プールの話、空色の話、くじ引きの話、奇妙な川の話、ふくらんだお腹の話、ずっと隠れている木の話、ウソをついた話、月夜のイルカの話、踊りあかす話、シチューの話
【プールの話】
学校のプールの中には、さまざまな絵の具が浮かんでいる。僕は迷うことなく飛び込み、絵の具が混じった水の上で、仰向けに浮かびながら、キリンを思い浮かべた。すると、プールの中の絵の具がにゅるにゅると動き出して、空中にキリンを作りだした。そのキリンは、足をジタバタと動かし、何歩か宙を歩くと、静かにプールサイドに着地し、うろうろと動き始めた。ワクワクが止まらなくなって、次々に動物を思い浮かべては、絵の具で作っていった。考えられるかぎりの動物たちをすべて出し尽くして、友達に自慢したい、そんな気持ちだった。絵の具がなくなるころには、身動きができなくなるほど、プールやプールサイドは動物で埋め尽くされていた。その中で、ひと際高いところから、キリンは遠くを見つめ、ボソッと
「ここはせまい。遠くに山が見える。君たちには見えないのかい」と周りにいる動物たちに語りかけていた。けどその声は小さく、みんなの騒がしい声にかき消されていた。
【空色の話】
あるはずの絵の具がなくなり、困っていると
「何色がほしいんだい?」と小さな鳥がたずねてきた。
「あの空の色がほしいんだ」小鳥は何も言わず飛び立った。しばらく待っていると、大勢の鳥を連れて戻ってきた。鳥たちは、木の枝に、すきまもなくきれいに整列した。それぞれの足には、長いヒモが結び付けられていて、余りがだらんと垂れていた。
「こっちに来ておくれ」小鳥はそう言って、僕を呼び、慣れた手つきで、僕の体にヒモをぐるぐると巻き付けた。そして、甲高い声で短く鳴いた。それが合図だったのか、みんな一斉に飛び立った。足がふわっと浮いたのもつかの間、みるみるうちに地面から離れていき、ついには空まで到達した。そして、ポケットの中にあった、何も入っていない絵の具のチューブを取り出し、空の一部を拝借した。
【くじ引きの話】
動物たちのにぎやかな声が聞こえる。その輪の中心にいたカメが2本の棒切れをもっていた。片方には「あたり」という文字が書かれ、もう片方には「はずれ」と書かれていた。
「あなたの番である」カメは、自信たっぷりの様子だった。僕は、迷った末に右の棒を引いた。棒には「あたり」と書かれていた。みんなはどっと歓声を上げた。
「左ははずれである」負けて悔しかったのか、カメは、当たり前のことを、意味ありげにつぶやいていた。
【奇妙な川の話】
鏡のように澄んだ川の向こう岸には、みんなが待っている。僕は誰の助けも借りず、自分の力で渡りたかった。けど、どうも決心がつかなくて、まごまごとしていると、からだの透けている鹿が、水の上を音も立てずに渡っていった。鹿が歩いた後には、小さな円が幾重にも重なり、水上に広がっては、消えていった。僕はその様子をしばらくぼんやりと眺めていた。時間がたつにつれ、気持ちがどんどん萎えてくる。このままじゃダメだ。自分の中にあるはずの勇気を奮い立たせた。胸のあたりをポンポンと2回たたき、息をひとつ大きく吐いた。そうして渡ろうとしたとき、突然、川の表面が生き物のように、うにょうにょと波打った。それは波ではなかった、まるで大きなイモムシのようだった。怖くて怖くてしょうがなくて、さっきまでの勇気はどこかに消え去り、結局、渡ることをあきらめた。
【ふくらんだお腹の話】
大きなテーブルに豪華な食事がぎっしりと並べられている。みんなは僕のところにいちいち来て、一言あいさつをしては、皿の上に料理を置いていってくれた。目の前に座ったブタはニコニコしながら、僕が一口食べるたびに、味の感想を聞いてきた。「おいしい」というと、満足そうにうなずいて、次の一口を催促した。こんもりと積まれたローストチキンと、ボウルいっぱいの山盛りサラダ、それに大きなワンホールのショートケーキ。欲望に赴くまま、手当り次第に食べていっても、不思議なことにまったく減らなかった。
「そろそろおひらきです」カエルはテーブルの上に飛び乗り、大声でいうと、手に持っている鈴を景気よく鳴らした。残すのはもったいないと思った。けど、服のボタンがとれそうになるほど、お腹はぱんぱんに膨らみ、体を動かすのもしんどかったので、正直ホッとした。
