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【完結済】異世界薬局(EP4)/【連載中】世界薬局(EP4.1)  作者: 高山 理図
Chapitre 6 神術使いと呪術使い  Arcane et interdit (1147年)
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6章12話 霊薬の調合とド・メディシス家の秘密

「じゃ、霊薬の原料調達だ。薬品庫に行くぞ」


 ブランシュをロッテのいる客間から追いだし、パッレが禁書を片手に息まいている。

 エレンは客間のドアの外を気にしていた。外からは「パッレ様! ここを開けてください!」「禁書をお返しください! 旦那様にお叱りを受けます!」などと聞こえてくる。


「外にはド・メディシス家の使用人が集まっているみたいよ、彼らを突っ切って薬品庫まで行かせてもらえるかしら」

「関係あるか、こっちから出ればいいからな。はーはっは! 天才すぎて困るぜ」


 パッレは客室の一角に歩み寄り、壁に手を当て、何やら発動詠唱を小声で唱えた。

 すると、壁に神術陣が現れ、穴があき、隣の部屋への通路が現れたのだった。


「秘密扉⁉」

「うちの全室は秘密通路につながってるんだぜ。侵入者や使用人の反乱対策にな。出ようと思えばそれを通って外まで出られる」


 エレンには初耳だった。比較的最近建てられたボヌフォワ家には、そのようなものはない。

 外観からうかがえるド・メディシス家は築数百年の古い屋敷で、伝統と格式を重んじた造りになっていた。帝都で戦争が起こっていたころに建造された屋敷には、有事の備えもあったのだろうか。と、エレンは驚愕する。


「それ、お屋敷の秘密なんて私に教えてくれてよかった情報? ファルマ君からも聞いたことなかったわよ?」

「知ったってお前には開錠できんからな。それに、腐れ縁でも一緒に禁を犯す仲だ、黙っていられるだろ?」

「そうね」

「世界最古の薬師の系譜をひく、わがド・メディシス家へようこそ!」


 パッレは声のトーンを変え、大仰な動作と芝居がかった調子で片手を拡げると、パッレはエレンを秘密扉にいざなう。エレンがおそるおそる踏み込んだ各部屋の壁裏を縫う秘密通路の奥には、ド・メディシス家の薬庫があった。


「錠がないわ」

「そりゃないさ。この中にある薬は、国宝級の秘薬や神秘原薬ばかりだからな」


 通常の薬庫とは明らかに形状の異なる厳重な鋼鉄の扉で、鍵が見当たらない。


「こうやって開けるのさ」


 パッレは鋼鉄扉に杖を押し付けて、エレンの聞きなれない発動詠唱を行った。彼の詠唱に反応するかのように扉に窪みができ、窪みを撫でると扉は開くようになった。パッレはエレンを招き入れながら薬品庫内部へと踏み入る。内部は宝物庫のような堅牢なしつらえで、壁面に据え付けられた棚には、整然と、値の張りそうな装飾の薬瓶が並んでいた。

 ブリュノの秘蔵するド・メディシス家の薬品庫には、神術薬学での調合に必要な薬の原料が、ありえないほどの品揃えでそろっていた。神秘原薬というのは、守護神の秘蹟、伝説の原料や晶石などの希少な原料で、ときに守護神殿や大神殿が所蔵する秘宝の一部でもあって、いくら金を積んで求めようと、表の流通経路には出回らない。


「信じられない、何百種類あるの? お師匠様がこんなに神秘原薬を所蔵しておられたなんて」

「父上も宮廷薬師、表向きには言えないが、不老不死薬を含む霊薬や神薬の調合を試みたことだってあるのさ」

「知らなかったわ。そういうことを考えるのはトラモイユ元尊爵だけかと思ってた」

「あ? トラモイユ尊爵がなんだって?」

「いいえ、こっちのこと」

「父上は禁術を扱うことの代償の大きさを思い知ってからは、この秘薬庫はほぼ封印していると言っていた。今は所蔵しているだけさ」

「何があったの?」


 パッレは棚の端から原薬のラベルをたどって確認しつつ、エレンに説明する。


「あー実は俺の下、ファルマの上には、死産した妹がいるんだ。それが父上が禁術から手をひいた時期と重なるんだよ。父上に何があったのかは、俺は詮索をしていない。ただの死産なのかもしれないが、あの頃から父上は変わってしまって、どうも引っかかるんだよな」

