5章1話 ファルマと生殖機能検査
ファルマが聖泉から戻って時は1147年5月になった。
ファルマはすっかり忘れていたのだが、最初の浴場オープンから遅れること半年、帝都の五つの浴場のうち一つがオープンした。黒死病を防いだファルマへの褒美として女帝が着々と建造を命じていたものだ。
彼が招かれたのは、帝都のはずれの小高い丘の上にある露天風呂。
見渡す限りに広がるのは、長い年月をかけ石灰質の沈着した純白の石灰華段丘。
そこへ豊かに温泉が湧き出てお湯が太陽光で真っ青に反射し、優美で壮大な光景を造り上げている。雨天に備え棚田の一部を覆うように大型のドームが備え付けられ、各種の内風呂もあり、全天候対応型のスパのようになっていた。
(なんかこの感じ、ヒエラポリス・パムッカレみたいだな)
その優美な光景に、ファルマは圧倒される。
「どうだ、ファルマよ。素晴らしい保養地であろう」
そんな彼の隣で全裸で入浴中のサン・フルーヴ帝国女帝は、今日も見事な肢体を見せつけながら、新たなテルマエの自慢を始める。
(ううっ、どっちかっていうと俺の目の保養だ……!)
「はい、これもまた自然美あふれる結構なテルマエでございます」
女帝の後ろには侍女たちがぐるりと取り囲むように控えて、多くの視線がファルマたちに集まっている。この場でたった一人の男性であるファルマは、居心地悪いことこの上なかった。
(何でまた陛下と一緒に入浴しないといけないんだ……! しかも何で毎度混浴しようとするんだよ。まさか残す三つのテルマエも混浴……?)
ファルマはゴクリと唾をのむ。
どこに視線を向けていたらいいのかと、挙動不審になってしまう。
それというのも、前回と同じシチュエーションでは面白くないという女帝が、今回はさらに過激なサプライズを用意していたからだ。
「ああ、真っ青なお湯と白い棚田の対比が鮮やかで美しいこと! 絶景です陛下!」
聞きなれた声が聞こえてくる。
(ていうか、なんてこった……)
そう、女帝の招待に預かったのはファルマだけではない。エレンもだ。前回、ファルマのテルマエに対するリアクションが薄めだったので、女帝の自己顕示欲を満たす褒め要員として動員されたのだった。
(何でちゃっかり呼ばれてるんだ、勘弁してくれよ~嫌がらせかよ~!)
「ってああっ、眼鏡がすぐ曇りますわ!」
(だろうね! わざと曇らせてないかもう!?)
エレンはひっきりなしに眼鏡の曇りを気にしている。
「そなたは愉快だな、エレオノール」
女帝はエレンにほほ笑んだ。
「まあ、光栄ですわ。陛下にお褒めいただけるなんて……!」
(今のはお褒めいただいたのかな)
ファルマは首をかしげる。エレンはファルマの存在をあまり気にしていないのかすっかりテルマエを堪能していた。
「と言う割りにはエレオノールよ、そなたの胸は遠慮というものを知らんようだが」
「きゃっ、陛下! どこをご覧に!」
「中身がしっかり詰まっとるのか、感触はどうなのか。どれ、少し揉ませてみよ」
女帝はエレンの、女神の祝福を受けたかのような豊満なバストと、自らの、これまた形の良い美乳を見比べて、ささやかな対抗意識を燃やしていた。
女帝が両手が明らかに胸を揉みにかかる手つきだ。
「きゃー! 陛下、ご無体な~!!」
「減るものではないぞ、よいではないか」
「減るものではありませんけれども!」
身の危険を感じたエレンが立ち上がったのでさっと目を背けたファルマは、今度はもう一人の少女と目が合う。彼はロッテとも混浴中だった。
(ああーこっちもー!)
