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婚約者

 

 王との謁見という名のお見合いは、俺とイリス姫の婚約とその他色々決まり、終わりを迎えたのは夜が更けてからだった。


 今俺は王城の一室で1人くつろいでいる。

 宿を探して泊まるつもりだったが、領地に行くまではこの部屋を自由に使っていいそうだ。

 豪華絢爛な部屋にずっといるのは気が引けるが、ベルを鳴らすとメイドさんが音もなく現れるし、そのメイドさんが何から何まで全部やってくれるので俺は何一つやらなくて済む。

 (ちなみに、ウチにも完璧メイドさんが居るが、ここまでの仕事はやらせないようにしている。俺が何もできなくなる未来が見えていたので)なので、さっきの話し合いで決まったことと、今後やらなければならないことを考えておくか。


 まず決まったことだが


 1.俺とイリスが婚約したが、結婚するかしないかは2年後までは決めなくていい

 2.俺、アリス、零華は辺境伯の爵位を与えられる

 3.本来ならそれぞれに領地を与えるべきだが、俺に関しては成人していないし、零華は親族が1人もいないために、3人で1つの領地を治めることにする

 4.領地の名は俺が自由に決めて良い、又その領地の代表は俺となる

 5.アリスと零華は代表が俺のため、形式としては領地を持たない辺境伯となる


 この5つだ。

 1に関しては、俺がヘタレですぐに答えを出せないと言ったら、この条件になった。

 イリス姫も俺の領地に一緒に行くそうだ。

 多分、使者であることを伝えなきゃいけないんだろうが、姫は何となく信頼できる気がするんだよな。


 2.3.4.5については、妥協案というか、侯爵にするつもりだったらしいが、侯爵は王都に近いところに住まないといけないらしく、領主が居ない王都周辺の街はなかったので辺境伯として辺境の村を治めることになった。


 この辺境の村だが、数年前に魔物が大量に押し寄せてきて、領主が逃げ出したまま放置状態になっていたらしい。

 村長がその後、治めてはいたが、後任の者が見つからず、今回俺に白羽の矢が立ったのだ。王様としては、王都の近くに居て欲しかったらしいが、突如現れた得体の知れない子供のSSSランクなんて、貴族達から見れば恐ろしいもの以外何ものでもないらしく、かなり反対されたらしい。


 それで結局、辺境にある街ではなく村を治めることになったのだ。


 しかもここ、レンメールの村とは真反対にあり、魔の森を挟んで隣国と接している領地なのだ。


 ま、レンメールの村には転移で行けるし、魔の森なんて今さら全く怖くないので、むしろ他の大陸から少しでも遠ざかって嬉しいね。


 ーーー


「今日は一日暇なので、奴隷を見に行こうと思う」


「反対です!!! 反対、反対、反対ですぅぅ!」


「猛抗議されてるけど、何で?」


「多分、さっき執事かメイドを揃えたいって言ったからかなぁ」


 アリスに今日の予定を聞かれて、村を治めるためにも優秀な人材が欲しいので、奴隷を見に行って、元執事やメイドが居たら手伝ってもらおうと思ったのだ。彼らは教養があり、礼儀も正しいので、優秀だと判断できるし、アリス1人に俺たちの住む屋敷の家事全てを任せるのは気がひける。……というよりもアリスは既に辺境伯なので、村の住民に舐められる可能性があり、家の掃除や洗濯などはさせないつもりだ。


「私がいるのに……奴隷なんて必要ありませんっ!」


「いや、絶対必要だから! 村をまずは復興させなきゃいけないし、人手が必要なんだよ!」


「私が分身します!」


「……本当にできそうで怖いけど、そんなスキル持ってないだろ……とにかく! 執事とメイドは絶対だし、村の警備をしてもらいたいからそのためにも奴隷のがいいじゃないか」


「うぅ、そうなんですがぁ……私ってクリシュ様のメイドなんですよ? 存在意義が無くなっちゃいます……」


「はぁ!? アリスの存在意義ぃ!? そんなの考えてたのか……あのなぁ、いいか、俺はアリスが使えるか使えないかで判断なんてしてないんだぞ?」


「そんなこと分かってます!! でも私は生まれた時からクリシュ様のために育てられてきたので、私の人生の意味が無くなってしまいそうで怖いんです……」


 そうか、マルティナやトールはアリスを俺のメイドとして育ててきたんだもんな。俺が新たに執事やメイドを雇うって言ったから怖くなったのか……


(あんたの不用意な発言のせいよ。何とかしなさいよね)


 頭の中で零華が俺に冷たい言葉をかけてくる。この数年で2人はかなり仲良くなっているので、アリスを悲しませたら零華が、零華を悲しませたらアリスが怒るようになったのだ。


(分かってる、今回のはちょっと軽率だった)


(分かればいいのよ。ま、私は新たに執事やメイドを揃えるのは賛成よ。アリスは使者との戦闘の可能性がある限り、修行してもらうんだし、家事をやってる時間なんてそうそう取れないわ)