「変わったってどういうこと?」

「薬草園の拡大を始めた。舞踏神術を駆使し始めたのもそのころだ、禁術から手を引いて、そっちに重きをおくようになったんだろ」

「そんな話、知らなかった……」


 エレンの知る師としてのブリュノは、帝国で生育可能なハーブなどを原薬とする、安全で汎用性の高い神術での神術薬の調合をメインとし、取り扱いの危険な神秘原薬での調合を禁じていた。

 そして、ブリュノにしかできないことといえば、舞踏神術という風変わりな神術だ。

 こればかりは、薬神守護神の薬師にしかできないということで、エレンが教わったことはない。


「パッレ君も舞踏神術できるの?」

「勿論できるぜ? 使う場面はほぼないけどな。さ、時間がない、秘密扉のことは母上も知っているから踏み入られるかもしれん。して、霊薬調合に必要な神秘原薬は、この棚にあるはずだ。”封印開錠”」


 パッレは杖と神術で、はめ殺しになっている薬棚のガラスを取りのぞき、次々と神秘原薬の瓶を取ってはエレンに手渡す。


「っていうか、この薬のラベルの言語何?」


 いわゆるブリュノの一番弟子で優等生であったエレンは、古語といわれるものの一通り以上の教養は持っている。そのエレンの知識を思い起こしても、見たことのない言語であった。


「読めないように、ド・メディシス家に古くから伝わる異語ってやつで書かれているからな。俺は父上に叩き込まれているから読めるぞ」

「ファルマ君も読めるの?」

「あいつは教えられていない。一子相伝ってやつでな、父上と俺にしか読めんよ」


 それを聞いたエレンは、ブリュノが弟子に対し、置かれた立場にふさわしい薬学教育を施してきたのだと知る。ブリュノはファルマに、より汎用的な神術薬学を教えてきた。エレンもそうだ。

 だが、パッレには、神秘に特化した薬学を学ばせていたのだ。


「パッレ君だけお師匠様に教わっていることもたくさんあるのね」

「まあ、この屋敷の次の当主は俺だからな。父上に何かがあったとき代がわりできるよう、ファルマが知らないことも、屋敷の隅々まで知っているさ。この屋敷にいくつもある、開かずの間の開錠詠唱もな。俺があのとき白血病で死んだら、父上はファルマに教えたんだろうがな」

「そのわりには、禁書の読み方は知らなかったみたいだけど」

「蔵書の個別の仕掛けについてはしらねーよ、現在進行形で引き継いでいることも色々あってな」


 宮廷薬師は、主君と命運をともにする。

 いつ何があっても、すみやかに当主を引き継ぐように。

 そう聞かされてきたパッレは、いつもブリュノの後を継げるように備えてきたという。


「君も色んな重荷を背負ってきたんだ」

「まーな! 恐れ入ったか、ははっ!」

「このお屋敷には多くの秘密があるのね。ファルマ君にそういうことを教えて共有しておかなくてもいいの?」

「薬神の力を持つファルマがこれらの原料を使えば、神薬の調合も夢ではないかもな」


 神術を使う薬学で最上級の薬、その製法すら明らかにされていないエリクシールというものが存在する。

 それは万能薬と言われ、どんな病も癒す神薬とされてきた。


「神薬は薬神にしか作れないし、そんな……あ。ファルマ君になら」


 薬神紋を二つも身に宿すファルマなら薬神が造ったといわれる「神薬」の調合すら容易なのでは、エレンも確かにそう思った。


「神薬も夢のある話だが、ファルマはやらんだろうな」


 パッレはそういうが、エレンも同意できた。


「使えばなくなる神秘原薬と、術師に大きな代償を要求する神術薬学の時代は終わったんだよ。限られた人間にしか扱えず、誰かを助けるために、誰かの命を犠牲にする薬学じゃ未来はない。父上も安全な薬学の普及を目指していたし、俺も禁術の殆どは習っていない。ファルマが薬神の天啓を地上に伝えてくれた。新たな薬学は、ここにある神秘よりよほど優れていると俺は思うぜ」


