初仕事 Ⅱ
裕司たちが洞窟へと足を踏み入れたと同時にそれに気付いた存在が洞窟の奥にいた。
ハット帽を被った長身の男が視線を外へと続くであろう道へと向ける。
「おやぁ? ここに誰かが来た気配がしましたねぇ。冒険者でしょうかねぇ? ここを制圧するためとはいえ、下級の魔物を使いましたし、あり得るかもしれませんねぇ。困りますねぇ、今来られるのはぁ。とはいえ、来ているのはFランクの冒険者でしょうし、問題ないでしょうねぇ。最悪、ここに辿り着いたとしても、どうしようもないと思いますがねぇ」
男は懐から懐中時計を取り出し、時刻を確認する。
それを確認すると、視線を洞窟の奥へと移す。
「時間ももう少しですし、ちょうどいいぃ。今来た冒険者にはぁ……実験体になっていただきましょぉ」
男はこれから起こることを想像してなのか、ニヤッと不気味に笑って見せた。
*
歩き出してから少し経ったのだが……。
「ガウッ!」
「グギャッ!?」
「うみゅー!」
「ギャギ!?」
「てい」
「グゲッ!?」
俺の体質によってかな、次々とゴブリンが集まってくること。
それをメイとスイム、ノワールで次々と倒していく。
スゲェよ、この二人と一匹。
何がって、俺目掛けて襲い掛かってくるゴブリンはノワールが噛み殺したり、口から炎を吐いて焼き尽くしたりする。
そして、前衛でメイが腕や足のパーツを変えて斬ったり、殴ったりしていて、スイムがその後ろから水魔法や氷魔法で援護している形だ。
それによって、洞窟の奥から次々とやってくるゴブリンは倒されていく。
いや、っていうよりも出てきたところをメイとスイムに叩かれている気がする。
最早、モグラたたきの様な作業っぷりで。
ちなみに討伐の証はいらないのか、と思ったのだが、このギルドカード、意外と便利で討伐数が次々と追加されていっているのだ。
まぁ、ここに来たゴブリンたちの退治が仕事だし、このカウントは特に意味はないんだけどね。
だけど、これだけ討伐してほしいとかいうクエストがあった時は便利だよな。
後は素材としてほしいんだが……ゴブリンに素材なんてあるのか?
【Fランクのモンスターには基本、素材となる部分はありません。もちろん、『小鬼』にはありません】
ですよね~。
もし、素材が取れるのなら、それだけ取って売ろうと考えていたんだけどな……。
まぁ、ゴブリンの歯が素材に使えるとは思えないし、革だってとれるわけじゃないしな。
あぁ、あの時倒したレッドドラゴン……鱗とか牙は残しておく様言っておくべきだった。
メイ、鱗ごと噛み砕き始めるんだから末恐ろしいよな……。
牙はスイムが溶かしてたし……。
やめよう、過去を振り返っても仕方ない。
流石のメイもゴブリンの心臓はいらないのか、倒したゴブリンには目もくれない。
「にしても、本当にゴブリンだけだな。魔物が住み着いたって書いてあったから、他にもいると思ったんだが」
「え? いたよ?」
「え? マジで?」
今まで見えなかったんだけど。
まさか、ゴブリンに紛れるほど小さいのか?
メイはゴブリンをマンティスブレイドの腕で切り裂いた後、獲物を狙う獣の様な目でとある方向を見ると、ゴブリン達の中に飛び込む。
そして、そこからメイが飛び出してくると、その手には一体の魔物が。
その手には二本の牙がかなり鋭い蝙蝠の様な魔物だ。
メイの手から逃れようとしているのか、バサバサと一生懸命翼を動かしている。
それにしても、コレは……。
【魔物名:『吸血コウモリ』。Fランクの魔物です】
とうとう俺が聞く前に答えられるほどになったな、ヘルプさん。
それにしても、吸血コウモリか……見たまんまだが、いいな。
この鋭い牙も血を吸うためだと言うのなら、納得だ。
仲間にしたいな……。
【懐き度が足りません】
知ってるよ!
変なとこで律儀だな、ホントに!
