進化と要因 Ⅱ
ルフェさんが戻ってくる前に、メイを叩き起こす。
メイは眠たそうに目を擦りながらも起き上がり、おはよう、と挨拶してから、その寝ぼけた目でスイムへと視線を向けた時、驚いていた。
魂喰いによって手に入れた知識があるから、スイムの姿には驚いたんだろう。
メイに何があったかを軽く説明していると、扉がノックされる。
「ハイ?」
『あ、ユージさん。ルフェです。服を持って戻ってきました』
「どうぞ、どうぞ入ってください」
『失礼します』
そういって扉が開くと、腕には何着かの服を持ってきたルフェさんとその後ろに見知らぬ女性がいた。
肩まで伸ばしている綺麗な白髪の髪に美人と言ってもいい顔立ちをした青い瞳を持つ女性だ。
俺の予想だと、魔将の人なんだろうなと思う。
「ただいま戻りました。スイムちゃんに合う服があるかわからないので、服を作るのが得意な人を連れてきました。あ、食事は後で行くのでと伝えているので安心してください」
「あ、ありがとうございます」
どうやら服を取りに行くついでに朝食のことを伝えておいてくれた様だ。
ありがたい話なのだが、宿泊している身からすれば、迷惑をかけてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
そう思っていると、白髪の女性が一歩前に出て、笑みを浮かべる。
「自己紹介させてもらうね。ボクの名前はアムドゥシアス。種族は『一角馬』の魔人だよ。リオン様に仕える魔将の一人だから、よろしくね」
そういうと白髪の女性、アムドゥシアスさんの額から一本の立派な角が姿を現す。
どうやら、今回の人は魔将兼、という様な役職はない様だ。
おっと、自己紹介しなきゃならないな。
「初めまして、俺は久遠 裕司って言います。裕司が名前なんで、そっちで呼んでもらっていいです。で、こっちから順番に仲間のメイ、ノワール……えっと、スイムです」
「よろしく!」
「ガウッ!」
「うみゅー!」
三人がそれぞれアムドゥシアスさんに挨拶すると、やはりメイとスイムに驚いた様な目を向けるアムドゥシアスさん。
そりゃ、そうだろう。
メイの背中から見える天使の様な羽と悪魔の羽、腰から生えている毒蛇。
そして、スイムはスライムの魔人なのだから、魔力か何かで気付いていてもおかしくはない。
それに来る前にルフェさんから話も聞いてるだろうし。
「ルフェ様から急に来てほしいと言われて、何があったのかと話を聞いて、スライムの魔人が誕生したと聞いていたけど……本当だったなんてね。初めて見たよ、スライムの魔人なんて」
「まぁ、信じてなかったのですか?」
「あ、いえ。ルフェ様が嘘をつくのは苦手だとは知っていましたが……やはり、半信半疑でした。だって、魔人になるはずのないスライムが魔人になったのですから」
アムドゥシアスさんも、スライムが魔人になることはないと言っている。
俺の知らない何かがあるのかもしれない。
今の内に聞いておかないと。
「あの、スライムが魔人になることはないというのはどういうことですか? 魔物が進化したら、魔人になるんじゃないんですか?」
「あぁ、ユージ君は異世界から来たから、詳しくは知らないんだね。いいよ、説明してあげる。確かに魔物が進化したら、稀に魔人に進化する者がいるよ。だけどね、それは全ての魔物が魔人になれる可能性があるわけじゃないんだ」
「全ての魔物が魔人になれるわけじゃない……?」
説明を聞いた限りだと、俺は全ての魔物……いや、キメラ以外は魔人に進化する可能性があると思っていた。
だが、どうやらそういうわけではない様だ。
「そう。スライムやゴーレム、自動人形といった様な物質系の魔物、ゴブリンやオークの低級モンスターとかね。まぁ、ほとんどはFランクとEランクの魔物たちかな。これらが魔人化することは絶対にないと言える。知性ない、もしくは低いしね。本能で基本動く様な奴らがなることはないんだよ」
なるほど……。
確かに物質系の魔物が魔人化と言われても、ピンとこないのは確かだ。
無機物が有機物になる様なもんだからな……。
となると、何故スイムは魔人化することができたんだ?
