進化と要因 Ⅲ
食堂につくと、そこには書類に目を通しているリオンさんがいた。
まるで俺たちを待っていたかの様に。
そして、扉が開く音で気付いたのか、書類から目を離し、こちらへと視線を向けてくる。
「やぁ、待ってたよ。お、アムドゥシアスも一緒なんだね」
「どうも、リオン様。まさか食堂にいるなんて思ってなかったよ」
「それはね……。そろそろ面白い物が見れるかと思ってさ」
そういうと、笑みを浮かべながら、俺とスイムを見てくる。
「おぉ! やっぱり、進化したんだね! スイムが!」
「やっぱり……っていうことはリオンさんはこうなるとわかっていたんですか?」
「うん? まぁね。ちょっとした『未来視』の力でね」
そういうと一瞬だけ、リオンさんの目に時計の様な紋章が浮かび上がる。
つまり、初めて会った時に末来視の魔眼でこれを見たっていうことなのか。
「もうお兄様。それがわかっていたのなら、教えてくださってもよかったじゃないですか」
「ゴメンね~。だけど、そう簡単に未来を教えるわけにもいかないんだよ。未来っていうのは不確定なものでね。『未来視』で見えたことでも、コレを教えることによって、未来が変わってしまう可能性がある。そうなったら、スイムは魔人とならない未来になってしまうかもしれないからね」
「そうなんですか……」
リオンさんの言葉にルフェさんは頷いて納得する。
確かにそうだ。
SF小説とかでもよく見る設定だが、未来の人が過去をみだりに教えたり、行動したりすることによって、未来への影響を及ぼしてしまう可能性がある。
本来あるはずの物がなくなったり、存在するはずの人が消えたりとだ。
それを考えると、リオンさんがスイムが魔人になることを教えなかったのは納得がいく。
「なら、リオン様ならスイムちゃんがこうなった原因もわかってるんじゃないの?」
「まぁ、未来視である程度見えたから、わかるよ。まぁ、コレが原因じゃないかな? っていうのはね。でも、その前に」
「朝食に致しましょう」
そういって入ってきたのは料理を乗せたカートを押したフォルネウスさんだ。
その後に続く様にメイドと執事が数人入ってくると、次々と料理を並べていく。
思えば、他のメイドと執事って初めて見たな……。
エルフやドワーフ、獣人や人間もいる。
リオンさんって、色んな種族を雇い入れているんだな。
まぁ、色々な種族が共存している国なんだから、これくらい当たり前か。
俺たちは席に着き、魔人となったスイムも椅子に座ることになる。
出された朝食は目玉焼きにベーコン、サラダにパンと普通の朝食だ。
俺たちがいただきます、と手を合わせて言うと、アムドゥシアスさんが珍しそうに見てくる。
「何それ? あ、もしかして、異世界の食べる前の挨拶?」
「まぁ、そんなものです」
「いいね。ボクも真似しよう。いただきます」
「うみゅみゅ」
アムドゥシアスさんとスイムも手を合わせて言うが、スイムは言葉が喋れないから、声だけ発している。
そういって、俺たちが食べ始めると、スイムはフォークとナイフを持たず、手で料理を掴んで食べ始める。
魔人化したばかりだし、そういうのが出来なくても仕方ないか。
だが、これから人の姿で生活していくからには、マナーというものを学んでもらわないとな。
「スイム、手で掴んで食べたらダメだぞ。フォークとナイフがあるんだから、これを持ってだな」
「うみゅ?」
俺はスイムにナイフとフォークの持ち方を教えると、次は俺が自分のナイフとフォークを使ってみせる。
「こうやって使って食べる。わかったか?」
「うみゅ!」
「じゃあ、やってみて」
スイムは笑顔で頷いた後、ぎこちないながらも、俺が使った通り、ナイフとフォークで料理を食べ始める。
なんだか、手のかかる子供ができた気分だ。
しばらくしてから食べ終わり、食器を下げてもらう。
ご馳走様、までアムドゥシアスさんは真似をしていた。
ここの人達は真似ることが好きなのかね。
俺たちはそのまま食堂に残って、リオンさんが言っていた、進化への憶測を聞こうとしている。
「さてと、皆の食事が終わったみたいだし、スイムちゃんが魔人に、ノワールが出会って、すぐに炎黒犬に進化した理由だったね」
「ハイ、お兄様なら何かわかるんじゃないかと思って」
「何でも知ってるわけじゃないから、あまり頼りにされるのも困るけどね」
そうやって、軽く笑ってみせるリオンさん。
