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【完結済】異世界薬局(EP4)/【連載中】世界薬局(EP4.1)  作者: 高山 理図
Chapitre 6 神術使いと呪術使い  Arcane et interdit (1147年)
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6章5話 ロッテの勘違いと肥満症・再び神聖国へ

「えー。晴れて出禁をくらいましたことをここにお知らせします」

「はい? どこの?」


 ファルマの告白に、エレンは半ば分かっているような顔をしていたが念のため尋ねてみる。


「できんってなんですか?」


 ロッテも無邪気に尋ねる。こちらは本気で事情が分かっていない。


「学生に指導した結果、総長命令で学内神術闘技場に出入り禁止になりました。以後、入場しようものなら即座にたたき出されます」


 ファルマは儚げな笑顔で自白した。


「オーそれはおもしろいデスネ。これから店主サン、神術授業できなくなりましたか」


 ロジェがそう言って噴き出した。セルストが、「今のは面白くないのよ!」と言って、別室へとロジェを連行していった。使い走りから戻ってきたトムは、「今日は帰ります」と、手をぴらぴら振って帰って行った。空気の読める少年である。


「やっちゃわないでって言ったわよね……ファルマ君」


 エレンの眼鏡がずり落ちるのはいつものことだ。ファルマがエレンの代打で行った神術実習は、学生からは好評を博したものの、ブリュノから総長室に呼び出され、上述の件をきつく申し渡された。個人の資質を大幅に底上げしてしまうような神術は大きなトラブルを生じるし、ファルマの実習を受けられなかった学生との間の不公平感も出てくる。

 今後はファルマ自身の神術戦闘は勿論のこと、学生に稽古をつけるのもナシ、とのことだ。

 授業では神術実習を受け持たないと、誓約書を書かされた。始末書については、言うに及ばず。


「でも、学外でのことについては、特に何も言われてないな」

「あなたって人は……とんだ代打講師ね……」


 すっかり肩の調子も戻ったエレンが何か言いかけると、


「お母さん!?」


 ロッテが薬局の入り口を見て驚いたように叫んだ。カトリーヌ・ソレル。ロッテの母親が異世界薬局に来店したのだ。カトリーヌが薬局を訪れたのは、意外にもこれが初めてだった。

 彼女は屋敷から薬局まで、徒歩でやってきたらしい。


「カトリーヌさん、いらっしゃい。何か用?」

「あら、ロッテちゃんのお母さん、久しぶり」


 ファルマとエレンも朗らかに声をかける。

 エレンはド・メディシス家に昔から家庭教師として出入りしているので、カトリーヌとも馴染みだ。

 バイトの薬師たちは、初めましてと挨拶をした。


「坊ちゃま、ごきげんよう。薬局の皆様、ごきげんよう。今日はお休みをいただいておりますので、立ち寄りましたの」

「どうしたの、お母さん。薬局を見に来た? そっかー、見たことなかったもんね」

「ロッテ、カトリーヌさんに店舗を案内してあげてよ」

 ファルマが気を利かせる。

 

「はいっ、ぐるっと行ってきます! 行こ、お母さん!」


 ファルマの言葉を受けてロッテがカトリーヌのもとに駆け寄り、薬局の内部の案内をはじめた。カトリーヌは面食らったような顔をしていたが、おずおずとロッテについていく。


「ファルマ様。母は、薬局に見学に来たんじゃなくて薬を買いにきたんですってー」 


 暫くして案内も終わったあと、ロッテがカトリーヌを連れてパタパタと階段から降りてきた。

 カトリーヌは客がごったがえす薬局内では用件を言いにくいようだったので、デリケートな話かもしれないと思ったファルマは、話を聞くために一階をエレンに任せて二階の診察室に移動した。

