守るための戦い
俺は何をしているんだろう。
目の前で繰り広げられている戦いは、もちろん目に入っていた。
頭では助けなきゃいけない。アリスが傷ついてる、癒してあげないといけない。って分かっても、体が動かない。
俺は無力だ。
口ではいつもみんなを守るって言えるのに、いざ守らなきゃいけない時に体が動かないなんて笑えない冗談だ。
この感覚は前世でも味わったな。
あれは初めて人を殺した時だったか。
俺が辛い修行をしたのは国のために必死になっている、戦争代理人を殺すためだったと気づいた時にこの無力感は味わった。
この世界で初めて殺した人間はダリルだった。
レンメールの村で家族を殺そうとしたダリルを殺したが、その時は何も感じなかったのに、なぜなんだろうな。
量の問題か? だとしたら俺はひどい奴だ。ダリルだって1人の人間だ。1人の人間を殺すことは何とも思わないのに、大量の殺人を行なったら罪悪感が湧いてくるなんてな。
この戦争を始める前にみんなに確認したのに、確認した本人がこのありさまか。
「潮時か……」
もう死んでしまおうか。俺が生きている意味があるのか。リリーには申し訳ないが、俺はここで敗退するのもいいかもしれない。もう人を殺すのはごめんだ。こんな目にあいたくない。
「哀れね」
零華か。こいつには俺が哀れに見えるんだな。それもしょうがないのことか。女が俺のために戦ってるのに、ここでウジウジしてる男を哀れに思うのも仕方がない。
「アンタこんなとこで何やってるの? 戦わないんだったら目障りだからどこかに行ってちょうだい」
「……」
何も答えられない。零華達にとって戦えない俺なんて目障りであることは間違いない。
けど、俺はここから逃げていいのか? 俺のために戦っているみんなを見捨てるのか?
「何の反論もないわけ?」
反論なんてあるわけがない。零華の言ってることは正しいんだから。
「シーナはアンタが一緒に戦ってくれるって信じて待ってるわ。それでも戦わないの?」
何にも言えない。
シーナとアリスは今必死に『俺』を守るために戦っている。俺は彼女らを助けたくないわけがない。なのに、体が動かない……
「何とか言いなさいよ!!」
零華が俺の胸ぐらを掴み、顔を思いっきり殴ってきた。唇の端から血が流れ、頬は零華に殴られたのだ、痛いに決まっている。痛いに決まっているのに、頬よりも殴られていない胸の方が痛かった。
「アンタが何を悩んでいるのかは知らないわ、けど!! 今ここで悩むことなの!? アンタを信じて待ってる女の子たちを裏切ってまで、ここでウジウジしなきゃいけないことなの!? 何か言いなさいよ!!」
「……れだって……」
「なに!」
「俺だって……」
「もっとはっきり言いなさい!」
「っ! 俺だって! こんなところでウジウジしてちゃいけないことなんて分かりきってる!! けど、けど! 俺は! 人をあんなにも殺した!!」
「それは……アンタだけじゃないわ。みんな殺してる」
「分かってる! 俺の心が弱い証拠だ! 昔からそうだった! 前世では人を殺さなきゃ殺される世界だったから仕方なく殺した! 殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺した!! それでも俺の弱い心は決して強くならなかった! 人を殺したその日は眠れなかったし、いつでも殺した人間が俺のことを見ている気がしてた! ……3万の軍勢を見たときは本当に生きた心地がしなかった。それでも殺されたくないっていう一心で殺し尽くした! 最後には人を殺すという呪縛から解放されたという喜びを感じていた!」
「……けど心残りもあった。なんで自分はこんな目に合わなきゃいけない? 努力して強くなったのに、強くなったのは人を殺すためだけだったのか? 国のため? そんなことはどうだっていい」
「俺はただただ幸せになりたかった。人を殺すという呪縛から解放されて幸せになりたかった。けど死んでしまったら意味がない。だから後悔したんだ。その後悔をリリーが聞き入れ、俺は戦争代理人をこの異世界でもやろうと決心した」
「でもアンタはその呪縛から解き放たれたかったんじゃないの?」
「そうだ。俺は二度と代理人なんてやりたくなかった」
