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夢の国を行く帆船    作者: 鈴宮とも子
第2章 空飛ぶ果実、襲来!
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ごちそう襲来!

俺は鈴木義也16歳、謎の金髪美女神エメットに選ばれて、聖書をモチーフにした世界ネルビアへやってきた。魔王率いるモンスター軍と戦って、魔王を倒すのが俺の使命だ。その使命が無事成功すれば、弟健司の自殺の真相が判明する、とエメット神は言った。


 女神のあのおちゃらけたノリが気になるが、異世界から戻る手段は今のところない。巻き込まれた俺としては、早く帰りたいと泣きわめきたい。

 とはいえ、勇者のお兄さまとアスリアの、あの美しい目で見つめられたら、まあ、このまま成り行きに任せてもいいかな~って気がする。


 ステーキや焼いた魚、スープに野菜といったごちそうの並ぶ部屋には、あのエメット神の像が飾られていた。腰に見慣れない宝珠のついた剣を佩いている。


 俺はじっくりアスリア王女とエメット神を見比べた。似たところがあるかなと思ったのだが、まったくない。あのアスリアに比べれば、エメット神なんてスッポン同然。

「いやらしい目で王女を見るな!」


 祝宴のごちそうを眺めながら、壁からゴスロリ少女ラハブのキーキー声が飛んできた。

「あんた、百合なの?」

 俺は、骨付きチキンに噛みつきながら訊ねた。ゴスロリ少女は、ちょっと首をかしげたが、

「百合? 植物の花か? そんなものあがめてどうする」


「じゃあ、なにあがめてるんだよ」

「男はきらいだが、一人だけ例外はある。たとえば救世主ジェズさまだ」

「ジェズさま?」

「十字教の救い主さまだ。毎日祈りを欠かさない。おかげでわたしは寛容になった」

「へー、あんたが寛容だったら、俺は海より度量が広いぜ」


「おまえは青い海というより、汚らしい膿だな。ハエがたかる」

「何を言う。俺はハエをも浄化する、聖なる勇者だぜい」

 それを聞くと、ゴスロリ少女ラハブは、小さな鼻で笑った。

「ふーん。どうやってハエを浄化するんだ?」

「聖水でひとつひとつ、心を込めて浄化しております。しかも作業は、はえー」

 

 ぷっ。


 元女看守長が、思わずというふうに吹き出してしまい、もう少しで皿を取り落とすところだった。祭司長パウロはきょとんとしている。

ゴスロリ少女ラハブは、コイツ見かけによらずオヤジだなとかなんとかブツブツ言っているが、俺は無視してやった。


アスリアは、ぜんぜん上の空である。会話を聞いているとは思えない顔で、肉を切るナイフとフォークの動きもぎこちない。俺の考える夢判断を言ったのは、間違いだったろうか? 適当なことを言ってしまって、俺はとても良心がとがめている。


 俺は先にここに来たという、健司のことがしのばれて、人違いだと強く主張できなかった。アスリアにとって健司は英雄だ。思い出もあるだろう。ならば、できるだけいい思い出を残してやりたいじゃないか。兄貴たるもの、じたばたするのはみっともない。

 王女アスリアは、ぎくしゃくと料理を小さな口に運んでいる。ゴスロリ少女ラハブは、アスリア王女が「いっしょに食事を」と言うのに、


「親衛隊長のわたしには、あなたさまをお守りする任務があります」

 と言って同席しようとせず、壁際で腹をグーグー言わせて立っている。給仕役のサライは、かいがいしく俺たちに食事を運び、飲み物を提供し、いよいよデザートになった。


「これは珍しい! ウォーターメロンじゃの?」


 祭司長パウロ(どう見ても柴田先生そっくり)は、テーブルに供されたその果物を見て、目を輝かせた。

 ウォーターメロン、つまり日本で言うところのスイカが、ハロウィーンのカボチャの飾り付け(ジャック・オ・ランタン)のようにくりぬかれて、食事の部屋へと運ばれてくるところだった。大きな目とギザギザの口。中にはたっぷりの、スイカの実。


 赤い果肉に点々と散らばる、毎度おなじみのスイカの種を眺めながら、俺は郷愁に駆られていた。ああ、日本は遠くなりにけり。

 よく見ると、そのスイカは、なぜかふんわりと浮いていた。


「あのー、このスイカ、空を飛んでるんだけど」

 帆船が空を飛ぶのが常識の世界だ。野菜や果物も空を飛ぶのがふつうなのかもしれない。

 俺は、初歩的な質問なのだろうと内心恥ずかしく思いながら、疑問を口にしてみた。

 


 サッと緊張が走った。

「空を飛ぶ、スイカ?」

 ゴスロリ少女ラハブは、すらりと剣を抜き払った。

 そしていきなりアスリアに向けて剣を突き出した!


