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【完結済】異世界薬局(EP4)/【連載中】世界薬局(EP4.1)  作者: 高山 理図
Chapitre 5 遺伝性疾患とバイオ創薬  Maladies héréditaires et découverte de biomédicaments(1147年)
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5章5話 とある公爵家の家庭問題

 医療枢機神官のジュリアナは、帝都神殿の用意した馬に乗り、無事に神聖国に帰還した。

 彼女が心配したように、すんでのところで、ファルマに次の刺客が放たれようとしていたところだった。彼女の帰還をうけ、ただちに大神殿枢機部で緊急集会が開催される。枢機神官たちの前に出たジュリアナには称賛が集まったが、彼女の表情は暗く、俯いていた。

「薬神に取り入り、神力を手に入れてきたと申すか。よくやった」

 上級の枢機神官に、次々に労われる。

「ありがとうございます」

「どうやって宝剣を薬神に刺した。薬神から反撃に遭わなかったのか」

 一人の神官が、至極まっとうな疑問を口にする。

「い、いいえ」

 詳しいことは何も言うなと、去り際、ファルマに釘を刺されていた。

 洗いざらい話してしまうと、ジュリアナが自殺を試みたこと、神殿を裏切りかけたことを話さなければならなくなるからだ。


「反撃に遭わなかったというのか。では寝込みを襲ったのか?」

「……それは……その」

 ジュリアナが返答に困っていると、他の神官が邪推をした。

「やれやれ、薬神といえど色仕掛けでほだされのたか」

 ジュリアナの頬がかあっと熱くなる。

「違っ……違います!」

 ファルマと、そしてジュリアナへの軽蔑の視線を受け、ジュリアナは悲しみに沈む。自分が侮蔑されるのは構わないが、ファルマを蔑まれるのは許せなかった。

「で、薬神に取り入った際に見つけた弱点、神力の秘密などはあったか?」

 ジュリアナは心無い質問に胸をいためながら、ファルマの人となりを話す。

「ファルマ様はまるで人間のようで、お優しい方でした。私が騙したにもかかわらず、無償でお薬や、温かい言葉も下さいました」

 それは幸せな日々だった、と彼女は思い起こす。

「無一文の私をお屋敷で手厚くもてなしていただいて。短い間でしたが、画期的な薬学の知識も学ばせていだだきました」

 嬉しそうに語るジュリアナを、枢機神官たちは不審な顔をして眺めていた。まるで、ジュリアナがファルマに懐柔されてしまったかのように聞こえたからだ。

「守護神には情がない、あるように見えるなら人間界で過ごすための処世術にすぎん。守護神らは人間を虫けらほどにも思ってはいない。見かけで判断してはならん。それに過去何度、神殿が騙され人々が虐殺されたことか……」

 ピウスが神殿と守護神の過去の争いを振り返る。神殿と守護神の熾烈な攻防の歴史も、神殿の保管する禁書には記されている。禁書の内容を詳しく知らない下級神官は守護神を崇敬しているが、枢機神官たちは守護神を敵とみなす傾向が強かった。

「今までの守護神様がそうでなかったとしても、ファルマ様にはお心があると思います……きっと」


「黙れ!! 愚か者め!」

 ピウスは忌々しそうに一喝する。

「でも、ファルマ様は既に多くの人々の命を救ってこられました……ピウス様も直接ファルマ様とお会いになればお心が変わります」

「ええい、そんなことをはどうでもよい、宝剣を出せ」

 ジュリアナから宝剣を受け取った神官は、用意された円盤型の、秘宝用精密神力計に、布に包んでいた宝剣をコトリと置く。神官が手を放した瞬間から神力計が瞬く間に変色してゆき、完全に透明になった。その色が意味するところは……、


