5章9話 サン・フルーヴ大市と駆虫薬
「思っていたよりずっと大きいわ」
製品の先端から先端まで歩いて、エレンが一言感想を述べた。
「これがどのように回るのか、楽しみですわね」
ファルマから預かった設計図を手に、目を細めるのはメロディ・ル・ルー尊爵だ。
彼女の視線の先にはファルマの発注で製作した、工房に入りきらないサイズの大型部品がある。それを屋外で工房の弟子たちに組み立てさせて、仕様通りになっているかファルマに確認を取っていた。ファルマはそれに触れたり、なでたり、メロディに促されてハンマーでたたいてみたりしていた。エレンも強度検査をしてみろと言われて、神術の氷をぶつけたりしていた。それでも、メロディの製品はびくともしなかった。
「素晴らしいと思います。メロディ尊爵に依頼してよいものかどうか、迷ったのですが……あなたに依頼をしたのは正解でした」
エレンとともにメロディの屋敷を訪れたファルマは、忙しいメロディに詫びを入れる。
壊れない製品を作る、という意味ではメロディの腕は比類ない。何しろ彼女が納品したガラスは落としても割れず、金属製品は歪むこともなかった。そこで今回の素材には、ガラス強化繊維を使ってもらった。
「ええ、ちょっと戸惑いましたが。ファルマ様のお願いでしたら。面白いものでしたね」
メロディ尊爵は手のひらサイズの風車の模型を風上に向けて回しながら、そう言って穏やかに微笑む。彼女は医療用ガラス器具、金属製の実験器具などを製作してきたが、これほど大型の金属製品の依頼は初めてだという。
「プロペラ部分は全て、来週までには納品できます、他の工房からも弟子を借り出してきておりますので」
メロディは予定より速いペースで製作してくれているらしい。
「ありがとうございます。随分と急がせてしまいました」
ファルマは、注文を優先してくれたメロディの心遣いに感謝した。もちろん、納期を急いでくれたので、報酬は上乗せするつもりでいる。
「分解して、マーセイルまで搬送できるようにしてありますわ。基礎部分は、他の職人が?」
「はい、それぞれ依頼をしております」
ファルマが注文していたのは、風力発電に必要な大型風車だ。
まずは、試作に小型のものを一基。そして大型のものを一基、準備してもらっている。
風車は、一般に大型のものであれば低速でも大出力の電力を得ることができるのだが、そこそこ小型であっても何基も立てれば大型の風車に匹敵する。試作機を作り、発電効率を確認する必要があった。プロペラとハブ、ギアを使った増速器、そして減速機、発電機、風車から工場へ電気を送る送電システム、効率のよい送電のためコイルを利用したトランスを用い、それぞれの部品を発注し、出来上がったものの動作を随時実験で確認しながら計画を進めている。
「もっと大型のものが必要でしたら、ご用命ください」
「ええ、このサイズで十分です」
(そういえば地球上では、風力発電の風車は巨大化してゆく傾向にあったな)
大型化した結果、全長100メートルを超える風車も珍しくはなかった。
ファルマはマーセイル領の荒地に神術陣で一定方向に風の吹く場所を確保したので、常に一定の電力を得ることができる筈だ、と考えていた。
「ところで、風車を工場から少し離れた場所に設置しようとしてるのは、どうして?」
エレンの質問だ。送電効率を考えれば至極まっとうな質問だ、とファルマも思う。
「風車の音が騒音になるし、羽根が落下し工場に直撃する事故があってはいけないからね。また、変電が上手くいかずショートすることがあっても。さらに、落雷も起こったりするし」
「まあ、確かにそうですわね。羽根が壊れたら、かなり重量がありますもの。危険ですわ」
メロディはそういうことか、と目を丸くする。
「いえ、メロディ様の作品が壊れるということではなくて」
エレンがフォローしてくれたので、ファルマも言葉をつづける。
「そうです。安全のためというものです」
実際、風力発電でプロペラが飛んだという事故は地球ではあり、ファルマは人的被害が起こらないかどうか気にしていた。
「引き続き、製作のほうよろしくお願いいたします」
「承知しましたわ」
ファルマとエレンはメロディの屋敷を後にし、お昼休みになっていたのでロッテと合流してサン・フルーヴ大市の買い回りをはじめた。