俺は次元倉庫からきび団子を取り出し、袋を開けて、一つ取り出す。
それを吸血コウモリに近づけると、さっきまで暴れていたのが嘘かの様にピタッと止まり、きび団子へと視線を向けている。
本当に凄く便利だな、『魔物へのお菓子』は。
だって、コレを差し出しただけで、さっきまで逃げ出そうと暴れていたのが嘘かの様に落ち着いてるんだからさ。
「問題なさそうだね。残りの敵も倒すね」
メイも段々、俺のやっていることが理解できてきたのか、吸血コウモリから手を離すと、スイムと共にゴブリンを倒しに戻る。
俺はその間にきび団子を吸血コウモリに差し出す。
「ほら」
「キキ!」
吸血コウモリは嬉しそうにきび団子を食べ始める。
どうやら、鋭い二本の牙の間に綺麗に並んだ小さな牙がある様だ。
それできび団子を器用に噛んでいっている様だ。
その間にも二人と一匹がゴブリンを蹴散らしていく。
チラッとギルドカードを見たのだが、もうすぐで百行きそうなんですが……。
一体、どれほどの魔物が迷い込んだというのだ?
そう思いながら、きび団子をあげ続けていると、袋が空になったのに気付く。
そして、吸血コウモリの方を見てみる。
「キキ!」
「お、これはいけるんじゃないか?」
ご機嫌な様に空中で何度か飛び跳ねる吸血コウモリ。
これはテイムできるはず……!
【懐き度は達成しました。テイムが可能となりました】
よし、やったぜ!
吸血コウモリ……どういう風に成長するか楽しみだな。
そうだな、血だからブラッド……?
いや、もうちょっと名前に一捻り欲しいな。
思えば、赤って、ラテン語でルフスって言ったっけ?
もしくは吸血鬼伝説から名前をちなんで……。
【アルフなど如何でしょうか? 貴方の世界では吸血鬼の一人として、知られています】
え? そうなの?
それなら、まだカーミラとかの方が知られてそうだけど……そうだな、ヘルプさんのせっかくの提案だし。
「なぁ、もしよかったら俺と一緒に来ないか? 友達として、ついてきてほしいんだ」
「! キキ!」
もちろん! という様に上下に何度も飛ぶ吸血コウモリ。
よし、なら、後は名前を付ければ、テイム完了だな。
「なら、今日からお前は『アルフ』だ! これからよろしくな、アルフ」
「キキー!」
俺が名付けをした瞬間、足元に魔法陣が展開され、吸血コウモリ……アルフの翼にテイムの紋章が浮かび上がる。
よし、新しい仲間ができたな!
とはいえ、いきなり戦わせるのもな……ゴブリンと同ランクだし、向こうは武器を持ってるし。
とりあえず、きび団子をもう一度あげておけば、成長するはずだ。
次元倉庫から再びきび団子を取り出し、アルフに与えると、嬉しそうに食べ始める。
コレで次戦っても大丈夫……かな。
視線をメイたちの方へと向けると、ゴブリンの屍の山が築かれていた。
うん、なんというか……多くね?
「何体倒したんだよ……え?」
ギルドカードでその数を確認してみると、表示されているのは『120』いう文字。
そんなに出てきたのかよ……。
いや、というよりコレは本当にFランクの人が受けるクエストなのか?
俺にはメイやスイム、ノワールがいたからどうにかなったが……Fランクの人が受けたら、どうにかできる様な数じゃない。
圧倒的な数に押されて、冒険者たちはやられてしまうだろう。
魔物のランクはともかく、これを受けるのはプロともいえるほどの冒険者だと思うのだが。
そう思っていると、隣にいるノワールから唸り声が聞こえてくる。
「グルルルル……!」
「どうした? ノワール?」
「ユージ」
「メイ……?」
名前を呼ばれて、メイへと視線を向けると、拳を構えているメイと魔法陣を展開し、水の弾丸や槍、氷の槍などを展開しているスイムがいた。
しかも、テイムしたばかりのアルフまで何かを警戒するかの様に威嚇する様な声をあげている。
皆が向いている視線は洞窟の奥……メイが何かを感じていたやつだ。
俺も洞窟の奥へと視線を向けた時、何かが聞こえてきた。
ベチャッ! と、何かを潰しながら歩いてくる音。
その音はどんどんこちらへと近づいてきているのがわかる。
その音が近づいてくるにつれて、心臓の動悸も激しくなる。
これ、なんていうホラーゲーム?
確認するためにライトを奥へと飛ばしたいが……これ、絶対飛ばした途端に悲鳴をあげるような何かがいるよな?
だけど、やるしかないよな。
俺は嫌な予感がしながらも、ライトを奥へと飛ばしてみる。
そして、ライトが奥を照らし出した瞬間だ。
「グオオ……!」
ベチャッ! という音を立てて、暗闇からヘドロの様な異形が姿を現した。
その瞬間、俺でもわかるほどの何か……気分が悪くなるほどの何かを感じた。
ヘドロの異形は俺たちを見つけると、穴から見える怪しく光る赤い目らしきものが光る。
「来る……!」
メイのその一言で、ヘドロの異形は動き出した。
さっきまで引きずってきていたであろうヘドロの体が嘘の様に素早く飛び上がり、メイに襲い掛かる。
メイは天井に土色の魔法陣を展開する。
「潰れろ! 『岩石潰し』!」
その瞬間、魔法陣から岩の柱が勢いよく飛び出し、ヘドロの異形に直撃し、岩の柱はそのまま地面に突き刺さる。
今のは土魔法だよな?
