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【完結済】異世界薬局(EP4)/【連載中】世界薬局(EP4.1)  作者: 高山 理図
Chapitre 5 遺伝性疾患とバイオ創薬  Maladies héréditaires et découverte de biomédicaments(1147年)
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5章15話 保因者診断とその結果

不調で書けませんでした、更新間隔があいて申し訳ありません。

 異界の研究室に隣接する培養室の扉の隙間が、わずかに開いていた。

 前回は扉が開かなかったことを確認していた部屋だ。 

 ファルマは微妙な変化に緊張する。誰かが中にいたとしても、今のファルマには神力も神術もない。この空間は、地球での物理法則に随うからだ。


(異界の研究室の、出入りできる領域が拡大している。前来たときと、同じ状態ではないぞ……この扉、ドアクローザーがついてて勝手に閉まるようにできているのに、何で勝手に開いている?)

 ファルマは、ドアが閉まってしまわないよう気を付けながら培養室に足を踏み入れてみた。中が無人であるのを確認し、いつものくせで律儀に、土足禁止の部分はスリッパに履き替えた。

 培養室らしき空間の内部を、白みがかった蛍光灯、クリーンベンチに灯るUVランプが無機質に青く照らし、装置のモーター音が室内に響き渡っている。小型冷蔵庫のような形をした培養器の扉を開けると、中に各種の細胞の入ったシャーレが整然と並んでいた。

 シャーレの日付を見ると、薬谷が死んだ日に培養していたものだ。

 二年の歳月を経て、それらは懐かしくすら感じた。


(培養グッズも必要だよな。持って帰ろうか)

 ファルマは、培養のための実験器具や、物質創造での合成の困難な特殊な試薬類を失敬してバッグに詰めた。また、培養細胞も冷凍庫から凍結状態でストックを持ち出した。

 致死性家族性不眠症の研究のためには、神経幹細胞の培養環境が必要だ。

 これらの分離には時間と手間暇がかかるので、持っていく。


(培養室に入れる。ってことは、その隣の廊下にも出られる?)

 彼の記憶が定かなら、培養室のさらに奥はもう一つ扉があって、研究棟の廊下に繋がっていたはずだ。

 培養室を突っ切り、廊下への扉を開こうとした。

 しかし、培養室から廊下へ繋がる扉は押しても引いてもびくともしない。立て付けが悪い、というものではなく、物理的に空間が閉ざされているかのようだった。

 ファルマは首を傾げながら、背伸びをして扉にはめ込まれた窓から、本来廊下がなければならない空間を覗く。

 ガラスの向こうに見える、そこにあるはずの廊下は暗闇だった。


 一瞬、元の世界に戻れるのでは、という淡い期待がよぎるが、よくよく目を凝らせば、深淵の濃淡が一方向へと、遅々とした速度で均質に回転している。

 この研究室が何かの精緻な機巧の内側にあって、その内部から装置の心臓部を眺めているかのようだった。


(回ってる……空間が? しかも廊下が、ない……やっぱり外には出られないのか。この先の空間はいったい……)

 空間が不安定化していると考えたファルマは、外に出る気力を根こそぎ奪われた。

 仕方なく、踵を返し研究室へと戻る。出口は一か所だけなのだ。


(空間全体が変わっているということは、もしかして、俺自身も変わってる?)


 ファルマはふと思い立ち、あらためてソファで寝息を立てている前世の自分、薬谷に近づいてみた。何か変わった部分はないだろうか。まじまじと見つめていたその時、薬谷の瞼がぴくぴくと立て続けに動いた。ファルマは驚いて後ずさる。

(意識が、浅い! 前より!)