「週間帝都です。号外です! 号外~!」
街路に蜃気楼が立ちのぼり始めた猛暑のサン・フルーヴ帝都の大路では、元気のよい声が響いていた。市民たちは号外を手にし、人だかりを作り沸き立っていた。「週間帝都」で好評を博していたミッテラン兄妹の切り盛りする新聞が、創業後はじめて無料の号外を出したらしい。
大見出しとともに、ジャン提督は大きな勲章を胸につけて威厳たっぷりに記事の写真に写っていた。
ジャン提督が発見した新大陸の存在を、エリザベートが帝国民に公式発表したのだ。
「新大陸だって?」
「大陸ってどれくらい広いんだ。島とどう違う?」
「何か珍しい鉱物が……金や銀が眠っているかも?」
帝都民の夢は膨らむいっぽうである。
「もう、何百年、何千年と誰も発見したことがなかったってのになあ。何で急に見つかったんだろう」
「西廻り航路で発見したって書いてある」
新聞を読みながら、市民から感心の声があがる。
「西に行けば世界の果てがあるんじゃなかったのか。あと、船の墓場もあるって……誰がそんな発想を思いついたんだ、おっかない」
「ジャン提督じゃないのか? さすがサン・フルーヴ東イドン会社の偉大な提督だなあ。誰もできなかったことを、さらっとやってみせる」
帝都市民の間では、ジャン提督は偉大だということになった。
「へえ、報道されたんだ。他国への牽制もあるかもね」
エレンも号外を一部受け取り、ファルマと一緒に帝都大路を歩きながら、新聞のななめ読みをしていた。大陸の名前は、発見者の名前を取って、ギャバン大陸(Le continent Gabin)という名称が申請された。ジャン提督は叙爵され、神力がない平民であるにもかかわらず名誉男爵として貴族の仲間入りを果たすことになった。
「第一発見者は帝国国民であると、国際的に知らしめないといけないってこと?」
「そうね。でもそれを聞いた不心得な船乗りが海に出て、遭難しないといいけど。栄養状態を完璧にして、ファルマ君の数々のアドバイスがあって、さらにジャン提督の経験があってやっと成功した航海なんでしょ?」
エレンはファルマのアドバイスの重要さを強調する。
「うん、普通の船乗りが普通の準備で行くと危ないよな……それもあるし」
ファルマはそれも心配だったが、別の心配をしていた。
ジャン提督の凱旋を受け、新大陸に本当に人がいないのかを確認するため、薬神杖で大陸に飛び、彼は宇宙から大陸を俯瞰した。すると、新大陸は、形こそ違うがアメリカ大陸のように北半球と南半球に大きくまたがっており、背骨のように高い山脈が連なっていた。
平地に不自然にひらけている場所があったので偶々見つけたのだが、少なくとも西海岸側には、先住民が小規模な農耕文明を築いているようだった。ジャン提督は東海岸にたどり着いたので、無人のように見えたのだろうが、実際は違う。遠くから見たところ、アジア人系、モンゴロイドのような顔立ちをして、服飾文化は中国やチベット、南北のアメリカの原住民のそれがごちゃまぜになった状態を彷彿とさせた。
ファルマは、サン・フルーヴ帝国をはじめ各国が原住民たちの生活を脅かすのではないかと考えると憂鬱だった。広大な大陸であるがゆえに、資源も多く発見されるだろう。
(侵略の歴史は繰り返すかなあ……)
いくら国際条約で侵略が禁止されているからといって、資源や土地がある限り略奪者や海賊は出るものだし、国際条約を律儀に守っていられるほど豊かな国ばかりではない。ひそかに侵略を始めたとしても、それは海の果ての出来事。伝書鳩も飛ばせる距離ではない、とあれば、簡単に確認するすべはないのだ。
「発表しないほうがよかったかもしれないな」
「あら、どうして? おめでたいことじゃない。同じ帝国民としても、新大陸の発見は誇らしいわ」
(先住民がいなければね……)
最初はおめでたいと思っていたファルマの声のトーンは暗い。どちらかというと、自らの行動の責任を感じていた。
ジャン提督が『世界の果てはどうなっているのか、いつも考えるんじゃあ』と悩んでいたので、この大地は丸い球体の上にありましたよ、と言ってしまったのはファルマだ。航海の助けになればと思っての助言であったが、ジャン提督に西廻り航路のヒントを与えることになってしまった。
