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【完結済】異世界薬局(EP4)/【連載中】世界薬局(EP4.1)  作者: 高山 理図
Chapitre 4 治療医学・予防医学・錬金術 Médecine, Médecine préventive, Alchimie (1147年)
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4章17話 聖泉から原点へ

「今日はお疲れさま、エレン。寒かったと思うから、入浴して温まって」

 ユーゴーの城からエレンの屋敷に送り届けた頃には、深夜になっていた。

「エレンの家って門限あるんだっけ」

 年頃の女性を深夜まで連れまわして悪いことをした、とファルマは申し訳なく思う。そういえば、エレンの家庭事情をファルマは詳しく聞いたことがない。

「泊りがけの診療や実験もあるから、門限はないわ。ただ、ソフィちゃんが目を覚ますといけないから、音を立てずに入らないといけないけど」

 ボヌフォア家の門限は緩いようだった。

「ソフィは敏感だからな」

 ボヌフォア伯爵家で養子にしたソフィについては、エレンが面倒を見れない時は専属の乳母がついて面倒を見てくれているという。

「ファルマ君も今日はお疲れさま。しっかり休んでね……っくし!」

 エレンからくしゃみと鼻水が出た。

 季節は四月で、それほど寒くはないのだが、上空を飛んだことで体の芯まで冷え切ったエレンである。彼女の眼鏡は真っ白に曇っていた。

「ファルマ君はいつも空飛ぶ時、寒くないの? 薄着よね」

「うん、寒いといえば寒い気もするけど、別に……」

 そういえば、ファルマは飛翔している間の寒さについては気にならなかった。

 寒すぎるという、エレンの反応が普通なのだ。


「風邪ひかないようにね、おやすみ」

 風邪とは無縁のファルマは手を振って、エレンの屋敷をあとにした。

 エレンを下ろすと、実体があるやらないやらのファルマはいっそう軽やかに飛翔できた。

 晶石の増えた薬神杖は絶好調だ。パワーアップしているような気にさえなる。


(俺には分からないことだらけだけど……ひとつ、今日中にはっきりさせておくか)

 もう、とっくに屋敷の人間は寝静まっている時間だ。ド・メディシス家の就寝時刻は早い。遅くなるかもしれないが、心配しないでくれとはロッテに伝えていた。なのでファルマはそのままド・メディシス家へは戻らず、聖泉のあると思しき方向を目指すことにした。

 かといってやみくもに探すのではない。あてはあった。

 ユーゴー尊爵からいくつかの聖泉に関するヒントを聞いたのだ。

 長年にわたり錬金術師の間で伝わる古文書を紐解いて確実な情報を集め、さらに神術にも詳しいユーゴーの知識は地に足がついていた。聖泉かもしれないという予測のもとに、ユーゴーが印をつけた地図をファルマは平和的に借り受けた。決して脅し取ったわけではない。

 その地図と、帝都の地下洞窟の底で石板と秘宝が光線で示した方角を頼りに、絞り込んだ三か所の場所をあたる。

 一か所は数々の伝説のあるいわくつきの場所。だが、晶石の層のないただの酸の泉だった。

 もう一か所は山中の濁った沼で、底には大量の人骨があったが、聖泉ではなさそうだ。


 ファルマは最後に、帝都から最も遠い、切り立った台地の中央に位置するその場所にやってきた。

 台地全体は雲で覆いつくされ、人の目から隠されているようだ。

 生物の気配はなく、風の音だけが不気味に聞こえ幽境という言葉がしっくりくる。あまりに断崖絶壁なので、人間には辿り着けない場所とされたのも確かに頷ける。


 ファルマが台地に降り立つと、台地を覆い隠していた分厚い雲の層はかき消えた。

「お。探しやすくなった。……あれか?」

 ファルマが見つけたのは、井戸を少し大きくしたような、見逃すほどの小さな泉だった。

 ファルマの神力を受けてか、泉の底が輝いて反射している。晶石の層がある。


「これが聖泉か……」

 と、ファルマは水面を覗き込む。

「また、硫酸湖じゃないよな」

 泉になみなみ湛えられていたのは、硫酸などではなくただの水だ。前回のように泉の番人の怪魚もいない。だからといって、怪しげな水の中に入るのはためらわれた。


「“水消去”」

 そこでファルマは以前と同じように、泉から水を消し去る。

 薬神杖で浮遊しながら泉の底をあらためると、帝都の地下で見たそれと同じように、分厚い晶石の層があった。


 湖の底にはやはり、おなじみの石板が見えた。

(あった! なんて書いてある?)

 石板の文字を読む。


【ここは聖泉、異界の扉の真裏。天をみよ】


 ファルマの判読できる言語では、その一言だけ。その他にはファルマの知らない言語でつらつらと説明のようなものが刻まれている。

 大秘宝と呼ばれるファルマの生前の職員証を近づけると、石板から白い光があふれ、その光は一直線に天を指した。

(今度はどこだ、どこを指した!?) 

