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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

貴女のくちびるに触れて

作者: 花咲 刹那

 空が鮮やかな茜色に染まる秋の夕暮れ時。


 和気あいあいと並木道を歩く五人の少女たち。


 黒いセーラー服に身を包んだ女子高生の少女たちの下校風景。


 ふと、そよいだ風に少しウェーブのかかったセミロングの紅色(くれないろ)の髪を風に(なび)かせ、紺碧色(こんぺきいろ)の瞳で立ち止まり空を見上げる。

 

 わたしの名前は、紅咲 火恋(あかざき かれん)


 秋の少し寒気を含んだ風は少し心地良い。


 秋という寂しげな季節には丁度良い風だ。

 

 といっても、今のわたしは寂しさとは無縁だが。


「――火恋、聞いてるんですか!?」


 凛としたほんの少しの怒気を含んだ声に振り返ると長く艶やかな黒髪に、紅色の切れ長の目で少女がじろりとこちらを睨む。


 学級委員であり、黒いセーラー服にとても似合う黒髪の大和撫子。


 彼女の名前は、紅月 渚(こうづき なぎさ)


「えっと……ごめん、聞いてなかった」


 わたしはきょとんとしながら渚の話を聞いてなかったことに対して謝罪する。


「もう、本当に火恋は自分の世界に浸るのが好きなんですね」


「別にわたしは自分の世界に浸ってなかったんだけど……」


「憂い顔で空を見上げていたのに何を言ってるんですか」


 渚にそう指摘され、ちょっぴり恥ずかしくなり頬が火照る。


 わたしが恥じらい悶えていると横から助け船がゆるりと現れる。


「――胡雪(こゆき)が女漁りしてる、って話だよ」


 そう鈴のような声で身も蓋もないことを言ってのけた少女を見やる。


 短めの黒髪、天色(あまいろ)の少し気怠そうな眠気を含んだ瞳でこちらを見つめる低身長の猫のような少女の名は、天猫 茅(あまねこ かや)


「ちょっとぉ、女漁りなんて言い方酷いんじゃない? ワタシの相手の女の子たちに失礼でしょ」


 涼しげな声で半ば複数の女の子との関係を認めた少女が、胡雪。


 雨宮 胡雪(あめみや こゆき)


 雪のように煌めく白い長髪をかきあげ、藍色の双眸(そうぼう)で口元には不敵な笑みを浮かべている。


「今、女の子たちとの関係を認めましたよね? そんな不純同性交友は学級委員長であるわたくしが許しません!」


「あら、不純同性交友というのはどういものかしら? 勿論、学級委員長である渚ちゃんがワタシに手取り足取り教えてくれるのよね?」


「そっ、それは……いえ、わたくしがそんなふしだらな事……」


「――胡雪。渚に意地悪するのはやめなさい」


 と、捕食者である胡雪に捕食されそうになっている渚を庇うように水のように透き通った声を響かせ立ちはだかる少女。


 流れるような(あお)い長い髪、紅緋(べにひ)(まなこ)できりっと胡雪を捉えている。


 彼女は胡雪の年子の妹、雨宮 零花(あめみや れいか)


 姉の胡雪とは似ても似つかない大人しい子だが、雰囲気と容姿は二人とも似ている。


「胡雪……今日もお相手の女の子を待たせてるんでしょう? 早くいってらっしゃい」


「もう……零花はつれないんだからぁ~、でもワタシの可愛い妹!」


「バカなこと言ってないで早く行きなさい、人をあんまり待たせるのは良くないわ」


 零花からは少し冷たい口調だが、二人の仲の良さは伝わってくる……少し羨ましい。


 ――羨ましい? どちらに?


「じゃあ、零花ちゃんに冷たくされたお姉ちゃんは優しいお姉さんに慰めてもらいに行ってきま~す」


 あまり傷ついてないであるのがわかる程に明るく軽快に走り去っていく胡雪。


「まったく……胡雪は……」


 呆れながら見送る零花は少し微笑んでる。


「やっぱり……胡雪と零花は仲が良いんだね」


 わたしは小声で呟いたつもりだったが零花に聞こえたようでこちらを見つめて苦笑いする。


「あんなお調子者の姉でも私の姉だから……あれでもちゃんと人のことを考えてるのよ?」


 そう零花は意外なことを言ってのけた、といってもつかみどころがない胡雪のことだ妹である零花には彼女のことがわかるのだろう。


 高校の方へ戻って行く胡雪を見送ってからわたしたちは再び歩き出す。


 すると渚がこちらを難しい顔で見つめてきた。


「……ところで火恋。女性同士でお付き合いすることを貴女はどう思われているのですか?」


 いきなりそんな質問を投げかけてきた。


「どう……って言われても」


 なぜ、いきなりそんな質問をするのか理解できなかった。

 

 ――いや、胡雪のことを見ていて渚は気になったから質問してきたのだろう。


「でも……どうしてわたしに訊いていたの?」


 と、訊ね返して気づく。


 困惑してるわたしとは裏腹に皆、真剣な面持ちだったことに。


 期待と不安が入り混じった表情。


 いったいどういった答えをわたしに求めているのだろう?