「完全充填状態?!」

 これ以上含めないほどに神力を吸っている、ということを示す。


「これだけの神力を奪って……薬神はどうなった!? 人型をとどめていられはすまい」

 消滅したのではないか、と神官たちが騒然とした。

 ジュリアナはどうやって神力を奪ったかという説明は省き、ファルマにはまだ余力があったことを報告する。

「平然となさっていました」

 他の神官が神力量を計算する。

「これだけの神力があれば、鎹の歯車を175年分を巻き戻すことができます」

「ふ……ふは、ふはは……アハハハハ! このたびの薬神は化け物だ……ハハハ!」

 ピウスは狂ったように笑い続けた。


「確かに。今までの守護神とは神力量の次元が違いますな。これは由々しきことだ、抵抗されれば封神計画が総崩れだ」

 他の神官が頭を抱える。

「もし、大神殿に誘い出して封印に失敗し、怒りをかえば……」

「これだけの神力の持ち主ならば、これまでの神封じは効かんぞ」

 今回、何のためにこのように強大な神力を持つ守護神が下りてきたのか。

 過去数柱分どころか、今後数柱分の神力も吸いつくして降りてきたかのようだ、と神官たちは口々に話す。


「新たな封印術を構築せねばならん。それも早急に!」

 ピウスの裁断が下った。ジュリアナは、それでもとファルマの意志を伝える。

「封印は無効です。それに、こちらが誠実に接する限り、大神殿に協力するとファルマ様は仰せでした。神殿はファルマ様を敵視しすぎだと存じます」

「守護神が、神殿側に歩み寄ってきただと?」

 議場内に戸惑いの空気が流れる。そのとき、一人の枢機神官が大声を上げた。

「待て、ジュリアナ。枢機神官の証たる首の聖呪紋が消えているではないか、それはどういうことだ!」

 ジュリアナのうなじに刻まれていた呪いの印が消えているのが、見つかったのだ。

 枢機神官たちは騒然となった。神殿に忠誠を誓うために枢機神官がその身に刻む、生涯解けない呪い、聖呪、その呪いが完全に消えてしまったとなれば、人間のなせる業ではない。

 ファルマにやられたのだ、と糾弾の声が上がる。


「聖呪紋を浄化できるのは薬神しかいない! そもそも、薬神は浄化神術が得意中の得意だ」

「逆に薬神に手籠めにされ眷属にされたか……」

「違います! ファルマ様はそんな方では」 

 ジュリアナは必死で否定した。

 しかし、彼女が釈明すればするほど、神官たちは疑いを強めてゆく。


「話にならん、完全に洗脳されたな。違うというならば、神殿に忠誠を捧げよ」

 ピウスが鼻息をつく。ジュリアナはその場で再度、首に焼きごてで聖呪印を刻まれることになった。火炎神術使いが、聖呪印の烙印を穿つ杖を持ち、発動詠唱を始める。

 杖の先端が真っ赤に燃えている。

「ひざまずき、悔い改めよ」

 髪の毛を掴まれ、蹴飛ばされてジュリアナは跪かされる。

「っ……」

 膚を焼く痛みに耐えようとぎゅっと閉じたジュリアナの双眸から、大粒の涙が零れ落ちる。しかし、

「なっ!? 聖呪紋が」

 何度やっても、ジュリアナの肌は傷つかなかった。

 火傷のあとはなく、呪いはジュリアナの体に入っていかなかったのだ。


「薬神に守られているのか……」


 ピウスは、聖呪印すら消し去る薬神の浄化能力の凄まじさを目の当たりにし、圧倒されながらも、その口元には不敵な笑みを浮かべた。

「どうやらお前を、薬神はいたくお気に召したようだ」

 利用価値がある、ピウスは側近にぼそりとそう言った。


「また、薬神から神力を奪いに行ってこい」

 その日からジュリアナは、24時間、神殿の監視下に置かれることになった。

 ファルマの意向は大神官に伝えた。だが、相手は「守護神は人間の敵」と疑心暗鬼に凝り固まってしまっていて、聞く耳を持っていなかったのだ。


 …━━…━━…━━…


「おいファルマ、邪魔するぞー」

 薬局の職員たちの装いが半袖になり、汗ばむ季節になってきたころ、薬局に予定外にパッレが馬でやってきた。患者に薬の説明を終え、昼休憩のために店を閉めようとしていたファルマは手を止める。