 おい、と声をかけようにも、ファルマの声は出ない。音が、空気を伝導しないのだ。

 薬谷に触れようとしても、ファルマの手は幽霊になったかのように、薬谷の体を透けるのだ。


(なんてこった。ファルマはこの部屋のものに触れることはできる。でも、薬谷自身の体には触れない……。ファルマの声もこの空間の中では上手く出ない)


 ワーカーホリックだった生前の自分。

 その彼を起こす方法を考えてみる。


(なら、これでどうだ)

 そう考えたファルマは、研究室内にあったサンプル保管用の超低温冷凍庫の扉を開け放つ。 


「ピーッ ピーッ ピーッ」

 冷凍庫から温度上昇ブザーが鳴った直後、薬谷 完治は覚醒した。


「うわあああーー! 冷凍庫の故障かっ!?」

 そして取り乱す。

 冷凍庫の故障による保管サンプルの全滅、それは薬学者にとって致命的な出来事ともいえる。


(お、起きた……ははっ、やっぱり俺は俺だな)

 苦笑するファルマの前を素通りして冷凍庫に駆け寄った薬谷には、ファルマの姿は見えていないらしい。存在を無視されているというよりは、気配すら感じられないようだった。


「冷凍庫のドアを開けっぱなしに? 俺が? ……してないぞ。誰がやったんだ?」

 薬谷は冷凍庫に異常がなかったことを念入りに確認すると、部屋の時計がまだ起床予定時間になっていないのを見て、再びソファに転がって寝袋を着込もうとした。そのとき、


「おや……なんだ?」


 薬谷は、狐につままれたかのような顔で頭をかきながらゆっくりと研究室を見回した。

 研究室の内部が一変していることに気付いたのだろうか、とファルマは予想する。

 なにしろいくつかの重要な実験器具が、ファルマに盗まれているのだ。

 薬谷のモバイルすら盗られているありさまである。

 さらに、彼が丹念に準備していたであろう試薬類も根こそぎ消滅している。


(おーい。見えるか、これ。俺が盗ったぞー)

 ファルマは薬谷の傍に近づいて薬谷に手をふってみたが、さっぱり視線が合わない。

 そして、ファルマがまさに手にしている盗品は、薬谷の目には見えないようなのである。


(……どうなってるんだ。俺の姿だけでなく、手にしたものも見えなくなるのか)


 ファルマが途方にくれていると、前回ファルマが現実世界に引き戻される契機となったストップウォッチのアラームが鳴った。

 それを合図に、研究室全体にファルマを研究室の外へ排出しようとする圧力が働く。

 ファルマはパージされるのを覚悟し、荷物を握りしめた。


(しまった! 時間切れだ!)


 彼が目を瞑った直後、聖泉へと放り出され、研究室に入る前に水面に張っていた氷上に降り立っていた。異界では失われていた神力が、ファルマの全身にじんわりと戻ってくる。

 彼は自身の体に異変がないかを確認する。

 前回は、研究室から出ると神力が強くなり、体が透けていたものだが、透けてはいない。

 どちらかというと神力が減っているような気がする。


「そういえば、今回はあいつ死ななかったよな!? あいつじゃなくて薬谷、俺だ。だからか?」


 前回研究室に潜入したとき、薬谷はもがき苦しんで死に、ファルマの意識が異界から強制パージされたが、今回はファルマがブザーを鳴らすなどの小細工をして薬谷を覚醒させたために、何かの因果関係が変化し、薬谷に心不全は起こらなかった、というわけだ。


 そしておそらく、彼は死ななかった。

 少なくともファルマが見届けた間は。


「……もしかして今、同一時間軸に薬谷が生存したルートができたのか? ……まさか、あのまま死なずに日常生活に戻ったのか……? 翌日も、研究漬けの日々を……」

 ファルマは脱力しながら、それでも考え込む。 

(あの異界に俺が干渉すれば、発生した事象の数だけ因果が元の時空と乖離してゆく。それを続けてゆくと、最終的にどちらかが破綻する……?)