 エレンと同じくパッレも、神術薬学と伝統薬学と現代薬学、大きな葛藤のハザマで生きているようだった。


「ただまあ、残念ながら悪霊に対してはファルマの薬学は無力だ。神術薬学はまだ、捨て去るわけにはいかないのかもしれないな」


 パッレは引き続き暗号じみた古代語のラベルを読み解きながら、原薬を探し、エレンは容量と薬の保管状態のチェックをする。


「全部使えそう、さすがお師匠様は管理がいいわね」

「最適の状態で長年保管できるよう、父上が神術陣を敷いているからな。おっと……紫晶石の在庫が切れてるな」

「それは”守護神の聖体”か”聖人の遺灰”で代用できるはずだけど」


 エレンが禁書を読みながら困惑したような顔をする。なければ、霊薬の調合の話は振り出しにもどる。


「それらしきものがあったわね」


 エレンの眼鏡が光った。



「なーんでファルマの髪が”守護神の聖体”として使えるんだろうなぁ?」

「ファルマ君に聞いても”知らないよ”って言うと思うわ」

「意外と毛が落ちてないな。シャルロットのやつ、ったく掃除が行き届きすぎだ」


 ロッテの仕事のおかげで、ファルマの寝室に落ちていた毛を探すのに時間がかかったが、それらしき金髪を三本ほど見つけた。それを、不足している神秘原薬の代わりに細かく切ってるつぼに入れると、きちんと”守護神の聖体”として反応しそうだった。


「あいつが散髪したら全部とっとかないとな」

「歩く神秘原薬ね」


 エレンとパッレは水の神術で身を清め、その後、聖別された鉱石、緋晶石、濾過された聖水を凝結させ、宙に浮かせて維持したまま氷の結晶の中へと神力を封じ込めてゆく。

 これが神術核となるのだ。

 部屋の中央に晶石でできた火打石で神術の炎をくべ、炉の上にるつぼをかける。

 パッレがるつぼを中心に客間の床に場を浄化するための神術陣を杖で描き、その上にロッテを横たえ、ロッテの体に神力を通すための神術路を作る。


「材料はそろった。準備も万端。調合を始めるわよ。赤の霊薬バテラスールの導入詠唱を」

「唱えるぞ! 失敗は許されん、確実に一語ずついくぞ」


 二人の神術使いは視線を合わせ、声が重なる。


『“イ・アパレヴィト・イウス・ルーヴルム・レイト・イムト……”』

 

 霊薬の調合は、原料が希少で術者への要件が厳しいほかは、ほかの薬の調合と比較すると手順はシンプルで、調合にあまり時間もかからない。

 聖水を溶媒に、触媒である神術核へ神力をそそぎながら希少な神術原薬の数々を煮込んで完全に溶解する。

 そこに、術者の血を注ぎ、それを濾して精製してゆくのだ。

 長詠唱と、水の神術使い二人分の神力によって、神秘原薬が溶媒の中へと溶解しはじめた。

 「赤の霊薬」の名にたがわず、るつぼに赤い輝きがほとばしる。

 もう、術が成功しようと失敗しようと、後戻りはできない。


「寿命ってどうやって取られるのかしら?」

「それは、霊薬の呪いの一種だろ」

「もし、呪い以外の何かが”物理的に”介在しているなら、呪いは解けるんじゃない?」

 

 呪いだと思われていたものが、ファルマの薬学で解決できるかもしれない。エレンはその可能性に思い至った。


「つまり、この調合において、術者は何かに感染するってことよ」

「なるほど。感染しそうな神秘原薬を分析すればいいかもしれないな。もうすぐ完全融解だ。血を注ぐぞ」


「そうね。謎解きは、調合のあとにしましょう」

 

 パッレの呼びかけに、エレンが空色の瞳を眇め表情を締める。準備しておいた晶石刃のナイフを指先に当て、一気に傷をつけ出血させた。


「何やってる、そのナイフを早くよこせ!」

「この禁術に血をささげた人が残り寿命が半分とられると書いてある、失敗すれば呪死だわ」

「そうだ! ナイフを貸せ、完全融解の機を逃すだろ! 失敗して呪死したいのか!」


 パッレはエレンを怒鳴りつける。

 

「霊薬に血を捧げるのは私だけでやる。薬神守護神の薬師は世界にも何人もいないのは周知のとおり。ありふれた水神守護神の私にはその資質がなくても、パッレ君になら使える神術もたくさんあるの。ド・メディシス家の秘蹟を継ぐ君に呪いをかけるわけにいかないわ!」

