幽霊に対して物理攻撃は可能だろうか?
のっけから頭の悪そうなお題で恐縮だが、『幽霊に対して物理攻撃は可能か?』というモンダイについて考察してみたい。
いきなり結論を言ってしまうと、『可能そうな事例も見受けられます。』
……えーと、特殊な宝剣を使うとか、対怨霊プラズマ放射器を使うとかではナシにですよ?
困った時の自助努力。それが、このエッセイの目指すものとご理解いただきたい。
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怪談映画なんかで幽霊が出て来た時には、敵役の悪党が「ええい! 血迷うたか!」と刀を振り回しても幽霊は涼しい顔、というのがお約束だから、一般的には『物理攻撃は無効である』とされていると言って良いだろう。
そこで通常は、祈祷師や僧侶、魔除けの護符なんかの出番になるわけだが、交通安全・学業成就のお守りくらいなら携帯している人は多いかもしれないけれど、深夜の帰宅途中や連休中の旅行先なんかで、突然に第三種接近遭遇をしてしまった瞬間、都合良く霊能者一個分隊を調達出来る人など、ほとんどいないに違いない。
特殊装備が無くとも、確か『「超」怖い話』のシリーズの中で、そちらが幽霊ならば、こちらは幽体離脱だ! と幽体になって相手をタコ殴りにする、血気盛んで勇壮な話が有ったような記憶があるのだが、中々そんなものを出し入れ自在という人は少ないだろう。
金縛りにすら成った事の無い私には、その方法は敷居が高い。
それで、様々対抗手段を調べていたら、有りましたねぇ。
『怪談徒然草』という実話怪談系対談集の本の中に。
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加門七海 著『怪談徒然草』204頁の部分だ。
『幽霊は噛めます。』とある。
著者の加門氏は、散歩の途中に女幽霊をくっ付けてしまい、帰宅後にチョーク・スリーパーを掛けられてしまうのだが、フレッド・ブラッシーよろしく噛み付き攻撃で幽霊を撃退する。
幽霊に噛み付くというのは、ちょっとばかり躊躇いを覚えてしまうが、緊急事態では止むを得ない。
『鮮度の落ちた肉』みたいな感触というから気味が悪いが、『味はしない』らしいので、一発目は抵抗感があっても、二回目以降は存外平気で反撃出来るかもしれないね。
幽霊が実体化していたとしても、生前保持していたウィルスやバクテリアまでもが再現されているとは考えにくい(別の独立した生命体だからね)から、心理的抵抗さえ払拭してしまえば、安全性も高い。
だから幽霊に出会ったら、首を前方に突き出して、歯をガチガチ噛み合わせながら前進すれば、相手がビビる事請け合いだ。
何だか、今どきのゾンビが人間を襲う様みたいで変だけど。
噛む・噛まれるという行為には、獅子舞のお獅子に頭を噛んでもらうと邪気が払われるというように、呪術的な意味合いも含まれているのかもしれない。
また、唾液には「眉に唾を付ける」「手に唾をする」といったように呪術パワーがあるとされている。
唾の持つ呪力に関しては、小松左京の『タプ』の中でも述べられていたはずだ。
古代の口噛み酒(巫女など処女が生米などを噛んで作る濁り酒)も、神事に使われていた訳だし。
だから、噛み付き攻撃は、結構有効かも。
これなら行けるぞ私にも。
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しかし「幽霊って触れないモノじゃないの?」という反論があるかもしれないが、幽霊側から触って来た話や、幽霊をウッカリ触ってしまった話は、割合簡単に見付ける事ができる。
例えばよくある怪談話で、肝試しドライブ中に、仲間の一人が車内で足首をホールドされてしまう系。
また、睡眠中にマウントポジションの幽霊から、ネック・チョーク攻撃を受ける系。
このように、幽霊側からの攻撃ターンでは、絞め技・掴み技の先制攻撃がポピュラーだ。
応挙以前の幽霊画の中にも、四つん這いになって逃げようとする兄ちゃんの、片足首を掴んで引っ張っている幽霊の絵なんかがある。
幽霊はこの後、順当にアキレス腱固めに移行するつもりなのか、意表をついてジャイアントスイングの大技炸裂と見せ場を作るつもりなのかは不明だ。
この他、確か『新耳袋』のシリーズの中にも、就寝中に胸苦しくなって手を伸ばしたら、脂ぎった中年のオッサンの顔を触ってしまった話があったように思う。
本当なら、何巻の何ページと出典を明らかにした方が、原典を当たりたいという読者諸氏に親切だとは分かっているのだが、このところ連日猛暑の熱帯夜で、気力・体力が衰えている。
申し訳ないが、ご容赦いただきたい。
さて、これらの例のように、何となく「幽霊って、触れる時も有るんだなぁ。」と、ご納得いただけたとすれば、
……えっ? まだ納得出来ない?