 それで、異界から出たファルマの体が透けたり、透けなかったりするのだろうか。


「でも、あと一回だけあそこに戻らないと」

 ロッテをはじめ、エメリッヒらの遺伝子解析をあの研究室に仕掛けてきたからには、結果を取りに行く必要がある。怯んでもいられない。

 ファルマは時間を置かず研究室に再突入することにした。

 薬谷が死ななかった以上、時間の経過に伴ってファルマに何らかの影響が出かねない。


 ファルマは聖泉の岸に盗品を置くと、再度聖泉へ潜り、裏側から異界へ再突入を試みる。

 今日だけで通算三度目の異界への侵入だ。

 カードキー認証システムに、秘宝化した職員証をかざすと、開錠までかなりの時間を要した。また、扉の可動域も徐々に狭まり、全開にはできなくなってきている。嫌な予感がしたが、それでも扉をこじあけると、薬谷完治は再三、ソファの上で寝袋にくるまり眠っていた。

 ファルマはそこで、部屋の時計を見る。


(はっ!?)

 午前3時50分……ではなく、4時10分。


(……! 進んでる! 20分も!)


 ファルマが研究室に入った瞬間から、時計は時を刻み始めている。今度は滞在できる時間が40分しかないのだ。これ以上この異界を変容させるというリスクは取りたくない。

 薬谷は起こさずそのままにしておく。


(くそっ、40分で遺伝子発現のデータ解析なんてできるもんか! 無理だ、部屋の外で解析しないと)


 さきほど仕掛けたばかりの遺伝子解析は、再侵入した今、既に終わっていた。

 とはいっても、ファルマが研究室を出てから、ものの十分も経っていない。その間に、一週間程度解析装置を稼働し続けなければ終わらないはずの遺伝子解析が終了している。

 ファルマには、時空の歪みが起こっているとしか考えられなかった。それでも、ただちに解析結果を大容量ストレージにコピーして持ち出そうと試みる。


(おっせえ! だよな……データでかすぎるもん)

 データをコピーしているダイアログボックスの進捗バーは、遅々として動かない。


(40分でコピーが終わるかな?!)

 経験上、一時間以上かかる。なにせ、全ゲノムの解析結果というのは大容量のデータだ。1回解析をすると、百ギガバイト程度になる場合もある。コピーするだけでも時間的に間に合わない。


「優先順位をつけて、必要な部分から最低限コピーしよう」

 コピーを走らせながら、データを解析ソフトにかけ、極力データサイズを圧縮。

 全情報は取得できないまでも必要な部分だけコピーすることに成功した。

 そして、タイムリミットを迎え強制パージされる前、すなわち薬谷が苦しみはじめ、心不全で死亡する直前に、入ってきた研究室の扉を自力で脱出し、もとの異世界へと戻った。

 その時、入り口の扉は、半開き程度しか開かなくなっていた。

 異界の扉を閉じると、ファルマの神力はもとに戻る。


「ふう……帰れた」

 ようやく声も出せる。

「って……神力が……やばいやばい、もういいって! 戻りすぎだって!」

 こちらの世界に戻った途端、堰を切ったように体内に神力が流れ込んでくる。

「っぐ……やっぱりこうなるかよ」

 暴力的なまでに増幅する神力量。吐き気、眩暈がして、意識が遠のきはじめた。神力の流入はとどまるところを知らない。

 まずい、まずい。

 ファルマは悪寒がする。

 許容量以上の神力を無理やり圧縮され、充填されるかのような感覚は最悪を通り越して死にたくなるほどだった。

 肌の透明化が始まり、進行してゆく。神力の爆発的流入による消滅の危機を覚えたファルマは、バッグをまさぐる。

(こんなことも、あろうかと)