【ハイ、今の魔法は天井の部分を利用し、魔法で一度分解、再構築を行い、別の形に変えて放つ魔法です】
そういうこともできるのか、この世界の魔法は。
そして、押し潰されたと思われるヘドロはバラバラの状態で隙間から出てきて、再び集まり出す。
「うみゅー!」
それを好機と見たスイムが展開していたウォーターパレットやランス、アイシクルランスを一斉掃射する。
先にウォーターパレットやランスが次々と直撃し、ヘドロの異形を濡らしていき、そこにアイシクルランスが当たることにより、濡れたヘドロの体はブラックボアが凍った時よりも速い速度で凍り出す。
水を利用して、凍らせるのを速めるって、考えたな、スイムは。
「……! グオオオオオ!」
「うみゅ!?」
ヘドロの異形が雄叫びをあげると、全身を覆い始めていた氷が弾け飛ぶ。
それにスイムは驚きの声をあげる。
オイオイ、なんなんだ、あの魔物は?
ヘルプさんは何か。
【知りません】
速攻!? また言い切る前に言ったよ!
いやいや、それでも何かくらいは。
【わかりません】
ヘルプさん……仕事してくれる?
何でもかんでもわかりませんじゃ、困るよ。
リオンさんがつけてくれたのだし、凄いのだとはわかってるんだけど。
【……この世界に存在する魔物ではないため、謎です。恐らく新種かと思われます。そのため、仮名として、『未確認』と名付けても?】
アンノウンか……まぁ、確かに正体不明だしな。
とりあえずの名称さえあれば、助かるのは確かだ。
「ガウッ!」
その間にノワールも前に出て、口に炎を溜めると、それをブレスとして吐き出す。
レッドドラゴンほどではないにしろ、それなりの威力があり、人やゴブリンなどなら、一瞬で燃え尽きてしまうだろうとわかる。
ヘドロ……アンノウンに炎が直撃し、体が燃え始める。
「グオオ!?」
「おぉ、効いてる! ヘドロなのに燃えてるけど!」
このまま燃え尽きてくれると嬉しいんだが……。
だが、まぁ……現実はそんなに甘くはない。
「グオオオオオ!」
再び雄叫びをあげた瞬間、アンノウンに燃え移っていた炎や周りの炎が消し飛ぶ。
オイオイ……なんだ、その雄叫びは?
【恐らく、アンノウンにはエクストラスキル『抵抗の咆哮』を持っていると推測。雄叫びをあげることによって、状態異常や敵の攻撃に抵抗し、打ち消すスキルです】
咆哮だけでも、そんなのあるの!?
なるほど、だからこそ、凍り付き始めた時や炎に囲まれた時の雄叫びをあげたのか。
なら、物理は……?
【物理の場合、攻撃側と防御側のせめぎ合いになります。吹き飛ばされなければ、攻撃側の勝ちです】
なるほど……。
確かに抵抗……レジストしてんだから、物理攻撃をしようとする相手を吹き飛ばすのは道理だ。
さて、あのアンノウン……何が有効打になるんだ?
【ランクで表すなら恐らくAランクの魔物に入ります】
マジか……。
ますますFランク冒険者が受ける様なクエストじゃない様に思えてきたぞ。
いや、それとも……コイツの存在そのものは知られていなかったと考えるのが普通か?
ここに大量に押し寄せた魔物は、アンノウンにつられてきたのではないだろうか?
もしくは押し寄せた魔物につられてきたのか……。
どっちだとしても、このままにしておくのはよくなさそうだ。
なら、速攻だが、連携できる様指示を飛ばすしかない!
「メイ! もう一度土魔法で足止めできるか!」
「え? うん、できるよ! 魔力もたくさん残ってるから!」
「よし! 頼む!」
「任せて! 閉じ込めろ、『鉄の檻』!」
アンノウンの周りに四つの土色の魔法陣が展開されると、そこから鋼鉄の柵が姿を現し、そのままアンノウン目掛けて動いて一つになると、檻へと早変わりする。
どうやら、捕獲をメインとする魔法の様だ。
「強度もそれなりにあるから、しばらくは持つよ!」
「よし! なら、スイム! 水魔法で攻撃だ!」
「うみゅ!」
スイムは両手を前に突き出すと、横一列に青い魔法陣を展開する。
その瞬間、そこから水鉄砲……よりも勢いよく放たれた無数の水のレーザーがアンノウンに迫る。
何、その魔法?