生まれてこのかた人前で肌を出すなどもってのほか、と言われていたロッテは羞恥心と、女帝と一緒に入浴という恐れ多さから隅の方で固まっている。発育途中の自らの体型に自信がなく、誰にも見られてはなるものかと、体を抱え込んでいた。
そんなロッテは髪の毛をあげて、うなじを出し非日常的な色気を漂わせている。
「ロッテちゃん、何でさっきからすみっこにいるの? こっちにおいでよ」
「そうだ。ファルマが喜ぶぞ?」
女帝も面白がって口をそろえる。
「む、無理です~!」
ロッテの恥じらう様子はいじらしくて、ファルマに平常心でいろと言われても無理だ。
「シャルロットの胸の発育のほうはどうだ? ん? 確認しておかねばな?」
「おおおおお許しください陛下、お先に失礼いたします!」
ロッテはパニックに陥り、大慌てで風呂を出て行った。
(あーもう! 何やってんだこの人たち。目の毒、耳の毒だ!)
どの方向にも直視できないファルマは発狂寸前だった。
「ファルマよ、何を目をそらして真っ赤になっておるのだ?」
女帝はファルマをからかって上機嫌だ。
「何というかその、困ります」
心を込めて、ファルマはうったえた。
「そうか、そなたは奥手なのだな」
「温泉に混浴なんて、慣れませんからね」
「……温泉といえば、そうだ。聖泉はどのような泉だったのか」
女帝は思い出したかのように声を落とし、ファルマに尋ねる。
伝説の聖泉を見つけたという話は、場所は教えなかったが女帝やサロモン、そしてエレンには通しておいた。行きにくい場所といっても、人間にはまず無理だろう、そうも考えたからだ。
「聖泉の向こう側へは、行けたのか?」
「はい、一応は」
ファルマの歯ぎれは悪い。
「余も天上界を見ることはできんか」
「大変無礼を申し上げますが、陛下には向こう側には入れないと思います」
「む、そう冷たいことを申すな」
あっさりと断られ、女帝は頬をふくらませて拗ねた。
「私も、入れはしたものの、すぐにこちらの世界へ戻されましたし」
女帝はがっかりするに違いないな、と思いながらファルマは言葉を濁す。
「……詳しくは説明いたしかねますが、部屋のような場所でした」
ファルマの生前の職場などと言っても理解しても貰えないだろう。
「写真に撮ってくればよいではないか。文明の利器を使わんか」
「ま、まあ、今度機会があれば……」
異界の研究室が写真に写るとは思わないが……。
(あぁ、そういえば写真はともかくとして、PCやスマホを持ち出してくればよかったな)
こちらに持ち込んですぐ聖泉に水没することになるが、それはビニール袋の中に入れて戻ればいい。
ちなみにファルマが異界の研究室から持ち出してきた試薬類は、こちらの世界に入った時点で秘宝化したようだ。問題なく使えると分かるまで安易に使用せず、メディシス家の冷凍倉庫に厳重に保管し、多忙な時間の合間を縫って、ファルマは少しずつ性状試験を行っている。
「ファルマよ」
今度は真面目くさった表情で女帝がファルマを見つめる。
「はい?」
「完全に向こう側へ行ってしまうつもりはないのだろう?」
「……それは……」
あの異界に、ファルマの居場所はなかった。薬谷を助けて彼がそもそも過労死で死ななければ、今ファルマの中に宿っている自我が転生した事実が消える、そう推測できる。
(だったら俺はどうなる? あの時間の先に戻れるのか。それとも俺が死んだ前世の俺、薬谷 完治を助けたら……過去が分岐してしまって、まったく違う世界を生きることになるのか)
それが自分に、そしてこの世界と元の世界にどんな影響を与えるのか、ファルマには見えない。
返事に詰まるファルマを、女帝は残念そうに眺めていた。
「まあ、そなたの決めたことを余が止められるとは思わん、だが、どうしても往かねばならぬなら、できるだけこちらでゆっくりとしてから往け」
「陛下のご希望は承りました」
ファルマは何とも言い返せなくて、視線を伏せる。
彼女と出会ってからこのかた、何度となく乞われた希望だった。
「辛気臭い話は終わりだ。個人的な話になるが、そなたの結婚相手はどうなっておるのか。いっこうに報告がないが」
「な、何のことでしょうか」
ファルマの顔がひきつる。触れられたくないというか、デリケートすぎる問題だった。
「ブリュノに相手を決められてはおらんのか。あれは悠長だな、そなたへの縁談は山のように持ち込まれていると聞いておるのだが」
(縁談が山のようにって何だ? 誰の話だよ)
ファルマの耳がぴくりとする。浮いた話の一つもないと思っていたのはファルマだけだったようだ。
「薬師としての仕事に邁進しろとは言われておりますが。結婚は早いかなと……存じておりまして」
この時世、家督相続の問題が常に付きまとうので、貴族の子息の結婚問題については親同士の話しあいによって決められ、恋愛結婚はあり得ない。ブリュノは今のファルマに嫁は必要ないとシャットアウトしているのだろうが、女帝はファルマを諭す。
「そなたも立派な結婚適齢期だぞ」
(そうなのか?! 早すぎないか?)
