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夢の国を行く帆船    作者: 鈴宮とも子
健司との対決
42/43

仇を、取る!


 すべてが、終わってしまった。

 時間がさかのぼったのも。

 健司が誘惑されたのも。

 そして、アスリア王女が、その誘惑を蹴ったことも。

 そのために、健司が死んだことも。

「自分で自分を殺すなんて、バカじゃないかしら」

 キャラ=ソマは、屋根の上から下をのぞき込む。

「いくらこの世界で永遠の命を手に入れたって、自分を殺されたんじゃあ、打つ手ないわね」

「ブラークル、きさま……」

 俺は、唇を噛みしめる。

「天地創造の神だって、人間に過度の干渉はしないわ。神のすることに不可能はないのにやらないのは、怠慢というものよ、ねえ?」

 ブラークルは、甘い声で言った。俺は、びょうびょうと吹く風になびく髪を感じながら、自分に言い聞かせるように言っていた。

「神さまにとって人間というのは、5歳の子どもといっしょなんだ。言うことを聞かないくせに、生意気なところがある。だけど、成長することが出来る。人間をためすことで、人間を成長させているのかもしれない。それが、神さまなりのやりかたなのかもしれない」

「―――ずいぶん遠回りな愛情ね。じゃまなものは殺してやれば、簡単なのにねえ」

 ブラークルらしい言いぐさだ。俺は、じっと相手をにらみつける。雨が激しくなってきた。

 愛情がなにか、なんて俺にはわからねえ。

 そんなダサいもん、パウロや柴田先生に任せておくさ。

 だけど、ひとつだけたしかなことがある。

 キャラ=ソマは、目の前で健司が死ぬのを見て、止めようともしなかった。

 むしろ、楽しげに見守っていた。

 こんなやつをのさばらせていたら、この国は滅びてしまう。

 アスリアのためにも、倒す!


「健司の仇!」

 俺は、剣を振り上げる。アスリアは、おびえたように息を呑んだ。キャラ=ソマは、あざけるように頭をそらした。

「それは聖剣ジェマイルじゃないし、宝珠もないわよ。あたしを封じるなんて、できっこないんだから!」

 そうなのだろうか?

 邪神ブラークルを封じることの出来る唯一の武器、ジェマイルがどこなのかは、俺は知らない。知らないままに、こうして対決してしまっている。王女が、荒い息で膝をつきながら、立ち上がろうとしている。アスリアがどんなに『魔力増幅』してくれても、夢解きチート能力は、ここでは無力だ。このまま、俺も邪神に魅入られて、命を―――魂を、失うことになるのだろうか。

 馬が陶器のかけらを踏みつけるみたいな音で、稲妻がひらめいた。耳が壊れるような轟音だ。ブラークルは、少し汗がにじんでいる。なんだか焦っているな、と俺は観察した。なぜだろう?

 屋上の階下で、騒ぎが起こっている。どうやら健司が飛び降り自殺したことが、宮廷の人々にも判明したようだ。それとともに、様子を見るためだろう、なにものかの足音が複数、階段を駆け上ってくる気配がする。

 すうっ、とブラークルが消えていく。

「待て! 卑怯者!」

 俺が叫び、飛びつこうとするが、ブラークルはすでに屋上から消えていた。


 そして。

 目を覚ました俺は、そそり立つ円錐形の水晶の前に立っていた。

 その向こうにいたのは、黒い髪の美しい曲線をした女であった。

「よくきたわね、ここまで」

 相手は、少し楽しむように言った。

 その手に握られているのは、透明なビー玉。宝珠だ!

 夢解きチート能力が発動されるのがわかる。

 ―――宝珠。聖剣ジェマイル。影。

 あの宝珠を取り戻せば、ジェマイルもゲットできるのか?

 そもそも、ここはどこなんだ。

 まだ神殿の中なのか?