大陸間の人的、物的な交流が、相互に利益になればいい。
片方ばかりが得をするのではなく、誰かが虐げられることも略奪されることもなく……そう願うファルマであった。とはいえ、悠長なことも言っていられない。
(女帝に話を通して、もし悲惨なことになりそうなら、俺が先住民の居住地を先行買収して、断固として他国・自国ともに手を触れさせないよう庇護に動くしかないな。今の財力があればなんとかなる、いざとなったら金も出せるし。……女帝は協力してくれるだろうか。ああ見えて平和主義者なんだろうけど)
そんなことも視野に入れはじめた。
「ファルマ様がまた難しいお顔をしておられますね……」
ロッテは心配そうに指をくわえてみていた。
「今度は何の悩みが増えたのかしらね?」
エレンは、いつものことだわ、と言いながら眼鏡をくいっとあげた。
「辛気臭い顔しないで、市場を楽しみましょ。買い物をすれば、気がまぎれるわ」
うだりそうな暑さの中で、帝都では恒例のサン・フルーヴ大市が開催されている。去年よりさらに露天商、行商人の登録は増え、薬の仲買人や上級薬師たちがとりわけ大勢集ってきていた。スパイスのにおいも漂ってくる。そろそろカレーパーティーの時期だな、とファルマは思い出す。
「二人はどこの売り場に行きたい?」
「私は生薬かな。あとは、眼鏡のフレームとレンズね、必需品だから」
エレンの言葉に、ファルマは噴き出しそうになるのを抑えるので精いっぱいだった。
「た、ったしかに眼鏡はたくさん買わないといけないな」
「何よー」
「さっき、メロディ尊爵に割れないメガネを依頼すべきだったね」
「尊爵様はお忙しいわ」
エレンが眼鏡を割ったり落とす頻度は決して減ったりはせず、ファルマはこの先が思いやられる。
(つるの角度が浅いのと、鼻あてがないから外れるんだよな……)
ファルマはエレンの眼鏡については何とか割れない方向に改善したいのだが、おしゃれではないと言われ毎回断られるので、もう彼女の顔の一部だと考えて、割れるのまで含めてお約束だと考えて敢えて触れないことにしている。
「ロッテはお菓子だよな」
「はい! 珍しいお菓子の噂を聞いたんです! あとで皆さんで食べましょう!」
ロッテはすでに大振りの買い物袋を握りしめている。買い込むつもりのようだ。
「気合入ってるね。じゃ、時間もないし皆それぞれ見たいものを見よっか。休憩が終わったら、それぞれ薬局に戻ろう」
ファルマはエレンとロッテと別れると、事前にチェックをしておいた露店の配置図をもとにここぞとばかりに書き物をするための上質紙を買いあさる。高品質濾紙も、上質なインクも、この大市でしか手に入らない。
「いやあ、買った買った。カレー材料の仕入れは明日にするか。においが紙にうつるしな」
昨年は、スパイスの香りが上質紙にうつってしばらく残念なことになったのだ。
ファルマがホクホク顔で大きな荷物を持って歩いていると、ばったりとロッテと出くわした。
「おや、お菓子屋の前じゃないんだな」
ロッテが珍しく、スイーツ店ではない露店を見ながらしゃがみこんでいた。
「ファルマ様見てください~、動物屋さんです~!」
大型のテントの下には、愛玩動物を扱う商人の店があった。愛玩用の犬や猫、オウムやインコなど、ペットショップのようだ。
「去年は、動物屋はなかったからな」
黒死病の流行があったので、動物商の営業は昨年は禁止されていたが、今年は販売しているらしい。
敷地に小さな木製の囲いがしてあり、犬がドッグランで展示されていた。プードルやテリア、パピヨン、グレートピレニーズなど、バラエティに富んでいる。猫はペルシャ猫、雑種猫、ベンガルなど、さまざまだ。鳥かごにはカラフルなオウムやインコなどが止まり木でさえずっている。
「ワンちゃんかわいいです!」
ロッテは犬派だったのかと、ここに来て初めて知ったファルマである。
「この子たちがかわいくてかわいくて、ずっと見てたんです!」
ロッテの手をペロペロなめている、プードルやパピヨンの仔犬に、彼女は心を奪われていた。
(仔犬ってかわいいよなあ。ロッテもかわいいけどさ)
殺人的な可愛らしさだ、とファルマもロッテの気持ちが理解できる。そういえばロッテも仔犬に似ているな、と気づいたファルマである。