「な、何を」

 俺が立ち上がったその次の瞬間には、スイカ版ジャック・オ・ランタンが、うなり声をあげてアスリアに襲いかかっていた!

「アスリアさま!」


 ゴスロリ少女ラハブが駆け寄っていく。ジャック・オ・ランタンは、ギザギザの口から果汁をしたたらせて、飢えたようにアスリアに噛みつこうとしている。

「魔物だ! であえ!」


 ラハブが叫ぶと同時に、少女兵士たちがどやどやと部屋になだれ込んできた。ガチャンどしんと、テーブルの皿がひっくり返され、テーブルクロスから転がり落ちて砕け散った。


 ふんわりと、魔物は空に舞い上がり、どんどん巨大化していく。胴体が生え、腕が生え、脚が生えた。腕は太い蔓になっている。

「逃げろサライ!」

 ゴスロリ少女ラハブが叫んだ。

「このやろー!」


 俺は、テーブルの上のものを投げつけた。ワインの杯が胸のところでこぼれた。

 胸のところにぐっちゃりと、スイカの汁をしたたらせて、魔獣は怪獣のように咆哮。そしてヤツはテーブルのスープをその植物の蔓で舐めた。


「おえー!」

 ドロドロの溶岩のような果汁をはき出す。ぎゃっと叫ぶ少女兵士たちの上に、溶岩と化した果汁が容赦なく降ってくる。スイカ男はそのまま両手を組んで、天井に振りあげた。

 家屋がつぶされるような音を立てて、天井に穴が空いた。空が青く広がっている。給仕役のサライは泣いている。


「だから逃げろって言ったろ!」

 ゴスロリ少女がサライにわめいた。少女兵士たちは悲鳴を上げた。

 剣を振り回したゴスロリ少女ラハブは、逃げ惑うスイカ男をとらえようとするが、相手はするりするりと逃げていく。あれだけ大きな的があるのに、まったく歯が立たない。


スイカ男の足音は、まるで闘牛の群れのようだ。

 俺はヤツの行く先を見送り、ふとあることに気が付いた。

 ―――武器が、ある。


 俺は、女神像に向かって駆けていった。剣が天井からの昼光に輝いている。スイカ男が俺に手を伸ばす。巨大な蔓の腕が俺の上空を覆っていく。

「このやろ」

 たしかに俺は、武術などはやったことはない。だが、から手よりはよほどマシである。スイカ男に先を越されてなるものか。

 俺が手を伸ばすと同時に、スイカ男が女神像に触れた。


 卵が砕けるように頭がくだけ、女神の石像は豆腐のように崩れていく。剣は腰から転がり、まっしぐらに床へと落ちた。


 俺は、すばやく前転して、その剣のそばに。すぐ目の前にスイカ男が待ち構えている。俺は右へと回り込み、意識を集中した。

 ばしっ!


 巨大化したスイカ男の口から、果汁がほとばしる。スイカ男はせせら笑った。俺はTシャツからデニムまで、果汁だらけになった。じゅうじゅう、めちゃくちゃ熱い。俺は思わず手を振り、鉄板の上で焼かれるみたいに足を乱した。


「熱い! 痛い!」

 Tシャツの焦げる臭いがする。

「義也さま! ダメです、その剣は―――」


 アスリアが叫んでいる。もう少しだ。あと少し。ヤツの蔓が俺の身体に巻き付こうとする。俺は剣に手を触れた。すると、その柄に輝く宝珠が、どんどん光度を増して行くではないか。

「ま、まぶしい!」

 思わず目を閉じてしまう。ゴジラが咆えるみたいな声が、背後でとどろいた。

「うおおおおお!」

 ころりと取れた宝珠を奪おうとするかのように、蔓を伸ばしてきた。小さなビー玉のような宝珠を握りしめ、意識を集中した。ヤツの弱点は、どこだ? サライやラハブたちの夢の中に、ヒントはなかったか?

 

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