滝をのぼるコイの話、窓から来たウマの話、黒い生き物の話、笑い転げるリスの話、別れ道の話、旅から帰ってきた話、追われる話、空を泳ぐ話、ほんとうの家の話、長い夜の話
【滝をのぼるコイの話】
赤と白のまだら模様のコイが、小さな池で窮屈そうに泳いでいた。僕はかわいそうだと思って、すばやく両手で池の中からコイをすくい、近くにある川に放した。コイはさっきまでとは打って変わって、生き生きとしだした。ここは自分の居場所だと言わんばかりの泳ぎだった。何度も嬉しそうに飛び跳ねると、水の流れに逆らい、勢いよく滝に向かって昇っていった。とうとう滝の上まで達すると、水しぶきをあげながら、大きく飛び跳ねた。その瞬間から、コイはどんどん大きくなり、やがて立派な竜に姿を変えた。
「これだ、これだ」と竜は、からだを気持ちよさそうにくねって、喜びの雄叫びをあげながら、空高く飛んでいった。
【窓から来たウマの話】
僕はすっかり暗くなった窓の外を眺めていた。突然白い光が差して、顔をそむけた。再び窓のほうを見ると、光に包まれた白いウマがそこにいた。白いウマは窓をすり抜け、僕の前まで来ると、器用に後ろ肢を曲げ、その大きなからだを小さくたたみこんだ。助けに来てくれた、そんな気持ちがふと胸をよぎった。ウマは僕を乗せ、立ち上がり、またしても窓をすり抜け、外へ出た。星がよく見える澄んだ空だった。
「これからどこに行くの?」
「それは君が一番知っていることだろう」白いウマは子供をあやすような声で言った。
【黒い生き物の話】
広場の片隅で、黒くて輪郭のはっきりしない生き物が、小さな箱をもくもくと積み上げていた。箱の中には、たくさんのビンのフタが詰められている。その様々な模様の入ったフタに、時折、太陽の光が反射して、キラキラと輝いた。手を休めることなく動いている生き物は、姿かたちは人間のようで、なんとなく自分に似ていると思った。
「あれって僕?」その黒い生き物を見ながら、カメに聞いた。
「君がそう思うなら、そうかもである」カメは、なんでも知っていた。
「最近、ここに来たんである。まるで愛想がなくて、同じこと飽きもせず繰り返しているである。彼にとってなんのためにしているかということは関係ないのである。けど悪いやつではないのである」僕は黙って、長い時間、彼を見続けていた。
【笑い転げるリスの話】
リスたちが輪になって、ケラケラと笑っている。輪の中央には、気の強そうなリスがいて、どんぐりを倒れないようにしっかりと地面に立てると、フーッと強い息を吹きかけた。どんぐりが倒れた瞬間、リスたちは笑い転げた。腹を抱えて笑ったり、地面に寝ころんで、足をじたばたさせて笑ったり、笑いすぎてもう息ができなくなったのか、苦しそうなやつもいた。何が楽しいのか、僕には理解できなかった。どういうルールなのかもわからなかった。けれど何故かうらやましかった。
【別れ道の話】
のしのしと歩くイノシシのあとについていく。彼は別かれ道にぶつかるたびに、鼻を持ち上げ、ヒクヒクと動かした。僕も真似して、鼻を動かしたが、においといえば、イノシシからする野生のにおいだけだった。彼の判断はとても早くて、決して迷うことはなく、どんどん先へと進んでいく。けれど、その行く先々が、すべて危険な道で、足場も悪く、常に何かに狙われているような気がして、ひどく疲れた。そんなことはおかまいなしに、イノシシはどんどん進んでいく。まるで危険な道を選んで満足しているような足どりだった。僕は、我慢しきれず
「今度は安全な道を選んでくれよ」と口を出した。
すると、イノシシは、
「そんなのはごめんだ。あぶなっかしい道のほうが得られるものが大きいって、オレの鼻が言ってんだ。オレは自分の鼻を裏切りたくないんでな」と、振り返り、ニヤッと笑った。