「ああっ、目が! ワンちゃんの目が! 連れて帰ってって言ってません?!」
「気のせいだよ。そんなに好きなら飼ってあげたいけど」
ド・メディシス家には騎乗用の馬はいる。その他、ミルクを絞る牛やヤギ、鴨などは屋敷から離れた小屋で飼っている。犬や猫などのペットは敷地内にはいないし、ブリュノが衛生のために動物を屋敷に近づけさせなかった。
「いいんですファルマ様……。ド・メディシス家は薬師のお家柄ですから、毛が抜けてお屋敷が散らかってもいけませんし、とてもとてもほしいだなんて言えません」
使用人たちは、ブリュノが潔癖なので普段の掃除も手ぬかりなく行っていた。仔犬が粗相などをすると、旦那様がどれほどお怒りになるか、とロッテは首を横に振る。
「でも、かわいいですねっ! この動物たち! 癒されますねっ」
「そっか。じゃ、気が済んだら薬局に戻っておいで」
ファルマは立ち上がり、一足先に薬局に戻ることにした。しかし、ロッテはファルマのコートの裾を掴む。
「あっ、待ってくださいファルマ様。さっきから元気ない子がいるんですけど、気になって……」
ロッテが指をさすのでファルマが視線を向けると、奥の犬小屋にいる仔犬が、ぐったりとしている様子だ。そのやり取りを見ていたペットショップの店主が、体裁悪そうに答える。
「ああ、あの子かね。今、獣医を呼んだところだよ、心配いらない」
「そうですか、なら安心ですねっ!」
ロッテは心強く思ったのか、大きく頷いた。
「おお、獣医の先生がいらした」
店主はちょうどよいタイミングで来たと、店先まで出て今来たばかりの獣医を出迎える。獣医と思しき女性はまだ若く、小柄だがすっきりとした印象の美人の女医だった。胸元には馬蹄型の一級獣医のバッジをつけている。ファルマも彼女を見ていたので、ばったりと目が合う。その途端、彼女の顔色が変わった。
「はっ、教授! ファルマ・ド・メディシス教授ですよね! きゃーっ、どうしましょう」
ファルマと出くわしたことに、彼女は驚いたようだった。そしてぱあっと頬を赤らめる。
「ん? え?」
ファルマは面識がない。ロッテも首をかしげている。
「はじめまして、私は獣医のジョセフィーヌ・バリエと申します。ここで出会えるとは光栄です、教授!」
「どこかでお会いしました?」
ファルマのことを子供店主と呼ぶ者は多いが、教授と呼ぶ者はいない。
「大学の掲示板の肖像画で、私が一方的に存じ上げているだけですが」
「ということは……」
ファルマはぴんときた。
「来月から帝国医薬大学校の新入生になります」
「現獣医でかつ、人間相手の薬師にもなりたいってことです?」
なかなか勉強熱心でバイタリティの溢れる女性だ、とファルマは感心する。
「はい。いちから薬学を学びたくなりまして。人間だけではなく、動物の薬も扱えるかなと思いまして、なにより、メディシス教授の講義を受けたくて受験しました!」
「そういうことなら。よろしく、ジョセフィーヌさん。今からこの犬の診察をするところ? なら見学させてもらおうかな」
「はい、教授の前で緊張しますが」
「ファルマ様、新しい生徒さんにお会いできて楽しそうですね」
ロッテまでわくわくしている。
彼女は診察道具を用意しながら、ファルマへの感謝を打ち明けた。
「ファルマ教授が発明したとされている顕微鏡のおかげで、獣医としてもできる検査が増えました。また、数々の画期的な新薬を開発中とか。教授は私にとって憧れの師です」
「はは、まいったな……」
ジョセフィーヌには、顕微鏡の発明者がファルマだと知られているようだ。ファルマはくすぐったい。そして彼女は診療用の杖を手に取りながら診察をはじめる。
「下痢をして、毛並みも悪く、衰弱しているようですね。失礼、おしりを……あ、これは条虫症ですね」
ジョセフィーヌは犬の尻を見て、肛門に白い米粒のようなものがついているのを見抜いた。
寄生虫、条虫の体の一部である。
「もともと体が弱い子だったのかもしれません、寄生虫自体はそれほど悪さをしませんので、経過観察でいいでしょう。仔犬には栄養剤を出しておきますので、それを飲ませてやってください」
「そうですか、安心しました」
店主が謝礼を払おうとすると、ジョセフィーヌは受け取らない。
