2110年、百鬼夜行と怨霊ハンター
マフィアや犯罪者、怨霊の徘徊する危険なスラムエリアに単独で潜入し、人探し、黒社会との交渉や指名手配の凶悪犯罪者の逮捕、時にはハントすることを職業とする男が居た。
その名はカムイ。
彼の持つ銃には凶悪犯罪者を狩る銃弾と、怨霊を狩る銀の銃弾が込められている。
カムイは犯人を捕らえることが出来るのか?
西暦2109年、ネオ東京の国防軍特殊部隊の作戦本部では、何人もの各方面の専門知識、人脈をもつトップクラスの頭脳集団が集まっていながら、皆揃ってフリーズしていた。
オペレーターは監視しているディスプレイからの銃撃音、悲鳴、うめき声をただただ聞くのみ、時折振り返って上官の指示を目で求めるが、誰もが目が泳ぐのみで言葉がなかった。
オペレーターの前には幾つものディスプレイが並び、派遣された国防軍特殊部隊の隊員の側頭部に取り付けられたカメラの映像が映っているが、そのほとんどは映像が動かない、もしくは時折痙攣するのみである。
残されたわずか2、3名の生き残った隊員のカメラには人間の倍はあろうかという大きさの、首の無いゴリラのような怪物の映像が映し出される。
怪物は聞く者の内蔵まで震わせるような恐ろしい雄叫びを上げて、カメラに向かって突進してきた。
「くたばれこんちくしょう!!」
隊員は内蔵されたサイレンサーで曇った射撃音を立てながら、零式熱小銃(この当時の主力小銃、ケースレスサーマルガンである)を乱射するが、ロボットやサイボーグの鋼の装甲を貫通するはずの弾丸が、怪物の表皮の毛で弾かれていた。
怪物の巨大な手がカメラに近づいてアップになり、熊のような剛毛の生えた指の隙間から見える背景がすっと下がり、風景がぶらぶら揺れる。
「うううう!!んぐううううっ!!ふごっ!」
瞬く間に地面へ叩きつけられ、血しぶきと共にカメラの動きは止まった。
事の発端は、築50年ほどの建物が密集した旧高層ビル街での通報であった。
十数人の住人の惨殺死体が数時間のうちに立て続けに発見され、警察、警察特殊部隊が相次いで急行し、帰らぬ人となった。
混乱混じりの情報の錯綜の中で、異形の怪物を見たという報告から、違法な生物兵器の暴走またはテロを想定し、国内最強の国防軍特殊部隊SPPが投入された。
そして今の状況までわずか十数分である。
サーマルガンの弾丸が、どんな強力な生物兵器とはいえ生身の体に通用しないなどあり得ない事だった。
SPP隊員16名中15名死亡、戦果は確認されず。
この事件は結局解決すること無く、この地区は封鎖されたまま数ヶ月放置され、何処へともなく消えた怪物とともに人々の記憶からも、一般公開される国家の記録から消えることとなった。
不思議なことに当時の状況を分析しようと録画映像を見ると、どこにも怪物など映っていなかった。
当時作戦本部で作戦の指示と対応にあたっていた全員が目撃していたにも関わらずである。
ただただ突如破壊される周囲の壁や道路、空中で弾かれる弾丸、ひとりでに引き裂かれる隊員の手足が映るのみであった。
ここ数年、得体の知れないお化けが出るという人々の噂はあったが、公的に確認されたのはこの事件が初めてであった。
そして科学的説明が付かず、公にはこの事件を認めることはなかった。
社会の混乱を起こさないためである。
西暦2110年1月
地球の温暖化など1世紀前には危惧されていたのは今では冗談のようなものであった。
当たり前に大粒の雪がビル街に降り注ぐ。
ただし道路には一切積もらず、到達と同時に染みこんで消えていった。
この時代の道路にスリップは無いのだ。
ウウウゥゥーーーーン!プシュー!!
遠くからつま先立ちのアメンボのように変形状態で走ってきた電気自動車が10個のタイヤを地面に着地させて速度を落として高層ビルと高層ビルに挟まれた道路脇で停止した。
車の上方には船型の屋台「七福飯店」が空中に浮かんでいた。
屋台からさらに高く突き出たマストの周囲では、ホログラムの巨大な七福神が満面の笑みで舞い踊っている。
車のドアが開き、黒いロングコートを着た男が降りてきた。
彼は足先まで届く程の黒い長髪を黒い帯のようなもので複数段に分けて背中側で一纏めに縛っていた。
彼は上をむいて手を挙げた。
その片手の甲から肘辺りまでは1世紀前に人々が着用していた腕時計が複数密集したお化けのような不思議な黒い装置で覆われている。
屋台側面に引っ付いていた、客のピックアップ用のプラットフォームがホバリング装置で発光する裏面を見せながら船から離脱した。
そのまま男の目の前にウォンウォンと低い音を立てて降下する。
男がプラットフォームに乗って先端にとっくり型の看板のついた棒状の手すりにつかまると、プラットフォームは地面を離れて上昇し始める。
プラットフォームは船型の屋台の座席の横で停止した。
高さ20メートルはあるだろうか?
古代人が下を覗けばうろたえるであろう高度である。
「いらっしゃい! いらっしゃい! 空きました! 空きました! どうぞ!」
50代くらいであろう店主が空席に手招きする。
「何にしましょうか?」
男はプラットフォームからはるか遠くに見える地面を見ながら、大股で飛び乗るように屋台に移って座席に座りながら答える。
「メロウコーラをくれ。」
店主が長細いグラスにドリンクを注ぎ、男の前に置く。
男はホログラムデバイスを出して人のリアルサイズの頭部のモンタージュ映像を手早く出して尋ねた。
「よう!俺は探偵業をやってるカムイってもんだが、人探しをしていてね。この男を見たことはないか?」
店主はモンタージュ映像をすこし眺めていたがピンと来ないようである。
「最近若い女性の失踪事件が相次いで、見るに耐えないバラバラの姿・・・(隣の客のほうを少し振り向いて)おっと失礼。
まぁそういう事件が有るのは知ってるだろう?
マスコミでも話題になっているビースト連続猟奇殺人事件だよ。
その被害者の親族から調査依頼を受けててさ」
「あぁ、やな事件だね。その男が犯人なのかい?」
「犯人像は何ヶ月も対策チームを作って調べてる警察ですら皆目検討が付いてないよ。
キーになるかも知れない人物としか言えないね。申し訳ない。」
「事件にあった女の子は可哀想だが、すまんねぇ。ここには無数に人が居るからね、いちいち顔なんて覚えてないし、似た人間なんてわんさかいるよ。」
カムイと名乗った男は身を乗り出して店主に顔を近づけて小声で言った。
「この店で最高のボトルを注文したいんだが……。
七福飯店ってチェーン店は顧客分析用に監視カメラの映像ライブラリを常時蓄積してるんだよな?