 ロッテも心配そうについてきて、診察室に滑り込んだ。


「ここなら誰も来ないよ。どんな薬を探しにきたの?」


 ファルマが話を促すと、カトリーヌは恥ずかしそうに俯いた。


「坊っちゃま、食欲がなくなる薬、なんてないでしょうか」

「何に使うの?」

「はい……最近、肥えてしまいまして、お仕着せの服がきつくなってしまったのです。使用人の分際で、体が大きくなってしまうのはご旦那様にも申し訳なく、お恥ずかしいと思いまして……それに、他の者にも陰で笑われているのではないかと」


 この世界で、肥満になっている人間は珍しい。肥満は貴族の富と飽食のステータスシンボルといってよく、貴族の肥満に関しては神術が使えている限り、そこまで周囲に咎められることはないし、神術訓練をするので適度に運動にはなる。

 だが平民で太っている者は珍しく、怠け者に見えるのではないかと気にし始めたようだった。カトリーヌは、いつも甲斐甲斐しく働いている仕事のできる使用人、という印象をファルマは懐いていたが。


「お母さん……そんなに気にしていたなんて」


 隣で話を聞いていたロッテは、ショックだといわんばかりの表情になった。


「私のせいで。私がたくさん甘いもの持って帰ってたからー……ごめん、お母さんのことも考えなくて」

「いいえ、節操なく豚のように食べていた私が悪いの」


 カトリーヌは羞恥のあまり消え入りそうな声を出した。


「んー、別にそんな風に思いつめなくてもいいと思うんだけど。ちょっと頑張ればもとに戻ると思うしさ」


 ファルマはあまりにカトリーヌが深刻そうなので、一言、励ましの言葉を添える。


「ちょっとの努力、で痩せるのでしょうか」

「ちょっとずつの努力、かな。急激にと考えなければいいよ」


 薬谷だった前世も含めて生まれてこのかた肥満とは縁のなかった、というかどちらかというと瘦せていた、というか気を抜くと体重がどんどん減ってゆくタイプだったファルマは、肥えていることの肩身の狭さを斟酌できなかったが、自己申告の通り、確かにカトリーヌは肥えていた。

 去年あたりはまだスリムだったのだが、ここ一年ほどで顕著に大きくなったのだ。

 ちょこまかと雑用をこなし、活動量が多いロッテと違い、カトリーヌは上級使用人なのでド・メディシス家の屋敷の中での軽作業労働が多い。それで、運動不足になる。


「夕餐のあと、シャルロットが買って帰るお菓子がおいしくて……つい……」


 皆まで言わずとも明らかに、原因はお菓子の食べ過ぎ。

 ロッテが毎日のように買ってくるので、それのおすそ分けを食べていたのだという。


「体格指数を出してみよっか。それを見て、減量が必要かどうか考えよう」


 客観的な評価が必要だ。ファルマは身長と体重から、カトリーヌの体格指数(BMI)と体重を算出し、カトリーヌ自身に確認してもらう。カトリーヌのBMIは30、適正体重より15キログラムも多かった。それを、横でロッテも熱心に聞き入って見ていた。カトリーヌは審判の時を待つ。


「どうです? 私、お豚さんでしょうか」

「いや豚は自虐しすぎだよ。深刻な肥満ではないけど、肥満の部類に入るね。減量しよう」


 メタボリックシンドロームの基準は日米とWHOで基準も様々であるが、内臓脂肪型肥満に加え、高血糖、高血圧、脂質異常症のうち二つを発症しているものとされる。


「ちょっと失礼」


 血糖値などを測る器具がないのでファルマが診眼で診断をつけると、カトリーヌは内臓脂肪の蓄積はあるものの、まだどの数値も正常範囲内にとどまっていると思われた。


「坊ちゃま、その、目に手を当てているのは一体何をされているのです? 以前から気になっておりました」


 ファルマの診眼発動を間近で見たカトリーヌが、そのしぐさを不思議そうに見ている。俺の癖だから気にしなくていいよと弁明しつつ、ファルマは更に服の上からカトリーヌの腹部に触れてみたが、皮下脂肪が分厚い。内臓脂肪型ではなさそうだ。腹囲をはかってみたが、基準の腹囲を超えてはいない。