「いやぁ……火恋は恋愛に興味なさそうだから、少し気になって……」


 とても少し気になったという表情ではない渚。


 わたしは、う~ん、と唸り声を上げながら難解な問題への解を導き出そうとしていた。


 いくら考えても適切な答えは出てこない。


「……やっぱり気持ち悪い?」


 茅もそんな風に訊いてくる。


「気持ち悪い……」


 確かめるように、呟くように口にした時に零花と目が合ってしまった。


 悲しげな表情に潤んだ瞳でわたしを見つめる。


 ――なんでそんな表情をしているの……。


 けして女性同士の恋愛を気持ち悪いなんて思ってない、誤解を解かなければ。


「気持ち悪くなんかない! だって気持ち悪いと思ってたら胡雪と一緒にいないから……」


 わたしが急に口調を強めたので渚と茅は、びくり、と肩を震わせる。


 しかし、零花は悲しげな表情は変わらず、くちびるをきゅっと結ぶ。


 その時わたしは、零花のくちびるに釘付けになった。


 薄桃色の瑞々しく柔らかそうなくちびる。


 そのくちびるに触れてみたいと思った、思ってしまった。

 

 わたしはゆっくり零花に歩み寄る。


 零花は後退りしたが、わたしの真剣な瞳を見て立ち止まる。


「ねぇ……零花」


「火恋……どうしたの?」


 戸惑いながらもわたしから視線を外さない零花。


「零花……貴女のくちびるに()れていい?」


「えっ!?」


 素っ頓狂な声を上げる零花。


 唖然としながらわたしたちの様子を見守る渚と茅。


「……触れるね」


「えっ、ええ、ちょっと……待って」


 わたしは堪えられず彼女の腰に左手を回す、零花から控えめな百合の香りが鼻孔をくすぐる――わたしの好きな香りだ。


 すっかり頬どころか耳まで夕焼けに負けないくらい赤く染まってしまった零花。


「かっ、か、火恋……」


 上擦りながらわたしの名前を呼ぶ美しい少女。


 瞼を閉じてわたしがくちびるに触れるのを待つ。


 ――そしてわたしは彼女の……彼女の薄桃色のくちびるに人差し指そっと優しく振れた。


 感触が柔らかくとても心地良い。


 ゆっくりと瞼を開ける零花。


 ほっ、と胸を撫で下ろす渚と茅。


 いつまでも触っていたいほどに心地良い感触だが、名残惜しいがそっと撫でるようにして彼女のくちびるから指を離す。


「な、なんだ……くちびるに触れたいって、指で触れたいという事なんですね、びっくりさせないでくだ――」


「――わたし、零花のこと好きになったみたい」


 渚が最後まで言葉を言い切るのをわたしが遮り、零花のくちびるから離した人差し指をわたしのくちびるに当てた。


 零花は息を呑み、渚と茅は驚愕する。


 悲しげな表情から、戸惑った表情、そしてやっと零花は微笑んでくれた。


「私もずっと前から火恋……貴女のことが好きでした」


「うん、わたしも気づいてなかっただけみたい……零花、愛しる」


 互いに告白し合って、見つめ合う。


 零花は両の腕をわたしの腰に回す。


 お互いにそっと瞼を閉じて、くちびるとくちびるも惹かれあうようにして――そして重なり合う。


 とても柔らかく瑞々しい感触。


 くちびるに指先に触れただけではわからなった愛おしさ。

 


 ――そっか、わたしは胡雪のことが羨ましかったんだ、零花と姉妹でいつも仲良しだったから。


 先ほどの疑問に納得した、でも仮にわたしと零花が姉妹だったとしても、それだけの関係では満足できなかっただろう、だからこのままでいい。


 込み上げてくる色んな感情は、どれも温かく優しい感情。


 ゆっくりと零花のくちびるからわたしのくちびるを離す。


 そして互い見つめ微笑み合う。


 すっかり蚊帳の外だった茅と渚。


 はっ、として現実に引き戻された様子だ。


 二人も何故か顔が真っ赤だった。


「ありがとう、渚。とても大切なことに気づけたから!」


「ど、どういたしまして……?」


 まともに目を合わせてくれない渚、何がそんなに恥ずかしいのだろう?


「じゃあ、いこう零花」


「ええ、恋火」


 わたしは華奢な彼女の手を取り駆け出してゆく。


 日も沈み宵に差し掛かった秋空の下。


 

 わたしは知った、知ってしまった。


 貴女のくちびるに触れて。


 ――貴女を愛し、愛される幸福を。

 



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― 新着の感想 ―
[良い点] ・「くちびるの瑞々しさ」に尽きるというのが正直な感想です。 実体験による感覚は、理屈を無力化する力があることがあります。このお話はまさにそれで、あらゆる理屈抜きでドキリとしました。この生の…
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