(視線を調理場中央天井にある球体カメラにわざとらしく向けて戻した)
この男が映っているかアクセスさせて欲しい。人助けだと思って頼むよ。
これだけ出してもいい」
男は両手で指を2本ずつ立てた。
実は七福飯店はスラムの中華系が展開しているチェーン店であり、道路交通法違反の違法営業を行っている。
本来道路の上にこんな巨大な乗り物を浮遊させ、停止させてはならないのだ。
七福飯店には黒い噂はいくつもあり、その何割かは事実である。
この店で最高のボトルの注文はそういう取引のキーワードであった。
「仕方ないね。そんな悪い奴は許せないよ。あんたは特別だ。向こうからコントロール室に行きな」
「ありがとう。恩に着るよ。」
カムイはメロウコーラを飲み干すと店主のポケットに何か詰め込んでから浮遊する屋台船のコントロール室へ入っていった。
コントロール室ではメガネをかけた太り気味の男が客を見つけてピックアップ用プラットフォームの操作を行ったあと、向き直った。
「話は聞いてるよ。アクセス出来る端末は持っているのか?」
「ああこれだ。」
「そこの端子を使いな。手早くやってくれよ?」
カムイは端末を繋ぐとライブラリの一斉解析を行い始めた。
カムイは一つ嘘をついていた。
彼が被害者の女性の親族から依頼を受けているのは事実である。
だが彼が提示したモンタージュホログラムはでっち上げであった。
彼はモンタージュと客の顔の照合をしたのではなく、客達の表情に現れる人相、髪型、仕草やしゃべり方、会話の内容などを独自のルートで入手した人格分析プログラムにかけて、危険人物、犯罪性向の高い人物、なかでも今回の犯罪に適合した人物をふるいにかけてリストアップしたのである。
十数分後、カムイは調査を終えて店主にチップを払い、七福飯店を後にして再び車に乗り走り去った。
カムイは数十分間ビル街の間の道路を走り、広大な地下高速を抜けて彼の持つ事務所の近くの立体駐車場に車を停めると事務所の中に入っていった。
「お帰りなさいマスター。留守中の依頼者は0人です。節電モードを解除し、空調を・・・」
カムイはハウスキーパーAIを無視してオフィスの奥のドアに手を当てる。
生体認証確認が行われ、ドアが自動で上に開いた。
カムイはその中に入っていった。
奥の部屋は中央にリクライニングシートが配置されており、彼が座るとキーボード類が自動で目の前に配置され、ホログラムディスプレイの数々が周囲を覆った。
「ビースト連続猟奇殺人事件の情報をリストアップだ。」
カムイの周囲はプラネタリウム状にニュースや映像のホログラムで覆われる。
ビースト連続猟奇殺人事件。
ここ1年でニュースに取り上げられた未解決の連続猟奇殺人事件である。
若い女性が何人も断続的に誘拐され、誘拐された直後にマスコミに犯人から特定不可能な手段を用いて声明が必ず入り、怯えた被害者の写真が届けられる。
同時にゲリラ的にネットワーク上に犯人自ら被害者(ハンティングの獲物)の情報をアップする。
そしてそれが数週間かけて数人分繰り返される毎に、拉致された被害者全部ごちゃまぜのバラバラ死体として捨てられる。
そして再度マスコミに死体遺棄場所の声明が入る。
その死体は彼女たちが生きている間に大きな獣の爪でなんども切り裂かれた形跡があり、最後は引き千切りと切断でバラバラにされていた。
性的暴行の跡もあり、特殊な特徴として日常的に細かな異物を食べさせられていたのが検死で確認されている。
今回カムイが依頼を受けたのは新たな被害者の一人、エリカ、21歳女性の親からである。
犯人の声明があったためこの事件に巻き込まれたのは確実であった。
事件のショックと、事件を娯楽として扇情的に報道する為に連日訪れるマスコミに疲れ果てた母親から、直接依頼を受けたのだ。
カムイはバウンティハンター、探偵、ネゴシエーターとしてはごく狭い範囲で名が通っている。
警察が組織的、公的権力を使った捜査でも諦めるような難事件の犯人を特定して逮捕または射殺し、被害者を探しだす。
彼が特殊なコネクションや組織を持っているわけでも無いのにいくつもの事件を解決しており、その達成率の高さから、彼を知る人々という狭い範囲で驚嘆され、猟犬と呼ばれている。
反面警察は完全に面目丸つぶれのそれらの事実は隠蔽していた。
カムイは一通り情報を眺めると目を閉じて一人妄想の世界に浸る。
彼には周囲の人間に知られていない過去があった。
社会の様々な場所で起こる迷宮入り事件、ショッキングな事件が発生するたびに、ネットワーク上ではプチコナン君と呼ばれる好奇心旺盛な面白半分の探偵達がわらわらと発生し思い思いの推理を行う。
カムイはハンニバルというニックネームでその一人に加わって楽しんでいたが、当時からずば抜けた推理で事件のまだ起こっていない推移、警察の発表していない事実、犯人の居場所や結末を次々と予想して的中させ、ついには全国各地の警察が彼の書き込みを意識し始め、それを明らかに意識した捜査を行い始める程の存在感を放っていた。
今カムイは目を閉じて犯人の精神に同調していた。
彼はこの世の様々な犯罪性向を生まれながらに理解する異端者であると共に、犯人の快楽に共感出来る危険人物でもある。
だが、カムイは自分を制御出来る、いや行動に移さない先天的な怠け者でもあることが、彼を犯罪者の世界へ足を踏み入れることを止めていた。
警察は事実を積み重ね、聞きこみ調査を行い、過去の資料を元に外面から犯罪者を探す。
彼は警察が絶対にしない、出来ないアプローチから嗅覚を発揮していた。
見つかっている情報、被害者の外見、その他の各種情報から、犯人の性向が何処に属するか、犯人の精神に同調させてどのような人間なのかを己の内面から探し当てる。
一度犯人になりきると、その行動原理、行動範囲、生活習慣、社会的地位にいたるまで、一気に想像の根を伸ばす。
誤解されがちだが、彼は論理で推理をしているわけではないのだ。
論理ではなく彼の脳が量子コンピュータのごとく、大量の情報を現代科学を持ってしても全貌が把握出来ないほどの密度で、全細胞が演算を行う。
その為、原始的な論理という名の指折り計算で考える一般人には想像も出来ない答えを導き出し、一般人がどうしても信じられないような距離からターゲットの臭いを嗅ぎ集めるのである。
その為彼の能力を遠隔視、千里眼と混同する者も居る。
「………」
カムイは無言、無表情だが今回のターゲットとの同調はいままでになく手こずっていた。
とても表立って言える事ではないが、この世の大抵の猟奇犯罪者の感性を彼は大体超えていた。
だが今回のターゲットは理解出来る部分もあるが、出来ない部分が消えなかった。
カムイは黙ったまま両手の指を交互に組んでさらに沈黙する。
想像の中で犯人になりきったカムイは、興奮しながら怯える被害者に手を伸ばす。
ヨダレを垂らしながら服をむしり破る。
なんどもその光景を思い描き、周囲を見回す。
何が有るか? 何が有るべきか? 霧に包まれてよく見えない。
しばらく後今度は別の場所に移る。
被害者の女性たちを集めて刃物を振り回す。
カムイは興奮を高めながら自分の持つ刃物を見て、被害者と周囲を見る。
まだ霧に包まれている。
もう一度繰り返す……。
ある意味危険で日常への影響も大きい捜査方法であった。
正気を保ち続ける事が出来る人間は限られるだろう。
1時間ほどの沈黙の後、警察とは全く違ったアプローチで彼が得た情報は以下であった。
・猟奇犯罪者として珍しく、彼自身半信半疑だが犯人は二人で活動している。
被害者と加害の嗜好が二人分存在する。性的快楽主義者と殺人狂の二面性がある。
・一つ目の情報と矛盾するが犯人は孤独であり、1日の大半を一人で生活している。
衣食住の必要分以外外出することは無いであろう。
…被害者の物色を除いては。
・犯人はリスクを好まない。極めて安全で確実な方法で被害者達を拉致している。
事実被害者達は全員神かくし状態で目撃証言なく姿を消した。
・犯人は被害者の選別を自身の趣向だけではなく、外的要因による妥協とともに行っている。
ただし被害者には警察関係者、危険なマフィア関係者も含まれ、組織や報復といったことは一切恐れていない。
中には外出時の大半を護衛に囲まれている上流階級の娘もいる。
カムイは目を開けると、七福飯店の顧客情報から選別したデータをコンピュータにインプットすると、コンピューターに確認した。
「集めた危険レベルの候補者数は何人だ?」
「2076名です。」
「ほんとろくでもない地域だな。」
カムイは笑いながら言った。
猟奇殺人事件を起こしそうなヤバい犯罪者と紙一重の人間が、七福飯店に顔を出した人間だけでもこの区域でそれだけ存在するのだ。
……何パーセントかは実際にやっているだろう。
「異食性向、スカトロ嗜好に絞れ。何人だ?」
「25名です。」
「地図上に顔写真をリンクさせろ」
カムイは地図に手を当ててドラッグさせて全体を確認すると、いくつかの人間の出現場所を携帯デバイスに記録させた。
「スタリオン神父へコールしてくれ」
「コール中です……。応答を確認しました。トークモードに入ります。」
面長の神父の顔が立体ホログラムに投影された。
「あー……、ガクポさん。お久しぶりですね。どうかされましたか?」
カムイは特定の極めて親しい人間からはガクポと呼ばれている。
もっともこの神父の場合は、からかいを込めて呼んでいる。
「いつも悪いね。また少し危ない場所に行くことになったんだけど、例のブツのストックが切れててさ、また売って欲しいんだ。在庫あるかい?」
「30個でいいなら出せますよ。」
「有り難い!それ全部譲ってくれ。」
「2万Y(New Yen)頂きましょう。」
カムイが端末を操作すると、ホログラムに映された神父が手元の反応を確認して応える。
「入金を確認しました。パケットトランスファー料金はまけておきましょう」
ホログラム通信が切れた。
数分後情報ポップアップホログラムが現れた。
「パケットトランスファーの送信確認依頼が届いています。詳細を表示します。受け取りますか?」
「ああ、送ってくれ」
「送信状態を表示します…」
この時代には真空管パケットトランスファーシステムという物流システムが存在する。
地中に網の目のように張り巡らせた真空の通路を超高速で荷物がリニアで運ばれる。
サービスの選択にもよるが、人が乗る必要が無いため、衝撃による破壊を気にしないで良いものであれば、マッハの速度で届けられる。
これにより多くの物流に従事する人達の仕事が失われた。
このサービスを利用しない場合の理由は2つ。
物量が多すぎて料金が割に合わないほど高くなるか、違法なものを送っているかである。
法律によりこのシステムの中継サーバーでは検閲が行われているためだ。
「パケットトランスファーで荷物が到着しました。」
カムイは金庫のような装置を開くと、届いた木箱を開けた。
中には銀色の銃弾が詰まっていた。
スタリオン神父特製の聖水入りシルバーバレットである。
彼は10発ほどを掴みとると、彼の愛用拳銃、P-99ナイトバーストのセカンダリ弾倉に詰め込んだ。
一般普及型のP-99と異なり、セカンダリ弾倉と砲身には金の不思議な装飾がしてあった。
拳銃と携帯デバイスを手にして出かけようとすると再びホログラム通信のコールがかかり、足止めされた。
「ガクポくん、今仕事中だった?」
「ああ、カノンか、出かけようとしてたんだがどうかしたのか?」
「……また…危ないところへ行くつもりなのね…。」
「ただの聞き込みさ。何も危険は無い。」
「もっと他の仕事とか色々あるじゃん…。」
「ずっとやるわけじゃないさ、ただ…」
「いつ死ぬかも分からないんだよ?この前だってマフィアに拉致されて脱出が遅れたら海に沈められてたって言ってたじゃん!」
ホログラムに映ったカノンは涙ぐんで興奮している。
「いや、あれはちょっと誇張しすぎてた。本当は…」
「本当は車の中で縛られて海に突っ込まされて、警察の応援が遅れたらそのまま死んでたんでしょ?!