 メタボではないが、肥満であるのは間違いないようだ。


「どうやって減量すればよいのでしょう。薬がありますの?」


 薬局にやってきたカトリーヌは、薬だのみのようだ。お手軽に薬を飲めば、みるみる痩せていくのではと思っているらしい。


「まだ薬は使わなくていいかな、食欲抑制剤や脂肪吸収剤もないことはないけど」

「では、断食すればよいでしょうか」

「断食で体が飢餓状態になれば筋肉がまず落ちて、そのあと脂肪が落ちるけど、落ちにくい。さらに、骨を作るカルシウムが不足すると骨が溶かすので骨が脆くなり、骨折しやすくもなってしまうんだ。その他にも色々と断食では弊害があるから、食事制限は少しにして、主に運動をしようか。カトリーヌさんに合う運動……例えば、散歩かな」

「ええっ、運動で痩せるのですか」


 断食で痩せるのはまだしも、運動をして痩せるなどという概念は、カトリーヌには理解しがたいものだと彼女は言う。ファルマからすると当然でも、敢えて痩せようとする者がこの世界にいないので、信じられないらしい。


「でも、散歩をして遊んでいては、お屋敷の仕事に差支えがあります。お仕事中に遊んではいられません」

「今、カトリーヌさん、買い出しをシャルロットさんと交代で行ってるよね。徒歩で少し遠い店に買い出しなどいいかも」

「ああ、それでしたら自然に取り入れられます!」

「その為には、歩きやすい足元をね」


 ファルマは彼女に、運動靴を仕立ててもらうよう促した。

 ド・メディシス家では専門の靴職人を雇っているので、その職人に注文するといい、と伝えて。

 カトリーヌは期待半分、不安半分といった様子で帰って行った。


「ありがとうございました、ファルマ様。私、お母さんに悪いことしてたみたいです。反省してます」


 ロッテはファルマに、小声で声をかける。

 母が喜ぶかと思って、たくさん珍しくて甘いお土産を持って帰っていたのだと言った。

 親を喜ばせていたつもりが、もう少しで彼女の健康を損なうところだった、とロッテは気落ちする。


「もしかして、薬局の職員の方や宮廷工房の方たちも、おすそわけに迷惑していたのでは……ファルマ様もご迷惑でしたら仰ってくださいね」


 ロッテからのおすそ分けは多少、負担に感じることもあるが、ファルマは節制して自己管理していた。

 それに、彼の体型は驚くほど変わらなかった。


「節度があれば大丈夫だよ。ロッテもだけど、甘いもののとりすぎは気を付けてね。ロッテほど若くても、甘いものを食べ過ぎたら病気になるから」


 ファルマはそれとなくロッテをたしなめた。


「はいっ、私もおやつは控え気味にして、お母さんに付き添って、時々一緒に歩くことにします」


 ロッテは気を取り直して、元気に答えたのだった。


 カトリーヌが手ぶらで屋敷へ帰って行ったあと、ロッテは診察室の掃除をしていた。

 薬局の一階は掃除バイトが来るのだが、二階以降はロッテが掃除係を請け負っている。

 彼女の掃除の腕前は見事なものだった。明るく歌を口ずさみながら、手際よく床をピカピカにしてゆく。体重計もしっかり磨いて、汚れ一つなく、細かい塵も見逃さない。


「そういえば、私も少しスカートがきつくなった気が」


 ロッテはふと気になったのか、靴を脱いでそっと診察室の体重計に乗ってみた。ここ最近、体重計に乗っていなかったのだ。母はああだったが、自分はどうだろう。ふと、そんな心配になったようだ。