そういうが、態度を見る限り、とてもそういう風には見えない。
むしろ、裏に手を回したりするのが得意そうな人に見える。
現代にいたら、好青年に見えるけど、実はギャングやマフィアのボスでした的な感じで。
いや、もうこれ以上考えるのはやめておこう。
それよりも、進化した理由を聞かなきゃ。
「それでリオンさん。スイムとノワールが進化した理由って何ですか?」
「うん、それを語るんだけどさ。ユージに一つ質問だ」
「俺にですか?」
「うん。君はメイたちに何か特別なことをしたりしている? 例えば、君が保有するスキルとかでね」
「いえ、特には……。あると言っても、俺のスキルである『魔物へのお菓子』で作ったきび団子を上げたくらいで」
「きび団子というと、ノワールちゃんを手懐ける時にあげていたものですね。私もアレには惹かれるものを感じましたから、驚きました」
「え? ユージ君は変わったスキルを持ってるの?」
ルフェさんの話を聞いてか、アムドゥシアスさんが興味津々という感じで反応する。
まぁ、確かにリオンさん以外がきび団子を欲しそうに見ていたのは覚えている。
「ユージのお菓子はとてもおいしいよ! 私は大好きなんだ」
「そうなんですか? 一度でいいから食べてみたいですね」
「キメラのメイちゃんにそこまで言わせるとはね。ボクも興味深いよ。見てみたいし、食べてみたいかも!」
まぁ、別に食べるくらいならいいかもしれない。
『次元倉庫』からきび団子を取り出そうとポケットに手を入れた時だ。
「待った。それはそう簡単にあげない方がいいよ。これからそれの憶測の説明を始めるんだからさ」
「え? 『魔物へのお菓子』のですか? どうしてです?」
「俺はね、そこに進化の要因があるんだと思ってるんだ」
『え!?』
リオンさんの一言に俺やルフェさん、アムドゥシアスさんは驚く。
メイまで驚いている。
「うん、俺はそのスキルが怪しいと思っているんだ。それ、魔物や魔族にあげるための料理やお菓子を生成するスキルだと考えていいんだよね?」
「えぇ、まぁ。後は料理を口にすれば、そこからレシピが増えていく感じです。今日の朝食で食べた分も増えましたし」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、そのきび団子というのは?」
「俺の魔力だけでできる物です」
主に桃太郎や某青い猫型ロボットの影響で、そうなったんだけどね。
それを聞いたリオンさんは何度か、頷いて見せる。
「なるほどね。う~ん、それだけ聞くと本当に懐きやすくするスキルだけの様に聞こえるけど、隠しでモンスターを成長させる機能がついてるのかもね」
「え? 本当ですか?」
「あくまで予想だけどね。『教導者』に頼んで、スキルを徹底的に解析してもらったらわかるんじゃないかな?」
「え? ヘルプさんって、そんなことまでできるんですか?」
「できるよ。何があるかわからないからね。色々な機能をつけておいたんだから。超ハイスペックな機械だと思ってもらったらいいよ」
リオンさんはドヤ顔で言ってみせる。
魔王にこう思うのはダメなのだろうが……一言。
あのドヤ顔、スゲェむかつく。
イラっと来てしまったが、とりあえず、ヘルプさんに頼んでみるか。
「ヘルプさん、お願い」
【かしこまりました。これより『魔物へのお菓子』の徹底解析へと移ります。しばらくお待ちください】
これでいいのかな。
しばらくお待ちくださいと言っていたしね。
一体どれくらの時間がかかるんだろうか。
【解析が完了しました】
早っ!?
まだ一分とか経ってない様な気がするんだけど!?
超ハイスペックな機械だと思ってくれ、と言われた意味がわかった気がする。
【解析の結果、『魔物へのお菓子』に隠し効果があることが判明しました。このスキルで作られた食べ物を上げると、野生の場合は懐き度が上がりますが、テイムした魔物に与えた場合、懐き度の代わりに与えた魔物の成長を促す効果があることが判明しました。結果、スイムは魔人へ、ノワールは炎黒犬へ進化しました】
「マジでか……」
確かにテイムした魔物は懐いてくれているから、一緒に来ているわけだ。
つまり、これ以上懐き度が上がることがないと言うわけだし……まさか、それが成長を促す効果へと変わっていたとは。
つまり、何か? 『魔物へのお菓子』はテイムモンスターに上げると、ゲームでいうところの経験値アイテムになるっていうことなのか?