病院で警察と話してたのが聞こえてたわよ! もう知らない!!」
「いや、だから……」
ホログラム通信は切断された。
彼女との付き合いはそこそこ長い。
カムイが新米のバウンティハンターだった頃、未熟さ故に成果が上がらず、賞金首との精神の同調を繰り返して疲弊し腐り果てていた時に逆ナンされた。
そして彼女はしつこかった。
顔もかわいいし悪い気はしないという程度でつきあったが、下らない雑談を繰り返すうちに、深海へと沈みつつあった自分の心をふらつく小舟で救い上げてくれていたことを自覚するには時間がかかった。
彼女の存在はカムイにとって、彼の世界にとって大きなものへと変わっていったのだ。
ため息を付きながらカムイは車に乗り発進させた。
数日間、スラムの住宅街での車に乗った状態での張り込みが続いた。
傍から見ると怪しい車にしか見えなかったが、そもそもこの一帯は怪しい人間しか居ない。
何人かの訪問者…強盗が現れることがあったが、鼻先に銃口を押し付けて追い払う日々が続く。
この時代には何週間も一歩も外に出ない人間はざらに居る。
食料などはパケットトランスファーシステムでの配達や、立体プリントでまかなえる。
カムイは車のドライバーシートを倒してもたれ掛かり、車外カメラ映像に重ねながら、半目でニュースに目を通す。
気を張り過ぎていては長期戦は出来ない。
「ターゲットを補足しました。位置情報と映像を表示します。」
各所に密かに仕掛けたセンサーの一つが反応し、カムイはうたた寝から目を覚ました。
築50年のボロマンションの入り口で、目星をつけた人相の男が、バイク便から小型の荷物を受け取る映像が映しだされた。
男は荷物を受け取ると即座にマンションの中に入っていった。
ほんの数秒の出来事である。
「このマンションの周囲3キロの地図を表示しろ。」
「周囲3キロの地図を表示します。」
カムイはしばらくホログラム表示された地図を手でスライドさせて確認すると、車を発進させて周辺を流した。
ゴミ溜めのような幾つかの場所を見てしばらく眠そうに眺めると、センサーをそこに配置しなおした。
日当たりの悪い高架下にセンサーを配置し終えた頃、排水路に不穏な動く影に気がついた。
背中を向けていたカムイだったが、その影のブツブツ呟くような声が聞こえたのだ。
「……たもぅ…すべく、わが……」
もう日が沈んでこの辺りは電気もなく、薄暗い状況だが確実にこちらを狙って近づいてきている。
はっきりとは見えないが、大型犬ほどのサイズのナメクジのような生き物である。
カムイはP99ナイトバーストを取り出すとトリガーのそばのスイッチを操作する。
指向性の音声が囁く。
「射撃モードを変更しました。シルバーバレットモード、レディ」
得体の知れない生き物はもう2メートルほど先まで迫ってゆらゆらとざわめいている。
不意にアンコウの捕食のように巨大な口を開いて体の大きさを数倍にすると飛びかかってきた。
「ぅぅぅうわあああっがっ糧となれ!!」
ドゴン!ドゴン!
カムイは瞬間的に精神を集中させながら、即座に振り向き、腰を落として両手で銃を構えてトリガーを引いた。
シルバーバレットが撃ち込まれ、怯んだ得体の知れない生き物は急速に方向転換して高速で左右に揺れながら逃亡を図った。
カムイはすっくと直立して銃を片手で持ち直すと、冷静に構えて追い撃ちをかけた。
ドゴン!
「うぼぁっ……」
最後の1発が命中し生き物は黒いシルエットが霧散していった。
地域によっては存在は明らかに認知されているが、国家としては認められていない生命体である。
人々はそれを怨霊と呼んでいた。
その姿形、強さやサイズなどは様々であるが共通した特徴がある。
人を狙って襲いかかり、捕食、殺害をしようとする。
戦闘の結果として物理的な破壊をよく行うが、録画映像に決して怨霊の姿が残らない。
残るのは怨霊の行う破壊で壊れる物質の映像だけである。
また、ブロードキャスト映像を通して生きた人間はその姿をリアルタイムであれば確認出来る。
しかしどんなセンサーにもロボットにも、命の無いものには捉えられない。
また単純に高威力な火器はまったく通用しない。
お札が効いたとか、塩が効いたとか囁かれるがその法則は明らかになっていない。
2070年代辺りから徐々に発生し始め、最初は都市伝説だったものが、年々被害報告が増えている。
しかし証拠が無いものを国は認めず、また実情として国が対応出来ない事実を隠すためもあるのか、存在しないことになっているのである。
カムイも理屈は知らないが、スタリオン牧師のシルバーバレットが通用するのを経験で知って使っているだけである。
「ここは危険だな」
カムイは高架下から出ようとすると不意に現れた人影に襲われた。
暴漢は隠し持った注射器を取り出すと得体の知れない液体をカムイの腕乱暴に突き刺して注入する。
不意打ちはそう対処できるものではない。
「ノーマルバレットモード、レディ」
カムイは即倒しそうな意識の中弾丸を乱射する。
パン!パン!パン!