「ひゃあっ。た、大変!」


 ロッテはファルマの言っていた方法で、カトリーヌの時と同じように体格指数を計算してみた。


「きゃーっ!」

「どうしたの? ロッテちゃん」


 悲鳴が聞こえたので、階下からエレンが声をかける。ロッテは何でもないと言ってごまかした。


 その日の昼、ロッテの食事量は明らかに普段より控えめになっていた。

 天変地異が起こったのかといわんばかりに、エレンが珍しそうに目を大きくしている。


「ロッテちゃん、食後のお菓子食べないの? 食事も少なくなってるけど。お菓子はともかく、食事はしっかり食べないと、倒れちゃうわよ」


 エレンが心配そうに尋ねる。


「今日は欲しくない気分です」


 ロッテはどこか気まずそうに、小声でつぶやいた。


(カトリーヌさんのことで、ロッテもこたえたのかな)


 もじもじと答えるロッテに、ファルマはそんな印象を持った。


 後日、カトリーヌはファルマの提案通りに食事制限を守り、徒歩で遠くまで買い出しに行くようになった。それが功を奏してか、カトリーヌの体重は劇的に減り始めた。少し心がけるだけで、成果が表れるものだ。

 カトリーヌはますますダイエットに乗り気になり、さらに運動負荷をあげているとのことだ。

 しかしそのころからロッテも早起きをして、屋敷の敷地内をぐるぐるとウォーキングするようになった。 

 朝薄暗いうちにこっそり出かけて、起床時間になるといつもと変わらぬ様子でファルマの部屋に起こしに来るので、ロッテ的には誰にも秘密の朝の日課になったようだ。それだけなら、良い習慣だとファルマは思うのだが、どうもロッテは物思いに沈んでいるようだった。


「おはようロッテ! いい朝だね」


 ある日の早朝、ロッテがいつものようにド・メディシス家の庭園内を散歩していると、ファルマが庭の植え込みの陰からひょっこりと出てきてロッテに声をかけた。

 ロッテは不審者に声をかけられたと思ったのか、飛び上がって50メートルぐらい逃げた。

 ひどい臆病ぶりである。


「なにしてるの? 最近、毎日早朝に歩いているよね」

「あっ、ファルマ様! 心臓が止まるかと思いました。こ、これは……えーっと。私、肥えてしまって……痩せたいと思って、毎日歩いているんです」

「は? 待って、ロッテはちっとも太ってないよ!」


 思いつめている様子のロッテに、ファルマは何の勘違いをしているのかと強く言い聞かせる。

 体重と体型に自信喪失をしていたロッテは、ファルマの言葉は届かない。


「いいんです、気を遣ってくださらなくても」

「君は適正な体格だからダイエットはしなくていいんだよ、それにまだ育ちざかりだし、大人とは事情が違う。食事を少なくしてきつい運動をして無理な減量をすると、体がきちんと出来なくなってしまうよ」

「でも、でも、体重計に乗ったら体重が大変なことになってて……私、子豚さんになっちゃってて、恥ずかしくて」

「それは絶対ないよ。その体重計、正確にはかれてないんじゃないの?」

「でも、薬局の体重計です。とっても正確です!」


 帝都一正確なのでは、とロッテはデータの信頼性をうったえる。

 それを聞いたファルマは、ん、と首を傾げた。


「そういえば暫く前、君が診察室を掃除してくれた後、体重計の水平が傾いてたから俺が直したけど、その時にもしかして乗ったのかな?」

「えっ?」

「そうだとしたら、正確に計量できてないよ」


 その日、ファルマが再び薬局の体重計をセッティングしロッテが載ってみると、ファルマの予想が的中していた。ロッテはひとまず安心したが、甘いものを食べ過ぎないようにというのは継続して心がけてゆくつもりのようだった。