「兄上、どうしたんだ?」

「わっ、パッレ君じゃないの。何しにきたのよ、果し合い? 仕方ないわね今日という今日は決着つけるわよ!」

 エレンは身構え、手が杖にかかっていた。兄と聞こえたからか、店内の患者たちの注目が一気に集まる。ロッテはパッレと聞いて驚いて書類をぶちまけてしまっていた。ロッテは、ロッテのしゃっくりを止めるためにパッレに逆さづりにされそうになって以来、パッレを何となく苦手にしていた。

「あら。店主さんのお兄さん? 美青年ね」

「店主様とは印象が違いますな」

 ファルマの耳にボソボソと、パッレの評判が聞こえてくる。また、若い女性客からは黄色い声が上がっていた。パッレはこんな場所でもモテているようである。

 パッレはそんな声に構わず薬局のウォーターサーバーで水を飲み、一息ついてファルマに話しかけた。エレンや他の薬師は眼中にないようだ。そしてカウンターごしのファルマを見おろす。

「お前はいつも忙しそうだな、ファルマ」

「繁盛してますから」

 エレンが気取って答える。

「お前には聞いてないぞ」

「あら、失礼」

「そんなところで心苦しいんだが、患者お前に回してもいいか? 俺には手に負えん」

 薬をくれと言うことはあるが、患者を回すとは珍しいな、とファルマは疑問に思う。患者を一人手放すことは、それなりの収入源を失うことでもある。パッレは駆け出しの一級薬師なので、担当する患者もブリュノから引き継いだぐらいでそれほど多くなく、薬の調達などにコストがかかっていることから、一人の患者でも大事にしたい時期だろう、とファルマは思う。

「何の病気か教えてくれたら、薬を分けるよ。兄上が主治薬師なら、兄上が処方した方がいい。患者さんも安心するだろうし」

 ファルマは調剤室に足を運ぶ。ファルマはパッレの疾患鑑別能力には信頼を置いていたので、薬が出せないだけなら患者を回すまでもないと考えた。

「いいや病気じゃないんだ、病気なら俺が何とかする」

「じゃ、何なの?」

 パッレのもったいぶった言い回しに、エレンがしびれを切らしたように尋ねた。


「家庭問題だ。離婚問題にも発展して、かなり込み入ってる」

 パッレは疲れたと言って大きな溜息をつく。

「そんなの、俺に回されても困るよ。俺、まだ12歳だよ? 離婚問題まで扱えないよ……ん?」

 患者や客がさあっと移動した気配がしたので、ファルマが薬局の入り口に視線を向けると、一人の若い貴婦人が侍女たちと共に薬局に来店していた。

「あ、あの奥さま……知ってるわ。公爵夫人。とっても有名よ!」

 エレンはサロンで見たことがあると言う。

「マダム、お見えでしたか」

 パッレが慌てて立ち上がり、恭しく礼を送り、カウンターまでエスコートをしてくる。

 「例の患者さん?」とファルマが視線を送ると、パッレは視線で頷いた。

「こちらに行かれると聞いて。……もう、どうしていいか分からないので、ついてまいりましたわ」

「お気持ち、お察しします。この通り、弟は優秀な宮廷薬師でして、弟がマダムのお悩みに答えてくれるでしょう」

 パッレは患者である貴婦人に対しては、薬師として態度を変えているようだった。

(ちょ、何言い出すんだこの)

 パッレが言外のジェスチャーでお前に任せると言うので、ファルマは仕方なくカウンセリングコーナーに通す。

 エレンの情報通り、若い母親は公爵夫人、長男出産後まもなくの状態で重い貧血を抱えていた。貧血の治療自体はパッレが行っているという。悩みの種は貧血ではなく、子供だ。父親に似ていない子供が生まれてしまったというのだ。目の色も髪の色も違う。しかも極めつけに、貴族の子供であるにも拘わらず神力もなかったという。神力のない子供が出たとなると、受け入れがたいのだろうと夫人は言う。

