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夢の国を行く帆船    作者: 鈴宮とも子
第1章 おもちゃの船が巨大化した!
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エメット神はLGBT

たしかに、教会でスマホゲームはヤバかった。

 だけど「実験台になれ」だって?

 実験台って、なんのことだ。

 危険はないのか?


 柴田牧師は、それが何の実験か教えてくれない。危険があるかどうかさえ、答えてくれない。そんな実験などお断りしたいところだが、ゲームのことが両親にバレると、またガミガミ言われちまうからなぁ。

 柴田先生は、信頼できる牧師さんだから、実験と言ってもたいしたことはないだろう。ナゾナゾを出して反応を見るとか、そんな程度じゃないのかな。

 いいさ、やってやるぜ。



「義也くん、その扉を開けて」

 柴田先生が、妙にニコニコして言った。ごく普通そうに見える洞窟の奥に、こんな扉があるとは思ってなかった。

 俺は鈴木義也。三つ年下の健司が自殺して以来、柴田先生には頭が上がらない。いつも両親をささえ、俺に慰めの言葉をかけてくれた。柴田先生を悲しませることは、したくない。

 教会で。『神はあなたがたを愛し、常に見守ってくださるのです』という説教を聞きながら、スマホゲームをしていたのだって、ほんとうは悩みを聞いてほしかったんだ。弟の健司はふつうと違っていたのだろうかと。


 注目してほしかった。ガキみたいだけどさ。

 だけど、結局、悩みを打ち明ける暇などなく。

 裏山の洞窟に、先生と一緒に入っている。

 洞窟はじめじめと薄暗く、ぬめぬめしたコケがぼうっと光っていた。扉は重そうな木で出来ていて、しっかりとかんぬきがかかっていた。


「どうやってこの扉を開けるのでしょー」

 俺は途方に暮れてしまった。

「そのかんぬきを開ければいい。その中に、帆船の模型があるから、それを持って帰ってきなさい」

「あのー、先生、なんで自分で取りに行かないの?」


「む、あの部屋は、十八歳未満しか入れないんだよ」

 エロ本関係だったら、十八禁ってよく聞くけどさー。

「―――アリババと魔法のランプってヤツですか」

「いや、発想はいいが。現実は違います」

「そーなんですか?」

「そーなんです!」

「実験台って、どういうこと? おもちゃの帆船を取りに行くだけでしょ?」

「細かいことはどうでもいいから、早く取ってきなさい」


 牧師のヤツ……、しょっぱなから上から目線かよ。こうなったら逃げてやる。

「逃げたいと思ってるでしょ」

 図星。

「なななななな、なんでわかるんだ」

「長年のつきあいですからな!」

 逃げ場はなさそうだ。

「部屋に入って帆船の模型を取ってくる、それだけですね?」


 俺が念を押すと、牧師はうれしそうに、

「難しく考えなくてもよい。とにかく直感でな。狭き門より入りなさい。天国への道はなだらかとは言えません」


 なんのこっちゃ。


 俺は、しぶしぶ扉に手をかけ、かんぬきをはずし、扉を開けた。 

「さー、勇者よ、旅立つのだ~~~~!」

 牧師は俺の背中をぼーんとたたいた。いてててて。 


              ☆


部屋に入ると、そこに美しい金髪の美女が、豪勢ないすに座って俺を待っていた。

 振り返ると扉は消えている。どうやら、閉じ込められたらしい。

「やほー。待ってたYO! 鈴木義也十六歳、ゲーオタのラノベ好き!」

「ほっとけ!」


 俺は突っ込んだ。

「あんた誰だ。こんなとこで、何してる」

「あたしは神。選ばれし勇者義也よ! これからあなたを、異世界へと……」

「ちょ~っと待った」


 俺は美女のぺったんこの胸を見ながら、顔はいいのにもったいないなと秘かに考えている。

「あんた売れない女優かなにか? 柴田先生と組んで、芝居でもやってるんじゃないの?」

「売れない女優ってなによ。これでも世界を創造したエメット神なのよ、あたし」

 世界を創造? コイツが?