「このフルーツケーキは、今日はやっぱりやめときます」


 甘いものを見れば片っ端から手を付けていた彼女だが、少しだけ我慢というものを覚えるようになった。


 …━━…━━…━━…


 1147年12月になった。 

 ファルマのもとに宮殿への召喚命令が届き、ファルマは長旅へ向けての荷造りを整えた。

 神聖国への旅立ちの日がやってきたのだ。


「ファルマ様、行ってらっしゃいまし。どうかご無事で」


 ロッテが涙ぐんでいる。何となくここ最近のファルマの緊張した様子から、あまり楽観的な旅ではないと察したらしい。ロッテはそれ以上踏み込んではこなかった。


「大丈夫だよ。陛下もいらっしゃるし、俺はただのお供だから」

「本当ですか? 信じていいんですよね!」

「約束だよ」


 ロッテが手を差し出してきたので、ファルマは彼女の手を固く握る。

 その力の強さが、ファルマのロッテに対する気持ちを伝えていた。


 女帝の護衛の親衛隊や身の回りの世話をするお供の一団とは別に、ド・メディシス家からは、ファルマに随う数人の家臣が同行する。彼らは、神聖国へ行けると聞かされて浮かれていた。

 現代地球人の感覚からすると、ヴァチカン旅行に似たようなものだろう。


「ファルマ、陛下の外遊に連れて行っていただけるだなんて栄誉なことだわ。陛下の御前で、失礼のないようにね」

「神聖国の本場の聖典とお守りを買ってきてくれ」

「あにうえー。暫く会えないだなんてさびしいのー、私もついていくのー」


 詳しい事情を知らないベアトリス、パッレ、ブランシュの三人は、それぞれそんな見送りの言葉を告げた。家族らにも勿論、神聖国の訪問で深刻な会談が行われる、などとは伝えなかった。

 ただ、女帝の主治薬師として随行するとだけ伝えたので、家族からはこのようなリアクションになる。


(心配しないでほしい。俺は絶対に帰ってくるよ、この家に)


 ましてや、何事かがあって二度と会えなくなるなどと考えたくもなかった。


 エレンや薬局職員らにおよそ二週間の不在を告げ、ファルマが宮殿に馳せ参じると、女帝はサロモンとジュリアナを従えて鎮座していた。

 女帝もまた、旅支度を整えて平服である。活動しやすさは残しながら、エレガントな装いのドレスだ。つば広の帽子が、現代的なデザインだなとファルマは思う。 


「ファルマです。参上いたしました、陛下。このたびは、よろしくお願いいたします」

「うむ、神聖国との決着はいずれ果たさねばならん。今が頃合いだろう」


 神聖国への訪問の表向きな理由は、女帝の在位10年にあたる節目の年に、大神官への表敬と平和的会談、そして神聖国の周囲の国への歴訪だ。

 新聞、週間帝都も女帝の外遊を大きく報じている。

 その一方で、今回の訪問のファルマの主目的は薬神杖を返却し、それを材料にファルマへの不干渉を公式に取り付けることだ。


「ピウスがどんな手を使ってくるかは分からん、余も、神官どもの使う神術には詳しくないしのう。力で黙らせることもままならん。そんな時に、サロモン、ジュリアナ二名の随行は心強い」


 歴代皇帝が神聖国へ訪問するのは戴冠時で、女帝も戴冠式の際に大神官ピウスと面識があると言っている。自らを女帝にしてくれた大神官に対し、女帝は特に悪印象を持ってはいなかったという。

 だが、神聖国からのファルマへの干渉を耳に入れ、黙ってはいられなくなった。さらに亡命したジュリアナと、サロモンも同行することになった。

 ジュリアナは連れ戻されるおそれがあるのと、サロモンはそもそも行方不明になったとされているのだが、二人とも、何があってもついてゆくと強く主張した。女帝は二人に、念のため偽名を名乗ることと変装をすすめた。


(大神殿の全ての床を抜くと脅したし、向こう側も下手なことはできないと思うけど……確かに、何が起こるか分からないよな)


