『春、開花する。』
春、兎は恋をする。
咲き乱れた花に埋もれ、野原の上を駆け回る兎は、恋をする。
花が開花するように、その兎の心にも【恋】という名の花が咲く。
兎は愛しい花に話しかける。
「あなたはどうして綺麗なの?」と。
花は答える。
「あなたに“綺麗”と思う心があるからよ」
恋をした兎は、綺麗な花に振り向いてほしくて、必死で話しかける。楽しかったこと、嬉しかったこと、驚いたこと、自慢したいこと。自分をもっと知ってほしくて、たくさんたくさん話しかける。
だけど、綺麗な花は全然振り向いてくれない。そんな花は、ある日、兎に言った。
「なんで、あなたはそこにいるの? そんな所にいるあなたは嫌いよ」
それを聞いた兎は、悲しみ、泣きながら去っていった。そして2度と花の前に現れることはなかった。
その日から綺麗な花も元気がなくなっていった。花も、兎に恋をしていたのだ。
前しか向けない花の後ろで、花を振り向かせたい兎は話していた。「私にも姿を見せて欲しかったのに…」と花は悲しみ、泣いていた。
日が経つにつれ、花は枯れていった。兎の心の花もまた、枯れていってしまった。
その花の種が、息を潜めていることを誰も知らない。
私を“綺麗”と言ってくれたあなたを、私も「綺麗だ」と思いたかったの…。