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第二王子は婚約者を振り向かせたい  作者: 如月あい
3章.アドレア・ストラーテンを振り向かせたい
10/21

10.その手を私に

 セントレア王立上級学校は、今年もまた、新入生歓迎会のシーズンを迎えていた。そして本日が、新入生歓迎パーティのパートナー獲得の解禁日なのである。

 そのため学園内は男女ともにどこことなく浮つき、神妙な顔をした男子生徒が女子生徒に話しかけては、黄色い歓声があがる……というようなことが各所で起きていた。


「今年は誘う相手がいてよかったな」

「ああ……だが、今から憂鬱だ」


 セントレア王立上級学校の大講義室の一角に座っていたこの国の王子レオンと、隣国の()()ルークもまた、新入生歓迎会について話していた。


「今から憂鬱? まさか、断られないだろ? 婚約者だぞ?」

「そんな心配はしていないよ。ただ、来年、再来年は私以外の誰かがアドレアの手を取ることになる」

「……」


 ルークは心底呆れた表情をした後、ほんの少しだけうらやましさを滲ませた表情でほほ笑んだ。


「その一途さには脱帽だな。そこまで執着できるのも才能っちゃ才能か」

「ただ単に、私が自分本位だってだけだと思うよ。ルークは、欲しいものを欲しいというのが苦手なだけで、執着できないわけじゃないだろう?」

「それは……確かにそういう面もあるのか」


 レオンがアドレアに執着し、それをルークに対して隠さないのは、何が何でもアドレアの隣にいる権利を獲得したいからであり、そして誰にもそれを奪わせたくないからだ。

 自分の望みのために、レオンはどんな策だって巡らせて立ち回ってきた。今までの人生もそうだったし、これからの人生もそうだろう。

 しかしルークは、きっと欲しいものを欲しいと言えずにいる。それはきっと、欲しいものすべてを同時に手に入れる方法が、ルークの中に存在しないからだ。

 レオンから言わせれば、方法なんてなくても、望めばいい。それで無理なら、その時に考えればいいのだ。どうやって自分の気持ちと折り合いをつけるのかを。


「望みを口に出すことをお勧めするよ、ルーク。そうすれば、君の道を一緒に歩いてくれる人が、必ずいるよ、君になら」

「……つまり、俺はすでにレオンの道も一緒に歩いているわけなんだな」

「違いないね。だから、必要なら私のことも利用すればいい。そうして君の望みが叶うのならば」


 レオンがそうやって言い切ると、ルークは何か吹っ切れたように笑みを見せた。それは、今は男の姿をしているにもかかわらず、凛として美しく、艶のある笑みだった。


「じゃあ、勝手にレオンの道を一緒に歩かされてる者として、助言してやる」

「助言?」

「率直に、気持ちを飾らずアドレア嬢をダンスに誘ってこい」

「率直に? 私はいつだって……」

「いいや。レオンの気持ちの半分もアドレア嬢に伝わってないぞ。俺の見る限り」


 ルークはやけにきっぱりとそう言い切ると、トンっとレオンの背中をたたいた。


「授業が終わったら、誘いに行けよ。いいな?」

「あ、ああ」


 アドレアを誘うこと自体は簡単だ。レオンは曲がりなりにも婚約者である。アドレアが断ることは万に一つもない。というよりも、彼女は侯爵家の娘として、正しく振る舞うため、断ることができないだろう。

 レオンとアドレアの関係性も、何度かの牽制と、毎日朝食を共にすることで、周知に努めている。よもやアドレアをパートナーに、という男もいないはずだ。そういう意味では、レオンはアドレアを誘うのにそこまで急がなくても良いはずだった。

 しかしレオンは、授業終わりにアドレアの教室まで赴き、自分の読みが甘かったことを痛感させられることになった。

 それは、こんな話声が聞こえてきたからである。


「アドレア様は、レオン殿下と代表(リプレゼンタティブ)演舞(ダンス)を踊られるのですよね?」

代表(リプレゼンタティブ)演舞(ダンス)?」

「学校を代表してのファーストダンスのことを言うんですよ」

「学校を代表して……そう……」


 アドレアは何でもないことのように相槌を打って微笑んでいるが、見るものが見れば、面倒なことに巻き込まれた、という表情を隠しきれていない。

 すると、アドレアの友人が、レオンにとっては余計な情報をアドレアに吹き込んだ。


「例年は、最優秀成績者を各学年から一人ずつ選出するので、三組になるのですが、今年は二組ですわね……」

「確かに、私とレオン殿下が踊ると組数が減ってしまいますね! それは見栄えがよくないのではないかしら。それならいっそ……」


 アドレアが次の言葉を発する前に、レオンは教室に足を踏み入れ、彼女が言葉を発するのを阻害した。


「アドレア。新入生歓迎パーティで、一緒に踊ろうと思って誘いにきたよ」


 レオンがアドレアに呼びかけると、周囲から黄色の歓声があがった。囃し立てるようなその声に恨みがましいものが混ざっていないことを見る限り、アドレアはレオンの婚約者として認められているのだろう。