目が回り、見当はずれの方向に弾丸は飛んだ。
突然の事態でカムイは無我夢中で防衛本能に従うのみであったが、意識があっというまに揺らいでいく。
暴漢はぶっ倒れたガクポの体をまさぐるとクレジットチップにフルチャージさせて、カムイの指を押し当てて操作をしていた。
そこからの確かな記憶は無い。
カムイはまともに立つことも出来ないまま這うように歩きまわったような気がした。
どれほど時が経ったか分からない。
目が開かない。
カムイはしばらく自分が地べたに寝転がっていることだけは認識していた。
ようやく目を開けると目の前に2匹の鶏が近寄ってきて、右にそれて離れていった。
その後は2匹の鳩が同様に通り過ぎる。
なぜか愉快な光景に思えて笑いがこみ上げてくる。
こんどは豚が現れた。
豚が口紅を塗って化粧をしてカムイを誘惑している……。
……そんなわけはないのだが、今のカムイには判断する力が無い。
再び意識が飛んだ。
次に目覚めるとカムイは中華風の屋敷のベッドに寝ていた。
1世紀、いや2世紀前の木と漆喰と紙のデザインの部屋であった。
古風だがこれはこれで贅沢なものである。
カムイは起き上がってまずは自分の体を確認した。
拘束されているわけではない。
体に傷もない。
状況が飲み込めないが、少なくとも命を拾った事は分かった。
少し安堵したカムイは周囲の骨董品を手にとって眺めていると、青い道服を着た老人が戸を開けて入ってきた。
四角い変わった帽子を被り、易占で見たことの有る模様がついた、着物のようなものを着ている。
七福飯店のマスコットの七福神の一人に似たような服装のが居たような気がする・・・。
「目覚めたか。」
「ここは?」
「私の家だ。お前は庭で倒れて家畜に突き回されておったのだ。
なんらかのバッドトリップする薬物をうたれていたようだな。
強盗にでもあったか?」
この時代の強盗は人を射殺することは無い。
金銭は全て電子マネー化してあり、生体認証の必要が有るためである。
人が正常に意識を保てず、死なない程度に無力化する薬物を注入するのがメジャーな手段である。
もちろん、今回カムイは強盗被害でしかないが、女性はさらに酷い目に会うことになる。
「あんたが助けてくれたのか。ありがとう。このスラムじゃ起きたら内蔵が抜かれていてもおかしくないからな。あんたの家に迷い込んで本当に命拾いしたよ。」
カムイはふと思い出すように懐を慌てて探った。
「銃か?それならそこだ。(近くの戸棚を向いてアゴで指し示す)
変わった銃を使っておるな。それなりの霊力を感じる。主は怨霊ハンターか?」
カムイは戸棚から銃を取ると弾丸を確認する。
「自衛用だよ……怨霊を狩っても金にならないしね。ちっくしょうあの野郎抜け目ねぇな。シルバーバレット全部抜き取ってやがる。通常弾もだ……。」
(銃本体は法律で生体認証が義務化されているので手を付けなかったようである)
「どうやら薬物は抜けたようだの。帰るかね?
ここは怨霊が多く発生する危険地帯だ。
身を守る物がないならこれを持っていけ。私も忙しいので送っていく事はできんが、
お前も怨霊ハンターなら自分の身は自分で守れ。」
カムイは老人から使い古しの木製の剣を受け取った。
「・・・ありがとう。貰って行くよ。迷惑をかけたな。この借りはいつか返させて貰うよ。」
こんな棒きれ、いくら程の価値もあるまい。暴漢相手に、…銃を持っていなければだが悪あがきの道具になるかもしれないし、肩たたき棒にはなるだろうと遠慮なく受け取った。
青い服の道士の中華風の家を出て道なりにしばらく歩くと、広い車道の十字路に出た。
幸いにも強盗にも怨霊にも襲われることはなかった。
十字路は厳密にはマグネティックハイウェイという上層民専用の高速道路の高架下に、高速道路を挟むように2箇所並んでいる。
上を見上げると多くの古びた人形が首を吊ったような形で柳のように多く垂れ下がっている。
「こんなところまで来てたか・・・本当に危なかったな・・はっは」
道路脇には人の背丈より少し高いほどの土塀が連なっており、その端にドラム缶ほどの太さの石の柱が建って、土塀の終端となっている。
車道を挟んだ道路の向かい側にはカルト教団の修行場と言われている建物の敷地が有る。地下数十階あるそうである。
乱暴な運転の黒塗りの車が突如柱の近くに急停車し、猿ぐつわをされて両手を拘束された中年男性が黒服の男に車から連れだされた。
中年男性はその石の柱の上に無理やり載せられ、拘束を解かれた。
車は走り去った。
中年男性は周囲を見渡して「ちくしょう……ちくしょう……」と嘆いている。
ここは通称・黄泉の街と呼ばれる怨霊発生の中心地である。
高確率で通用する呪いの地として有名で、高架下に無数に吊り下がった人形はその願掛けである。
その中でも最も凶悪なのが、今中年男性が載せられた柱、黄泉の柱と呼ばれている。
一度載せられたら最後、柱から連なる和風の瓦の使われた数ブロックに及ぶ長い土塀の上をわたって、下へ降りずに数百メートル先の神社の鳥居に入らなければ、「確実に」死ぬ。
100%である。
中年男性はそのことを知っているのか、壁の上を両手を水平に広げてふらつきながら歩き始めた。
しかし周囲に怪しい影が複数風のように寄っては通り過ぎを繰り返して不気味なうめきを上げ始める。
中年男性はうろたえてフラフラと足元が揺らぐ。
長らく運動をしておらずにぶっていたのか、積まれていた平石で足を滑らせて土塀から地面に落下した。
直後に飲酒運転の自動車が「偶然」男を血の花を周囲に咲かせて連れて行った。
通常この時代の車のエアバッグは車外に膨らむことで人身事故の被害者を守るが、「偶然」故障していたようである。
もはやここの名所となった黄泉の柱は、その願掛け失敗時の死亡率の高さ、確実性ゆえに暗殺に利用される。
先ほどの男もその類であろう。直接手を下すのではなく「偶然」事故で死んだので警察も取り合わない。
カムイは見ていられないと目をそらす。
この世の地獄、人の業、醜い世界は見ていて楽しいものではない。
だがこの時代、特にスラムでは所詮他人の事を気にしていれば生きていられない。
カムイはこの時代に一般的な携帯デバイスであるインフォメーショングラスをかけると、自分の車の状態を確認した。
警察の赤い警告表示が表示される。
「違法駐車の為、あなたの車は移動させています。手続きは……」
「まいったな……」
カムイは近くに銀行があるのを見つけた。
持っていた中華製の木刀をしばらく眺めていたが、近くの高架下の花壇に放り捨てて銀行の中へ入っていた。
銀行の入り口を入ったそばで、やたら声の大きい男が電話で会話をしている。
「まじかよ、フラワーショッピングモール最悪だな。
環状商業地区のがはるかに安いじゃねーか!」
5、6人が並ぶ受付の内、空いた場所に向かうと、鏡餅のようなリボン付きバルーンハットを被ったボブカットの若い女性職員が応対した。
職員の名札には「不破 雷子」と記載されている。
不思議な名前に思えるかもしれないが、雷子という名前は少し前の世代のドラマで流行したのだ。
「どうされました?」
「強盗にやられてさ、クレジット端末を念のためチェックして欲しい。」
被害はチャージしていた額のみで済んでいるが、悪質な場合はハッキングコードが埋め込まれる事件もあった。
「了解いたしました。クレジット端末をお預かりしますので少々お待ち下さい。」
「まじかよ、フラワーショッピングモール最悪だな。
環状商業地区のがはるかに安いじゃねーか!」
この時代全ての情報はデジタル化され、技術的にはそれなりのセキュリティをもって全部オンライン化することは可能である。
しかし21世紀半ばに起こった貨幣価値を崩壊させる大規模ハッキング事件により、経済の混乱が発生、円という通貨が廃止され、NEW YENという通貨が採用されるに至った。
印刷技術、映像技術の発展により、上半分が緑に色付けされて表記された「Y(New Yen)」はネギという愛称で呼ばれている。
それ以来、重要情報、得に経済に関係する流通の要所要所には人間が配置されて緩衝材となり、極端で即効性の大破壊が起こらないように配慮されるようになった。
結果皮肉なことに雇用の拡大にもつながったのである。
事件の犯人はまだ捕まっておらず、政治的意図や主張があったとも、中国の工作だとも囁かれているが少なくともカムイの辺りの階層の人間にはその結論は知らされていない。
「まじかよ、フラワーショッピングモール最悪だな。
環状商業地区のがはるかに安いじゃねーか!」
カムイはイライラし始めた。
電話をかけている男のそばに近寄ると、黙って手持ちのX線スキャナーで体を確認した後、「うるせぇよ」と吐き捨てながらペンでデカデカと文字を書いた紙を男の額に張った。
紙にはこうかかれている。
「私はステマロイドです。話してる内容は聞く価値がありません。」
カムイはこの種のアンドロイドが生理的に大嫌いであった。
もっとも好きな人間など居ないかもしれないが……。
ガクポの手を押しのけた男は額の紙をそのままに会話を続ける。
「まじかよ、フラワーショッピングモール最悪だな。
環状商業地区のがはるかに安いじゃねーか!」
「お待たせしました。端末を検査しましたがハッキングコードのようなものは埋め込まれておらず、問題なく継続してご使用いただけます。」
「そうか。ありがとう。お姉さんもこの辺りは物騒だから気をつけてね。
正直お姉さんみたいに綺麗な人はこの地域で働くのはオススメしないよ?」
「大丈夫ですよ。警察署はすぐそばにあるし、HPTステーションは隣にありますしね。
いつもそこから通勤してるので、強盗に会う瞬間はありませんわ。
チャージ機はそちらにあります。お気をつけて帰ってくださいね。」