「だからお前はバカだというのだ! 二人揃わないと条件に合致しねーだろ!」


 パッレはエレンの持つナイフの刃を握りしめ血を流すと、そのままエレンの手首をとり、二人の手をるつぼの中へと浸した。


「ここで傷口から感染成立ってわけ……でも、なにも君まで」

「悲観的になるこたねえぜ。二人でやれば、取られる余命も四分の一になるかもしれねえさ」


 パッレの言葉は、エレンには希望的観測のように聞こえた。


「ロッテちゃんも感染するのかしら」

「蒸留するからシャルロットには感染せんだろう」


 二人の血を受けた霊薬は、鮮やかな赤透明へと変質した。パッレが杖の先でそれをかき混ぜると、励起するように赤い光が飛び出し、波紋を作った。

 それを火からおろし、慎重に濾して蒸留し、最後に神力を加えて仕上げる。二人は気合を入れて唱えた。


『“バテラスール・メディチナエ”』


片手ですくえるほどの量であるが、確かに精製されたバテラスールは、きらきらと粘度を増して赤く輝き、はちみつのようなとろみを帯びていた。


「まだ……二人とも生きているな。即死は回避、霊薬調合に成功はしたようだ」


 失敗すればすぐに呪死するという霊薬の調合、しかも術者の条件が合致していない状態での成功に、エレンは感動をかみしめる。


「完成したなんて……信じられない」

「早くシャルロットに使え。量がない、全部だ」

「わかったわ!」


エレンは薬へらで霊薬をたっぷりと取って練り合わせ、神術陣の上に横たわるロッテの額から塗布してゆく。

体の正中をなぞり、心臓の真上を滑らせ、一直線に臍まで引き下ろすと、ロッテの体を通じ神術回路に神術が連絡される。暫くすると、霊薬はロッテの体へと吸い込まれていった。

次第に彼女の膚が赤みを取り戻す。

エレンとパッレは顔を見合わせて、ほっとしたように頷いた。


「呼吸が深くなってきたわ。どうかしら」


 パッレもやれやれと床に腰を下ろしながら、ロッテのバイタルを確認する。


「脈拍も……体温も上がってきているようだ。あとは目を覚ますのを待つだけだ。シャルロットの魂を引き戻したようだぜ」

「うっすらと目を開けたわ……また閉じたけど、あとは意識が戻るのをまつばかりね」


 二人は極限の集中から解放され、束の間の笑顔を見せた。


「あなたたち! ここで何をしたのです!」


 高らかな声とともにベアトリスがドアのバリケードを神術で破って客室に踏み込んできた。文字通り、部屋に風穴があく。


「ひょえー……は、母上? いかがなさいましたか」


 パッレのいうように秘密通路を通って客室に侵入できるのだが、それはすっかり忘れていたらしい。ベアトリスは薬学には詳しくないが、ただならぬ気配を察知したようだ。彼女は悲鳴に近い声を出した。


「まさか、禁術を使ったの⁉」

「シャルロットを助けるには霊薬を調合するしかなかったのです」


 ベアトリスの勘のよさに驚いたように、パッレが釈明する。


「まあ! なんて愚かなこと! 代償に何をささげたの⁉」

「あなたに迷惑をかけるものではないですよ、母上。この通り、私もエレオノールも無事です」

「ああ、奥様、おぼっちゃま、ボヌフォワ様、どうお詫びしてよいか……」


 ロッテのために何か大変なことをしでかしたらしいと知ったロッテの母のカトリーヌが、部屋の外で泣き崩れる。娘の命の危機に瀕した母親のカトリーヌを慮ったのか、ベアトリスは諦念を込めたようにパッレとエレンの顔を直視して告げた。


「もう……これっきりにしなさい。禁術は恐ろしい術よ。無事でよかったわ」

「わかりました、申し訳ありません」


 パッレとエレンが反省の弁を述べる。

 ベアトリスは深い悲しみを押し殺した顔をしていたが、はっとしたように早口に告げる。


「ここを出なさい。神殿が力をうしなったために悪霊が街にあふれ出てきて、帝都じゅうの神術使いの神術でもおさえきれなくなっているわ。皇帝陛下がご不在の折だけど、国務卿令でランブエ市への一時避難令が帝都全域に発令されたようよ。それと同時に、ハバリトゥールという薬が帝国から主要な避難所に配給されているわ、それを飲んで、お前たちは早く避難なさい」

