14.友情と、愛情と
ダンスを終えたあの日から、何となく気になっていることがある。
それは、ルークとアドレアの距離だ。
朝食を一緒に取るのはレオンとルークととるのだが、その時もだいぶ打ち解けているように見える。また、ふとした時に、学校内で二人が話しているのを見かけるのだ。
アドレアに交友関係を広げるように言ったのは自分なのに、どうしても気になってしまうのは、惚れた男の性なのだろうか。また、ルークが実は女だと自分はわかっていても、アドレアがそうではない、ということが余計に不安に拍車をかけるのかもしれない。
アドレアは男としてルークを見て、そして親しくなっているのだ。ルークからすれば気安い女友達なのだろうが、アドレアからすれば男なのだからうっかり惚れてしまう可能性だって否定はできない。
彼女はルークが隣国の王族であるということは承知しているから、彼女の主義で言えば、ルークは対象外であるはず、ということはレオンも重々承知している。しかし、それでも不安で仕方がないのは、アドレアが自分のことをどう思っているか分からないからだろうか。
「レオン、どうしたのそんなところで突っ立って」
「アドレア……」
アドレアとルークについて考えていたら、つい足を止めてしまっていたようだ。
学校の小道の真ん中で立ち止っていたら、確かに何事かと思われても仕方がない。彼女は今日は珍しく一人のようで、気安い様子で話しかけてきた。
「何かあったの?」
「……ちょっと、時間はある?」
「ええ。あるけれど……」
「じゃあ、ついてきて」
アドレアのことで悩んでいる、とは言い出せずに、レオンはとりあえずアドレアを誘い、学校の中の小さな庭園まで歩いた。庭園にはベンチがある程度離れた距離にいくつか置いてあり、そこにアドレアと並んで座る。
「風が気持ちいいわね」
彼女の言葉に答えるかごとく、風が彼女の長い銀髪を揺らした。太陽光を受けた彼女の白い肌はますます輝き、妖精のような神秘的な美しさを放っていた。
思わずレオンは彼女の髪に手を伸ばし、彼女の輪郭をなぞるようにゆっくりとその髪をなでた。さらりとした絹糸のような手触りが心地よい。
「レオン? どうしたの?」
「……こうして触れられるのは嫌?」
ここで嫌だと言われたら、レオンは心が折れる。
そう分かっていても聞かずにはいられなかった。そうやって彼女の心を試さないと、レオンの心の安寧は得られない気がしたのだ。
「嫌……というわけではないけど、こんな人目につくところでなんて、あなたらしくないわね」
アドレアの言うとおり、レオンは学校で彼女に触れるようなことをしたことはなかった。否、こうやって触れること自体が、あまりやったことのないことだ。
レオンは彼女の髪をすくのをやめると、深く息を吸って、吐いた。今日はいつも以上に、彼女を前にして冷静ではいられなくなっているようだ。
「何を話したかったの?」
「アドレアとルークのこと」
「え?」
「二人は知り合いだったんだろう? どこで出会って、いつ親しくなったんだい?」
「それは……」
アドレアは答えを考えるように下を向いた。
入学式の二人の反応を見てから、レオンはずっと気になっていた。しかし、これまではアドレアが話すことに乗り気ではなさそうだったから、聞かずにおいたのだ。
ただ最近の二人の親し気な様子を見ていて、ふと、思ったのだ。
アドレアと出会った時のルークは、どちらの姿だったのだろうか、と。
男だったからすぐにわかったのか、それともレオンと同じで、彼女の見かけの性別が変わっていても、同一人物だとアドレアは見抜いたのか。
「答えられないわ。ごめんなさい」
「どうして?」
「あの日のことは二人の秘密って、ルークと約束しているからよ」
「ルークと私だったら、ルークを選ぶんだね」