HPTステーション、Human Packet Transporterの略であり、物資ではなく人間を真空状態の地下パイプラインで輸送するシステムである。
一人~四人程度が入るカプセルに乗り込み、網の目のような地下パイプラインから、最短ルートを探し、さながら昔の信号伝送方式のように個別輸送される。大勢が乗り込む電車のように待つ必要も、降りる必要のない停車駅で一旦停止したりなどということはなく、サービスのレベルによって混雑度、優先度を変えられる。
VIP級のサービスであればノンストップで日本全国各地に最大でも1時間程度で到達出来るのである。
カムイはYをチャージすると、取り上げられた車を迎えに警察署へとHPTステーショーンから向かった。
最下級サービスを使用。中継サーバーでは混雑して待ちが時折発生した。
それから半月ほど捜査の進展はなく、ガクポは自宅にて情報の精査と、依頼人への定期報告の資料をまとめていた。
ハウスキーパーAIがアラートを伝えた。
「マスター、設置してあるトレイルカメラの一つにターゲットが捉えられました。
映像を映しますか?」
「映せ」
映された映像は、一台の車が近づき、ドライバーのサイドウィンドウが開くと、ごそごそと後ろを向いて取り出したゴミ袋をターゲットの男が放り捨てて車ごと去っていく姿である。
「よし」
カムイは部屋を出るとその場所へ車で急行した。
ターゲットの男が捨てたゴミ袋を少し開いて中身を確認すると、トランクに放り投げて仕掛けた全てのカメラを回収してから持ち帰った。
ゴミ袋の中にあったのはこの時代、建前上は法律で禁止されている複数のポルノパッケージと映像スティックである。
ゴミを捨てるのも金がかかるだけでない。
デジタル技術、ロボット技術の発展により、ゴミにすら検閲が実際は入っている。
こういう捨て方をするのは重大度の差こそ人それぞれだが、普通には捨てれないものである。
映像スティックをポータブルデバイスに挿して再生する。
頭にすっぽり袋を被せられた女性が後ろ手に手錠をかけられてこれまた袋を被った男の膝に載ってうごめいているポルノ映像がホログラムで流された。
しばらく性行為をした後、男はおもむろに錠剤を取り出すと女性の肛門に入れる。
数十秒後女性はうめき声とともに糞を噴出し椅子の下に置かれたボールに入った。
カムイは苦い顔で片腕で頭を支えて肘をついた状態で、3D映像をクルクル回しながら何度も再生チェックした。
苦い顔をしているのは、映像が汚いからではない。
もうこの時点で女性はなんらかの犯罪被害者であり、これはただのスカトロポルノ、裏3D映像では無いのが確実だからである。
犯人の心理は分かっていた。
かならずこの映像のどこかに「公開情報の」ヒントが隠されているはずである。
カムイの手が止まった。
背景の一部の箱の後ろからサンダルの先が顔を覗かせていた。
「確定か。」
公開情報にあったデザインのサンダルであった。
カムイは犯人の特徴、被害者を拉致と同時に公開する行動とその執念深さに2つの意味を感じ取っていた。
一つは犯人の性癖である。自分の中の快楽で満足するのではなく、出来るだけ大勢に自慢したい、大勢に意識されたいという欲である。
もう一つは商業的な意味を持つ。警察の介入で3回目以降はずっと公開出来ないようにネットワークはトラップだらけかつ、マスコミにもそれを助長しない働きかけが有るにも関わらず、かならずなんらかの手段を見つけ出して公開する。
欲だけでなくなんらかの義務的な活動に見える。
カムイはターゲットとして張り込んでいた男の家に直行した。
古びたマンションの前に立つと腕につけたデバイスを弄る。
カムイの体がモザイクのような空間に包まれた。
全身が包まれると下から順番にモザイクが消え、カムイの代わりにこの時代に最も勢力の大きい宅急便、ヤモト宅急便の職員の制服を来た別人が立っていた。
変装したカムイはターゲットの男の住む部屋のドアの前にまで来た。
ネームプレートは「木下」と書かれていた。
カムイは部屋のドアのベルを鳴らす。
「木下さーん。ヤモト宅急便です。アモゾン様から荷物をお届けにきました」
ドアが開き、ターゲットの男が顔をだすとその腕を掴みつつ中に入る。
宅急便配達員の姿に再びデジタルモザイクが掛かってカムイの姿が現れた。
カムイが潜入捜査に使用するイリュージョンマシンの効果である。
「よう、木下君。ちょっとある事件を捜査している探偵なんだが教えてほしい事があるんだ。」
「なんだよお前、勝手に入ってくるな。俺は何もやってないぞ。警察呼ぶぞ」
「いいのかな?君の部屋に警察が入ってきても。呼ぶなら呼んで構わないぞ?」
「………」
「君が捨てたこの映像についてだが」
カムイは小型の3D投影機で一瞬だけ映像を見せる。
「どうやって手に入れたのかな?」
「………買ったんだよ。ワリィか?男ならポルノ映像の一つや2つ買うだろうがよ」
「いくらでだ?」
「知らねぇよ」
カムイは木下を蹴り飛ばして尻餅を付かせると、銃を取り出してサイレンサーを装着し始めた。
木下は怯え始めた。このスラムで想定外の出来事ではない。
「冗談は嫌いなんだ。正直に答えてくれ。」
「30000Yだよ。」
「ほう…。びっくりのお値段だな。いくらでもコピー出来る映像にそんなに払うのか?
オマケでも付いていたんじゃないのか?」
木下は冷蔵庫を黙って開けると茶色いものが詰められたビンを取り出して渡した。
カムイは所々に見えるプラスチックの米粒のようなものを確認するとポケットにしまった。
「お前もニュースは見ているのだろう?最初の事件からリアルタイムでなくても見ているはずだ。
被害者のバラバラの死体の内蔵には何故か不消化性の様々な種類のプラスチックビーズを食事に混ぜて常食させられていた形跡があったのも知っているはずだ。
………そしてその意味も、今のお前は知っているな?」
「………」
「お前に良心を期待していない。この場で痛い目を見た挙句、永眠したくなければ答えろ。
俺のやっている行動もお互い様だ。
捜査協力してくれればお前のことは黙っていてやる。」
「何が知りたいんだ?」
「どこでこれを売っている?どうやって注文した?」
「ミキサーURLだ。サイトアクセスはワンタイムのみ。もう俺はアクセス出来ない。」
ミキサーURLとは特殊なブラウザを使って暗号化された複数サイトの情報を合成して同時閲覧し、一つの情報サイトにアクセス出来る。
アングラでは有名な手法である。
しかしサイバー警察は侮ることが出来ず、ネットワークと電子情報のみでの継続運営はあっという間にバレる。
そのため、間に何人もの人間による中継が入る。
この男も長年の変態性向の常連として人づてに貰った情報がようやく完成してアクセスしたのである。
この情報流通の元を辿るのは極めて困難であり、中継の人間もその情報の意味をまったく理解していない。
噂から情報を組み立てるようなものである。
捜査は暗礁に乗り上げた。
ガクポがここで得られた情報は、「人づてでの」情報拡散が出来るエリア、このエリア近くに犯人が居るということだけである。
突如バウンティハンターのオペレーターからの通信が入った。
「カムイさん、捜査の進捗はどうですか?
警察の特別チームのほうはずっと手詰まり状態のようです。」
バウンティハンターにはサポートするオペレーターが専属でつく。
普通は危険で入れないエリアに潜入して体を張るバウンティハンターを情報面でサポートし、なおかつ逮捕、場合によっては射殺の際の見届人、法的アドバイスを行う。
この見届人のことをウォッチャーと呼んだ。
ウォッチャーは証言をする義務があり、危機的な状況でも目をそらすことは出来ない。
その為運悪くマフィアに捕まったバウンティハンターが拷問されて殺されるのを目撃し、ディスプレイの前でゲロをはくオペレーターはよくいる。
むしろ新人の通過儀礼のような扱いである。
このウォッチャーもAIの発達と技術の進歩により機械に代わるのも時間の問題であった。
今回事件の重大さ故に、カムイはオペレーターのはからいで警察とも連携をしていた。
「まだ犯人は見つかっていないが情報は得られた。特殊な条件付きになるが、それで良ければ警察に提供してもよい。」
カムイは部屋を出ながら言った。
「またですか。それでアクセス遮断してたんですね。
少々お待ち下さい」
しばらく後再びオペレーターが話す。
「警察はどんな情報でもいいから特殊な条件付きでも欲しいそうです。」
カムイは自分が今回得た情報、情報提供元の男の素性以外を融通した。
その後、近くに以前行った銀行があるのを思い出し、車を向かわせた。
再度小銭のチャージをする為である。
「まじかよ、フラワーショッピングモール最悪だな。
環状商業地区のがはるかに安いじゃねーか!」
中に入って第一声がこれ……まだ居やがる…。
カムイは以前世話になった受付嬢の場所が空席になっているのに気づいた。
近寄って隣の受付嬢に尋ねる。
「隣の子、不破さんだっけ?彼女今日は休みなの?」
受付嬢は声を小さくして近づいて囁く
「不破さんは…しばらく出社出来なくなりました。」
「ふーん」
受付嬢の顔は暗く、銀行全体がピリピリした空気をしていた。
カムイは少し離れるとオペレータに連絡する。
「今回の事件、新たな被害者とか出てる?」
「はい、つい昨日の情報ですが、不破 雷子という女性行員の方だそうです。ネットワークで犯人の流した情報を確認しました。」
「そうか……これで前回のバラバラ死体発見後は2人目か?」
「はい。」
「……あとひとりか……時間が無いな…」
「時間?あと一人?3人になるとどうなるんですか?……あ……」
「いつもどおりだが断言は出来ない。だが犯人は最後のパーティーが大好きなんだよ。」
ピピピピ
「ちょっとまって電話だ」
カムイはオペレータとの通信を切った。
「ガクポ!今ショッピングモールの帰りなんだけど、近くにいるでしょ?