いや、というかゴブリンはっていうけど……。
「Dランクに入るゴブリンメイジとかはどうなるんです? 魔人にはなれないんですか?」
「魔法を扱えるほどまでの知性があれば、なれるだろうけど……可能性はかなり低いんじゃないかな? やっぱり、進化元がゴブリンだし。聞いたこともないし」
例え、進化してDランクまでたどり着いたとしても、元が元なだけに魔人にはなれないという可能性もあるのか。
まぁ、確かにほとんどはFランクとEランクって言ってたし、Dランクのモンスターとか、それ以上の中にも例外はいるんだろうな。
まず、物質系は除外されるだろうな。
アンデットとかも除外されてそうな気もするな。
「だからこそ、魔人となったスイムが信じられないというわけですか?」
「そういうこと。そこのキメラの魔人だっていうメイちゃんも気になるけどね……」
アムドゥシアスさんはノワールとじゃれ始めているメイに視線を向けながら言う。
どうやら俺は本来、魔人となることのない魔物二体と共にいる様だ。
……何それ、漫画とかで見そうな展開、スゲェ。
「それでなんだけどね、スイムちゃんが魔人になった要因はユージ君、君にあるんじゃないかと思うんだよ、ボクは」
「俺に……ですか?」
「うん、でないと説明がつかないし。あぁ、でも……魔王たちでも無理だった様なことを魔物使いが……それも、異世界から来たばかりの様な子ができるのかな?」
アムドゥシアスさんはそこからうんうんと唸りながら、考え始める。
その間に色々とスイムを着せ替えさせていたルフェさんがこちらへと近づいてくる。
「あれこれ着替えさせてみましたが……気に入った服装がなかったみたいで。アムドゥシアス、お願いできますか?」
「う~ん……。あ、呼んだ?」
どうやら、まだ悩んでいた様で、ルフェさんの言葉で現実へと戻ってきたアムドゥシアスさん。
「ハイ。スイムちゃん、ドレスとか苦手な様なので……そうですね。メイちゃんの様な動きやすい服装にしてあげてくれませんか?」
「だろうねぇ。元がスライムだしね。わかった、少し待っててね。すぐに始めるから。あ、朝食はちゃんと食べれる時間までにはできるから安心して。後、部屋の隅に座らせてもらうね」
そういうとアムドゥシアスさんは部屋の隅に座り、持ってきていた鞄から裁縫道具や布を取り出し、スイムをしばらく見つめてから、ハサミなどを取り出し、作業を開始し始めた。
流れる様な動作で作業を始めているが……。
「今から作って、朝の間にできるもんなのか?」
「ハイ、アムドゥシアスなら可能ですよ。なんて言ったって、裁縫が得意ですからね。何なら、ユニークスキルとして、あってもいいくらいに」
「それ、魔族としてどうなんですか?」
威厳もクソもあったもんじゃないな。
だけど、それほど裁縫が得意な魔族ってのも凄いな。
ユニコーンの魔人が裁縫をするっていうのが想像できないけどさ。
少し待っていると、アムドゥシアスさんは宣言した通り、スイムの服装を一時間くらいで仕上げてしまった。
いや、もしかしたら、一時間も経ってないかもしれない。
服装はというと、セーラー服に近い作りをした青と白を基調とした半袖の服装。
その服装が気に入っているのか、スイムは嬉しそうにクルッと回って見せる。
「うみゅ!」
「うんうん、気に入ってくれて何よりだよ。作った甲斐があるっていうもんだよ」
「あ、ありがとうございます。アムドゥシアスさんがいなかったら、どうなっていたか」
「いいって。珍しいものも見れたし、ボクからすれば役得かな! それにしても、性別が存在しないはずのスライムが魔人になったら、性別ができるなんてね……」
「え?」
アムドゥシアスさんのさり気なく呟いた言葉に俺は反応してしまう。
よくよく思えば、スライムに性別なんて存在するはずがない。
ファンタジーものではよく、分裂することによって、繁殖していくのがスライムだ。
つまり、この世界でもスライムはそういうものなのだろう。
まぁ、食欲という本能でしか動かない魔物みたいだし……そうだよな。
っていうより、本当に女の子に……?
「スイムは本当に性別が女に?」
「うん? うん、まぁ、だろうね。着せてあげる時にその子の体を見たんだけど、ボクたち魔人と同じ様に人としての体に変わってるんだよ。スイムちゃんに興味あったから、軽く魔力を流して、体を見てみたんだけど、体は女性そのものだった」
「マジかよ……」
スイム、なんか凄いことになってないか?
いや、っていうよりも、そもそも性別がないはずのスライムが女性の魔人になるものなのか?
