邪神ブラークルの計画、成功する
「勇者義也よ、君は邪神ブラークルのやり方を知らんらしい。ブラークルは、自分に反対するもの、敵対するものを、できるだけ苦しめて殺す。彼女の母親も、ただネルビア国の女王だというだけの理由で、毒を盛られて殺されたのだ」
沈鬱な声が、しじまのなかを陰々と響く。俺はパウロに、当たり散らしたくなってきた。
「じゃ、なんでもっと、注意して食事をチェックしなかったんだ? 同じ手を使うことぐらい、予想できただろう」
「ここにいるのは、味方ばかりだとみなは思っていた。だが、そうではなかったらしい」
静かな言い方だったが、ほとんど手榴弾を投げつけたようだった。ゴスロリ少女ラハブが、その言葉に、まるで針に刺されたように反応した。はじかれたように顔をあげると、
「この船に乗っているのは、みなエメット神に選ばれている。あの壊された女神像が、そのメンバーの選択を宣言したんだ。あんた、祭司長のくせに、神を疑うのか!」
パウロは悲痛な顔になった。
「神のなさることは、人間にははかれぬのじゃ」
「ごまかすつもりなのか! この中に裏切り者がいると、たったいま、おまえが言ったのだぞ!」
ゴスロリ少女ラハブは、パウロに詰め寄った。パウロは頭を振った。
「わしにわかることはただひとつ」
「聞こう」
「思うに、魔の果物を供することができた人間が、一番あやしいのぉ」
それを聞いて、給仕役サライはハッと両手を口に当てた。
「そ、そんな。わたしは、ただ、台所にあった果物を持ってきただけです!」
「ちょっと待ってくれ」
俺は、手を上げて犯人さがしを始める二人を制した。
「あの魔物は、なんでアスリア王女を狙ったんだ? なんで顔を知っていたんだろう」
中世の世界なら、テレビやインターネットはないはずだ。アスリア王女の顔を知っていたというのは、手がかりのひとつかもしれない。
「なんで王女を狙ったかって? そりゃもちろん、王女は、他人の魔力増幅の力を持っているからじゃよ」
パウロは、当たり前のことのように言った。
「自分の魔力はまったく使えぬが、他の人の魔力はほとんど無限に増幅できる。邪神ブラークルにとっては、やっかいな魔力じゃろうな」
「じゃあ、なんで王女の顔を知ってたんだ? まさかほんとに裏切り者が―――」
「仲間を疑ってはなりません」
ゴスロリ少女ラハブの膝の上に抱かれているアスリアが、はじめて口を開いた。
「邪神ブラークルは、人々の疑う心につけ込み、人々の団結力を弱めて孤立させ、その上で誘惑してくるのです」
「こいつらを信じる、だって? お人好し、すぎるのも、どうかと思うがね!」
ゴスロリ少女ラハブは、号泣している。
俺は、疑惑が黒い雲のように心の中にムクムクわいてくるのを感じた。
邪神ブラークルの悪辣な手により、アスリアはスイカの種を植え付けられてしまった。
その犯人が、この中にいる……?
その人物は、もしかしたら一人ではないかもしれない。
この場の全員が―――アスリアと俺以外ってことだが―――あやしいのだ。
「アスリア王女を、ベッドに連れて行ってくれ。俺は台所へ行く」
推理小説では、現場を検証するのが基本だ。俺に探偵や警察の真似が出来るだろうか。
やるしかない。