「というのが私の診断と治療方針ですが、教授はどうなさいますか?」
ジョセフィーヌはファルマを振り返り、指導をと仰ぐ。ファルマも犬に近づいた。
「診たての通り、犬条虫です。栄養障害を起こしているから、栄養を補給しようとするのはよいと思います。ですが人にも感染しますし、濃厚感染している場合は消耗も激しいので、駆虫薬を使います」
瓜実条虫は、サナダムシの仲間であり、頭部は腸管に吸盤と鉤でくっついていて、卵を含んだ尾部が少しずつちぎれて肛門から出てくる。肛門だけきれいにしても、下剤を使っても駆除はできない。
「虫下しですか。ニガヨモギでよいでしょうか」
ジョセフィーヌには準備があるようで、ポーションの瓶を診療バッグから取り出そうとする。
「確かに駆虫薬として用いられてきたハーブではあるけど、回虫には効果があるけど条虫には効果がないよ」
ファルマは自分のカバンの中をごそごそとする振りをしながら、条虫にも効果を発揮するプラジカンテルを薬包紙の中に物質創造で造り出す。
「条虫を麻痺させる薬、プラジカンテルです。これを、一回、餌に混ぜて飲ませてください」
飲ませ方を詳しく店主に説明する。それを、ジョセフィーヌは大きく頷きながらメモを取っていた。
「それから、ノミの駆除もしっかりしないと、またノミを介して感染するから」
「ノミを殺すハーブですか。ではミントやラベンダーの香油を毛に塗り付けるように処方しておきますね。あとは、浄化術をこの周囲にかけておきます」
てきぱきと判断をくだすジョセフィーヌに、ファルマは目を見張る。
「”限局浄化”」
ジョセフィーヌは風属性の神術使いのようだった。
「ご指導ありがとうございました、教授」
ジョセフィーヌはファルマと握手をした。
「じゃあ、今度は大学で会おう」
ファルマが全て現代薬で解決しなくてもよいかもしれない、と考えさせられた場面だった。
その後、ロッテはやはりケーキを買い揃え、エレンは売りに出すほどメガネを仕入れていた。
数日後、駆虫薬の効果を見届けたファルマ、そしてロッテがぶらりと宮殿に出勤すると、女帝がお待ちかねだといって側近がロッテを呼びに来た。
「陛下が至急、とのことです」
「美術作品の制作依頼でしょうか?」
ロッテだけに用だとも言われなかったので、ファルマも何となく彼女のあとをついていく。
「陛下、お待たせいたしました。シャルロット・ソレルめがここに……」
宮殿の庭のベンチで寛いでいた女帝は、待ちかねていたという様子でくるりとロッテを振り返る。
「来たか。どうだ、見よ。猫と犬だぞ! シャルロット」
女帝は広い庭園にトラやライオン、オオカミなどの猛獣を放ち、犬猫のように従えていた。よく見れば、猛禽類もベンチに何羽かとまっている。
まさに今、見事な毛並みをしたオオカミに、犬のようにボールを取ってこさせていたところだ。
「存分に触れ合うがよい! そなたが可愛い犬猫と触れ合いたがっておると、ちょっと小耳にはさんでのう」
(どこから小耳に挟んだんだよ陛下! そしてなんだって猛獣ばっかりなんだ)
ファルマの心の声はともかく、ロッテは愛想笑いを浮かべながらファルマに小声で尋ねた。
「可愛い犬と猫、どこにいます? ファルマ様……私の知ってる犬猫と違うんですが」
「ライオン、トラは猫の仲間、狼は犬の祖先なんだ。可愛いか可愛くないかはロッテの感性に任せるかな……」
女帝のペット観の庶民感覚とのズレは豪快にもほどがある。
猛獣たちもボスが誰なのかよくわかっているようで、借りてきた犬猫のようにおとなしい。
女帝直々に神術で調教したんだろうな、とファルマはおっかない。
「遠慮するでないぞ、余の粋な計らいというものだ。火の輪くぐりをさせてもよいぞ」
女帝なりの、ロッテへの福利厚生のつもりらしい。
「は、はい……光栄でございます陛下」
ロッテの血の気が引いていた。
(百獣の王だな陛下……)
ドン引きのファルマが一つロッテに忠告できることというと、
「触れ合うときに手がなくならないようにね、ロッテ」
「や、やめてくださいよう!」
「動物と触れ合いたくなったら、今後はいつでも言うがいいぞ」
ロッテの身の安全のためにも、ロッテがささやかなペットを飼う許可をブリュノに得た方がよいのではないかと思うファルマだった。