「あの、どうしてスイムちゃんは女の子になったのでしょうか? 性別のないはずなのに……」
「さぁ? ボクもさすがにそこまではわからないかなぁ。いくら、魔将と呼ばれていてもさ。憶測でいいのなら、語ってあげるけど」
「それでお願いします。俺も気になっていたので……」
「私も!」
俺も気になっていたので、アムドゥシアスさんにお願いすると、ノワールとじゃれていたはずのメイが急に話に参加してきた。
仕方ないな、という様な顔をすると、軽い咳払いを一度する。
「ボクの憶測ではね、二つあるんだ。一つ目は身近にいた魔人が女性だったから」
「身近にいた魔人が女性だったから……」
「もしかして、私?」
メイは自分自身を指さすと、アムドゥシアスさんは頷く。
「うん、そう。一番身近にいたからこそ、彼女を真似て、魔人化した結果、女性となったという可能性。そして、もう一つは……」
「うみゅ~!」
次の可能性を聞こうとしたら、スイムが俺に飛びついてきて、また甘えているかの様に抱き着いてくる。
胸板に頬擦りするのやめてもらえないかな?
凄くこそばゆいから。
「今まさに説明しようとしていたから、その行動はありがたいね。もう一つの可能性はユージ君、君が男性だからさ」
「俺が男性だから……?」
何だ、嫌な予感しかしないぞ。
いやいや、まさか……まさかねぇ?
「そう、スイムちゃんは君にかなり懐いている様だからさ。可能性としてはなくはない。そう、君のために女の子になったんだよ! 更に深く言うなら、こうb「あ、それ以上はいいです」あ、そう? そうだね、ルフェ様もいるし」
「そ、それはどういうことですか!?」
「鏡で今の自分の顔を見てみればわかるんじゃないかな」
そう叫ぶルフェさんだが、顔が凄い真っ赤なのだ。
なんというか、純粋というか、耐性がないと言うのか……。
アムドゥシアスさんの言葉通り、鏡で自分の顔を見れば、嫌でも理解するだろう。
いや、と言っても……。
「いくら何でも後者はないんじゃないですかね? 前者ならありえそうですが」
「どう思うかは君次第さ。まだスイムちゃんは言葉を喋れない様だしね。もし、言葉を喋れる様になったら、『好き』とか言い出すかもしれないよ?」
「そうなの、スイム? ユージが好きなの?」
「うみゅ! うみゅ!」
メイの問いに首を縦に何度も振る。
その好きが『友愛』なのか、『恋愛』なのかはわからないけどな。
そもそも、人間と魔族でって。
「ないわけではないですよ? 実際に人とエルフが、もしくはエルフと魔族が、魔族とドワーフがという感じで、異種族同士の恋もよくありますよ?」
「えぇ……」
さすがファンタジー、何でもありだね。
というよりも、また表情から何考えてるのかバレてたのね。
まぁ、だからと言って、スイムがそうとは限らないし。
「まぁ、後は言葉が喋れる様になってからのお楽しみじゃないかな? でないと、真相はわからないしね。とりあえず、朝食にしようよ。ボク、もうお腹ペコペコでさ。カミオか、フォルネウスかが待ってくれてると思うしさ」
「そうですね。いつまでも待たせるわけにはいきませんし。ユージさん、行きましょうか?」
「あ、ハイ。そうですね。思えば、リオンさん……俺とスイムを見て、凄いことになるって言ってた様な……。もしかして、これのこと?」
「なくはないと思うよ。ああ見えて、色々な力を持っている魔王だから、未来を視る力、もしくは何かを見抜く様な魔眼を持っていても、おかしくはないからね」
つまり、リオンさんはこれがわかっていて、俺とスイムにああいっていたのか……。
アレ? というコトはもしかして……。
「スイムが魔人に、ノワールが急にヘルハウンドに進化した理由も、もしかしたら知っている?」
「可能性はあると思います。お兄様、面白いと感じたものはあえて隠したりしますから……。こうなった要因を知っていても、おかしくはありません」
「なら、後で訪ねてみるといいよ。どうせ、リオン様に挨拶しに行くでしょ?」
「まぁ、確かに……。そうですね、挨拶に行ったついでに聞いてみます」
俺が二人の言葉に頷くと、メイが俺の服の裾を引っ張ってくる。
「ユージ、早く行こう? お腹空いたよ」
「ガウゥ……」
「あぁ、すまん。それじゃ、行くか」
俺たちはその場を後にし、とりあえず食堂へと向かった。