ギリシャ彫刻みたいなヤツだな!
「健司さま。鈴木健司さま、お目覚めですか?」
うん? 鈴木健司? 俺は鈴木義也だが。
目を開けると、見間違いじゃない。アスリア王女が、その美しい紫の瞳をこちらに向けている。心配そうな、気がかりそうな目だ。
「どうなさったのでしょうか? またサウル国王とケンカを?」
「ん、いや、その……」
どうなってる。俺は、自分の身体を見下ろした。小さな丸っこい胴体。短い足。だけどどこからどうみても、こまわりがききそうなタイプの身体だ。
「俺の身体じゃ、ねー!」
俺は思わず、叫んだ。
「これは、健司の身体だ!」
「あの……、健司さま? 寝ぼけておられるのですか? そろそろ、わたくしとの朗読会をする予定のハズでは……」
「ちょっと待て。これは夢だ」
俺は、ハッと気づいた。夢解きチート能力が、働き出すのを感じたからだ。つまりこれは、ブラークルの神殿のなかで見ている神夢なのだ。エメット神め、どういうつもりだ? 自分の信徒を冷酷にも見殺しにして……。俺にどうしろって言うんだ。
俺の気持ちも知らぬげに、アスリアはどんどん話をすすめている。
「健司さま、こちらへどうぞ。サウル陛下もお待ちです」
そっと俺の腕を取り、自分の方へ引き寄せる。そして、薄い布の向こうへ連れて行こうとした。
「いや、いや待て待て」
俺は、アスリアの暖かい手をじーんと感じながら、誤解を解こうとした。
「アスリア、これは夢なんだ。俺は健司じゃねえ、義也だよ。わかるか?」
アスリアは、まるでピエロにネタをふられたようにクスクス笑っている。
「寝ぼけておられるんですね。もちろん、お兄さまのことは存じ上げてますよ。毎日のように、とてもかなわないっておっしゃってましたっけね」
「だから、俺は義也―――」
アスリアは、ちょっと怒ったような顔になった。
「陛下のまえで、そのようなおたわむれをおっしゃっるつもりなら、わたくし、二度とお会いしませんことよ」
「わっ」
そりゃマズい。アスリアに放り出されたら、どうやって旅をつづければいいんだ? ラハブが喜びそうだ。
俺はひょこひょこと、アスリアのあとをついていった。ここはどこだ? 船の中じゃなさそうだ。豪奢な柱や彫像が並んでいるところを見ると、王宮なのだろう。部屋を出てから謁見の間へと続く廊下は、赤いふかふかの絨毯が敷かれていた。
謁見の間でぼーっと待っていると、ラッパの音とともに儀仗隊が現れた。
「サウル国王、おなりー」
衝撃を受けた。
サウル国王はそれじたい、生きている理想像だった。短く刈り込んだ金髪も、涼しげな青い瞳も、赤いケープをふわりとさせて玉座に向かうその歩き方も、すべてが現実とは思えないほどだ。彫りの深い顔には、形のいい鼻がすうっと通っている。ギリシャ彫刻のようだった。
「勇者健司よ」
これがまた、耳にここちよい響きの声なのである。俺はその気もないのに、つい、クラクラきちまいそうになった。
そして、ラハブの、鋭いまなざしを見て我に返った。そうだ、ここでは俺は義也じゃねえ。健司なんだ。死んだはずの弟の姿になった夢を見てる。夢解きチート能力の出番だな。
しかし、能力はうごめくことはあっても発動はしなかった。起床してないとムリなのだろう。早くこの夢がさめないだろうかと、俺はちょっとイライラしながら、それでも国王のまえにひざまずいた。国王の隣には、いつの間にか黒髪の、美しい曲線を描く美女がいる。黒い唇。どこかで見たことがあるような、ないような。
「そなたは、国をなやますモンスターを、倒してくれると明言した。モンスターの発生源である、禁じられた扉を封じてくれると。それはまことか」
「え、そ、そうなの?」
声が、ひっくり返ってしまった。そんな約束、しちまって大丈夫なのかよ、健司。おまえ、なんの取り柄もねーじゃねーかよ。
しかし、サウルの隣の女は、しなをつくりながら、
「さすが勇者健司さま、あなたの謙虚なことは海よりも深いですね」
「キャラ=ソマよ、そなたの言うとおりだ。勇者健司は、国を救ってくれる。禁じられた扉に行き、そこの扉を封じてくれる。そなたはそう申した。それゆえ、それがまことならば、わたしはそなたにアスリアをめとらせようと申し出たのだ」
サウル国王は、夢見るように言った。
「む、むちゃですよ。一人ではムリです。聖剣ジェマイルがあれば、別でしょうけど」
こういうときに、道具を頼るのはどうかと思ったが、ほかにテがあったら教えてもらいたい。選択肢は2つだ。やるか、投獄されるか。ウソの申し立てを国王にしたら、どんな目に遭うかぐらいは、俺にだって想像はつく。
「わたしも行こう」
ラハブは、一歩前へでた。俺はホッとした。死んだと思っていたラハブが生きていて、しかも助力を申し出てくれている。
「宝珠は、どこにあるんでしょうか?」
俺は、自分のポケットをまさぐった。やはりない。取り上げられてしまったから、当然といえば当然だが、こうなってくると心細さが先に立つ。
「ほうじゅ?」
サウル国王は、初めて聞く果実の名前みたいな顔をした。
「いや、なんでもありません」
ひょっとしたら、俺は、時間をさかのぼっているんだろうか? 俺は、用心深くあたりにチェックを入れた。ラハブの髪の毛は短いし、ゴスロリでもない。健司は、俺よりまえにこの国に来たことがあるといわれたことがあったが、そのとおりなのだろう。俺の知らないラハブが、そこにいる。
とはいえ、宝珠なしで禁じられた扉に行くというのも、なんだかなって気もする。健司よ、なぜに自分から、そんなむちゃくちゃを申し出たんだ。悪目立ちしたかったのか?
キャラ=ソマと呼ばれた女は、黒い唇をにっとつりあげた。
「われわれには出来なくとも、神に選ばれた勇者ならできるのです。健司さま、期待してますよ」
どうやら、逃げ場はなさそうだった。俺は胸をそらした。どうせ死ぬのなら、戦って死んでやるぜ。