「エメット神?」

「キミの世界では、エホバと呼ばれた男の神。だけど、神は性別を超えているのでーす! そうです、あたしはキミの世界の分類では、LGBTとも呼ばれているんだYO!」

 俺は美女をじっくり拝見した。それからくるりと背を向けた。


「帰る」

「いや、困る、困ります」

 美女が泡を食ったように言うので、振り返ると美女は必死の面持ちだ。

「なんでも好きなスキルを一つあげるから、異世界ネルビア国を救ってほしいのです」

「というと、いつものアレですか?」


 美女は、キョトンとなった。

「……アレ?」

 美女は、めっちゃかわいかった。俺はちょっと説明する必要を感じた。

「異世界に魔王が出現して、俺はそれを倒すために選ばれた少年である。俺はハーレム状態でウハウハになりつつ、数々の試練を乗り越えて魔王を倒し、現実世界に戻ってくる」

「わ、百点満点の答えですねー、なにごとも予習復習は、大切ですねー。おばさん感動しちゃったわ」

 お、おばさん。


 まあ自称創造神が本当だとしたら、おばさんというよりおばあちゃんのはずだが。

 とはいえ、褒められてうれしくないはずはない。俺はさっそく自慢した。

「学校の成績はイマイチでも、ラノベのパターンは暗記してる」

 エメット神は、手をって喜んだ。


「それなら話は早いじゃん。」

「だが断る」

 俺がキッパリはねつけると、美女は頬をふくらませた。

「えー。なんでー。ふつーなら喜んで受けるのにー」


「おまえのふつーはふつーじゃねえよ! 俺は中二病じゃねーの。イマドキそのパターンが好きなヤツって、世間を知らねーガキじゃねーの? 俺は、弟がなぜ自殺したのかわからないまま、生きている。健司を自殺に追い込んだヤツの正体もわからねー。異世界へ行って国を救うほどの器量もねえよ。


 だいたい、なんでスキルも才能もない平凡なこの俺が、ぜんぜん知らないよその国を救わにゃならんの? あんたが自分で救えばいいんじゃねーの?」

断る理由をじゅんじゅんと説明すると、エメット神と名乗った美女は、顔をくしゃっとさせた。

 そして、涙をボロボロ流し始めた。

「あーん、言いたいこと言ってくれる~~~」


 神さまって、もう少し威厳があるのかと思ってたが、この美女に限ってそういうイメージは当てはまらない。顔じゅうを涙で濡らして、薄い化粧が崩れまくっている。女の子を泣かせてしまって、ちょっと居心地が悪い。だけど言葉は勝手に出てしまう。

「だいたい、神さまっていい加減だよな。自分で創ったものをそのままに放置して、やりたい放題させている。だから魔王がのさばるんだよ」


 美女は地団駄を踏んだ。

「だってだって、地球や異世界にだって、自由を与えてあげるのが、あたしの基本的世界運営方針なんだもーん」

「そーゆーのを『無責任』というんだよ」

 俺は吐き捨てて、神さまを名乗る怪しい美女の目の前に置かれた模型にかがみ込んだ。うわ、脚がきれい。


「悪いけど、ほかを当たってくれ」

 模型を拾うと、美女はおずおずと、

「その模型、あたしの……」

「柴田先生が、持ってきてくれって言うんだ。あとで代金をもらったらいいよ」

「お金じゃダメなの。勇気が必要なの」


「おお、それはなんかうまそうだな。有機野菜か? 無農薬トマトなら、農協で売ってる」

俺は模型を手に取った。

操舵席に狛犬の彫像が置かれた小さな帆船だった。船にはギデオン号と書いてある。白い帆には、十字架のマーク。船首には人魚の彫刻が象られている。

「海にお船を浮かばせて~♪、行ってみたいな、よその国~♪ってか」

 俺はなにげなく、操舵席に手を触れた。

 そのとたん。

 きらっと狛犬の彫像の目が光った。

「ぐおおおおお」

 猛獣が咆えるような声がとどろいた。俺が思わず模型を取り落とすと、その模型は一回り大きくなった。


「なに?!」

 見ているうちに、帆船の模型はどんどん大きくなっていく。小さな親指ほどだった帆は、どんどん広がっていって、サッシ窓より大きくなる。ぎい、ぎいと船がきしむ音がする。かすかに潮のにおいもしてきた。気がつくと俺は、その操舵席の狛犬のそばに立っていた。帆船の模型は消えていた。そして、俺の立っているのは、その模型そっくりのホンモノだったのである。

「ま、マジか」


俺は上を見上げた。洞窟の壁があるはずのところに、青い空が広がっている。白い雲のとなりにぽっかりと黒く窓が開いている。その窓から、あのエメットの美女がのぞいていた。

「よい旅を《ボンボヤージュ》!」


 空の穴からのぞいている美女は、こちらに向かってキスを投げかけた。

「がんばってね、勇者義也くん! 世界の命運は、君の手に託された!」

「ウソだろ!」


 窓がパタンとしまって、あとに残るは青い空ばかり。

「おい、エメット神! 俺を戻せ!」

 返事はない。


―――魔王を倒すまでは、元に戻れんわけか……。

 冗談だろとあたりを見回す。俺はデッキから見えるはずの海を見下ろそうとした。

 そして、軽くめまいを感じた。

 

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