すると、リオンさんの方からフフフ、と軽く笑った様な声が聞こえてくる。
「いやぁ、その顔を見る限り、俺の憶測は正解だったみたいだね。ホント、わかりやすいよね、ユージは」
「うぐっ……。でも、まぁ、そうみたいです。ヘルプさんが言うには野生……つまり、テイムしてない魔物に対しては懐き度を上げて、テイムした魔物に対しては懐き度の代わりに成長を促す効果を与えるそうです」
「なるほどね。だから、スライムにあげたら、進化が少しずつ進化し始めて、魔人に至るまでに感情、知性に目覚め、魔法を覚えて、声を発する様になって、そして昨日上げたので、ようやく魔人になったわけだ」
なるほど……。
思えば、メイがまだ言葉が単語を繋ぎ繋ぎ喋っていた時に、コレを一度あげたら、少しだけ改善されていたのはコレが理由だったのか。
これは『魔物使い』としては嬉しいスキルを手に入れたんじゃないか?
「そこまで凄いスキルがあるなんてね。テイマーと何人かは会ったことはあったけど、そういうスキルを持っているのはユージ君だけじゃないかな。ボク、今まで聞いたことないよ? そんなスキル」
え? マジで?
ユニークスキルと言ってるし、滅多にないスキルなんだろうと思ってたけど……。
「それが……としてのスキルなのかもね」
「え? 何か言いました?」
「うん? 別に」
相変わらずニコニコした顔でこちらを見てくるリオンさん。
おかしいな……さっき、何か呟いていた様に聞こえたんだが。
まぁ、スイムとノワールが進化した要因がわかったし、よしとしようかな。
それじゃ、そろそろギルドに行かせてもらおうかな。
早い内に登録して、宿屋に泊まる金くらいは稼いでおきたいしね。
「そろそろギルドに行きたいって顔だね」
「もう何も言いませんからね? どれだけ言おうとホントに」
「ツマらないな~。反応してくれないと」
リオンさんはそういいながらも、笑顔を崩さない。
本当に何考えてるのかわからない人だ。
俺とは真逆の人だとよくわかる。
「ギルドに行くのはいいけど、昨日言ったよね? 登録も手伝うって。だけど、俺やルフェが行くと騒ぎになるから、別の人を呼んだんだけど」
そこまで言った瞬間、食堂の扉がノックされる音がする。
「お、来た来た。入っていいよ」
「失礼します!」
アレ? 聞き覚えがある声だ。
扉が開き、中へと入ってきたのは、クラウンさんだった。
クラウンさんは入ってきて、すぐにリオンさんの前に膝をつく。
「御用があると聞いてきました」
「うん、そうなんだ。実はクラウンにユージのギルド登録の手伝いをお願いしたくてね」
「ユージというと……。あぁ、やはり貴方でしたか!」
クラウンさんは俺の方へと視線を向けると、立ち上がって、嬉しそうに近づいてくる。
俺も立ち上がって、クラウンさんへと向き直る。
「カミオさんから聞きましたよ。まさか『異世界人』だったとは。ギルドに登録すると言うことは冒険者になって、お金を稼ぐんですね」
「ハイ。それよりも敬語はやめてください。俺の方が年下なんですし」
「いえ、リオン様とルフェ姫のお客様なのですから、そういうわけにはいきません」
「相変わらず堅いね、クラウンは」
まぁ、リオンさんの言う通り、クラウンさんは堅い。
礼儀正しい人だととらえることもできるだろうけど、もう少し砕けた感じの方が俺は好きだなぁ。
とりあえず、この人がギルド登録を手伝ってくれる様だし、助かるかな?
「それではギルドに行きましょうか、クラウンさん」
「そうですね」
「そろそろ行こうか。メイ、スイム、ノワール」
「うん、わかった!」
「うみゅ!」
「ガウッ」
メイたちも立ち上がり、俺たちは扉の方まで移動すると、リオンさんたちの方へと向き直る。
「それじゃ、お世話になりました」
「ハイ。ユージさん、メイちゃん、スイムちゃん、ノワールちゃんも、いつでも遊びに来てくださいね」
「うん、また来るよ!」
「うみゅ!」
ルフェさんの言葉に笑顔で答えるメイとスイムだが、それは少し難しいのでは?
姫様とそう簡単に会えるもんじゃないだろうしね……?
「大丈夫、ボクがそこらへんは城の者達には伝えておいてあげるから、いつでも気軽に来なよ。ボク、ユージ君に興味湧いちゃったからさ」
「アハハ……」
アムドゥシアスさんにまで表情で読まれた……。
そんなにわかりやすいのかね、俺の顔は。
「それじゃ、またね。まぁ、しばらくはこの街にいるんでしょ? またすぐ会えると思うけど」
「アハハ……それじゃ、また」
「うん、またね」
最後の挨拶をして、食堂から出ると、そこにはカミオさんが立って待っていた。
「カミオさん」
「出口まで見送る。メイド長として、客人をお見送りするのは当たり前」
「ありがとうございます」
「ついてきて」
そういって、歩き出したカミオさんの後をついていく。
次はギルドか……。
俺は期待に胸を膨らませながら歩くのだった。