荷物運んで欲しいんだけど。」
「え?…なんで…」
「今HPTでそっちに向かってるわ。」
「カノン……なんで俺の位置と車で来てるってことが分かるんだよ……。」
「あ……。」
「……仕掛けやがったな……。なんにせよむやみに俺のいる場所に来るなよ。
特にここは危ないスラムなんだぞ?」
「とにかく、中継ステーションが混雑してるから10分くらいかかるから待っててね」
「切りやがった…」
カムイは仕方なくHPTステーションの中に入り、人々の出入りを眺めていた。
不破雷子との最後の会話を思いだす。
「大丈夫ですよ。警察署はすぐそばにあるし、HPTステーションは隣にありますしね。
いつもそこから通勤してるので、強盗に会う瞬間はありませんわ。」
たしかに銀行の隣にHPTステーションはあり、その間数秒で通り過ぎる。
しかも大通りに面している。
拉致をする隙など無い。彼女がいつもどおりの生活をしていれば安全は確実である。
確実……彼女の自宅までは安全なのだろうか?
問題ない。
むしろ危険地帯はこのエリアであり拉致はこのエリアで行われている。
HPTステーションからHPTカーゴに乗ってしまえば確実に安全である。
……ほんとうにそうか?
カムイの額に冷や汗が流れた。
オペレーターに通信する。
「調査をして欲しい。黄泉の街の周辺のHPTトンネルはどんな構成になっているか?
中継ステーションがどこにあるか?」
「どういうことですか?」
「犯人はHPTシステムの何処かをハッキングしてカーゴごと拉致をしている可能性がある。
カーゴの中身は防犯カメラで監視されているだろう?あれはどこで見れるんだ?」
「移動中は見れません。中継ステーションでの待機中であれば必要に応じて確認出来るシステムになっています。
警察もたまにそのシステムを使って逃亡犯の確認をしたり、意図的に混雑させて別ルートへ隔離する
こともあるようです。要するに新時代の検問ですね。」
「それだ!犯人は黄泉の街周辺地下にある中継ステーションのどれかの極めて近くに住んでいるはずだ。
HPTカーゴは一人での利用が多いし大々的な警護も出来ない。
何より検問システムで隔離されたら誰の目にもとまらない」
「該当するステーションは9箇所ほどあります。
警察に情報連携します。」
「たのむ」
とある薄暗いコンクリートと鉄筋で囲まれた部屋で、一人の男が持ち込んだ携帯端末を覗いていた。
ノートほどの携帯端末からはケーブルが伸びて、無理やりこじ開けられたスチール製の壁の中に繋がっていた。
壁の中には無数に張り巡らされた配管、ケーブルがあり、その一部と男の携帯端末が直結している。。
「はぁーー…、はぁーー…」
携帯端末にはHPTカーゴの狭い空間の座席に座るカノンの姿が映っていた。
しばらく目を細めて眺めていた男は、画面端のデジタルカウンタの数値を見ると即座に慌てて端末を操作し始めた。
しゃがみこんだままキーボードと画面を交互に必死に覗く。
映像の中でしばらくおとなしく座っていたカノンは上を見て何かの異変に
気付き携帯電話をかけようとしていた。
だが繋がらなかったのかカメラに向かって跳ねながら両手を振り、
ドアをドンドン叩いたりを初めていた。
カムイはオペレーターとの通信を切って時計を見た。
カノンの最後の電話から20分が経過していた。
まさか……そんなことは有るわけがない。
よりによってこのタイミングでカノンが襲われるなんてあり得ない。
しかし高鳴る動悸を抑えられず、気持ち悪くなりながらカノンに連絡を入れる。
「おかけになった電話番号は電源がOFFにされているか電波の届かない場所に・・・」
冷たい声で機械音声が響く。
HPTカーゴ内での通話は可能のはずである。
オペレーターから再び連絡が入った
「カムイさん!大変なことが……」
「……(目を閉じながら)何だ?」
「犯人が新しい被害者を捉えたようです。その……」
「カノンか……」
「はい……。特別捜査チームも今慌ただしく動いています。
………はい………はい………。
中継ステーションと過去の凶悪犯罪者の住居とのマッピングを行った結果、極めて犯人の可能性の高い容疑者が特定されたそうです!
過去に女性を3桁強姦してそのうち十数人を殺害しており、中継ステーションメンテナンスハッチのそばの一軒家に住んでいます。
重犯罪者向けの視覚ブロードキャスト手術を受けており、現在緊急で傍受許可の申請作業中だそうです!」
カムイは車に駆け戻りながら言った。
「中継ステーションとメンテナンス通路、ハッチの地図情報を送ってくれ」
「A級の国家機密です……。うっかりオペミスするかもしれませんが、見ないでくださいね?」
「恩に着る」
カムイは車でインフォメーション情報をフル表示して送られた情報と合成し、慌ただしく地図を探る。
目を閉じると以前見た別の被害者の哀願の映像とカノンが被る。
カムイは今まで想像すらしなかった感情の数々が湧き上がり困惑していた。
(無事で居てくれ……カノン……。俺はお前を失えない。)
(失ってはならないものなど……持つべきでは無かった……。)
(なんでカノンが……嘘だろう?嘘に決まっている)
カムイは無心に返った後、「いつも通りの」ハンターのモードに戻る。
心を落ち着けてもう一度深呼吸をして目を閉じ、妄想の中で音速以上の速度で妄想の街を駆け巡る。
廃工場と記された辺りを想像の中で通った際、ガクポは獣の気配を感じ、目を見開いた。
即座に車を発進させる。
犯人達は3人目の被害者を手に入れた。一人の犯人は日々の快楽と金をかき集める。
カムイだけがぼんやりと捉えていた二人目の犯人は血と殺戮のパーティーを楽しむだろう。
そして力関係は二人目のほうが強い。実際前回の事件も3人目の拉致の次の日にバラバラの死体が見つかった。
時間が無いのだ。
廃工場は比較的近くにあった。
カムイは車を狭い一方通行の中に突っ走らせて錆びた鍵の掛かった門の前で止まった。
車体がギリギリ入る幅の為、スライドドアは開かない。カムイは運転室のサイドウィンドウから出るとP-99ナイトバーストを構えて門をよじ登って入った。
敷地裏の切り開かれた金網フェンスを見て何かの確信を得たカムイは金網フェンスから少し出てHPTメンテナンスハッチがあることを確認すると、引き返して廃工場の入り口を探す。
一方、警察側では視覚ブロードキャストの傍受許可が出たため、特別捜査チームの一同は法定手続きにそった傍受捜査を行うオペレーターと、その前で映される映像を固唾を呑んで見守っていた。
「傍受開始します」
オペレーターが最後のリターンキーを押した。
一同に動揺が走る。
画面には天井から吊るされた全裸の女性が叫ぶ姿が映った。
「急襲チーム、突入準備を!」
カムイは建物の端で錆びたスライドドアを見つけ、そのドアを開けた。
その中には暗闇が広がっていた。
独特の臭いが充満していた。
カムイはこの臭いが何なのかは十分知っている。
独特の少し甘いようでいて、空気に密集された生命の痕跡の臭い。
死臭である。
カムイは携帯デバイスを簡易暗視ゴーグルモードにしてつけると、中に入ってドアをしめ、奥に進む。
部屋を2つほど越えると、吊り下げられたむき出しの肉が2、3個ある場所を通り過ぎる。
ここは元は肉の解体工場だったようである。
廃止され、放置されたのは数年前。
なぜ肉がぶら下がっているのか……。
なぜ人型をしていたのか……、どうやら今回の事件で話題になっていない別の犯罪も常習的に行っていたようである。
カムイは普段この手のものは見慣れている。
そして恐れない。
人々が恐れおののく凶悪犯罪者、猟奇犯罪者、カムイはそれを超える捕食者である。
……だが……景色が一変していた。
(カノン……無事で居てくれ)
彼女はカムイを弱くした。
いや、言い換えると人間にしたのである。
少し広い廊下にでたあとカムイは地面に何かを見つけたのかしゃがみこんで確認していた。
しかし再び歩き出すと壁に配置されたセンサーが反応し、トラップが発動した。
ドゴォーーーン!!
