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夢の国を行く帆船    作者: 鈴宮とも子
第2章 空飛ぶ果実、襲来!
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パウロの話―――そんなの納得できるか!

「回復の魔法をかけろ、と?」

 祭司長パウロは、困惑したように言った。

「できるんだろ。俺の血まめも治療したじゃねーか。アスリア王女に回復の魔法をかけて、種をドバッと吹っ飛ばすんだ」

 俺が言うと、祭司長パウロはニッと笑った。

「おぬし、アスリア王女に惚れたな?」


「おまえどんだけ恋バナが好きなんだよ! そんなんじゃねーよっ!」

「いや、わしも聖職者の身でなければ、アスリア王女に恋文の一つも書いていたところじゃからのー」

「そんな話はどうでもいいっての! やるのかやらねーのか、はっきりしろッ」

 祭司長パウロは、腕を組んだ。そして、鼻から息を吸うのか吸わないのか決めかねたような、押し殺した声でうめいた。

「むろん、わしは回復の魔法だけができるが、アスリア王女の種を剥がすために、それを使うのはためらわれる」

「なんでだよ?」


俺は、目の前にバナナをぶら下げられている動物園のチンパンジーになった気分だ。

「回復の魔法は、生物の生命エネルギーに直接働きかける。つまり、魔物の生命エネルギーにも同等に働きかける」

「つまり?」


「つまり、回復の魔法を使えば使うほど、魔物の生命エネルギーが増して、アスリア王女の身体は魔物に食い荒らされ、そして……」

 俺は耳をふさいだ。みぞおちが絞られるような思いだった。アスリア王女の身体が、魔物によって引き裂かれる。想像するだけでもゾッとする思いだ。

「俺は、どうすりゃいいんだ」


 思わず叫んだ。天を仰ぎ、拳を振り上げた。

「エメット神よ、どうすればいい!」

「神は、あなたを見守っておられる。じゃが、安易に答えるほど、暇でもないのじゃ」

 したり顔でパウロは説教した。俺は、パウロを一万回殺してやりたいほどの視線でねめつけてやった。

「アスリア王女に会ってくる」


 こうなったのは、ぜんぶ俺の責任だ。勇者だ夢判断チートだと浮かれていたが、けっきょく、王女を助けられなかった。身代わりになってくれた王女。ひとこと、詫びを入れなければ気が済まない。 




 アスリアは、自室のベッドで横になっていた。

 俺は、彼女のそばに近づいた。背後でゴスロリ少女ラハブが、警戒したようにみじろぎするのが気配でわかったが、構ってはいられなかった。アスリアのこの、見るも恐ろしい姿! 種で出来た鎧はしっかりと肌に食い込み、じんわりと血がにじんでいた。きっと痛いに違いないのに、王女はひとことも愚痴を言わず、唇に笑みさえ浮かべて、頭をあげて俺を迎えてくれた。

「心配しなくても、いいのですよ」

 アスリアは、王女らしく威厳を込めて言った。


「あのとき、あなたを失ってしまったら、わが国の、いいえ、世界の未来はありませんでした」

「俺なんかのために……。俺は……」

 俺は、なにかがぐっと胸に迫ってくるのを感じた。


「あのとき、あなたは宝珠を手にしていましたね」

 アスリアは、まったく聞いていなかった。

「まさかあの宝珠が使えるとは、わたくしも想定外でした」

「きみは、あの宝珠のことをなにか言ってたね」


 アスリアは、かすかにうなずいた。

「あれは、魔物を滅ぼす聖なる光の珠。あれに長時間さらされていると、魔物は塵とかえってしまうのです」

「じゃあ、たいていの魔物に効くんだ」

 俺は、案外役に立っている。ありがとよ、エメット神。


 思わず感謝したとたん、アスリアから意外な言葉が漏れてきた。

「そのとおりですが、たったひとつ欠点が」

「なんだい」


「あの光は、あなたの生命エネルギーを奪うのです。長く使うと、あなたは死んでしまう」

「―――俺が死ぬ。そんなことのために、きみは俺の身代わりになったのか」

「そんなこと、とはどういうことでしょう?」


 アスリアは、キッとにらみつけた。そういう目をしていても、彼女の瞳は美しかった。

「魔王と戦うまえに、あなたが死んでしまったら、世界はどうなります。わたくしたちにとっては、重要なことですよ」

「世界なんてどうだっていい! 俺は……俺は、あんたが」


 言いかけたが、言葉にならなかった。アスリア。きみは何のために生きているんだ? 俺はなんのためだ? 弟を自殺させ、今また王女アスリアを身代わりにしている。のうのうと生きている俺の、生きる価値ってなんなんだ!

「勇者さま」


 アスリアは、白く細い腕を伸ばした。黒い斑点のついた美しい肌に血がにじんでいる。種はすでに肉に達しているようだ。痛みを感じているはずの彼女は、まったく動じていないようだった。なんて意思の力。

 俺は彼女の手を取った。俺の王女。まぶしくて、たおやかで、意志の強い女の子。


「アスリア……」

 俺は手を握りしめる。紫色の瞳が、視界いっぱいに広がる。暖かい手がしっとりとしている。唇がほんのりと赤らんでいる。鼻はちょこんとしていて、これもまたかわいらしい。

 ―――宝珠はどうだ?

 あれを使って、アスリア王女の種を剥がしてはどうだろう。

 俺は、ポケットに手を突っ込んで、取り出してみた。

 ビー玉みたいな宝珠が、キラリと光った。

念じてみる。


「アスリア王女の種を、剥がしてくれ!」


 しかし宝珠は、なんの反応も示さなかった……

「アスリアさま」

 ラハブの冷たい声が、割り込んだ。

「そろそろ、お休みしなくてはなりません。長く起きていると、魔物に生命エネルギーを食われて、種が成長しやすくなります」

 くそー。いいとこだったのに!


 俺はしぶしぶ、手を離した。

「あばよ、勇者」

 ラハブは、俺を扉の方へ押しやった。


「あんたの寝室は、船尾の方だ。ハンモックと着替えを用意してある。その妙な格好を、なんとかしな」

 俺は追い出された。


 船尾の方に向かいながら、ふと気づいた。

 犯人は、ブラウニーを使って犯行に及んだ。

 ということは、別に帆船の内部に犯人がいるとは限らないのでは?


 外部の人間がブラウニーのいたずらを使った可能性は、どうだろう?

 いや、データが少なすぎる。証拠を集めなくては。


 アスリア王女を救う手段を考えねばならない。

 なにか、方法があるはずなんだ。

 

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