貴族の結婚適齢期は13歳からだという。男子の場合は何歳までに結婚しなければならない、というものではないが、女帝は結婚を急がせたいようだった。
「兄の結婚もまだですし、兄を差し置いては……」
「兄は兄、弟は弟だ。めぼしい相手がおらぬのなら、余が見繕ってやるぞ。ありがたく思え。才色兼備のとっておきの美女をな! どうだ」
(ひいー! それ困る!)
「ははは……そのうち陛下のお力添えをいただければ」
ファルマがどうにかやり過ごそうと笑顔でごまかしていると、
「笑いごとではないぞ。はよう妻を娶り、子をもうけよ。そなたの子は破格の神力を持つであろうことは必至、子は帝国の宝だ」
(そういうことか……困ったな。だいたい、12歳で結婚相手を決めないといけないだなんて、相手に責任持てないよ)
ファルマの状況としては、今は結婚どころではない。
手つかずの懸案が盛りだくさんだし、ファルマもいつまでこの、ファルマ少年への憑依状態を続けていられるのか分からない。
平均寿命の短い世界ならではの事情なのだろうが、子供が子供を持つ、だなんて、元日本人のファルマにとっては考えられない。色々と落ち着いてから身の振り方を考えたい。
とはいえ、女帝の手前もある。
「帝国法では一妻が原則だが、そなたは特別に二人や三人は正妻として娶るがよい。余が許し、家族の保障もする。最低でも一人は娶るのだ」
今度は、希望ではなく勅令だった。
聖泉を出入りするようになったファルマが不測の事態で消滅してしまった時に備え、薬神の血を引く子孫を一人でも多く残せ。女帝は直截的にそう言っていた。
(この人も、さすが皇帝だけあってしたたかだな。だいたい、子孫を残すために結婚しろって……)
ファルマはどんよりした気分になった。女帝はそんなファルマの心情を汲み取ったのか、
「子孫を確実に残すということに関しては、帝国貴族の自由意志ではないぞ。それは義務だ」
「陛下のご命令は承りました。ですが生物学的な部分で完全な人間かどうかも怪しい私は、子孫を残せない体かもしれません。かりに私の子供を未来の妻が身ごもったとしても、母体にも生命の危険が及びます」
リスクを考えずに子孫を残そうとするのは、ファルマとしては無責任だと思う。
相手の女性を傷つけ、子供の命を弄ぶ。
恋愛感情があって相手を尊く思ってこそ、家族を持ちたいと思うべきだ。ファルマはそう思う。
「過去、守護神憑きが子孫を残した例はある。今では全ての血統が途絶えておるが」
(そうなのか……てか子供、できるんだ)
「神力は遺伝するものですか?」
「高い確率で遺伝する。だからそう言っておるのだ」
両親ともに優秀な神術使いの子は、やはり優秀だという。
「とはいえ、余がせっついて無理にくっつけてもその気になれんだろう。エレオノールとはどうなのだ」
じっと、ファルマの顔を至近距離から覗き込む女帝。
エレンも神力は強く家格もそれなりで、優秀な神術使いであるといえた。女帝の覚えもよい。
「ボヌフォワ嬢は、引く手あまたですし。年下の私など、釣り合わないのでは」
すぐ後ろにいる相手の名前が飛び出し、これにはまいって、ファルマもしどろもどろになり小声で答える。
(エレンに聞こえてやしないか? 何でこんなところで)