 侍女が、ファルマに赤子を見せに来た。確かに、公爵夫人は青髪で夫は赤髪であるのに、子供は黒髪だ。

「可愛いじゃないですか、お子さん。でもそれは……お困りですね」

 ファルマは沈痛な面持ちになる。

「でも、お子さんのお顔は公爵様と似ていると思いますわ」

 公爵のことも知るエレンは、似ていると言う。

「私もそう思うのですが、主人からは、神力のない子供を授かったというので、離縁するのですぐに屋敷を出て行けと……」

 不義を疑われた彼女は、子供ともども家を追い出されそうになっているとのこと。

「もう無念で、悔しくて。守護神である風神様に誓ってこの子は主人の子です。たとえ神力がなくても、髪の毛や目の色が違っても。何か、それを示す方法はないでしょうか」

「分かりました」

 ファルマは頷いた。あまりに痛切な言葉に、彼は夫人を信じることにした。

「外見が似ている似ていないが、親子関係を示す全てではありません」

 神力を持たない不義の子供と決めつけられてしまえば、孤児院に捨てられる可能性が高い。なんとしてでも、公爵に自分の子供だと認知してもらわなければならない。

「親子鑑定を行いましょう。それで、この子の父親が誰なのかを立証することができます。客観的に、そして中立的にです」

「お願いしますわ」

 公爵夫人ははらはらと涙を流しながらファルマの手を取った。

 ファルマは改めて赤子をよく見る。

(ん……?)

「神脈は、ありそうですよ」

 以前やったように神脈をさぐると、ファルマには見えた。弱弱しいが、確かに神脈は赤子の中に眠っている。

「ええっ、本当ですか?」 

「失礼、ちょっとお子さんをお預かりします。体重を量ってきますね」

 そう言って赤子を抱きあげ処置室に行き杖を握り、赤子の心臓のあたりに杖を挿し入れる。無詠唱で「”聖泉の湧出”」の神技をかけ、赤子の神脈を開いた。神力が溢れ出す。

「うん、脈が細いな」

 公爵の子供としては神力量が少ないが、なんとか貴族としての名目は立つだろう。

 痛みは無いはずだ、赤子は気持ちよさそうに眠っている。そして、言った通り体重を計って戻ってきた。

「エレン、神力計を持ってきて」

「わかったわ」

 エレンの持ってきた神力計のゲージが、わずかに触れた。

「神力が、ある……神殿では、この子に神力はない、神脈が見えないと言われましたのに」

 公爵夫人はほっとしたように、薬局を訪れて初めて笑顔になった。

「神脈をいじる神術をほんの少し使いました。見間違えたのかもしれませんね。のちほど、神殿に行って属性の鑑定をしてもらってください」

 とにかく、神力があればその神力が強かろうと弱かろうと貴族と認められるのだ。赤子は身分を回復することができるだろう、と夫人は喜ぶ。


「さ、ではあとは親子鑑定だけです。ここに公爵を連れてきていただけませんか。それから、完全に第三者である証人を」

「主人が、来てくれるかしら……もう顔も見たくないと言われていますのに」

 親子鑑定は、親と子の三者と証人の立会いがなければ無効なのだ。

 三者の立会いのない親子鑑定をしてその結果をもとに離婚問題に発展しているケースもあるが、そんなの他人のDNAを混ぜればいくらでも偽造できるからな、とファルマは言いたい。

「来てもらえなければ、結果を信用してもらうことができません、無効ですからとお伝えください」

「承知しましたわ。呼んで参ります」

 公爵夫人は大きくひとつ頷くと、帰っていった。


「ファルマ君、DNAを解析できるの? 今は試作・実験段階で、患者さんにやったことないわよね」

 エレンが心配そうにファルマに声をかける。彼はまだ、患者にDNA鑑定を行った経験はなかった。彼の手に一つの家族の運命がかかっている。


「読みに行くしかない。すべての答えは、その中にあるんだから」


挿絵(By みてみん)

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