 旅神を守護神に持つクララも、同行を正式に命じられた。クララも旅支度を整えていた。女帝の御前なので、心なしかしゃっきりしている。


「国外旅行は初めてです。大陸に行く前準備だと思って頑張りますん」

「クララよ。して、悪しき予言は変わらぬか」


 女帝が尋ねると、クララはしょんぼりとうなだれ、暗に肯定の意を示した。

 旅神属性のクララの予知能力によると、神聖国を訪れるファルマにピンポイントで悪い予兆が見えると言っていた。


「えっと、この中の誰も、骸骨化して見えたりしていないよね?」


 ファルマが出発前に警戒する。

 クララは、死の近づいた人間が骸骨のように見える能力を持っているという。


「はい、全員生きて戻れます。ですが、悪い予兆は変わりません……詳しいことまでは、私には見えないのですん」


 ひとまず、全員生きて戻ってこれるという暫定的な保証にはファルマも安心する。

 ファルマにかかわった人々を、生きる目死ぬ目に巻き込みたくはない。

 そこでファルマは、少しでも無事で戻る確率を上げるため、旅の一団全員を集めてブリーフィングをした。


「出発の前に、皆さんにそなえてもらいたいことがあります」


 それはファルマが、主な随行者の神脈を開きっぱなしにしておくことだ。

 ファルマが無詠唱で開いた神脈は、神官にも誰にも閉ざせなくなる。

 神聖国で神脈閉鎖の詠唱を唱えられても、予めファルマが神脈を開いておけばものともしない。


「これで困ると思えば、帰国してから神脈を戻すこともできます。あくまで、皆さんが神聖国で神脈を閉鎖されてしまわないための一時的な措置です」


 ファルマは同意を得たうえで、サロモンとジュリアナの協力を得て、随行者全員の神脈を開いた。

 最後に女帝の番になり、薬神杖を女帝の体に真正面から差し入れ、無詠唱で開く。

 女帝はゾクゾクと震え、女帝の体から神力の陽炎が立ち上りはじめた。


「おお……神脈の泉の底が抜けおったか。どれ、試し撃ちをしてやろう!」


 女帝は、神脈の大拡張をそんな言葉で表現した。

 女帝は大火炎を空へと打ち上げる。彼女が以前使った神技とは、比較にならないほど威力を増していた。

 宮廷上空を覆いつくすかのような熱量に、ファルマも目を見張った。


「どうだ、冬空があたたかくなっただろう」

「さすがです陛下、豪快な神技ですね」


 ファルマは女帝の男らしさに圧倒され、引きつった笑いになった。女帝が満足そうに空を見上げていると、高揚感に水を差すかのように雨がぽつぽつと降り始めた。


「む、何故だ。雨が降ってきたぞ!」

「あれだけの熱量で上昇気流が発生すれば、降雨があるのは自然です」

「むう。そう冷静に解説するな、余の大神技にケチがつくではないか」


 女帝のふくらはぎに刻まれていた火神の聖紋は力強く、脈打つように一段と濃くなっていた。

 彼女の神力量を神力計で神力を測定すると、一桁近く量が増えていることになる。ジュリアナらも、大幅な神力の増幅が見られ、それぞれに驚いていた。

 クララは神力量が増えても特に変わらなかったが、何故か余計に眠くなったと言っている。


 ファルマの持ち物は、薬神杖、秘宝化した職員証、PC、スマホその他。

 薬神杖には、ある工作を施したうえで返却をするつもりだ。



「神聖国までご案内しましょう」


 神聖国からの使節を乗せた馬車が、女帝たちを迎えにやってきた。

 ファルマらはサン・フルーヴ帝国皇帝と大神官ピウスとの会談のため、神聖国へ向けて旅立つ。


本日、ComicWalker様とニコニコ静画様にて「異世界薬局コミカライズ版」、連載開始いたします。

コミカライズ担当作家様は高野 聖先生です。

詳細はのちほど活動報告に記載する予定です。

http://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_MF00000031010000_68/

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