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Sick syndrome.    作者: AKIRU
1/1

公園

はじめての作品なので、一節ごとに短く区切って進めていきたいと思っています。

結果的にTSF?

  鳩の視線に、意識が呼び覚まされた。

  (ゆづ)は、何の気なしに手元の鞄からパンを取りだして、小さくちぎり、それを放った。

 鳩が、4羽…7羽と増えた。

 ただ、パンをちぎっては放る。その繰り返し。

 でもパンはすぐになくなり、弦の足下は食べ物を待つ鳩だらけだった。

 ゴメンね、と呟き立ち上がる。

 鳩が一斉に飛び立った。

「もう終わり?」

 隣のベンチから声がした。

 弦は、自分に向けられているとしか思えない女性の声に顔を向けた。

「もうないんです」

 空になった袋を畳み、鞄の隙間に収めた。

 声をかけてきた女性は、特に興味はないらしい。

 目の前に広がる池を眺めていた。

 弦は眉間をしかめた。

 女性のカーディガンの片腕が、いびつだ。

 昼下がり、森に囲まれた池を、大学生の自分よりはかなり年上であろう女性がひとりで眺めていても、これといっておかしくはない。

「具合、よくないんじゃないですか?」

 弦の声はか細い。

「よくないわね」

 女性は笑った。

 そしてゆらりと立ち上がった。

 必然的に向かい合う態勢となり、彼女は続ける。

「誰も心配してくれないの」

「具合がよくないことを、ですか?」

「そうね…それもだけど」

 彼女は、左肩を抱きしめるように撫でた。

 だらりと下がったカーディガンに、腕が通っているようすはない。

「失礼なことを言ってすみませんでした」

 弦は顔を背けた。

「やだ、謝らないで」

 彼女は、一歩、二歩と距離を詰める。

「知らない人なのに、気にしてくれて嬉しかったの」

 言葉どおり、彼女はさきほどから笑みを浮かべていた。

「仕事も家事もできないくらい痛くて、整形外科へ行ったの」

「整形外科…ですか」

 弦は喉の渇きを覚えた。

「頸の骨が逆に曲がってるから、姿勢を改善すればそのうち治る、って言われたの」

「え…?」

「スマホのやりすぎじゃないか、とか」

 彼女はいかにも不服そうに、化粧っ気のない唇を尖らせた。

「頭にきたから、他の病院にも行ったわよ!」

「それで?」

「運動不足、生活習慣病予備軍」

「はぁ…」

 医者の見立て違いを訴え続ける彼女を前に、気の聞いた言葉が出なかった。

 弦はてっきり、事故かそれなりの病気で腕がないのだと思い込んでいた。でも、彼女の話を聞く限り、その可能性はない。狂言かもしれない、と疑念すらわいてきた。

「切ったの」

「は?」

「だから、切り落としたの」

「き……」

 切り落とした。と言い切った彼女は笑顔だった。


 からかわれている

 もしかしなくても遊ばれている

 離れよう

 ここから、彼女から離れなきゃ


 足が動かない。

 唇も動かない。

「医者も夫も娘も、誰も私の痛みをわかってくれないの」

 鳩の羽音が響いた。

 砂利を散らす派手な音と自転車のブレーキ音が、弦の硬直しかけた意識を反らした。

 転倒寸前のマウンテンバイク。

「オマエ!」

 怒鳴り声に呼ばれ、弦は浅く息を吸った。

「何してるんだ!」

「何って…」

 渇いた喉を鳴らし、かすれた声がようやくこぼれた。

「オマエ、何ともないのか?」

「…喉カラカラ」

「お、おう」

 そうか。と言いながら、彼はMTBをベンチに預け、リュックから取り出したペットボトルを、慎重に弦に手渡した。

「ジャスミンティー?」

 受け取ったそれはまだ冷たく、開封されていなかった。

「ルイボスの方がよかったか?」

 彼はリュックからもう1本ペットボトルを出し、ラベルを弦に見せた。

「ありがとう」

 隣でルイボスティーを一息で飲み干す勢いにつられ、弦もペットボトルを開けた。

 瀕死の細胞が、冷えたジャスミンティーをむさぼった。

「オレ、三浦」

 三浦は、飲み干したペットボトルを、後ろのクズカゴへ振り返らずに放り投げた。

「あ、私は枚方弦(ひらかたゆづ)。そこの医学部の2年です」

 ユヅの自己紹介を聞き、三浦は眉間をしかめた。

「医大生…」

「三浦さんは?」

「今は1年、そこの工学部」

 切れ長な目と細身の長身が、一見すれば近寄りがたかったものの、飲み物をくれたのだからいい人の部類なのだろう。ユヅは同じ大学の方角を指差した彼を、ぼんやり眺めた。

「ちょっと付き合え」

「え?」

 三浦はMTBを起こした。

「すぐそこだから、着いてこい」

 何事もなかったように、マウンテンバイクを押して歩き出す背中。立ち尽くす女性。

 ユヅは口をぱくぱくさせながら交互に伺う。

 彼女は何かを言いたそうな眼差しを向けて、弦の鞄の端を掴んだ。

「三浦さん、あの…」

 弦の言葉に砂利を踏む音が止んだ。

「な、なんだ、そのオバチャン?」

 三浦の目付きが鋭くなった。

「いやぁ…ちょっと…。まだ立ち話の途中だったもんで」

 ユヅが三浦に近づくと、彼女も当たり前のようにそこにいた。

「……とにかく来いよ」

 三浦のため息と砂利を踏む音が、木々に囲まれた一本道を、仰々しくさせているようだった。

重苦しい始まり方ですみません

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