「ハバリトゥールですか⁉」


 パッレが驚いて思わず口走る。ベアトリスが持ってきた小瓶に入った溶液は、緑色に輝いていた。これをわずかに飲めば、数日間悪霊をよせつけないという。

 飲む量が適正でないと効果はなく、一度きりしか使えない霊薬だ。

 ベアトリスはその場でパッレとエレンに霊薬を飲ませた。二人は否応なくそれを受け入れる。


「苦いわね」

「霊薬だからな。父上の調合によるものだろう、霊薬を調合できる薬師はそうそう帝都にいない」

「それにしても、お師匠様も禁術系列を使ったということね」

「それだけ父上も追いつめられているということだな」

「ハバリトゥールの調合には、何人かの高位神術使いの神脈が枯渇するまで神力を使ったでしょうね」

「だろうな」


 神力を奪われた貴族は、平民に落ちる。神術使いとしての死の代償をもって調合できる霊薬だ。

 普段のブリュノから察すると、自らはともかく他者を犠牲にしてまで禁術に手を染めるというのは、エレンには想像だにできなかった。パッレのいうよう、状況は最悪といってよさそうだ。


「馬車の準備をしてあります。屋敷の使用人も、屋敷に逃げ込んできた周囲の平民も避難をするように準備させています、シャルロットを連れて、お前も早く支度をなさい!」

「母上はどうなさるのですか?」

「私はド・メディシスの当主の妻です。主人が戻るまで屋敷を守るのがつとめよ、霊薬も飲みましたし、問題ありません」

「母上を残して避難できるわけないでしょう。私を子供とみくびらないでほしい、神術と神力量だけなら、あなたより私のほうが神術使いとしての腕は上だ」


 パッレはベアトリスに苦言を呈した。


「いいえお前とブランシュには逃げてもらいます。お前こそ私を見くびりすぎです、私は悪霊がひくまで、この屋敷を守り通してみせる。当主はサン・フルーヴ帝国薬学校の教員とともに帝都に最後まで残るそうよ、ならば私は、ここを守る。行きなさい、お前の神術はブランシュと屋敷の者を守るために使いなさい」

「あーもー母上、そう意固地にならずとも……!」


 ベアトリスの決意は固いようだった。

 パッレが対処に困っていると、エレンがふらりと客間を出ていこうとした。


「私、行きますね。用事を思い出しました」

「ボヌフォワ先生、あなたも当家とともに避難をしてください。ボヌフォワ家もそうしているはず、ご家族もすでに避難を始めていると思うわ、ランブエ市で落ち合えばよろしくてよ」


 ベアトリスがエレンを呼び止める。しかしエレンは振り返り、困ったように告げたのだった。


「ごめんなさい」

「エレオノール、どこへ行く」

「薬局よ」

「何だってこんなときに。営業もできるわけがないだろう!」

「守らなければならないものがあるの。あなたはロッテちゃんとブランシュちゃんたちをよろしく」


 今、異世界薬局は悪霊憑きの襲撃を受けたあと、ドアが破壊されているために戸締りが完璧ではない。今なら、薬局内に悪霊が容易に入り込める。もっとも大切なのは店舗内の販売品ではなく、ファルマが「二度と手にはいらない」と言っていた試薬類。そして、これまで彼が大切に保管してきた薬局のあゆみ、患者の命を預かるカルテと薬歴だ。


 これらが失われれば、ファルマがこれまでしてきたこと、これからしようとしていることができなくなる。彼が戻るまで、命に代えても死守しなければならない。


「それぞれの持ち場が決まったわね。武運を」

「待てエレオノール!」

「また、笑顔で再会できると信じているわ」


 エレンは気丈にほほ笑むと、パッレの制止を振り切って走り去っていった。


6/23現在、コミックウォーカー様とニコニコ静画様で異世界薬局コミカライズ7話「異世界薬局の創業」掲載中です。

◆コミックウォーカー様

http://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_MF00000031010000_68/

◆ニコニコ静画様

http://seiga.nicovideo.jp/comic/24157

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