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夢の国を行く帆船    作者: 鈴宮とも子
第4章 戦闘―――手遅れになった治療薬
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犠牲は大きかったが!

「治療薬なんだろ? おまえがそう言って、わたしといっしょに、ジャミシテ国へ取りにやらせたんだ」

「そして、それを教えてくれたのは、祭司長パウロだ」


 俺は、柴田先生そっくりの彼に、ゆっくりと近づいていった。

「あの難しい字を読み上げたときに、疑ってみるべきだった。そして、夢判断に、もっと集中するべきだった。パウロさん、あんたははじめから、アスリア王女を見殺しにするつもりだったんだ。あわよくば俺も殺そうと思ったんだろ、違うか?」

「な、な、なにを言い出すのじゃ若者よ。わしは西方教会の責任者であるぞ」


「だからわからなかったんだ。動機がなにか、ということがね。俺は男装した女の子が蛸やスイカをかじっている夢を見た。女の子は蛸とスイカに悩まされていたが、顔といい雰囲気といい、祭司長パウロさんと、似たところがあった。それは、アスリア王女暗殺未遂事件の前に見た夢だった……」

 俺は、水差しの注ぎ口をデッキに向けて傾けた。ワーッと一同が声を上げる。中でもパウロの声は大きかった。


「やめろーっ! それは、姪のデリラのために必要なのじゃ!」

 パウロは、小鳥のようにぶるぶる震え始めた。

「あんたの姪も、ウォーターメロンマンにやられたんだね?」


 俺は、問いかけてみる。パウロの身体中が、ピクピク動いている。

「この船に連れてきておる。その水は、たった一つの治療法なのじゃ。ブラークルに、こうすればおまえがこの水を持ってきてくれると誘惑しての……」

 パウロの顔は、疲れ切っていた。


「悪いことじゃと知っておった。じゃが、どうしようもなかったんじゃ」

「姪ごさんが喜ぶと思ったのか? そんな卑劣な真似をして手に入れたものを、喜んで飲むと思うのか?」

 俺がきつく言うと、パウロは顔を覆って泣き始めた。

「やめてくれ、ほかにどうしたらよかったのじゃ?」

「相談すればよかったんだ。アスリア王女なら、きっと寄り道ぐらい、してくれたはずだ」

 パウロはいまや、よよと泣き崩れ、デッキに涙の池が出来ていた。




 アスリアは、すでにスイカの蔓が身体中に巻き付いていて、死にかけていた。

「アスリアさま、治療薬です」

 ラハブが差し出すのを、彼女は静かに頭を振って断った。

「なぜ!」


 俺は、胃のところが熱くなってきた。王女は、静かに笑っている。

「わたくしが、皆さんの身代わりになって死ぬことで、パウロの罪は滅ぼされるのです」

「そんなバカな」

 刻々と、王女の身体は浸食していく。すでにスイカの花は、小さな実になっている。緑色のトマトのような果実。

 俺は、蔓をひっつかみ、ラハブにわめいた。


「こいつを切ってくれ! 切り取ってくれ!」

「無駄じゃ。こうなっては、死ぬしかない」


 パウロの淡々とした声に、俺は憎しみが身体から波のように発するのを感じた。

 アスリア王女は、細い息をついた。そして―――

 ことり、と首が落ちた。


 頬の血の気が抜けて、唇ばかりが赤い。

 わあっ、とサライが叫んで泣いた。内臓に火がついたようだ。恐怖がわきだつ毒のように胸を締め付ける。

「アスリア、死ぬな!」


 俺は、もはや手遅れと思いながらも、1%の可能性を賭けて水を眠っているアスリア王女の上からかけた。

 反応は、ない。

「手遅れなのじゃ」

 アスリアの遺骸を見つめた。息がない。脈もない。アスリア王女が、死んでしまった。

「わしを、許してくだされ」


 パウロは、アスリア王女のベッドの前にひざまずいて、涙ながらに訴えた。

「わしは、ひどいことをしてしもうた」


 俺にはわかっていた。パウロは、治療薬を持ってくる仕事を、俺に命じた。そして俺は従順にも、怪しいと思いながらもそれに従ってきた。ところがそんなことはすべて無駄だった! なんという狡猾なやりかただろう。ネルビア国に宣戦布告して何人もの命を犠牲にせず、すでに死を覚悟したアスリア王女に、こんな死を与えるとは。

 しかもパウロは、アスリアが逃げないことを知っていた。この冒険に出たときから、アスリア王女は覚悟していたのだろう。アスリアは死んだ。終わりが来たのだ。

「こんなの、間違ってる!」


 俺は、立ち上がった。俺の心臓は、バタバタもがいている小鳥のようだった。悲しみというよりはむなしさ、冷たい氷が胸を貫くように、絶望が俺を貫いている。

 そのときだった。


 アスリア王女の身体が光り出したのだ。ドクドクと、俺の心臓が激しく胸板に打ち付けられるのを感じた。王女の身体から、青い蔓が剥がれ落ちていく。

「ぎゃー!」

 胃袋に鈍い一発を食らったような声とともに、アスリア王女の蔓はしおれ、枯れ、身体から落ちていった。


 光はまぶしくなっていく。ふと思いついてパンツから宝珠を取り出すと、宝珠は太陽のように輝いている。

「成獣だ! つまり、宝珠が有効だ!」

 アスリア王女に、がっしりと吸い付いていたウォーターメロンマンは、完全に消え失せた。

 王女は、ぱっちりと目を開けた。


「……ここは……」

 信じられない思いで、俺たちは近づいた。

「王女さま」

「アスリアさまが生き返った」

 サライとラハブが口走る。

「アスリア王女、お許しくだされ」


 よみがえった王女に、パウロは土下座して謝った。滂沱と涙を流している。

「心から悔い改める人に、神は許しを与えます」

 アスリア王女は、ベッドの上で、バラの花のように微笑んだ。

「雨が降った後には、陽だまりがあるものです。これからは、なんでもわたくしに相談するのですよ」

「あ、ありがとうございます!」


 パウロは頭を下げた。

 治療薬の間に合ったデリラは、黒いショートヘアで黒い瞳で、まだ十三歳。親衛隊に紛れ込んでいたという。いまはパウロに促され、シスター見習いの姿に戻っていた。

「わしの両親は、早くになくなった。たった一人の姉の、一粒種なのじゃ。デリラを人質に取られては、どうすることもできなかった」

 パウロはうちひしがれている。

 この旅に連れてこられて、戸惑うとともに、叔父の浅はかさを知って非常に傷ついている。

「叔父さんのばか」


 俺はデリラの頭に手をやって、じっと叔父を見つめる彼女に、

「許してやりなよ」

と言っていた。

夢の国を行く帆船は、今は西方教会へと向かっている。

「どんなことが起こっても、みんなで乗り越えていこう」

 ゴスロリ少女ラハブが、力強く言った。


 暁の光が差し込んでくる。行く手になにが待っているのか、俺たちはまだ知らない。

「西方教会に向かって!」

「聖剣ジェマイルを手に入れよう!」

 一同は唱和し、船はぎいっときしみながら、西の方へと向かっていった。

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