「そうか。そなたは年の近いシャルロットとも仲睦まじくしておると聞くが」
その反応を好意的に受け止めた女帝は、さらにロッテとの仲も詮索する。調べはついているようだった。
「陛下!」
「ふう、まあよい。楽しみにしておるぞ。来年、遅くとも再来年をめどに妻を娶るのだ。先に出る。喉が渇いた」
女帝はにこやかな笑顔を向けて、風呂から上がる。ファルマが妻を娶り帝国にとどまるのなら、特に聖泉への立ち入りは制限しないと去り際に告げた。
「ファルマ君」
女帝との話を聞かないように距離を取っていたエレンが、湯の中を泳ぐようにしてファルマに近づいてきた。エレンの先ほどまで上気していた顔は、すっかりと青ざめていた。
今、結婚の話などしていたので、エレンを意識してしまう。
「どうしたんだ、エレン。温泉入ってるのに顔色悪いぞ、湯あたりしたなら出た方がいい」
「そうじゃなくて! ねえ。きみの体、前より透けてるわ。見間違いじゃない、それって聖泉に行ったからなの?」
エレンはいよいよ心配そうだ。
「どのくらい透けてる? 人としてまずいぐらい透けてる?」
「う、うん……ごめん、そうね」
「気を使わなくていいよ、正直に言ってくれ」
「部屋の中ではまだしも、外に出ると気付く人はいると思うわ」
(客観的に見ても気付くのか……まずいな、これは)
太陽の下での半透明化は顕著だ。あと何回か異界に出入りすると存在そのものが消滅するのではないか。そんな懸念がファルマの頭をよぎった。それより以前に、帝都で生活できなくなる。
ファルマにとっては切実な問題だ。
「神力が強すぎてそうなってるのよ、でも減らそうにもファルマ君の場合、神力無尽蔵でちょっとやそっとじゃ減らないだろうし……」
神脈を塞ぐ方法は、とてもではないがファルマには効きそうにない。
(懸案が増えたな……)
テルマエをそれなりに堪能し薬局に戻ったファルマは、自分自身の透明化と、女帝の話を重く受け止めていた。
来年か再来年をめどに妻を娶れというあの話は、なかなかに重い。うんうんと悩んでいると、
「何を悩んでいらっしゃるんですか?」
事情を知らないロッテが無邪気に尋ねる。
「なんでも! ないよ」
(そもそも俺、こんな状態で人を妊娠させる能力あるのか? 人外の俺の遺伝子なんて残しても大丈夫か? 危険すぎるだろう)
子供どころか、母体にも悪影響を与えるのでは……というのも結婚を尻込みする理由だ。
ファルマ少年の体に憑依しているとはいっても、もはや元の性質を失っている。
異種交配にあたるのでは、と。そんなレベルだ。
「一応、男性妊孕能の一部だけでも調べとくか」
たとえ結婚するつもりはなかったとしても、せめて自分の体の事は把握しておきたい。
前世でも、自分の生殖機能の検査は自分でやったものだ。薬局の研究室では設備も不十分だが、最低限の機能は調べておきたかった。
「ってこれ、検査するには自分で採精するしかないのか」
自分の精巣めがけて針をぶっ挿すのは色々と辛いものがあるが、幸い、精通はついこの前あったばかりだ。自然に採取できる。エレンやロッテに手伝ってもらったら採精もはかどるだろうが、白い目で見られるのがオチだ。
(いかんいかん、何考えてんだ俺。言えるわけない、変態だろう!)