 

「レオン様……。お誘いありがとうございます。もちろんお受けしようと思っていたのですが……」

代表リプレゼンタティブ演舞(ダンス)が二組になることを心配しているのかな?」

「ええ……」

「組数は大して重要じゃないようだから、気にしなくていいよ。現に一昨年のファーストダンスは、私とルナリーク王女の二人だけで踊ったからね」


 レオンは特に気にしていなかったが、今考えてみれば、おそらく一昨年は王子と王女に並んで踊る生徒を選出するよりは、誰も選ばない方がいいという学園の配慮で、レオンとルナリークだけが踊ることになったのだろう。

 また昨年はレオンが適当な公務と理由をつけて新入生歓迎パーティを欠席したため、二年生は次席の生徒が代表リプレゼンタティブ演舞(ダンス)をしているはずだ。

 あのファーストダンスを代表リプレゼンタティブ演舞(ダンス)と呼ぶことすら今年初めて知るレベルで興味がなかった催しだが、アドレアがいる今年は違う。彼女と踊るためなら、本当かどうか分からない学校の”慣例”の一つや二つ、作ることさえいとわないのだ。


「そうだったのですね。では、気兼ねなくレオン様と踊ることができますね」


 少し照れたようなはにかんだ笑みを浮かべたアドレアは、誰がどう見ても、レオンの誘いに乗ることができて喜んでいるようにしか見えないだろう。

 アドレアの実態を知るレオンだけは、彼女の笑みから漂う冷気に触れた気がして、自分の作っている王子然とした笑みが崩れそうになるのを必死にこらえていた。


代表リプレゼンタティブ演舞(ダンス)というけれど、特に特殊なことをするわけじゃない。だから、あまり気負わなくていいよ。私と君が踊ったら、どのみち似たような状態になるだろうからね」

「そのお言葉を聞いて安心しました。レオン様と踊るのを楽しみにしております」


 アドレアにとって代表リプレゼンタティブ演舞(ダンス)が、レオンが相手だから面倒事になっているわけではない、ということをアピールしたかったのだが、外面全開モードのアドレアの表情からは、何を思っているか読み取ることはできなかった。


 夕食の際に、ルークにアドレアを誘った時の様子を話すと、なぜか小さくため息をつかれてしまった。


「ため息をつくのはやめてくれないかな?」

「なんでレオンがアドレア嬢と話すと、どことなく策略めいた言動になっちまうのかな……」

「策略めいたとは失礼な。ただアドレアを誘っただけだろう?」

「まあ、誘ったのは誘ったんだろうが……なんというか、レオンの気持ちが足りないというか……」

「気持ち? アドレアとダンスするためなら、慣例を適当にでっちあげるぐらいはするけどね」

「それが表に出てないって言ってるんだよ……」


 ルークはメインの肉を切って口に入れると、もぐもぐと租借しながら何かを考えているようだった。

 そしてふと、思いついたような表情になり、肉を飲み込んでから言った。


「そういえば、パートナーに自分の目の色の装身具をあげて、それを身に着けてもらうのが流行りらしいぞ。二人の仲が良好であるようにって願いをこめてな。アドレア嬢に贈り物でもしてみたらどうだ?」

「へえ……なるほど。それ、本当は互いに贈りあうんだよね?」

「よく分かってるじゃないか」

「アドレアに装身具を選んでって言うのは……ハードルが高いな」


 アドレアはそもそも面倒ごとが嫌いである。また、生徒たちの間で流行っているようなおまじないめいた行動に、乗っかるような性格でもない。

 つまり、アドレアがレオンのために何か装身具を選んでくれる可能性というのは、きわめて低い。


「ちなみに、学校の他の生徒は、町で買うらしいから、レオンが普段、贈り物を買うような店じゃない方がいいぞ」


 アドレアはあるべき姿から外れるのを嫌う人間だ。

 そういう意味では、他の生徒になじみつつ、王子の婚約者として品格を失わないものがいいだろう。


「ルーク、買い物に付き合ってくれるかい?」

「ま、そうなるだろうと思ったよ」


 そうして迎えた次の休日、レオンは予想外の光景を目の当たりにすることになった。


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