夢解きが当たった! サライの場合
アスリア王女が弟の名を口走ったので、俺はショックを受けた。
「アスリア王女! なぜ、健司の名を!」
「あなたは……? あなたは健司さまではないのですね」
目を瞠っていた王女アスリアは、ちょっと肩を落とした。
「勇者健司が再び来られたのかと、期待していたのですが」
「俺は兄の義也です。弟は自殺しました」
「自殺……? なぜですの?」
「あなたなら、ご存じかと」
「弟ぎみは、この世界で邪神ブラークルと対決し、そのまま行方不明になってしまわれたのです」
アスリアは、両手を合わせた。
「それは、いまから3年前のことでした」
「アスリアさま、いくら勇者と似ていても、こんな正体不明の人間に、この国の秘密を打ち明ける必要はありません! こんなヤツは、奴隷に戻すのがいちばんです」
王女アスリアは、にっこり笑って、ラハブの進言をスルーした。
「さあ、お入りなさい。わたしたちはあなたを歓迎いたします」
「アスリアさま!!!」
今にも噛みつきそうなラハブの顔も無視して、王女アスリアは部屋へと招き入れた。
部屋には居心地の良さそうないすと大きな天蓋つきのベッド。
お香が焚かれているのか、いい匂いがする。
「おい、奴隷。そろそろ十分だ」
女看守長の、機械のように正確な声が飛んできた。
振り返ると、王女アスリアとゴスロリ少女、そして女看守長の注視が痛いほどであった。
「サライ、あなたは、勇者のお兄さまを連れてきてくださいました」
王女アスリアは、鷹揚にうなずいた。
「サライよ、もとの給仕役に復帰することを許しましょう」
女看守長は、ぽかんと口を開けた。
ゴスロリ少女も、あっけにとられている。
「当たった! 夢の謎解きが!」
サライと呼ばれた女看守長は、思わず俺に抱きついた。
「ありがとう義也! 一生恩に着る!」
「いや、別に俺は……たまたまだよ……」
エメット神は、アテにならないのかと思ったが、それほどでもなかった。意外と使えるヤツだった。
「夢? 謎解き? 当たった?」
反感を声ににじませて、ゴスロリ少女は俺をジロリとねめつける。
「くじ引きでもしたのか?」
警戒心もあらわに、剣を構えている。
サライと呼ばれた女看守長は、俺の肩を抱いた。暖かい体温だった。
「この方は、わたしの夢の謎を解いてくださったのです」
「どういうことだ」
「かつてわたしは、ラハブさまの怒りを買って、奴隷の看守長に身を落とすことになりました。その数日後、わたしは夢を見たのですが、それに意味があったのです。この義也さまが、それを読み解いてくださいました」
そう言うと、女看守長は夢の内容と謎解きの話をした。
ゴスロリ少女は、剣をもてあそんでいる。
「ふーん。ぶどうの木ねー」
「ぶどうの品種も、マスカットとか、ニューベリーAとかがあるんだよね」
俺が言うと、ゴスロリ少女は、
「不味そうな名前だな」
「いちいちうるせえよ。ネズミの唐揚げ食わせてやろうか」
「なにぃ、きさま、命が惜しくないのか!」
しゃきーん! 首筋に剣の冷たい感触。
「いい加減にしなさい。この方は、勇者のお兄さまですよ!」
王女アスリアが、二人の間に割って入った。美しい目が、悲しげな色をたたえている。
「たしかにあなたには、辛い過去があった。でも、いつまでもそれにこだわっていてはいけません」
しとやかに切々と訴える王女アスリア。つうっと生暖かい血が俺の首筋から伝っていく。
「ラハブ、お控えなさい」
アスリアは、静かに命じた。ラハブはしぶしぶ、剣を納めた。
「さあ、お入りなさい。今日は祝宴にいたしましょう」
「わあっ!」
女看守長の瞳が、きらきら輝いた。ゴスロリ少女の目も、少し潤んでいる。
―――こうしてみると、ラハブも可愛いんだけどなぁ。
いつも怒ってばかりいるラハブ。おしとやかで気品のある王女アスリアとは月とすっぽんだ。
俺は、部屋の中をあらためて見回した。