廊下のくぼみにセットされていたショットガンがカムイの脇腹に直撃し、
血の霧を噴射して壁を真っ赤に染め、カムイはその場に倒れこんだ。
重症である。
もう一人では動くことすら出来ない重体である。
「ガクポーーーッ!来ないでぇ!!!あああああぁぁ!!……ガクポ……。
うっ………うっ………」
独房のような場所で全裸で両手足を拘束されていたカノンは監視カメラの映像を小男に見せられていた。
「くっくっくっく。お前の王子様は死んじゃったぞ?」
「お願い………救急車を呼んで、私はあなたの言うとおりにするからガクポを助けて・・・」
「知ったこっちゃねぇな。そんなことよりお楽しみの時間だ。
さぁ……これを食えっ!!!」
小男は非消化性のビーズの混ぜられたライスを全裸のカノンの前においた。
カノンは反応しない。
小男は突然頭を抱えた
「……ううぅぅ……待ってくれまだ俺が楽しんでいない。二日間だけでいいから味あわせてくれよ。
その後お前にやるからよ……。頼むよ……」
沈黙が続いたあと、小男は部屋を出ると両手に鉤爪、シザースカタールと呼ばれる中東の中世の武器を手につけてカノンの独房に入ってきた。
カノンの吊り下げられた鎖を片手で掴むと引きちぎった。
人間にあるまじきパワーである。
「出ろ、早く!」
カノンの背中にチクリと武器を当てて、カノンが跳ねる
「痛っ!分かった。分かったから…」
廊下を進むと別の独房の前に来てカノンを待たせて小男は独房に入り、今回の元の依頼者の娘、エリカを連れ出した。
彼女も全裸で繋がれており憔悴しきって声も出ない。
警察の捜査本部チーム本部では落胆していた。
視覚ブロードキャストで映っていた吊り下げられた女性の映像は、
容疑者がくしゃみをした際に普通の部屋に変わった。
容疑者は直後ポテチを食いながら落っことしたVRデバイスを拾い直していた。
廃工場の小男は最後の独房についた。
全裸の不破雷子が両手で胸を隠して怯えている。頭にはバルーンハットを被ったままであった。
小男は雷子も同様に釣れ出し、全裸の裸足の3人の女性を自分の前で歩かせて、巨大なシャワールームのような場所に出た。
周囲の錆びたりカビの生えた壁には、明らかに大量の新しい血の跡が全面に広がっていた。
「いやぁああああ!………ガクポ………助けてぇぇ!」
カノンが泣き出して崩れ落ちそうになる。
不破雷子はカノンを抱きかかえると呼びかける。
「大丈夫!きっと大丈夫よ?今頃警察も必死で捜査してくれているわ!
ガクポさんもあなたをきっと助けてくれる!」
小男が両手のシザースカタールをこすり合わせてチャリチャリ鳴らしながら上機嫌に言った。
「ふぅーーー、ふぅーーーー、さいっこーう。パーティーの始まりだぜえええええ!」
不破雷子はカノンを抱きかかえながら小男を睨みつける。
「あなたのお友達がまだ来ていないのに、一人でパーティーを始めちゃってもいいの?
喧嘩になっちゃうんじゃないの?」
後ろでフラフラと立っていたエリカはそれを聞いて少し不思議そうに雷子を見た。
「お友達?俺は元から一人だぜ。お前は何を言っているんだ?」
「そう・・・。元々ここにはあなた一人しか居ないのね?」
雷子はカノンを離すと全裸の姿のまま小男を腕を真っすぐ伸ばして指差すようなポーズをとり反対の手をこめかみに当てると言った。
「オペレータ。こちらバウンティハンター登録番号1A-0089、ビースト連続猟奇殺人事件の容疑者逮捕を行う。
ウォッチャーとしての対応を頼む」
小男は少し首をかしげたがハイテンションで雷子に斬りかかった。
「ひゃっはー!れぇーーーっつ!パーリー!!!!!」
小男のスウィングの後、パサリと黒い帯のような布が地面に落ちた。
それを見たカノンは顔色が変わり、驚くように雷子を見上げた。
小男のはたき落としの衝撃を受け、雷子の全身がモザイク状のデジタル表示で包まれ、セーターを脱ぐように下から現れたのはカムイであった。
小男を指差していた手にはP99-ナイトバーストが握られていた。
「これ以上の抵抗はやめろ。(3Dホログラムの身分証を見せながら)
俺はバウンティハンター。警察と同じく逮捕の権限を持っている。」
「馬鹿な!お前はトラップで死んだはずじゃ・・・」
小男が携帯端末で監視カメラのリアルタイム映像ホログラムをその場で表示する。
倒れこんでいたカムイの姿が時折点滅してノイズが入り、恐竜のぬいぐるみの様な機械が姿を見せる。
「お前が見たのは身代わりの幻影だ」
「・・・・雷子はどこに・・」
男が話しているそばからタオルケットを羽織った雷子がトラップに注意して体を小さく縮こまらせながらカムイの幻影投影機のそばを通り抜けて叫びながら通り過ぎる映像が映った。
「もうすぐ警官隊が来ることになるだろう。おとなしくするんだな」
小男は問答無用でカムイに斬りかかろうとした。
「うぉおおおおおお」
パーーーーーーン!
カムイは小男の眉間を撃ちぬいた。
小男はその場に目を見開いたまま崩れ落ちた。
「ガクポぉおおお」
カノンがカムイにしがみついてきた。
「だから大丈夫だと言ったろ。」
カムイはハンターモードに戻って集中し、昔の冷静さを取り戻しているつもりであったが、カノンを抱き寄せる手は力が入って細かく震え、汗がにじみ出ていた。
カノンはその手に自分の手のひらを被せると無言で寄りかかる。
しばらくそのままの状態が続いた後、小男の死体の指がピクリと動いたのをカムイは見逃さなかった。
「カノン、彼女を連れて今すぐ逃げろ。」
驚いてカノンはガクポが銃口を向ける先を見た。
小男の死体は再び立ち上がった。
「すでに人では無かったか………。シルバーバレットモード」
「射撃モードを変更しました。シルバーバレットモード、レディ」
カノンはエリカの手をとり、その部屋から逃げた。
小男の死体の頭から時折はみ出るように得体の知れない蒸気のようなものが出ては元に戻る。
小男は再びシザースカタールを振りかぶった。
ドーーーーーン、ドーーーーーン、ドーーーーン
スタリオン神父特製のシルバーバレットは3発命中した。うめき声とともに再びよろよろと倒れこんだが、再び立ち上がって追いかけてきた。
「なんてやつだ」
ドーーーーン
カムイは後ずさりしながらもう一発撃ったが小男の死体にビンタして顔を一瞬そむけさせる程度でしかなかった。
「きょおおおおおおおおおおおお」
小男の死体が加速して追いかけてくる。
この感じ、確実にこれは怨霊である。
死体という物体に憑依したタイプは初めて見るが、シルバーバレットも効いているはずである。
体の穴から白い噴煙が上がっているのはそのためだ。
だがこんなにタフなやつは初めて見た。
軽く汗をかきながら次々と扉を開けて逃げるカムイ。
ある扉を開くと目の前に化学薬品の貯められたタンクが床に並ぶ倉庫が広がった。
臭いでわかるが今まで明らかにならない殺人の被害者はこれで処理していたのだろう。
カムイは自分と小男の間にタンクが来るように誘導すると、小男はカムイに突っ込もうとしてタンクに落ちた。
嫌な匂いが立ち込める。
「やったか……」
タンクの中を覗くと最初は沈んだ状態で溺れるように腕を振り回していた 小男の死体から赤い色が霧のように液体に広がって見えなくなった。
だが白いものがその中から浮かんで来る。
頭蓋骨の頭頂部である。
頭蓋骨は突如顔を上に向けてカムイの方を見た。
目玉は半分溶けている。
しばらくタンクを見つめていたカムイだが「やべっ」と再び逃げ始めた。
バシャァ!!!!
