夢判断は聖書チート:サライの場合
空飛ぶ船のこぎ手でも、人力は必要であるらしい。オールを持つ手に血まめが出来ていた。サボると鞭が飛んでくるので、おちおち寝てもいられない。女看守長は優しかったので、ぼろ雑巾のように疲れ切っていた俺は、妙な夢を見た。
男装した女の子が、蛸の足をかじっている。その蛸は女の子の首に足を巻き付け、血をすっている。蛸が満足すると、女の子は夕日のように赤くなり、手足を八方に広げて大きな女神像に絡みつく……。
頭を振って、夢を振り払った。くだらねー夢に、関わり合ってる暇などない。
俺は女看守長と雑談をすることがよくあった。女看守長が給仕役をしていたことも聞き出した。ああ、俺のハーレム生活はどこに。
「勇者義也くん。義也くん、起きなさい」
どこからか、声が聞こえてきた。俺はむにゃむにゃと、
「うるせ……寝かせてくれ……」
「今がチャンスですよ。王女アスリアさまに、謁見を申し出るのです。そして、あなたの特別な力を見せつけるのです」
声に聞き覚えがあった。エメット神だ!
俺はがばと起き上がった。
「なにしに来た!」
ウトウトしている女看守長の隣で、胸ぺったんこの金髪美女女神が、照れたように笑っている。
「なにしにって、心配だったから来ちゃった。てへ☆」
「てへって、なんだよ! 人をこんな目に遭わせて! 今さら助言なんて聞きたくないね」
「世界を創造した神にひどいわね。それなりの罰は受けて当然」
エメット神は、不機嫌な態度で言った。俺はそっぽを向いてやった(背を向けたかったが、鎖につながれていたのだ)。
「あんたなんか、神じゃねーよ」
「じゃあなによ」
「ペーパーの紙だな。トイレで使うアレ」
水に濡れると溶けるやつ。俺が突っ込むと、女神は腕を組んだ。
「ヘタレで悪かったわね。ここは聖書をモチーフにした国、ネルビア。あなたには、創世記のヨハネのような、夢を解き明かす力を授けておきました」
「創世記のヨハネ?」
「無実の罪で投獄され、ファラオの夢を解き明かすことで英雄になった人です。あなたはこの、夢解き明かし能力を使って、魔王を倒すのです!」
「もう、帰してくれよぉ」
「だーめ。だって魔王を倒したら、弟さんの死の真相もわかるはずだもん」
なんだと?
「健司と魔王との間に、なにかあるのか?」
「さーねー」
ムフッと微笑むエメット神。憎たらしいヤツである。
「なにかあるんだな……」
異世界と弟の間になにがあったのか。異世界の人々にそのヒントを教えてもらい、魔王を倒す!
「よし、じゃあ、どうすりゃいい」
「王女アスリアさまって人に謁見を申し出てなさい。アスリアさまはお優しい方、きっと会ってくださいますよ」
それだけ言うと、エメット神はすっと煙のように消えてしまった。
―――アテにしてなかったけどさ。
いなくなってみると、案外さびしいものである。しかし、相手は神さまなのだ。謎解きもノーヒントというのも無理はないかもしれない。
ためしに俺自身の夢を判断してみた。例の、男装した女の子とスイカと女神像の夢だ。
―――チャーチ。シスター。陰謀。
キーワードが頭の中にわいてきた。なんだこりゃ。まあいい、とりあえずあとで、じっくり考えておこう。今はここを脱出するのが先だ。
ここは聖書をモチーフにしたとエメット神は言っていた。俺もいちおうはクリスチャン家庭に育ってる。記憶ではたしか、創世記のヨハネという人は、看守長と仲良くなって、夢を解き明かしたのだ。それがきっかけで、ファラオに気に入られるようになった。聖書と同じパターンで、俺に夢判断ができるなら、女看守長やアスリア王女に気に入られるかもしれない。
俺は奴隷の女看守長に呼びかけた。
「看守長さん、起きてください」
銀髪の女看守長は、厚ぼったいまぶたをうろんげに開けた。
「なんだ?」
「あなた夢を見てたでしょう」
「なんでわかる」
「うなされてましたから。俺、その意味を当てて見せますよ」
女看守長は、少し気味悪そうな顔になった。
だが、どうやら少し、思い当たることがあったらしい。
「そうだな、わたしは夢を見ていた。一本のぶどうの木が目の前に現れた。その武道の木には三本のつるがあった。それがみるみるうちに芽をだしたかと思うと、すぐに花が咲き、ふさふさとしたぶどうが熟した。アスリアさまの杯を手にしていたわたしは、そのぶどうをを取って、王女の杯に絞り、その杯をアスリアさまにささげた」
お、これはまさしくヨハネの夢の解き明かしそっくりパターン!
おれは、夢判断能力に、この夢を解析させてみた。キーワードは、『昇進』『三時間後』『解放』だ。
「その解き明かしは、こうです。三本のつるは三時間です。三時間あれば、アスリアさまがあなたを元の職務に復帰させてくださいます。あなたは、昔そうだったように、アスリアさまの杯をささげる給仕役をするようになります。ついては、あなたがそのように幸せになられたときは、どうか重要な話があるので、王女アスリアと謁見させてくださるよう、はかってくださいませんか? ぼくには、人の夢を解き明かす力があるんです」
なんどか説得をした結果、十分だけ王女アスリアと謁見が出来ることになった。
その十分でアスリアの心証をよくして、この奴隷生活から脱出しなくちゃ!