみると固い。どうやらクッキーのようだが、こんな球状の形をしたものは初めて見た。


「食べてみてくれよ」

「……いただきます」


 レオンは恐る恐る口に運ぶ。

 その菓子をかむと、口の中でバラバラと砕けていき、まずは甘さと、レオンの知らない風味が広がっていく。ほどよい甘さと触感のよいお菓子だった。

 端的にいっておいしい。


「俺の国ではそれをスノーボールって呼ぶんだ。白くて丸い雪のボールみたいだからさ」

「へえ……」


 これはアドレアに持っていったら、彼女が喜びそうだ。そう思ったら、自然と笑みがこぼれていたのだろう。そんなレオンを見たルークは、切れ長の目をすっと細めると、嬉しそうに彼も笑った。


「これは当たりだったみたいだな」

「婚約者が、喜びそうだと思ったので」

「へえ、婚約者! どんな(ひと)なんだ?」

「そうですね……聡明で、美しいのですが、ちょっと変わった女性ですね。合理的とも言えるかもしれません」

「変わった女性?」

「聡明さと美貌と、由緒正しき名家の出身でありながら、彼女は……平穏に生きたいと願っているようです。権力闘争に巻き込まれるのはまっぴらごめんだと」

「なるほど。んじゃ、レオンとの結婚も嫌がってたりしてな」


 ルークとしては冗談のつもりだったのかもしれないが、レオンはそれを首肯した。

 

「その通りですよ。顔を合わせるたびに、いつ婚約を解消するのかと迫ってくるぐらいですからね」

「げ、まじかよ。レオンは顔もいいのにな。いっそ、平民にでもなりたいのか?」

「いいえ。貴族の家に嫁ぎたいようです。自分が働かなくていい家に嫁ぐのが、最も面倒ごとを避けられるからと」

「ははっ。ずいぶん合理的だな」


 ルークはそういうと、自身の目にはらりとかかった黒髪をかきあげた。そして、レオンの手の中にある菓子を見つめながらいった。


「その婚約者殿は、甘いものは好きなのか?」

「ええ。この類の菓子は、特に」

「じゃあ、今度、もう少し丁寧に包装したやつを持ってきてやるよ。レオンは、その婚約者殿の気をひきたいみたいだしな」

「! 気を引きたいように見えるかい?」


 会ってもいないのに、自分の恋心を指摘されたレオンは、反射的にルークに問い返した。すると、ルークは、赤い瞳を一瞬丸くして見開いた後、なぜか嬉しそうに笑った。


「見えるさ。大切でしょうがないってな」

「……そうか」

「それに、よっぽど動揺したのか、口調が素になってるぞ」


 ルークに指摘され、レオンははっと我に返った。

 確かに、ついルークに対して、アドレアに使うような軽い口調を使ってしまっていた。


「一回その口調でしゃべったら、もう丁寧にしゃべってもしょうがないだろ?」


 以前、アドレアに同じようなことを言われたのを思い出し、レオンは自分の負けを悟った。

 この二か月で、何かと話しかけてくるルークに、親近感を抱き始めていたことには違いなかった。彼は隣国の王子だが、だからこそ、レオンのことを理解してくれる一面もある。

 

「わかったよ、ルーク。君にもこの口調で話そう」

「おお! いいな。なんかやっとレオンと友達になれた気がするな」


 嬉しそうに笑うルークをみて、ふと、レオンはアドレアのことを思った。

 アドレアがレオンに言葉を改めるように言ったのも、少しは距離を近づけようと思ったからだったのだろうか。それとも、彼女があの時にいった、言葉の通りの意味だったのだろうか。


「それにしても……どんな美人か、気になるな」

「惚れさえしなければ、見るのは構わない。そのうち紹介するよ」


 レオンが半ば本気でそういうと、ルークはげらげらと無遠慮に笑ったのだった。

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