「あのときの決着がついてなかったが、ついにわれらは相まみえることができた。もう一度問う。わらわに組みせぬか? ともに手を取り、神を越える力を手に入れ、世界を支配しようではないか!」

「だが断る」

 俺は、キッパリ言った。ブラークルは、焦ったような顔になった。

「断る? なぜ? アスリア王女も手に入るのじゃぞ? 富も権力も、思いのままじゃ!」

「興味ないね」

 俺は、冷たく言い放った。

 水晶が、キラキラ光っている。周りをさりげなくみまわすと、石像がズラリとならんでいた。ドラゴンや人間やゴブリンたちの石像。みんな苦悶の表情を浮かべ、あるものは手を空に向けてひっかくそぶりをみせている。ドラゴンは頭をもたげ、火をふくそぶりをみせている。ゴブリンたちは驚いた表情のままだ。生きたまま石像になったみたい。趣味わりー。

「アスリアも、エメット神も、わらわの前では無力であった。愛だの恋だのは、しょせん絵空事なのじゃ。大事なのは、人を思うとおりに動かす力。やりたいことを自由にできる力こそがすべてじゃ!」

 ブラークルがそう言って、黒い唇から赤い舌をだして、唇をなめまわした。

「そなたには、素質がある。力が手に入れば、むなしさは消えて、そなたは人気者になるじゃろう。人々から賞賛され、支えられるようになる。アスリアなんてどうでもいいではないか。わらわのもとに来い」

 俺は、頭をそびやかして、ブラークルをにらみつけた。

「健司にも、そう言ったんだな? そう言って、呪われた永遠の命を与えたんだな?」

「―――あの子が、自分でそれを望んだこと。わらわの知ったことではない」

 しれっとブラークルは答える。

 そうなのだろう。エメット神も、この世界では自由意志を尊重していると言っていた。どんなに理不尽でも、自分で選んだことならば、責任を持たねばならない。

「だからといって、あんたが健司を殺した事実は消えない」

 俺は、剣を捨てた。からん、と剣が床に転がった。「そして、あんたは普通の剣では殺せない」

 ブラークルは、思わず、というふうに目を見開いた。

「わらわに勝てぬと知って、降参するのかえ?」

 ブラークルは、邪悪な歓びにうちふるえていた。そして、水晶を用心深く避けながら、近づいてくる。左手に宝珠を握りしめ、右手を差し出してきた。

「この手を取るのじゃ、勇者義也よ。しょせんこの世などむなしい夢物語、善行をしたところで報われることはない……」

「ブラークル、あんたには力がある。たしかに、そのとおりだと思う。だが、ひとつだけ、計算違いしていることがある」

 俺は、跳躍のためにみがまえた。ブラークルは、少しおののいている。

「計算違い……? それは、なんじゃ?」

「あんたに味方する人間はだれもいないが、俺には味方がたくさんいる! その宝珠を、返せ!」

 言うなり俺は、水晶めがけて突っ込んでいった。力がわいてくるのを感じる。そうだ、俺はたしかに聖剣ジェマイルを持っていないかもしれない。宝珠もないかもしれない。だけど、悪に対して屈服するような、そんなヤワな人間じゃ、ねーぞ!

 ブラークルの手の中で宝珠が輝いた。それに呼応するように、水晶が脈打つ。どくん、どくん。キラキラ光っている水晶と宝珠。ブラークルは、一歩、また一歩と後ずさりしはじめる。

 もしかして。

 俺は、ふと気づいた。

 もしかして、この水晶は、邪悪なものではないのか?

「や、やめるのじゃ。わらわは、また封じられたくない。まだ世界を支配しておらぬ。世の中を変えて、わらわの時代にする野望を、なぜわかってくれぬのじゃ」

 ブラークルが、泣き言をいっている。俺は、ブラークルが手にしている珠を見つめた。ブラークルは、宝珠を投げ捨てたいそぶりをみせつつも、俺にそれがわたるのを恐れているらしく、できないでいる。宝珠を手にしている手が、焦げつつあった。肉の臭いがただよってくる。たいした根性だ。ちょっと感心しちゃう。

「世界を支配するなんて、俺には向いてねえ。ましてアスリア王女なんて、手が届くわけがねえ。最初から、あきらめてるさ。そこが健司と違うところだ。あんたは、健司のよわいところにつけ込んで、健司を殺した! 自殺だと思ってたが、あんたが犯人だったんだ。王女はあんなふうに悲しんで、自分を責めて……。きさまだけは、許せねえ!」

 俺は、自分の前にある、円錐形の水晶に手を伸ばした。

 すると。

 いきなり、水晶が四方に爆裂した。ごおっ、がーんと神殿がゆらぐ。がっ、とブラークルが風にふっとばされる。それとともに、宝珠の光がどんどん増してくる。じゅうっとやけどの音がして、ぎゃあっとブラークルが叫び、ごろんと宝珠が床に転がった。水晶の割れたところから、ひとふりの剣がしずしずと現れてくる。

