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(2)

「るー、行こっか」


 滞りなく一日が終わる。自分の中に残るそわそわ感に流華は別れを告げた。

 分相応に生きる方がいい。無理する事はない。

 しこりは廃棄し、流華と小枝はいつも通り保健室に向かっていた。そこにいる我らが女神との部活の為だ。

 

 扉の前。

 流華は心の中で深呼吸をする。横にいる小枝は実際に口で深く呼吸を整えている。

 戦闘準備はお互いよし。


「ざんっ!」

「すおーい!」


 横開きの扉にしがみつく女子生徒二人の滑稽な図。

 流華は扉を抑え、小枝は扉を開こうとする。なんとも無駄な攻防。だがこれももはや通例の儀式だ。


「ほんとさ、いい加減好きに開けさせてくれない!?」

「あんたが勢いよく扉を開けて結局閉まるなんて無駄な事をしなければね!」


 小枝は何故かこの保健室の扉を凄まじい勢いで開く。滑走路の上を勢いよく滑る扉は端にぶつかり、逃げ切れなかった勢いを保持し、無事に扉は開ける前の状態に戻ってくる。

 結局小枝が扉を開くと、最初の閉まった状態にまで戻る。その後普通に扉を開くというまったくもって無意味で二度手間でしかないオープンザドアを楽しむ小枝を理解出来ない流華はいつもそれを全力で阻止するのだ。


 今回は小細工なしか。拮抗した力は扉を沈黙させている。

 スタミナ勝負。ぷるぷると腕が悲鳴をあげはじめる。


「んぎぎ……!」

「ぐぎぎ……!」


 一体何をやってるのか。何て事は考えたら負けだ。その瞬間に本当の負けが訪れる。

 しかし、勝負は予想しない形で終わる事となる。


「あれ……?」


 小枝の素っ頓狂な声が油断を誘う罠だと思い流華は始め力を緩めなかったが、小枝がとうとう扉から手を離したのを見て、流華も扉から離れた。


「どしたの?」

「開けてみ」


 そう促す小枝にならって、流華は扉を横に引こうとした。


 がっ。


「……閉まってる?」

「勝負はお預けね」


 ここにきてこのパターンは初だ。まさかもともと扉が閉まってるだなんて。


「かすみん、どっかいっちゃってるのかね」

「んー……」


 かすみん事保健室の女神、香澄先生が保健室にいない。だが仮に休みだとしても、保健室自体に鍵が閉められるなんて事があるのか。放課後だからと言ってここを閉めてもいい理由にはならないだろう。

 例えば運動部なんてアクティブな生徒達が怪我をする確率は、だらだらと都市伝説をくっちゃべる流華達の比ではない。そういった生徒達に解放されるべき空間が、何故か今閉めきられている。


「あ」


 途端、間抜けな一声をあげたのは小枝だった。見れば「あ」の口そのままにぽかんとする小枝の顔がそこにあった。


「どしたの?」


 流華が尋ねると、小枝は急に何も言わず流華の手を引き猛然と保健室から離れ歩き始めた。


「なになになに!?」


 ぐいぐいと引っ張られる腕がもげんばかりの流華の腕の事など一切気にしない小枝の歩みは、そのまま校門を出た所でようやく止まった。


「ちょっと、急に何さ!」


 外れたか肩をごりっと戻すように流華は腕をさすりながら、小枝に文句をぶつけた。


「禁断の扉よ」

「は?」


 禁断の扉。意味不明。

 唐突に小枝はこうして訳の分からない言葉を放ったりする。たいてい、いやほとんど、いや全くといってこのパターンで小枝の思考を読み解けた事は一度たりともない。


「今日は何の日?」


 階段を下りるように、結末から足を下ろしていくやり方も小枝流。横暴でいながら丁寧なやり方は、謎が紐解かれていくような心地良さがあり、悔しいながら流華は嫌いではなかった。

 さて、小枝の質問に答えねば。


「バレンタインデー?」


 これしかないだろう。放課後、朝の時よりも浮ついた空気が学校中に流れている。

 今もどこかで誰かが気持ちのこもったチョコのやり取りをしている事だろう。


「じゃあ、改めて。鍵の閉まった保健室。これで何も思わない?」


 解答を示さないという底意地の悪い事はしないが、小枝はいつでも答えまでの過程をちゃんと共有する。そのおかげで、最初は突拍子もない意味不明の言葉にもちゃんと意味合いが加味され、流華にとっても理解出来るものへと調整される。

 ようやく流華にも小枝の言いたい事が分かってきた。

 だが、そうなると――。


「香澄先生が?」


 保健室の中でのやり取り。鍵が閉まった一つの部屋。

 保健室の中の様子を外から見る手段はない。扉に小窓がついてはいるが、擦りガラスで中を見る事は出来ない。

 全ては想像の範疇に過ぎないが、意味深な扉の鍵と小枝の推測が真実を炙り出すように、想像の中でだけ部屋の曇りが晴れていく。


「今日は二人でやろっか」

「そうだね」


 こんな日があっても仕方ない。部活は、今日は二人でやろう。


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