 サロモンの呪符をありったけ引っ張りだす。全身に張り付けて神力を封じ、ジュリアナに借り受けていた宝剣を突き立て、職員証、そして薬神杖に神力を吸収させる。

 そこまでやって神力を分散させて、ようやく普段の状態に戻すことができた。

 それでも、普段より少し透明に見えないこともないが……。


「はあ……なんとか……人間に戻れた、か……?」

 ファルマは改めて、自分が化け物なのだと、この世のものではないのだと思い知る。

 今、間違いなく消滅の寸前までいきかけた。


 この世界から消えるときはこうやって消えるのだ、とファルマははっきりイメージを持つに至った。


「薬神関連に限らず、秘宝を集めないといけないな」

 秘宝になら一時的に、神力を貯めて置ける。

 ストックできる神力は微々たるもの。対症療法に過ぎないのだが……。


「なんなんだ、あの場所は? あの場所から戻るたび神力が高まっていく、神力のエネルギースポットなのか……」


 ファルマは思い出す。培養室の奥に見えた、不気味に渦巻く、底知れぬ深さの闇を。

 この世界の成り立ちの不安定さを垣間見た気分だった。

 死の直前の自分が同じ時間を無限に繰り返し、時空を漂流する異界の中に閉じ込められ、因果が変化し続けているのだとしたら……。

 この異世界で受けた生は何回目の試行の結果を反映したものだろうか。

 ……などと思うと憂鬱になる。


「俺が死ぬ確率と、死なない確率が重なり合っている。……シュレディンガーの猫じゃないっつーのよ」


 自嘲気味に呟きながら、聖泉の岸に戻り、研究室からくすねてきた荷物を手にする。


「次、研究室に入った時。もっと時間が進んだ状態でスタートだったら、そのうち入れなくなりそうだな」

 名も知らぬ異世界の空をファルマは見上げながら、事態を憂慮した。

 この惑星の空は、どの宇宙へと繋がっているのだろうか。

 押し寄せる疑問を飲み込み、彼は薬神杖を大きく一振りし同時に重力を振り切ると、サン・フルーヴの空を目指した。


 …━━…━━…━━…


 ファルマは、聖泉から直接、メディシス家には戻らず帝国医薬大の自分の研究室に戻ってきた。

 深夜になっていたので誰もいないだろうと思いきや、研究室の鍵があいていて、中には人の気配がする。

 エレンがまだ研究室に残っていて、机の上に突っ伏して寝ていた。

 ファルマはそっと、彼女の肩にコートをかける、体が冷えないように。


(エレン、待ってたのか。ここに帰ってくるかどうかもわからないのに)


 ファルマはエレンを起こさないよう物音をたてず異界から持ち帰った荷物を研究室でばらし、試薬や器具類は厳重に保管。ノートPCを起動する。

 内蔵バッテリーがまだあるうちに、解析作業を行う。

 バッテリーが尽きたら、充電する方法がないことはないが、研究室から持ち帰った非常電源を改造してお手製のバッテリーから電源を取るには、時間も労力もくう。

 推定残り時間、10時間。一気に片を付ける。

 二つの家系を、それぞれの遺伝子解析結果のファイルからマッピング。

 各種パラメータを設定し、配列を既知の遺伝情報に重ね合わせる。

 こうして差異を比較することで、患者の遺伝子変異が分かる。


 すなわち、この致死性家族性不眠症……進行性の不眠症によって衰弱死する、現代では不治とされるプリオン病が、エメリッヒの家族の誰に、そしてロッテにも遺伝しているのか。

 ファルマは淡々と、デジタル化された遺伝情報をもとに解析をすすめてゆく。

 転生してからのブランクを、ものともせずに。コマンドを操り、不足した情報はコードを書いて。

 結果が見えてきた。

 この病気に関連するプリオン遺伝子の178番のコドンに変異があれば、致死性家族性不眠症の保因者だ。 

 エメリッヒは、残念ながら保因者で間違いない。

 次男、三男、四男、長女 次女も保因者。つまり、


「全員……遺伝しているのかよ……」

 

 しかも、遺伝子発現解析も合わせて分析したところ、次男に至っては、既に異常プリオンタンパク質が蓄積し始めている。次男が数年以内に命を落とす可能性は極めて高い。

 ファルマが思っていたより、事態は深刻だった。

 この病気の遺伝確率は通常50%だが、神力を持っていることが影響しているのか、高貴な家系であるがゆえに近親相姦などが行われた結果なのか、エメリッヒの世代では、遺伝子変異の保因者は100%だ。