【ずっと隠れている木の話】
いーち、にー、さーん・・・きゅーう、じゅう。もぅいいかい?まぁーだだよ。ヘビは背中を向けて、数を数えている。ワーワー言いながら、みんなが一斉に散らばっていった。僕も急いで、近くの木の陰に隠れた。もぅいいかい。まぁーだだよ。周りを見ると、みんな、すぐに見つかりそうなところに隠れている。これなら当分見つからないだろうと安心しきって、木を背にして、少しウトウトとしてしまった。「見つけた!」近くで声がしたので、あわてて目を覚ますと、自分を隠してくれているはずの木の姿はなくて、ヘビから僕は丸見えだった。ヘビは、首を伸ばしてニヤニヤとしていた。わけがわからなかった。ふと、横を見ると、少し離れた場所に、見覚えのある木があった。
「わたしも参加しているんだけど、なかなか見つからないんだ」と木はおどけて言った。
【ウソをついた話】
甘い蜜の香りがするなと思って目を開けると、やわらかい花びらに包まれていた。どうりで気持ちのいいはずだ、またうつらうつらとしてくる。すると、ブンブンと羽を震わせる音がして、目を覚ます。不機嫌な目覚めだった。まだぼんやりとしている視界の中で、体を起こすと、ハチがきれいに行列を作っている。
「どうです。今日は甘いですか?」
どうやら僕をハチと勘違いしているのか、蜜を吸う順番を、律儀に待っているようだった。
「あちらの花のほうが、とびっきり甘いという噂ですよ」と適当に答えた。その意見が、ハチたちに伝わると、みんなは「ありがとう」と言いながら、隣の花へと飛んで行った。
【月夜のイルカの話】
ある月夜の晩。波一つないおだやかな海に向かって、ボートを漕ぎだした。黒い海は、自分の顔をはっきりと映し、月明りは、遠くに見える島を白く照らしていた。しばらくしたら、ボートの動きがピタッと止まり、まったく進まなくなった。おかしいなと思い、海面を見ると、小さなクラゲたちがボートの周りにゆらゆらと浮かんでいる。僕が、必死に説得しても、彼らは「どかない」の一点張りだった。すると、急にクラゲたちが騒ぎだして、さあっとボートから離れていった。島のほうからイルカの兄妹が波を切って、こっちに近づいてくる。僕はボートを捨て、イルカの背中に飛び乗った。島に向かうさなか、
「ここに来るのは初めて?」と妹の方が尋ねてきたので、首を縦に振った。
「そんなはずはない。昔、遊んだことがあるはずだ。世界は海でつながっている」と兄の方は不満そうに言って、僕を海に落とした。少しすると、ある違和感に襲われた。どうも水がなじみすぎているというか、ましてやこんな広い海にひとりきりなのに、なぜか妙に落ち着いている。ふと、海面を見た。そこには、イルカになった自分の姿が映っていた。
【踊りあかす話】
もうすぐ夜が迫ってくるころ。まっすぐにのびた道の両端には、宙に浮いたろうそくの灯りが等間隔に並び、奥のほうまで続いていた。
「あっ、ようやく来てくれましたね」イヌが嬉しそうに近づいてくる。
「これはいったい何?」その質問には答えず、イヌは僕の手を引っ張り、みんなが集まっているところへ連れて行った。夜だというのに蒸し暑くて、額からは汗がじんわりと吹きだした。そこでは軽快な音楽がかかっていて、みんな、はしゃぎながら、無我夢中で踊っていた。
「音に身を任せればいいんですよ」とイヌは言うと、いきなり、汗を飛ばしながら踊り出した。まったく恥ずかしがる素振りは見せなかった。その踊りは、とにかく変だったけれど、一生懸命であることはひしひしと伝わった。最初は、おかしくて、笑っていた。でも次第に彼を尊敬のまなざしで見ていることに気が付いた。僕も負けずに踊った。爽快だった。
【シチューの話】
僕は、悩み事があるみたいで、クマに相談していた。彼女は暖かくて、柔らかそうな毛皮に包まれていた。クマは料理を作るのに一生懸命で、真剣に相談しているのに、聞く耳をまったくもたない。同じことを繰り返すが、どうも手ごたえがない。まるで人形にしゃべっているみたいだった。しばらくすると、料理が完成したらしく、僕の前に金色の鍋をどんと音をたてて置いた。鍋の中はぐつぐつと煮えた、熱々のシチューだった。
「こんな暑い日にシチューなんて食べたくないよ」と言うと
「じゃ、話を聞くのはなしだね」とクマはつっけんどんに言った。