勇者に転職
「お前こそ最強の勇者!我らの希望の光!」
クレイジーな世界のクレイジーな仙人は、高らかにそう叫んだ。どこぞのRPGに出てきそうな風貌である。白髪に白い髭を生やし、奇妙な杖を太陽にかざしている。かざして何の意味があるのか俺には分からない。いや、分かりたくもない。見た目はまともそうだが、中身は変人だと出会って5秒で思ったからだ。
「おぉぉぉっ!」
クレイジーな村人達も、無駄にキラキラと目を輝かせながら拳を上げている。俺たちの勝利は間違いない!この世界は救われる!そんな希望にみち溢れた目だ。俺には、どうツッコミを入れたら良いのか…もはや分からない。
ついさっき死んだ俺は、気付いた時には何故かクレイジーなこの世界の最強勇者となっていた。「何これ…。」勝手に話を進める彼らにツッコミ過ぎて疲れた俺の声が届くことはなかった。
何故こんなことになったのか。
話は三時間前にさかのぼる。
───
俺は、鈴木空男26歳。平凡なサラリーマンで、平凡な毎日を送っていた。彼女が居たのは遠い昔。休日はネットサーフィン。食事はコンビニ弁当。頭も容姿も平凡。何をしても平凡、平凡、平凡。そんな俺が何故勇者に転職をしたのかというと、それは本当に何の前触れもなく訪れたのである。
仕事の帰り道、俺はいつものように家の近所にあるコンビニに立ち寄り暗い夜道を歩いていた。明日は休日だからと夕飯の他に酒とつまみも買った。明日は何をしようかと考えながら歩いていたところ、遠くから雷の音がすることに気が付いた。夕立でも来るのだろうか。そういえば今日は月も星も見えない。分厚い雲で隠れているようだ。心なしか雷の音が近付いている気がして、早く帰ろうと歩調を早めた。ふと先を見ると、道のど真ん中に白い猫がうずくまっている。怪我をしているのか、白猫が動く気配はない。俺はそんなに猫が特別好きというわけではないが、怪我をしているのを見てみぬふりができる男でもない。雨も降ってきそうだし手当てぐらいなら、と俺は白い猫のもとに走った。白い猫に夢中で、俺は気が付かなかった。前方から猛スピードで、こちらに向かってきていたトラックに。気が付いた時にはトラックのライトが目の前にあり、俺は白い猫を抱き締めたまま宙を舞っていた。先程まで遠くで聞こえていた雷が、俺のすぐそばで鳴った。俺はトラックに轢かれ、雷に打たれたのだった。こうして平凡な毎日を送っていた平凡な俺は26歳で、呆気なくこの世を去ったのだった。
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