【旅から帰ってきた話】
野原で太陽の暖かな光を浴びながら、寝転がっていると、少しして、すぐ隣にネズミが寝転がった。
「今回の旅は長かった」ネズミは、遠くを見つめながら言った。
「何か見つかった?」空を見上げながら僕は言った。
「それは言えないな。ぼくの旅はぼくにしか感じられないんだ」
「1人でさびしくないの?」こう聞くと、ネズミは少しの間を置いて
「自分がしたいからこうしているんだ。他の連中に決められるなんてごめんさ」ネズミにはかなわない、僕はそう思った。
【追われる話】
何かに追われ、必死で走っている。もう足は棒のように固まり、言うことを聞いてくれず、体力は限界に近かった。でも走らないといけない。止まったら、自分にとって良くないことが起こる、そんな根拠のない不安を抱えて走り続ける。すると、タカが空から急降下して、並走しながら
「お前は何から逃げている」重みがある太い声で、問いただした。
「わからない。怖くてしかたないんだ」僕は、息を切らせながら、答えた。
「おいおい。追いかけているものの正体もわからずに逃げているのか?」あざわらうかのようにタカは言った。
「うるさい」イライラして、僕は手でタカを払いのけた。そんなことはわかりきっていたけど、振り向く勇気はなくて、ただ走り続けることしかできなかった。
【空を泳ぐ話】
ウサギとカメと話していると、今まで照っていた太陽の日差しが遮られ、僕たちはうすい影に覆われた。空を見上げると、クジラが潮をふきながら、白い雲をかき分け、気持ちよさそうにすいすいと泳いでいる。ウサギとカメはそんな光景を見ても、驚くことも、気にするそぶりも全く見せなかった。
「なんで空にクジラがいるの?」ウサギとカメは、意外な質問をされて、少し戸惑ったようだった。
「毎日、海にいたら飽きることもあるである。空を泳いじゃいけない理由なんてないである」カメは得意げな顔で言った。クジラのふいた潮が小雨のように降って草原を濡らした。顔についた水滴をなめると、少ししょっぱかった。
【ほんとうの家の話】
オコジョはあわてふためきながら、何かを探していた。あっちへ行ったりこっちへ行ったり、忙しい。
「どうしたの?」僕はたずねた。
「家です」それどころじゃないといった感じで、走りまわりながら答えた。けどそれはおかしなことだった。なぜなら、オコジョの家は、すぐそこにあったからだ。その家の中も、念入りに、隅々まで見ていたのに、「ない、ない」と不安げな顔で出てくると、とりつかれたように次の場所へと探しに行った。
「これは君の家じゃないの?」そう聞くと、オコジョは肩をすくめて
「わたしの家がこんなに小さなわけないじゃないですか。わたしの家はもっと、そうだな、このくらい大きいです」と、手を目いっぱい広げて、少し怒りながら言った。
【長い夜の話】
あたりは真っ暗で、自分がどこにいるのかもわからなかった。ひとり取り残された感じで、不安でどうにかなりそうだった。先のほうを細目で見ると、黄色いふたつの鋭い光が見えた。吸い寄せられるように、光に近づくたびに、すべてが見透かされている、そんな気持ちがした。やっとの思いで黄色の光のところまで来ると、突然
「夜は暗くて当たり前」と低く太い声がした。そのころには、目は暗闇に慣れてきていて、黄色の光がなんなのか判明した。それはフクロウのふたつの目だった。僕はほっと息をついて、フクロウにたずねた。
「こんなに長い時間、起きているのは初めてなんだ。何も見えなくて・・・夜、起きているってどんな気持ち?」
フクロウはしばらく黙っていた。ずいぶん長い時間だったけど、嫌な感じは少しもしなかった。そして
「夜は心を落ち着かせてくれる。世界に自分ひとりしかいないと思える」フクロウは、まっすぐ前を見つめながら、そう言った。