「やめなさい、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 ブラークルが叫んで、宝珠に手を伸ばす。しかし宝珠はふうわりと浮かんでまっしぐらに剣へと運ばれ、そのまま柄にセットされた。

「ブラークル、覚悟!」

 俺は、水晶から現れたその剣を握りしめた。これが聖剣ジェマイルなのか。ブラークルの表情は、怖れと憎しみに満ちている。ラハブに訓練された技術が、いま、活かされるのだ!

 ふいにブラークルが絶叫した。空をも引き裂きそうな声。それとともに、口から光線を吐き出した! 

 一筋の光が、神殿の石像のある壁にまで届き、連なっている石像がみんな吹っ飛んでしまった。暴風に混じって砂や小石が飛び交っている。

「ムダだ、おまえひとりでなにができる! さあ、あきらめて我が元へ来い!」

 ブラークルは、すでにツノを生やした赤い巨体の鬼になっている。俺は、涙が出てきた。ラハブも、デリラも、パウロもいない。俺一人では、何も出来ないのか。

「義也さま! 援護します!」

 背後で声が飛んだ。さっき殺されかけていたアスリアだ。むちゃなことに、両手を差し出して、必殺の『魔力増幅』を俺にかけようとしている。おとなしくて平和主義のアスリアと思っていたが、意外な一面だった。

「バカっ! ここから出ろ!」

 俺はがなった。

「バカはどっちですか! わたくしが、健司さまの仇を討つチャンスをくださらないんですか!」

「あんたはここで、死ぬ気なのか。もっと自分を大事にしろよ! 俺はあんたに、死んでほしくないんだ!」

 アスリアは、驚いたように目を見開いた。自分を大事に、という言葉を、生まれて初めて聞くかのように。

 俺は、宝珠を握りしめているブラークルに、一歩近づいた。

 ブラークルは、まるでおびえるように、それを避ける。剣の宝珠から漏れる光を、なんとかして妨害しようとしている。宝珠を前にして、そこから逃れないように、そしてくっきりと見える影を強烈に意識しているように。

 ―――自分の影を、かばってる?

 俺は、ブラークルのおびえを思い出した。

 あのとき。

 稲妻が走ったあのときも、ブラークルはなにかに焦っていた。

 自分の影が、ハッキリと見えるのを、恐れていたようだった。

「そこが、弱点だ!」

 俺は剣を高々とさしあげた。するとどうだろう。そこにセットされた宝珠が、ありありとブラークルに影をつくっている!

「やめろ、やめろ!」

 ブラークルは、制止する。俺は剣を振り上げた。

「聖剣ジェマイルを、受けてみろ!」

 ずさーん! 俺は跳躍した。そして、背後にまわり、ブラークルの影を斬った。

「ウォォォォォォォォォォォォ!!」

 直後、光がブラークルにおそいかかった。突然、すべての闇が光に変わり、俺たちはのけぞるように仰向けにひっくり返った。甲高いハム音とともに、閃光が炸裂し、視界いっぱいに広がった。

 断末魔の声とともに、ヤツは影を斬られてちりぢりになった。そして、まるで掃除機に埃が吸い込まれるように、水晶のなかにその影が封じられていった。

「やった……のか?」

 俺は、水晶のなかのブラークルに注視した。氷のなかの花のように、ヤツはカチカチになっている。

 ほんとうに、これですべて解決したのだろうか?

 俺は、辺りを見まわした。邪神ブラークルは封じられたのか? 俺は、弟の仇をうったのか? 任務を果たしたのか?

 その直後。

 水晶の下の床が砕け散り、ブラークルごと海の中へと沈んでいった。

「ま、待て……」

 俺はあわててあとを追おうとしたが、急にあたりが暗くなり、なにかに引っ張られるような感覚があった。

「義也さま! 勇者さま……!」

 耳の底で、かぼそい声がこだまする。

 光がすべてを覆い尽くした。

 身体中が強烈な痛みに襲われた。

 それは、サボテンに刺されたような―――。

「ブラークル! きさま!」

 俺は、剣をふりかざした。




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