(3)
二人は適当なファーストフード店でポテトとドリンクを並べて向かい合った。
この部活のいい所は、語り手と聞き手さえいればどこでも出来るという手軽さだ。普段は流華、小枝、香澄先生の三名が部員で保健室が部室だが、夏休み期間は流華の家で行ったりもした。その時は香澄先生が忙しかった事もあり、代わりに流華の母親咲和が参加した事もあった。それぐらいで手軽で気軽で自由な部活なのだ。もちろん、非公式である。
「二人でって、案外なかったよね」
「確かにね」
三人の繋がりの元となった都市伝説というまことしやかに語られる話の数々。
元々は少し歪な形で都市伝説を通して意気投合した小枝と香澄先生から始まったこの部活なだけに、流華と小枝だけで部活を行うという事はとても珍しい。
とは言え、何も問題はない。流華がこの部活に加えられたのは、流華自身も都市伝説の類が大好きで、香澄先生にもひけをとらないストックをもっているからだ。
「そいじゃま、今日も頂いてよろしいですかね」
小枝がくれくれとおねだりするように掌を自分の前に差し出した。
「よろしくてよ」
――さて、何にしようかな。
頭の中の都市伝説引出から品定めをしていく。
――よし、これでいくか。
「これは、あるアイドルに起きた話なんだけどね」
*
「ねえ、これどう思う?」
私は送られてきた一つの封筒を彼女に渡した。
「何これ。DVD?」
封筒から取り出された彼女の手にあるのは一枚の真っ白なディスク。
「誰から送られてきたの? ん? “好き好きゆかりん”? あ、こいつもしかして」
「そう。いつもの奴」
アイドルという活動を始めてそれなりに顔が出始めた頃、私のもとにもファンレターというものが届き始めた。
感情の一方通行。大量に送られてくるファンレター全てに目を通すわけではない。だがその中でも目を引く存在というものがあった。それが件の”好き好きゆかりん”だ。
こいつはファンの中でもかなり熱狂的な部類で、私のグッズやら出ている番組のチェックなんてのは衣食住なみの生活の一部で、それ以外に啓蒙活動のごとく熱烈なファンレターを都度都度送ってくる。
そこにはいかに私の事が好きか、そして私という存在が素晴らしいかという事が記されれ、果ては君と出会う為に生まれてきたなど、生理的嫌悪感を巧みに引き出すような内容を何枚もの便箋にしたため書き連ねてくる。
最初の頃はそのあまりの熱気と狂気的な信教のような存在に吐き気を覚えたが、こんなもので心を乱されているようではいけないと、私はあえてこいつのファンレターに目を通すようにしている。
感情を抜きにして一つの娯楽として見れば、よくもまあこれだけ溢れんばかりに私の事を書けるなという感心やら滑稽さが込み上げ、今では面白いと感じながら読めるほどの余裕も出来た。
そんなものには慣れっこだったが、今回は違った。
いつもは事務所に届くファンレター。しかし、このDVDは私の住むマンションの住所に直接送られてきたのだ。さすがにこれには少しばかり不気味さと恐怖を感じずにはいられなかった。そこで私は同期のアイドルである史奈に相談する事にしたのだ。
「さすがにちょっと、やな感じするね」
史奈はDVDをしげしげと眺めながら、眉を歪めた。
「でも、気になるんだよね。中身がなんなのか」
「見ない方がいい気はするけど」
確かにろくでもない内容である事は想像に難くない。それでも好奇心というものが燻るのだから人間の感情というのは恐ろしいものだ。
「じゃあさ、皆で見よっか。さすがに一人で見る勇気はないでしょ?」
「うん。それはすごく助かる」
さすがは史奈だ。私の気持ちを代弁してくれたその提案に、私はそのまま乗りかかった。
夜、私の家に史奈達同期アイドルが数人集まった。
主旨はこの謎のDVDの鑑賞だが、私の予定に合わせてせっかく集まってきてもらったのに、いきなり本題というのはどうかという史奈の意見から、会自体はお酒を飲みながらの女子会という体裁で行われた。
「そういえば、有加。好き好きゆかりんの最新情報が来てるんだよね」
いい具合に酒がまわりはじめ場も身体も暖まり出した所で、史奈が奴の話題に触れた。
「え、マジで!」
「なになにー、今度はどんなのが来たの?」
同期の中でこの好き好きゆかりんは、私がおもしろおかしく周りに吹聴している事で有名な存在だ。
周りに嬉々とした目で見られると、なんだかあのDVDすら渾身のネタになるんじゃないかという気になって、私は得意げに例のDVDを取り出した。
「え、何それ? DVD?」
「そう。とうとう映像作品を投稿してきやがったみたい」
「うわー何、大丈夫!? なんかヤバくない?」
色めきだつ空気は、この本来不気味であるはずのDVDを見る為にはありがたい空気に仕上がっていた。
私はDVDをセットし、早速再生ボタンを押した。ほどなくしてテレビ画面に画像が映し出された。
「……何これ?」
誰が口にしたか分からないその言葉は私にとっても同意だった。
どこかの部屋を映し出した映像。そして部屋の真ん中には一人の男性がカメラに向かって立っている。
――こいつが、好き好きゆかりん?
特徴のない負のオーラをまとった暗い男。この男は何なのか。一体何が始まるのか。そしてもう一つ、映像の中から溢れ出る強烈な違和感を私は感じていた。
すると唐突にテレビの中から陽気な音楽が鳴り始めた。
――あれ、これ……。
そして先程までじっとしていた男が、音楽に呼応し勢いよく踊り始めた。
「これ、有加の新曲じゃん!」
そう。これは先日私が発売したシングル曲だ。私の歌唱力と、かわいくも激しい振付が魅力的なMVで発表された渾身の一曲は、新人ながらも悪くない結果を出している。
「はは、何これ! 超必死じゃんこいつ」
激しく動き回る男の姿は滑稽で、私以外の皆はけたけたと笑っていた。
私もつられて笑おうと思った。
だが、最初から感じていた違和感の正体に気付いた瞬間、笑いは一瞬で引っ込み、アルコールで火照っていた全身は一気に冷却されていった。
「どうしたの、有加」
私の様子に気付いた史奈が私の顔を覗きこむ。その顔には笑顔が残っている。彼女にとっても、今映し出されている映像は男がただただ必死で私の曲を不器用に踊るというおもしろい映像にすぎないのだろう。
私だけが。私だけが気付いている。この映像の本当の恐怖に。
熱烈なファンである好き好きゆかりんの最恐の表現がここに詰まっている。
「これ……」
身体が自然と震える。震えがおさまらない。
「こいつが踊ってるこの部屋……」
だって、なぜなら奴が踊っている場所は――。
「私の部屋だよ」