戦いと疑問ーーー肝心なときに使えない力って何だよ!
「すると義也さまは、アスリア王女を復活させてくださった、と」
「なんかよーわからんが、そういうことになっちまったようだ」
「素晴らしいことですが、あまりそういうことは喧伝しないほうがいいですぞ。サウル国王の耳に入ったら、追っ手がかかるかもしれん」
「―――またなんで?」
冗談かと思ったが、西方教会の副祭司長、ペテロは深刻な表情であった。
デリラとラハブは、二人でクッキーをつまんでいた。久しぶりのまともなおやつに、二人ともとてもうれしそうだ。
「エメット神との出会いや、奇跡の発動というのは、ネルビア国では聖人や法王にしか許されていないことなんですよ。我が西方教会では、パウロさまからの書簡で、あなたを聖人として申請することはできますけれど、邪神ブラークルが人を惑わすために、あなたを使ってると逆に言われかねません。
なにしろ、サウル国王にとってアスリア王女は、目の上のたんこぶだから、口実があればなんでも使うでしょう」
「サウル国王のほうが、邪神ブラークルと通じてるんじゃねーの?」
「シーっ! なんてことを! 思ってても言っちゃいけません」
ペテロは、唇に指を立てた。
「聖剣ジェマイルを探す前に、サウル国王をなんとかしなきゃ、いずれネルビア国は二つに分かれて大変なことになるんじゃねーの」
俺が指摘すると、ペテロはさっと頬を染め、熱意を込めて、
「邪神ブラークルを封じることで、邪心が封じられ、以前のような優しい叔父になる、とアスリア王女は信じているのです。思いやってください」
そんなにもアスリアやエリヤに慕われるサウル国王って、イケメンなのかな。なんだかモヤモヤするぜ。
「わかったよ。とにかく、任務はがんばってみる」
「主よ、よき勇者を遣わしてくださいました。この出会いに感謝を」
ペテロが言うと、デリラとラハブがクッキーを置いて、三人で祈り始めた。
いや、俺は夢解きチートと、宝珠使いしかできねーんだけどな。
「それにしても、あなたが来てくれるとは……、祈りが通じたのでしょうか」
ペテロの言葉に、俺はキョトンとなった。
「はい?」
「この辺は、かつてはそれほど強いモンスターは出ていなかったのです。たとえば、スライムとか、ぶはぶはキノコとかが出るくらいでしてね」
「ぶはぶはキノコ?」
「胞子を噴き出して転がりまくるキノコ。害はないが、通行の邪魔になるので、サウル国王に上級親衛隊を送ってもらって、掃討しているところなのです」
「ふーん」
「アスリア王女は、この国ではたった一人の正当な世継ぎ。救ってくださったお礼をしなければなりませんな」
「いやいやいやいや、そんなのはどうでもいいですよ。さっさとここから出て行って、早くジェマイルをゲットして、サウル国王とアスリア王女の仲直りをさせなくちゃ」
「しかし―――」
「エリヤさんからは、あまりよく思われてないみたいだし、聖剣ジェマイルの手がかりが分かるなら、その情報をくれたら出て行くよ」
「おお、なんという器の大きさよ。さすがエメット神に選ばれた人というだけはある。かつて勇者健司さまのような間違いを、しでかすことはないでしょう」
「ん?」
俺は、気になった。夢のことを思い出したからだ。チート能力が発動するのを感じる。
―――宝珠。聖剣ジェマイル。影。
あまり仲がいいとは言えなかった弟。死んだからって、たいして気にしていなかった。けれど、この国でなにか事件を起こしたのだろうか。そうだとしたら、少しは俺にも責任があるかもしれない。
「健司のことを、知っているのか?」
「義也さまのことを、いろいろ聞かされました。どれだけ優秀で、どれだけ賢くて……」
放っておくと、お世辞のオンパレードになりそうだった。俺はそれを押しのけて、
「それはいいから、健司のことをもっと聞かせてくれ」
「だから、義也さまと比べて、自分は情けないって言ってましたね。自分に無関心なんじゃないかとも……」
「そ、そんなことは―――」
「邪神ブラークルを倒す、と決めたのも、義也さまを乗り越えるためだと言っていました。そう、あなたの影を乗り越えて、自分自身になるのだ、と―――」
「俺の影を乗り越える?」
どういう意味だろう。
身を乗り出して、聞き出そうとしたのだが。
ふわっ。と、なにか、魚の腐ったような、いやーな匂いが漂ってきた。目をこらすと、そっちのほうになにやら、もやもやした霧のようなものが浮かんでいる。
そのなにかが近づいてくると、胸の底の方からあたたかい、希望や優しさや期待といった、前向きの思考が消えてくるのを俺は感じた。
(なんなんだ……?)
ぜったい、ブラークルと関係がある。
イヤな予感はするが、正体がわからない。
「なんてことだ、聖なる教会内に!」
見ると、ペテロが部屋を駆け出ている。教会の執務室内にエリヤが駆けつけてきた。
「気をつけろ、死霊だ!」
エリヤはそう言うと、俺に向き直る。ラハブも駆けつけた。
「死霊? しりょーって、紙に書いて参考にする」
「資料じゃねーよ、ボケ!」ラハブは、剣を抜き払った。
どう見ても、純度百バーの悪意の塊だ。コントをしている場合じゃなかった。
ペテロが、聖水を持って現れた、さっとまきちらすが、死霊はケケケと嗤うばかりだ。
「俺様が盾になる。さっさとここから出て行け」
「ペテロはどうする」
「もういちど、この水を聖別してみます」
「だいじょうぶか、宝珠でやっつけてやれるが」
「おまえが? そこまでされる理由がない」
エリヤは、さっと言い返した。俺はポケットに手を突っ込み、取り出した宝珠を握りしめた。エリヤが剣を振り払う。
死霊は、うめき声をあげた。
よく見ると、長い耳がふたつ頭についていて、たくましい足がひょこっと飛び出している。どうみても、うさぎ人間のようだ。モンスターとしては、弱い方かもしれない。
こんなの、宝珠で一発であの世へ送ってやる。
俺は、宝珠を差し出しながら、用心深く相手を観察した。デリラの夢に、うさぎが出てきたことを思い出したのだ。
あの夢にうさぎが出てきた。
やはり、モンスターと関係があるのか?
まえには、俺の夢の中にウォーターメロンが出てきた。スイカだ。ジャック・オ・ランタンのスイカが空を飛んで、襲ってきた。
種をアスリアに植え付けて、繁殖しようとしたモノだ。うさぎだったら、どんな攻撃が考えられるだろう?
俺は、宝珠に念を送った。うぃぃぃん、と珠が反応するかと思ったのだが、まったく反応しない。
「またかよ」
俺は、宝珠をにらみつけた。まえには、ウォーターメロンの種に対して宝珠が反応しなかった。それは、モンスターが幼獣だったからなのだということは、パウロの説明で分かったのだが、今回はなぜなのだろうか?
「ラハブ」
俺はラハブを振り返ったが、彼女は目前の死霊を振り払うので手一杯である。
「デリラ」
デリラは、【ターン・アンデッド】をとなえていた。光の直撃!
垂直に走った光の爆発を受けて、死霊は霧散した。
あの、腐ったような匂いもなくなった。
ひとつだけ、疑問を残して。
―――なぜ、宝珠と聖水は効かなかった?