 まぁ、俺が心配してた1番の原因はそこだ。アリスの仕事量が多すぎる。

 修行もして家事もしてって完璧超人のアリスでもハードスケジュールすぎる。何せウチの修行相手は1匹で街なんて軽く滅ぼすSSSランクの魔物なのだ。疲労は蓄積されるし、その上で家事もやるなんて無理だ。


「アリス、君の1番やりたいことを俺にもう1回教えてくれ」


 アリスのやりたいこと、これら聞いたことがなかったが、おそらく答えは……



「クリシュ様に仕えること」



 のはずだ。だから、俺の専属メイドってことにして、零華と俺の分の食事を用意するってことだけを仕事にすれば楽になるはずだ。


 アリスの料理からはもう逃げられない体になってしまったからね。


 俺と零華はアリスが顔を上げるのを待った。答えは分かっているが、言う決心がつかないのだろうか? アリスならパパッと言っちゃいそうな気もするけどな。


「ま、まさか……! いえ、まさかよね、このタイミングではねぇ……」


 零華が隣でブツブツ言ってるけど、ほんとにアリスはどうしたんだろうか?


 不意にアリスが顔を上げた。そして、まっすぐ俺の目を見た。いつも下の方ばかり見て、あまり積極的に俺の目を見ないアリスが俺と目を合わせるのは珍しいことだ。


 そしてアリスは深呼吸して、気分が落ち着いたのかピンっと背筋を伸ばして、少しずつ俺に近づいてきた。


 アリスが俺の肩に手をかけた。うん。珍しいな、アリスから俺に手を触れることなんて年に数回しかないぞ。



 そう思ってたら、いきなり唇を塞がれた



 アリスの唇でーー



「!!!???!?!?!?」


「……ぷはっ、っはぁ、はぁ、分かりましたかっ? ……私がやりたいこと」


 分かるか!! 俺も鈍感じゃないし、アリスが好意を持ってくれてることは知ってたけど、ここまで大胆にやってくるとは思わなかったよ!! やりたいことなんて分からないぞ……まぁ、間違いなく、『キス』ではないんだろうな。


「俺と結婚することか?」


 何となく言ってみたが、どうだろうか?


 するとアリスは首を左右に振った。


 あ、なんだこれ、すっげー虚しい。振られるってこんな虚しくなるんだ……

 俺は両膝から崩れ落ちて四つん這いになってしまった。


「ちょっ! クリシュ様!? 私、クリシュ様を嫌いとかそういうんじゃないですからね!? ……そうじゃなきゃキスしませんし! 結婚して下さるならそれは嬉しいですが、クリシュ様のリリー様への想いは分かっています。私の1番はクリシュ様と共に『居る』ことなんです!! 私は常にクリシュ様と共に……クリシュ様の隣を歩いていたいんです!!」


「アリス……」


「クリシュ様の願いはリリー様と結婚することです。それは分かってます。けど! 私はクリシュ様を支えていくことこそが、願いです! ……だから、新しく執事やメイドを揃えることが不安でした。私は戦闘以外で必要ない存在なんじゃないかって……クリシュ様がそんなこと言うはずがないし、思ってもないとは理解はしているのですが、どうしても不安に……」


 アリスは泣き出してしまった。本当にどうしようもないやつだな俺は……


 気が付いたらアリスを抱きしめていた。


「ク、クリシュ様……」


「ごめん、不安にさせてしまって。アリスの負担が大きくて、大変なんじゃないかって……だから新しく揃えようって思ったんだ」


「……クリシュ様はお優しいですから。私のためだって言ってもらえて嬉しいです」


 アリスがニッコリと微笑んだ。

 優しい笑みを浮かべるアリスに俺は軽く口づけをする。


「っ!」


 ゆっくりと顔を離し、アリスを真っ直ぐに見つめる。


「アリスはこれからも俺専属のメイドだ。俺の世話はアリス以外にさせない。屋敷のことは他に任せればいい。俺のことだけを世話してくれ」


 何とも締まらないが、本心を伝えた。

 アリス以外に身の回りのことをやってもらうのは、なんか嫌だって思ってしまった。


「はいっ!! 私はクリシュ様専属メイドです!」


「これからも頼むな」


 そして2人で見つめ合い、顔を近づけ……


「うおっほん!! あーー、私が居るの忘れてるわよね? さ、寂しくなんかないけど、あんた達は人に見られながらでも平気なタイプなの?」


 うわっ、忘れてた!! 零華の顔が真っ赤になってる。いや、俺たち2人も真っ赤だわ。


「とにかく! 今から奴隷館行くわよ! 甘ったらしい雰囲気は後にしてよね! そもそも結婚してない2人がそーゆーことするのはまだ早いっていうか……」


「だぁぁ! 分かってるよ! 使者のことが一段落するまでは誰とも結婚しないつもりだから!!」


「あら、そうだったのね。じゃあアリス、使者は早めに……」


「はい、全員ブッコロですね」


「いや、そこまでしなく……」


「全員ブッコロです」


「……さいですか」


 そして俺とアリスは婚約者になったのであった。

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