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夢の国を行く帆船    作者: 鈴宮とも子
第2章 空飛ぶ果実、襲来!
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ブラウニーの仕返し? そりゃないよ!

目を開けると、ヤツは両手(というか両蔓)を振り回して、少女兵士たちを壁にたたきつけたり、緑色の巨大な足で床に踏みつけたりしている。アスリアの衣装はベタベタだ。そのせいで、むっちりとした美しい身体は香水のように匂っている。瞳はすっかりおびえていた。

 スイカ男は、アスリアに迫る。なぜ、俺たちには目もくれないのだろう? 

宝珠を握りしめ、俺はアスリアを背に回し、スイカ男に対峙した。


「へい、スイカのあんぽんたん。女の子にしか、興味がないのかい? 相当エッチだな!」

 うおおおお!

 スイカ男は、目から火を噴きそうなほど怒っている。

「気持ちはわかる。アスリア王女は美人だし、性格もいいし、王位継承者でもある。だが、おまえのお嫁にはやれん!」

「うおおおお!」


 ヤツの弱点を見つけるんだ! 俺は、あいつの逆三角形の目をにらみつけた。

 ヤツは輝く宝珠をまぶしそうににらみつけ、ためらいがちにその蔓を伸ばしては、引っ込めるという動作を繰り返している。アスリアをつかまえたいのだが、宝珠が邪魔をしているとしか思えない。

 俺は宝珠をかざした。宝珠はいよいよ光を増している。


「やめて、義也さま! その宝珠はあなたの生命エネルギーを食い尽くしている―――!」

 言うなりアスリアは、俺の前に立ちふさがった。

「勇者さまは邪神ブラークルを封じるお方、わたくしの命など惜しくありません!」


「ぐおおっ?」

 宝珠の光に目を細めていたスイカ男は、その勇気ある言葉に少したじろいだようだったが、

「ぶぶぶぶっ!」

 汚らしい種をはき出した。アスリアは、その種をいやというほど浴びた。


「ああっ!」

 アスリアは、絶叫して崩れ落ちた。まるでスローモーションのように、ゆっくりと傷だらけの床へと倒れ込んでいく。ゴスロリ少女は悲鳴を上げた。給仕役は泣きじゃくった。祭司長パウロは頭に手をやり、顔色を変えて駆け寄ってくる。


「目的は、達成した」

 スイカ男は、聞きづらい声で勝利を宣言した。

「苦しむがよい、ネルビア国の王女よ!」

 それだけ言うと、空飛ぶスイカは、そのまま空へと浮いていく。


「待て、王女になにをした! おまえは、何者なんだ!」

 俺が叫ぶ声をスルーして、スイカ男は笑いながら空の彼方へ消えていく。あとには、ぽっかりと空いた天井の穴。

「アスリアさま、アスリア王女さま!」

 ゴスロリ少女ラハブの、泣き叫ぶ声。振り返るとアスリアは、身体中にスイカの種がついていた。

 その種は、アメーバのようにうごめている。


「アスリアさま! スイカの種が、種が……!」

 ゴスロリ少女ラハブは、繰り返すことで、事実がくつがえされるかのように泣き叫んだ。

「だ、だいじょうぶですわ……」


 アスリアは、荒い息をしている。

 白い肌に、まるで、伝染病のような、黒い斑点。斑点は、ひとつひとつ、肌に食い込んでいる。そして、斑点は大きくなっていく。

 俺はゴクリとつばを飲み込んだ。 

白い肌にブツブツと、スイカの種が沸騰し、そして拷問道具のアイアンメイデンのように覆い尽くしていく。鋭い太い針が、彼女の肌に食い込んだ。痛みを感じているらしく、アスリアは種をはがそうとしながら、みもだえしている。

「ふふふ……死ね……」


 墓の底からのゾンビのような声が聞こえてくる。

「呪いじゃ」

 祭司長パウロが、医者のように彼女を検分して言った。

「この種は、アスリア王女の身体を栄養として育つ」


「―――なんだって!」

 俺は、血の気が失せた。足に力がなくなって、座り込みたくなってきた。

「何者かが、祝宴の席に魔の果物を供したのじゃ。その魔物は、アスリア王女の暗殺を狙っていたに違いない」

「暗殺! なぜ! どうして! アスリア王女が苦しんでるのに!」





 サライに案内されて、俺は台所へ赴いた。その途中で、サライにさりげなく、彼女の身辺を聞き込んだ。祭司長パウロの言うように、サライは一番あやしい。だが、アスリアにあんなひどい真似をするようなヤツだ、人に濡れ衣を着せるぐらい平気でやりかねない。