ほぼ全身がスケルトン状態になった小男が得体の知れない力で飛び上がってタンクを脱出した。
もう体を動かす筋肉も存在しないが、スケルトンはまだ追いかけてくる。
しかもまるでアルミホイルのように鉄板をぶち破り、針金のようにスチールパイプや配管を捻じ曲げて追ってくる。
ドーーーーン!
ドーーーーン!
逃げながら更に2発命中させるが勢いが止まる気配がない。
逃げるカムイの前にサブマシンガンを構えた警官隊が現れた。
「やばい!やばいぞお前ら逃げろ」
「?」
警官隊は意味が分からないという状況だが即座に後ろから追ってくるスケルトンに弾丸の嵐が注がれた。
スケルトンの全身に無数の綺麗な火花が発生するが、傷一つ付かず、のけぞりすらしない。
まったくもって通用していない。
「ぎゃああああああ!いてぇええ!!!!助けて!助けて!」
スケルトンが警官の一人をひっかくと警官の全身が一瞬で緑にそまり転げまわった。
警官はもがき苦しむと数秒の内に赤い蒸気となって骨だけが残された。
スケルトンは短距離選手のように警官隊の間を駆けまわる。
あちこちで叫び声が響き、警官隊は狂乱状態となった。
「通常の武器は通用しない! 死にたくなければ逃げろ!」
カムイは叫ぶが警官隊はそれどころではなく、聞く耳を持たない。
あっという間に壊滅し、部屋は骨で満たされた。
カムイも叫びながら応戦していたが、スケルトンを止めることは出来ずシルバーバレットを撃ち尽くした。
スケルトンが再びこちらにターゲットを定めて走り始めたため、大慌てで自分が廃工場内に入ってきた扉へ逃げる。
扉から出て廃工場の門を乗り越えるがスケルトンはまだ追跡してくる。
もう打つ手が無い。
さらに犠牲になった警官隊を見て分かったことだが、引っかかれただけで終わりである。
気を緩めて逃げ切れずに捕まれば骨となるだろう。
オペレータールームではカムイの専属オペレータのディスプレイの周囲に人があつまり凍りついていた。
趣味の悪いホラー映画のような光景がずっとブロードキャストされていたのだ。
カムイは車に飛び乗ると、一方通行のため、バックで急発進する。
目の前の廃工場の門にスケルトンが飛び乗ってこちらを見定め、そのまま飛び降りて追いかけてきた。
ウィイイイイィィン
狭い道なので車をバックさせるが、目の前でスケルトンが走りながら車に向かってくるのが見える。
一方通行の道路から飛び出すと同時に側面から別の車に追突された。
追突車両のエアバッグが二台の車の間に膨らんで衝撃を吸収、カムイの車のエアバッグも膨らみ前面視界を覆った。
直後にそれを破ってスケルトンが顔を出す。
2回ほどのスケルトンのスウィングを間一髪かわしたカムイは後ろの座席のスライドドアを開けて外に出て逃げた。
全力で走るものの、スケルトンは疲れを知らないのに比べ、カムイはさすがにへばってきた。
ぶっ倒れそうになりながら石の柱の横を通り抜けて車道に出ると、カムイの通り過ぎた背後の石の柱にスケルトンが飛び乗り、そのまま降りてまだカムイを追ってきた。
ざわめきしか聞こえなかったオペレータールームからオペレーターの声が響く。
「カムイさん!絶対にあの怪物を倒せるはずです!諦めないで下さい!」
「はぁっ……はぁっ……なんで……はぁっ……」
「あの怪物はたった今、黄泉の柱に登り、そこから落ちました。
数分以内に必ず何らかの形で死ぬはずです。あなたが倒せるはずなんです!
なにか心当たりはありませんか?通常の武器が効かない怨霊を倒せるもの…………」
カムイは思い出したように花壇の有る方に向かう。
花壇につっこみもがいていたが、スケルトンはもう2メートルくらいまで迫っていた。
スケルトンが大ジャンプを行い、カムイに跳びかかった。
その時、カムイは振り返って道士からもらった木製の中華剣、桃剣をスケルトンの肉が隙間につまったむき出しの肋骨中央に突き立てた。
彼がここに放り捨てたものがまだ残っていたのだ。
「ぐおおおおおおおおおおおぉぉ!きょおおおおおおおおお!」
スケルトンは叫び声を上げて胸部に桃剣が突き刺さったままよろよろと後退した。
おびただしい量の白い噴煙が吹き上がり周囲が霧につつまれている。
霧がはれたころ、動かなくなって干からびたスケルトンが倒れて残されていた。
カムイは恐る恐る桃剣を抜き、身構えるがもう完全に死んだようである。
カムイはその場に座り込んだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
しばらくすると周囲を応援の警察車両が取り囲む。
警官隊がサブマシンガンをスケルトンに向けて取り囲む。
だがスケルトンはもう二度と動くことは無かった。
バスタオルのようなものを羽織ったカノンがパトカーから現れて、カムイに駆け寄った。
「ガクポぉぉ! 死んだかと思ったじゃないの! 馬鹿ぁ!」
「はぁ……はぁ……悪かったよ。お前への思いやりが足りなかったな。」
「本当に反省してるの?!」
「あぁ……反省してる。」
カムイの正面にカノンが立ち、腕をカムイの首に回す。
至近距離で正面からカノンと見つめ合った。
彼女が自分を見透かすような目は、今までとは完全に別風景のようにカムイは感じた。
いや、気がついたのかも知れない。
カムイの唇は暖かく柔らかい物で塞がれた。
廃工場では多数の白骨死体、腐乱死体が発見された。
殺戮の歴史は想像以上に古かったようである。
犯人の所業がモンスターを産んだのか、その逆なのか誰も分からない。
後ほどこの怨霊はレブナントというコードネームがつけられた。
また、小男の逮捕からレブナント討伐までのバウンティハンターの側頭部のカメラ映像は誰かがマスコミに流出させ、日本全土で連日報道されることとなった。
死体という物質に憑依していたため、録画映像に記録が残ったのだ。
これを機に怨霊の存在が公式に認められ、バウンティハンターには討伐した怨霊のランクに応じて報奨金が支払われるシステムが構築された。
レブナントはS級の怨霊として記録された。
今もなお隠蔽され続ける国家の威信に最初に泥を塗った怨霊はコードネーム「ウェンディゴ」とつけられB級の扱いとなった。
また、録画には残らない怨霊の討伐見届人として生身の人間のウォッチャーという役職が常設される事が決定した。
その後、怨霊には人々の信仰心、オカルトの力が効力を発揮することが確認された。
人間一人の思いではなく、大勢が信じるオカルト(虚構と妄想)がその信者の多さに応じて効力を発揮する。
その為、この事件以後の裏のマーケットでは、アフリカのシャーマンが作成したナイフ、チベットの僧侶が手がけたショットガン、
ブードゥーの魔法の印章が記載されて気味の悪い装飾が付いたカイザーナックルといったようなオカルトグッズが取引商品として出現し始める。
その何割かはまったく効果の無いインチキ商品であったが、「本物」もまた流通するようになった。
怨霊を専門とするバウンティハンターはそれらの商品を買い集め、「本物」の値段は高騰していった。
怨霊を倒すには、たとえB級、C級の怨霊と言えども霊力、妖力、オカルトパワーの助け無しでは最新兵器ですら手も足も出ないのである。
なお、カノンは今回の事件を被害者の立場で体感することにより、カムイが今までどういう相手を捕え討伐し、どういう状況の人間を救ってきたのか理解した。
その結果カムイの仕事への口出しは無くなった。
カムイも少しだけ変わった。
21世紀半ばに発生を始めた怨霊は着実に出現頻度も凶悪さも増して行き、この時から数年後には百鬼夜行の状態となるが、その根本原因が明らかになるのも、解決が行われるのももっと先の話である。
この先もコードネーム、「牛鬼」「ブラックキャップ」といったS級、特S級の怨霊を討伐し、さらに比較にならない存在に対抗する人類唯一の存在となる宿命を彼はまだ知らない。
MMD用モデルとして作成中の未来カーに付属させるつもりの小説です。
http://seiga.nicovideo.jp/seiga/im5224106
モデルのほうが完成する見込みがまだ全然ない・・・。