「じゃあなんで?」
「……前世の俺には代理人をやる理由なんてなかった。ただ命令されたから。当主だからってだけで代理人をやっていた。でも今回は違う。リリーのために代理人をやっている。勝ってリリーと結婚するために代理人をやる。これは俺の意思だ」
「前の俺は意思なんてなかった。ただ人を殺すだけの人形だった。最後の最後まで人を殺してから人生を終えた。だからリリーという女を手に入れたいって思いだけで代理人をやる自分に満足していた」
「その時は気付かなかったんだ。俺が代理人をやるということは、また人を殺さなきゃいけないってことに。ダリルの時は他のことに頭がいっぱいで殺した後もなにも感じなかった」
「けど今回は違う。人を殺すために作戦を立て、人を殺すために動き、人を殺すために魔法を撃った。俺はただの人殺しだ。こんな自分が嫌になった。俺は人を殺すためだけに転生したんだって思った」
「それはちが……」
「何も違わない!! 俺はただの人殺しだ! 何が『俺がお前らを守る』だ! 人殺しの手に守られても何も嬉しくないだろうに!」
「いい加減にしなさい!!!」
また殴られた。
「あの子たちがアンタをただの人殺しだと思っていると言いたいの? そんなことを言ってみなさい。私がアンタを殺してやる」
零華の手が震えている。
「アンタは無意味に人を殺したと思っているの? それは違うでしょ?」
「何が違うっていうんだ」
「全然違う!! アンタは自分の仲間を守るために人を殺したの!! 後ろに控えてる軍隊やメイドのみんな、街の人たち。みんなを守るために戦ったんでしょ!! それを否定するなんて私が許さない! 意味のない殺人は罪よ、意味のある殺人もたしかに罪かもしれない! けど! アンタがやらなきゃみんな死んでた! アンタはそれでいいわけ!?」
「……いいわけあるか」
「アンタはみんなに同情されたいの? アンタだけに殺させてごめんなさいって謝られたいの?」
「……ちがう」
「私たちはみんなそれぞれ人を殺してる。誰かの命を奪ったら、その周りにいる人たちの幸せまで奪うことになる。それを分かっていながら殺してる。それもこれも私たちは街のみんなを守るだじゃなくて、アンタを守るために殺したわ」
「俺を守る……?」
「アリスが言ってたのよ。クリシュが作戦を私たちに伝えた時、辛そうだったって。だから少しでもアンタの負担を軽くしようって。……みんなアンタのために必死になって戦っているのに、アンタはここで見てるだけ。頭にくるのは当然でしょ?」
「あぁ、その通りだ……」
みんなが俺のために戦ってくれてたなんて……
俺は何も知らなかった。
「この話を聞いてもアンタは動けないの? それともこう言うべきなのかしら……1度しか言わないわ。よく聞きなさい」
「このままじゃ私たちは殺されるわ」
「だから……」
「だから……私たちを守って」
上目遣いのキッとした目を俺に向けてきた。言いたくなかったなら言わなきゃいいのに。
俺のことを思って言ってくれたんだ。そう思うと胸の中にあったモヤモヤがスッと無くなっていくような感じがした。
女の子の一言でウジウジしてた自分が立ち直れるなんて、俺ってやつは本当に現金だ。
「意味のない殺人は罪。意味のある殺人も罪かもしれない。けど俺がやらなきゃみんな死んでた! か……」
今の状況も同じだ。使者と戦っている今はほぼ互角だが、どうなるか分からない。みんな死んでしまうかもしれない。
だったらやることは1つだ。
ふと零華の顔を見た。美しい顔だ。俺のために必死になってくれたんだ。そう思ってたらいつの間にか頭を撫でていた。
「な!? 何するのよ!!」
そう言いながらも零華は離れようとはしない。
「ありがとう零華」
「ふ、ふんっ! このお礼は高くつくわ!」
「わかった。後で何でもしてやる」
「な、何でも!?」
「あぁ、何でもだ。だから……」
ひと息ついて、覚悟を決める。
「だから、あとは任せろ」
俺は一歩を踏み出す。人を殺すことにはまだ抵抗があるし、一生抵抗がなくなるとも思っていない。むしろ抵抗が無くなったら、人として終わると思う。
だが俺はやらなければならない。
さぁ始めよう。みんなを守るための戦いを