 つまり、全員がこの病を発症することになる。


「じゃあ、ロッテは……」


 ファルマは昂る心を落ち着かせ、最後に回していたデータを紐解く。

 彼らと、ロッテの違いはいくらかある。同じ先祖を持ちながら、かたや貴族で、かたや平民だ。

 エメリッヒの家系と、ロッテは血縁関係にあるということも、遺伝子を見れば分かった。

 ファルマはひとまずのデータを見て、溜息をついた。

 ロッテは、母方に平民の血が入ったためか、神術に関する遺伝子のいくつかが欠け、神術使いではなくなっていた。だから今、ロッテは平民だ。


 そして、致死性家族性不眠症は……。


「ロッテには遺伝していない」

 

 つかの間の安堵。だが、エメリッヒたちの事を思えば、解析を休んでいる暇はなかった。診断がほぼ確定したあとも、ファルマは自分を追い込むように徹夜でコードを読み解く。他の遺伝子の情報から、この病気の治療法を探るためだ。電源が切れてしまうまで、できるだけ情報を引き出したい。

 そして、ファルマはあれ、と電源オプションを見て首をかしげた。


(うん? PCのバッテリーが減らないぞ。もしかして……)

 異界からこちらの世界に持ち込んだものは、秘宝化する。それは職員証もしかり、他の試薬類もしかり。PCも例外ではなかったようで、PCも秘宝化していた。

 おそらく、バッテリーのインジゲータが異常なのではなく、無尽蔵になっている。

「そっか…………減らないのか。じゃ、もう寝よ」

 ファルマはソファにどっかりと腰をおろし、疲れに任せてそこで眠ってしまっていた。

 翌日から、すぐにでもこの病についての治療法を探索しなければならなかった。

 すでに病魔は、彼らの一族に逃れえない呪いを刻み付けていた。


 混濁した意識の中で、小鳥の囀りが聞こえてくる。

 生ぬるい日差しが肌を温める。

 ファルマの腕に、柔らかいものが触れていた。目を覚ますとエレンが隣にいて、腕を絡めファルマに寄りかかるように寝ていた。ファルマが起きると、エレンもつられて目を覚ます。

「おはよ、ファルマ君」

 エレンはにっこりとほほ笑む。

「エレン、俺のこと見えてる?」

「見えるわよ」

 エレンの言葉を聞いて、ファルマはようやく生きた心地がした。エレンはファルマにひしっと抱きついた。豊かなバストが、ファルマの顔を押しつぶして息苦しい。

「あの、エレン? 苦しい、くるひいって……」

 宇宙空間でも生存していた過去もあり、ファルマとしては特に呼吸をしなくても問題ないのだが、ファルマは唐突な状況に硬直してしまった。エレンは普段、こんなことをしてくるようなキャラではないのだ。

「遠いところに行ってきたのね……戻ってきてくれて本当によかった。あなたがいなくなったら、私……」

 耳元で、エレンは涙ぐんでいるのか言葉を詰まらせる。

「しかも、帰ってきた君、暗いところで発光して見えたわ……無茶をしてきたんじゃないの? 体は大丈夫?」

「うん、まあ……ごめん」

 ファルマもエレンに心痛させたと思い知り、大人しく叱られることにしてエレンに寄りかかった。そんなタイミングだった。


 ガチャッ。


 エレンとファルマがしっぽりしていたところ、間が悪く教授室の扉が開いた。

「お、おはようございます……あっ、失礼しました。私、何も見ていません!」

 教授秘書のゾエは通勤バッグを取り落としていた。

「ちょ、ゾエさん……!?」

 ファルマは予想外のタイミングでゾエに見られて慌てる。

 二人とも疚しいことはしていないのだが、咄嗟に慌てたものだから、またゾエに変な勘繰りを生じさせる。

「あら、おはようゾエちゃん。今日は早いわねー、私たち、昨晩はちょっと立て込んでいて泊まっていたの。色々あったから、お風呂に入ってきたいわー」

 エレンはあっけらかんとしている。そしてさらっと、誤解を深めるような発言をしている。本人は自覚がないようだが。

「お、お邪魔しましたーっ!」

 出勤してきた秘書のゾエは、ファルマとエレンの仲に気を遣ったのか、それから30分ほど姿を消し、戻ってこなかった。


 ファルマはゾエを探して学内を奔走し、その朝は気まずい空気の中勤務を始める羽目になった。

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