それでは『未知への足入れ』に記載されている、御嶽山でヒトダマを追っかけた話について述べさせていただこう。
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西丸震哉 著『未知への足入れ』には、西丸氏が木曽御嶽山 賽の河原付近で、出現したヒトダマを捕獲しようとした顛末が語られている。
(文庫版だと『未知への足入れ』には入ってなくて、『山だ原始人だ幽霊だ』の方に収録されてる。)
この本を読んだことが無い人でも、ヒトダマ追跡の部分は 今野圓輔 編『日本怪談集 幽霊編』に入っているから、「知ってる!」という人は多いと思う。
西丸氏は農林省のお役人だった人だ。
面白い話を書くのが上手い人だから、内容を盛っている可能性はあるが、トモダチのトモダチから聞いたとかいう眉唾怪談よりは、信ぴょう性が高いだろう。
と言う事で、その内容は……
御嶽山の賽の河原にヒトダマが出るという情報を仕入れた西丸氏は、捕虫網やキャンプ道具を携えて入山し、見事ヒトダマに遭遇する。
追跡し捕獲を試みるも、ヒトダマは捕虫網・金属製の飯盒・テント生地を貫通! というか、すり抜けてしまう。
どうしようもないので、素手で引っ叩いてみたら、弾き飛ばす事に成功!
ヒトダマが、無生物とは干渉し合わないが、生物を通り抜ける事が出来ないモノだということが判明する。
今回の装備での捕獲は難しいが、飯盒全体に産膜酵母を貼り付けておくなどの工夫をすれば、ヒトダマ捕獲は可能となろう。
なかなか血沸き肉躍る話ではありませんか!
私は、初めて読んだ時には激しく興奮しましたね。
コナン・ドイルの『失われた世界』では、主人公達の冒険を信じない学会に対して、箱の中から翼竜を飛び立たせて度肝を抜く鮮やかなラストシーンが印象的だが、これをヒトダマを使って自分で実現出来るかもしれない!
そう思って、両面テープでドライ・イーストを全面にくっ付けた飯盒を持って、近場の心霊スポットを探索したのは、私の黒歴史です。 いやはや。
その時は幽霊もヒトダマも出なかった。
オーブとかいう丸い光の玉は写真に写ったが、これはフラッシュを浴びた埃だ。
念のために持参した、薄く油を塗ったスライドグラスに、埃が大量にくっついていたのを確認したから。
(ちなみに、この油を塗ったスライドグラスというのは、宇宙塵(宇宙人の打ち間違いじゃないよ!)の観測にはよく使われるアイテムで、埃を上手く吸着・固定することが出来る。
低倍率の顕微鏡で覗いてみて、まん丸い粒が見つかったら、宇宙塵すなわち宇宙から飛来した燃えカスである可能性が高い。
ペルセウス座流星群の流れ星を見る事が出来なくても、スライドグラスを屋外放置しておけば、宇宙塵は捕まえられるかもしれない。
またペルセ群では、他の流星群とは違って、極大日の前後10日間ほどは、割かし流星が飛ぶので、観測は極大日だけに拘らず、空の状態が良い日に行うのが良い。 以上余談。)
西丸氏が御嶽山に第二次アタックを決行したという話は読んだことが無いから、ヒトダマ捕獲作戦は、この時の一回だけだと思われる。
二回目の時にはヒトダマが出なかったとか、本に書いて偉いサンから滅茶苦茶怒られたとか、何らかの理由が有ったのだろう。
今では、別の人間が追試することも難しくなってしまった。
2014年 9月27日 11時52分 御嶽山が大噴火を起こしたからだ。
噴火とその後の状況については、山と渓谷社 編『ドキュメント 御嶽山大噴火』で、地図・写真入りで詳細に検証することが出来る。
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自分の黒歴史を思い出したせいで、話が思わぬ方向に逸れて行ってしまった。
ピッチャーならば、大暴投という処だ。捕手の皆さんゴメンナサイ。
さて、御嶽山のヒトダマで重要なのは
○ヒトダマと無生物は、互いに干渉せず、同一点上に存在し得る。
○ヒトダマと生物は、干渉し合い、同一点上に存在出来ない。
という事だ。
言い換えれば、人間はヒトダマを殴る事も出来るし、噛み付く事も可能だ。(ただし総入れ歯不可)
これは『幽霊は噛めます。』の傍証に成り得るし、矛盾しない。
だから、怪談映画の敵役の最大の敗因は『無生物である刀で切りかかった事』だという事が分かる。
まず、鋭くジャブを打ち、隙を見てフライング・クロス・チョップでも放ってみれば良かったのだ。
話し合いで妥協点が見いだせれば、それに越したことはないが、もし貴方が一方的に謂れのない攻撃を受けたとすれば、
幽霊には、物理的に反撃することは可能だ。
まず、素手で殴れ。
効かなければ、思い切り噛み付け。
これが、このエッセイの結論であり、私からの提案だ。
いざという時の健闘を祈る。