「あんたさ、親衛隊長ラハブの怒りを買って看守長に落とされたって言ってたけど、どういう失敗したの?」

 俺が聞くと、サライは黒い目をクリクリさせた。


「いえ、実はアスリアさまの入浴姿を見てしまいまして」

「そりゃ、うらやま……いや、マズいな」

「でしょ? でも、あの方はやはり、豊満な身体をしておりましたよ」

「どこを見てるんだよ」


「胸」


「……それはもういいよ。アスリア王女について、聞かせてくれないか」

 俺は、アスリア王女が第三王女ではあっても、実際は直系の唯一の生き残りで、叔父のジェイムズに後妻が出来たこと、近々妊娠するであろうこと、そうなれば王位継承権についてトラブルが発生するかもしれないという話を聞かされた。

「アスリア王女は、事実上、ネルビア国から追放されたようなものです」


 給仕役サライは、叔父の王に対する怒りと邪神ブラークルに対する憤りで、いまや声が割れていた。

「邪神ブラークルを倒すなんて不可能な旅を、叔父から言いつけられて。もしかしたらアスリアさまは、絶望のあまりご自分で魔物を引き入れたのかも……」

「アスリアは、自分が苦しむのはともかく、他人に迷惑をかけたがるような人間だとは思えないがね」


 俺はちょっと嫌みを言ってやった。給仕役サライは、痛いところを突かれたように、たじろいで俺をみやった。 

「あなたって、見かけによらず、観察力があるんですね」

「見かけによらず、は余計だよ」


「済みません」

 ゴスロリ少女ラハブと違って、サライは素直でいい。お嫁さんにするなら、こういうタイプがいいな。

 台所に着いた。フライパンにお鍋、スプーンなど、台所用品が壁に掛けられている。宴会用の食事の残飯が、シンクの隅にたまっている。かまどには火はついていなかった。木製の帆船には、火は厳禁だ。だとしたら、どうやってあの暖かいスープを作ったのだろう?

「この扉は?」


 俺が、奥に通じる小さな扉を示すと、給仕役サライは、

「そこからは、台所の精霊が出入りするのです。料理と家事が大好きな、ブラウニーという妖精ですよ」

「ああ、知ってる知ってる。牛乳の入った小さな皿ひとつで家事を手伝ってくれるんだよね」

 イギリスの昔話に登場するブラウニーが、この聖書をモチーフにした異世界にもいるとは思わなかった。ここに出入りしているってことは、そいつが祝宴の料理を作ったのだろう。火は使えない帆船で料理するブラウニーは、魔法で料理を作っていたのかもしれない。

 ふと、となりのサライは、床に添えられている小さな皿に気づいた。


「ん? 牛乳が、入ってない……」

「って、どういうことだ」

「だれかが、ブラウニーをただ働きさせようとしたんです。ブラウニーは怒らせるとたいへんですよ」

 俺はじっと空っぽの皿を見つめた。


「怒らせるとたいへんって、どうなるんだ」

「なんというか、いたずらして仕返しするんです」

「仕返し……?」


「祝宴のような大規模な食事作りでただ働き。ブラウニーも相当、怒ったでしょうね」

「となると誰かが、俺たちの祝宴に魔の果実を供させるために、ブラウニーを怒らせたってことは、考えられないか?」

「―――ありそうですね」

 そうか。相手は相当、悪知恵が働いているってことだ。直接、自分の手を下さずに、ブラウニーを使って目的を達成する。

「犯人を締め上げて、あのスイカの種を剥がす方法を必ず聞き出してやる」


 俺が拳を握りしめると、

「間に合いますかね」

 サライは、心配そうに扉を見つめている。正面から顔を見ると人はごまかされるというが、横顔は正直だ。サライはアスリアを思いやっている。

「どうしてそんなことを言う」


 俺は、水を差されていやな予感がしてきた。

「すでに魔の果物は、目的を達成しました。アスリア暗殺計画は、実行されたのです。アスリアさまの命が、いつまで持つか」

 物憂げな言い方だった。そこに広がる絶望感が、暗く横顔に陰をつくる。


 俺は、身体の奥から胸にかけ、怒りが波のようにほとばしるのを感じた。

「黙れッ! 彼女は―――俺の代わりに呪いを浴びてくれたんだ、ぜったい種を剥がしてやる!」

「でも、いままで、魔物に呪われて生きながらえた人はいませんよ?」


 サライは、俺の肩に手を置いた。

「あなたはわたしを救ってくれた。今度はわたしがあなたを救う番です。アスリアさまのことは、忘れなさい。目的を見失ってはいけません。あなたの本当の敵は、邪神ブラークルです。それ以外は、些細なことです」

「うるせっ! 俺はアスリアを救う。邪神ブラークルなんて、どうだっていいんだ!」  

 俺は駆けていった。唯一の希望、それは祭司長パウロだ。


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