レオンは自分でそういってしまってから、その言葉を後悔した。彼女にそんな二者択一を迫りたいわけではない。それに、世界をひろげて友達を作ればいいと彼女の背中を押したのは自分なのだ。
「そういう問題じゃないわ。私とルークが出会ったのは、あなたと出会うよりも前よ。そちらの方が先約なのだから、あなたの問いには答えられないだけよ」
「そうだろうね。ルークは良い人だから」
「あなた、まさか私がルークと親しくするのが気に入らないの? あなたが、私はもっと交友関係を広げるべきだ、と言ったのに!?」
アドレアの声が高く鋭くなった。彼女が怒っているのが分かる。いつものレオンだったら、きっとすぐに謝り、もう少し丁寧に言葉を尽くしただろう。
しかし今日のレオンは不安定だった。
「確かに広げるべきだとは言った。ただ、ルークと君が必要以上に親しくすることが、周りからどう見えるか、わからないわけじゃないだろう? あえて、そういう波紋を呼ぶ相手である必要はないんじゃないか?」
「まるで私とルークが過ちでも犯しているみたいね! あなたはルークとの関係性は認めてくれると思ってたわ!」
「ルークと私が親しいから?」
アドレアは自分の友人だったら、婚約者が親しくしても気にしないとでも思っているのだろうか。ルークの良さを知っているからこそ、アドレアが惚れるのでは、と思ってしまうと言うのに。
「あなたは知ってるんでしょう!? それなのにどうして? ……いえ、そうね他人から見える、ことが問題なら仕方ないわ。あなたが嫌なわけじゃない、ということなのね、つまり」
「何を言ってるんだ? 私が、嫌なんだ」
「ええ、そうでしょうね。あなたは後押ししてくれたと思ったのに、やっぱり私が交友関係を広げることで、あるべき姿から外れるのが嫌なんだわ」
「そんなことは言ってないだろう!」
「言ってるわよ!」
この時のレオンが冷静であれば、アドレアがどうしてルークなら親しくしても良いと思ったのか、正しい答えを導けたかもしれない。
アドレアもまた、普段であれば、レオンがアドレアの認識を誤解していることも気づけたかもしれない。
しかしアドレアもレオンも頭に血が上っている今、お互いにそんなことを考えられる余裕はなかった。
「アドレアには幸せになってほしいと思ってる。交友関係を広げてほしいとも。ただ、相手とやり方を考えてくれ、と言ってるだけだろう?」
「考えた結果よ! それに他の誰かに怪しまれるような、そんな距離の縮め方は断じてしてないわ! もういい! しばらく話しかけてこないで!」
アドレアはそう言うとパッと立ち上がりその場を去っていく。レオンはその後ろ姿を見つめながら、呆然として、ベンチから動けずにいた。
アドレアと出会ってから初めての喧嘩だった。軽い言い争いはあるが、アドレアをあんなに怒らせてしまってことはない。
今からでも追いかけて、謝れば許してくれるだろうか。
レオンだって、アドレアとルークの距離が、不健全なものだと思っているわけではない。理性では、ほどよい友人関係を築いていることを認めながらも、本能が拒絶する。それはレオンの嫉妬であって、アドレアに非があるわけではないのだ。
深呼吸をして立ち上がり、アドレアを追いかけようとした時だった。
「レオン殿下! こちらにいらっしゃいましたか」
「どうしたんだ?」
姿を現したのは、レオンの近衛を務めている者だった。普段は上級学校にいないため、何か知らせがあってきたのだろう。
「伝令に任せず、わざわざくるなんて、嫌な知らせ?」
「そうですね」
彼は周囲にさっと視線を巡らせ、誰もいないことを確認すると、一歩、レオンに歩み寄った。そして低く小さい声で告げた。
「エイブラム殿下がお倒れになりました。至急、王城にお戻りいただきたく」
「兄上が?」
アドレアの事が一瞬、頭をよぎったが、さすがに第一王子の急変とあっては、帰城しないわけにはいかない。
レオンはうなずくと、馬を走らせ、城に戻ったのだった。