【『水の光線』、上級魔法に部類され、その威力は使う者によってはオリハルコンさえをも切り裂く】
つまりは水圧があり得ないほどかかった水圧カッターってことかよ。
やばいな……。
いや、今はアンノウンだな。
「グオオ……!?」
いくらヘドロ状だと言っても、無数の水の刃で切り裂かれれば、驚きを隠せない様だ。
鉄の檻ごと切り裂かれていき、アンノウンもそれに合わせてバラバラになっていく。
だが、再び集まり出し、姿を取ろうとする。
「ノワール! やれ!」
「ガアッ!」
ノワールは口に溜め込んでいた赤黒い炎……地獄の炎を放つ。
先ほどで通常の炎じゃ意味がないと理解したからだろう。
直撃した地獄の炎は切り刻まれた鉄の檻ごと燃やし始める。
それに苦しみながらも、再び集まったアンノウンが息を吸う様な動作を始める。
恐らく、いや、間違いなく『抵抗の咆哮』を放つ気だ。
その前に、と思い、手に魔力を集め、『閃光』を生み出そうとした瞬間だ。
「キキィ!」
「アルフ!?」
アルフが前に飛び出し、アンノウンの真上まで来ると大きく口を開く。
「―――!」
何か声らしきものを発しているが聞き取れない。
その瞬間、『抵抗の咆哮』を放とうとしていたアンノウンは苦しみ出す。
「グオオ……オォ……!?」
「怯んだ? どうして?」
まさか、アルフが?
【アルフが持つスキル、『超音波』により、アンノウンは怯んだ模様。『抵抗の咆哮』の発動を失敗だとみていいかと】
いや、どうみてもそうだろう。
確かにコウモリ型のモンスターなら、超音波を持っていてもおかしくないか。
後は決定打だが……正直、あの魔物についてはまだよくわかっていない。
だが、倒す方法がないわけじゃない。
燃え盛る炎とアルフからの超音波で苦しんでいるアンノウンを見てから、メイへと視線を向ける。
「メイ、アイツを喰らえ!」
「うん!」
アレ、結構無茶ぶりなのわかって言ったけど、頷いたよこの子。
メイはそのまま走り出し、全身にぶ厚い水の膜を生み出す。
「ハァァ!」
メイはそのまま燃え盛る地獄の炎の中へと突っ込んでいき、両手で耳を抑えて、アンノウンの元まで移動する。
それと同時にアンノウンもメイの存在に気付いた様で、そちらへと視線を向けて、何かをしようとするが、超音波が辛いらしく、それさえをも中断する。
「貴方を喰らう。私の『魂喰い』で!」
メイは大きく口を開けると、アンノウンへと噛みつく。
「グオオオオオオオオ!?」
痛みを感じているからか、アンノウンは大きな声をあげ、逃げだそうとする。
だが、そこは炎が燃え盛っており、逃げられない。
「ひがひゃない……!」
メイはそう呟くと、大きく息を吸い込み始める。
それによりヘドロ状の体は次々メイへと吸い込まれていき、アンノウンは急いで脱出しようとするも、メイの吸い込む力が強いためか、逃げるどころか、どんどん吸い込まれていく。
「グオオ……オォォォォォ!?」
そして、アンノウンは雄叫びをあげながら、全てがメイへと吸い込まれた。
メイはそれをゴクリ、と喉を鳴らして飲み込むと、微妙そうな顔をしている。
「どうした、メイ?」
「う~ん……おいしくなかったなぁって、思って。凄くではないけど、まずかった」
うん、そりゃ、あんなヘドロの様な奴がおいしいわけないじゃん。
とりあえず、予想外のことがあったが……これでクエストは完了かな。
さっさと報告をしに行こう。
「それじゃ、帰るか。み「素晴らしい!」え?」
皆、と言い切る前に別の声にそれを遮られる。
奥の方へと視線を向けると、そこからハット帽を被った一人の男が拍手をしながら姿を現した。
「いやいや、面白い物を見せていただきましたぁ。冒険者が来ていたのは気づいていましたが、まさか『魔物使い』だったとはぁ。実に素晴らしい力ですねぇ!」
「アンタは……?」
「あぁ、ゴメンねぇ。自己紹介がまだだったねぇ。それじゃ、名乗らせてもらおうかなぁ」
男はオホンと一度咳払いをすると、ハット帽を脱ぎ、頭を下げてくる。
「私の名前は『メフィストメレス』……長ったるいんで、メフィストでもいいですよ
男……メフィストフェレスは不気味な笑みを浮かべながら、俺たちを見てきた。