標準的な手法というわけで二日待って、実行することにした。
その日、ファルマは夕方、薬局を閉めてから四階の研究室で採精した。閉店後にしたのは、さすがにエレンやロッテ、バイトの薬師たちが階下にいる状況では落ち着かないからだ。
「はあ……俺何やってるんだろう」
事後。虚脱感で若干賢者モードになりながら、自前の検体を処理する。
まずは顕微鏡下でできる検査からだ。生理食塩水で懸濁し、手動の遠心分離をしたあと洗浄する。
「とりあえず、精液検査から」
ファルマは、精液量、精子濃度、総精子数、前進運動率、総運動率を顕微鏡下で調べてゆく。普段慣れているだけあって、おそろしく手際はよかった。
「総精子数はこんなもんかな」
ファルマはまだ子供なので、精液量は大人より少なめだ。
「精子生存率は……」
さらに生存している精子は、エオシンという色素で染めると染まらないので、染色を行って精子の生存率を計算する。その他も、時間をかけないよう処理を行う。
「生存率にも運動にも問題なさそうだ。あとは、一応精子DNAどうなってんのか調べたいな。宇宙にも行ったし宇宙放射線でダメージ受けてそうだよ」
もし、その環境があるならば詳細な精子DNAのゲノム解析をやりたいところだ。
しかしそれがない環境、簡易的な検査法を用いるしかなかった。
「電気ないから、電気を使ったコメットアッセイなんかのゲル電気泳動法もできないしな。どうすっかな」
そこで選んだのが、 ハロースパムテスト(Halosperm Test)だ。染色液で精子を染色すると、精子頭部の回りに青紫の環(Halo)が現れる。DNAにダメージのある精子では、環が出ない。いくつかの染色工程のあと、結果を確認する。
「ほとんど全部染まってる。DNA断片化もなさそう、正常だ」
塩基レベルでどうなっているのかは分からないが、とりあえずDNA本体のクロマチン構造は無事だ。
自分の体に何かしらの異常が起こっているとは分かり切っていたが、ひとまず検査できる範囲では正常のようで、ファルマもほっとする。
「あとは……ヒト動物交雑胚を造ればある程度のことが分かるけど」
マウスなどの哺乳類の卵を用意し、顕微授精(ICSI)によって注入したヒト精子と受精させ、胚として途中まで発生させることができるか、という方法で妊娠能力を確認する方法もある。ちなみに、人とマウスの精子と卵を受精させたからといってマウス獣人ができたりはせず、たいていの場合、発生は途中でとまる。
日本では、受精後の胚の胎内移植は禁じられていたが、その前段階では精子機能検査として用いる場合に限り、届け出をすれば合法ではあった。
「ま、それは今度でいいか。マウスもいないし。今日は帰ろっと」
また採精するのも嫌なので、残りの精子懸濁液はガラス管に充填して炎で口を閉じ、静かに液体窒素の中に沈めて凍結する。これでほかの実験を数回実施するだけの量は確保できた。
作業を終えたファルマがガチャっと研究室のドアを開け、
(あ、研究室出る前に白衣脱がなきゃ)
羽織っていた長白衣の前ボタンをはずし、ばっと脱ぐ。悲劇は起こった。
ファルマの目の前で、ロッテの悲鳴が上がったのだ。
「キャーっ! ファルマ様、下穿いてくださいーっ!」
「うわっ、ロッテ! 下って!?」
そういえば採精をした後、すぐにサンプルを処理しようと夢中になるあまり、パンツを穿くのを忘れていたようだ。
「そ、そんな恰好で何をなさっていたんですか!?」
長白衣を脱ぎ下半身が丸出しになったファルマと、忘れ物を取りに戻ってきたロッテが階段で鉢合わせ。
最悪の状況だった。
「いや、あの、これは違うんだ! ただ、俺の精子を……」
誰もいないと思って検査に夢中になるあまり、ファルマはやらかした。長白衣を羽織っていたので、下半身はあまりスースーしなかったので気付かなかったのだ。
(俺の精子をって何だよ、言葉のアヤにもほどがあるだろう。こりゃ何を言ってもだめだ、痛恨の極み……)
しかもコートを脱いで下半身を見せつけている変態のような構図になっていた。
憲兵さんこの人です、と憲兵の前に突き出されてもおかしくない。
「キャー! 何も見ていませんっ!」
ロッテは後ろも振り返らず、ダッシュで屋敷まで逃げ帰った。
その日から暫く、ファルマは非常に気まずく、ロッテと顔を合わせられなくなったという。