 とファルマは期待を込めて夜空を見上げる。


「何も……ないじゃないか」


 収穫のないままふらふらと屋敷に帰り着くと、朝になってしまった。

(まずいぞ、朝帰りだ)

「おかえりなさいませ、ファルマ様」

 ファルマが忍び込むように屋敷に戻ると、きちんと身支度を整えたロッテ、そして起き抜けのブランシュと玄関で鉢合わせた。

(うわぁ……)

 三人の間に、気まずい空気が流れる。

 しばしの気まずい沈黙のあと、口を開いたのはブランシュだった。

「あにうえー、どこいってたのー? 待ってたのに遅いのー。昨日は一緒にお風呂入る約束してたのにぃー」

 ブランシュがぬいぐるみを両手に抱えながら上目遣いで甘い声を出す。ファルマが帰ってこなかったのが気に入らない様子だ。

「そんな約束してないだろ!?」

 変な話をしないでくれ、とファルマはロッテの視線を気にしながら赤面する。そのロッテはロッテで、

「ファルマ様はエレオノール様とお泊りだったのですか? あっ……なんでもありません」

 前日にエレンとファルマが二人で出かけて行ったのを見たロッテは、詮索しすぎたことに気付き、恥ずかしそうに俯いた。

「まあ、ちょっとね。ユーゴー尊爵の領地に出かけていたんだよ」

 ロッテに心配をかけてはいけないと思いつつも、全てを隠してしまうと余計に心配させてしまうと考えたファルマは、言葉を濁すにとどめた。


「あっ。そ、そうですよね。失礼いたしましたっ!」

 ロッテの視点では、ファルマと二人でお泊りデートに出ていたように見えたのだ。

 お泊りで何をするのかはロッテには想像できないが、エレンとの親密ぶりを見せつけられることになった。

(あーすごい勘違いされてるなー)

 ファルマが白目になっていた微妙なタイミングで、パッレも起きてきた。

「おやおやおや。どうしたんだ、ファルマ。お前もいっちょまえに朝帰りか? まさかエレオノールと何かあったんじゃないだろうな。やめておけ、エレオノールなんか」

 パッレは意味深な言葉を発する。やはりエレンとパッレは犬猿の仲だ。

「何もないって! あるわけないだろ!」

「何故そんなに必死に否定をする。余計に怪しいぞ……ん? お前」

 茶化していたパッレは、ファルマの神力に変化が生じたことを見抜いたようだ。

「お前、ちょっと雰囲気が変わったな」

 ユーゴーの城の地下室で、大量の晶石の記憶を相手にした時を境にだ。

「そう? 気のせいだよ。エレンとは深夜に別れて、その後は一人で探し物をしていたんだ」

 ファルマは誤解のないよう正直に打ち明けた。

「なんだって夜中に、そんなに大事なものだったのか?」

 パッレが苦笑する。

「探し物は見つかりましたか?」

 ロッテがきょとんと首を傾ける。

「見つからなかったよ」

 がっくりとした様子のファルマを見たロッテは、にっこりとほほ笑む。


「明るくなってから、ファルマ様が探した他の場所も探してみましょう。私でよければお手伝いします。探すの、得意なんです」

 ロッテは、ブランシュのなくしたものをあっという間に発見する特技を持っていた。ロッテの言葉には説得力がある。

(そうか……時間をずらせば、違うものが見えるかもしれないな)

 ロッテの言葉に、ファルマは諦めるのはまだ早いと気を取り直した。


「まあなんだ、あんまりフラフラして家族を心配させんな、な?」

 パッレはロッテやブランシュの思いを代弁する。

「ごめん」

 それを重く受け止めたファルマは、悪びれる。


「私は、ファルマ様が無事に戻ってきてくださってよかったです」

 ロッテはファルマによりいっそう明るい笑顔を向けた。その笑顔にファルマは今日も癒される。ファルマを質問攻めにしたいだろうに、彼女は黙って受け入れてくれる。いつだってそうだ。

(俺の居場所はここだな)

 ここにいていいのだと言われたような気がした。


 翌日、ファルマは休日だったのでまだ日が高いうちに、聖泉を再訪問してみた。一緒に探してくれると言ったロッテも連れていきたかったが、ロッテには飛翔ができるということを明かしていないので、驚かせてしまう。悩んだ挙句、一人でやってきた。


 昼食後一時間ほど飛翔をして、目的地にたどり着く。

 一日経って訪れた聖泉には、また水がたっぷりと張られている。

「水が溜まるの、異様に早いな、水消……」

 水消去と言いかけて、ロッテの言葉を思い出す。前とは違う方法を試すならば、水を消去しない方がいいのでは、と考え直したのだ。


「もしかして、水の中から違う景色が見えるんだろうか。光の屈折もあるしな」

 ファルマはそうかと気付くと、濡れるのもかまわず、頭から水底へ潜った。

 四苦八苦しながら泉の底へたどり着き、職員証を石板にかざす。

 そして、石板の放った光を追いかけるように振り返り、水底からゆらめく青空を見つめてみた。


 水面に、今ファルマが作ったばかりのさざ波が見えた。

 そして――彼は見たのだ。

 泉の水面に映り、ゆらめいていたもの。


 彼の生前務めていた大学の、研究室の入り口の扉があった。


(えっ……?)

 幻覚ではないかと、ファルマは目を疑う。


『異界の扉の真裏』という、泉底の石板に刻まれた文字の意味が理解できた。

 ファルマは注意深く浮上し、水面に近づく。

(なんてこった……ロッテに感謝だな)

 泉の水面を、水を張った状態で、真裏から見なければ見えなかったものだ。

 ファルマは水面に手を差し入れた。しかし、ファルマが手を伸ばして少しでも水面がさざめくと、異界の映像は消えてしまう。


(くそっ、もどかしい。どうすれば……)

 そうだ。凍結だ、とファルマは思いたつ。彼は素手で神術を使い、水面に透明な氷を張る。次は水面に氷が張った状態で、氷を壊さず裏側からアプローチをする。

 これならば、もう水面は揺らめかない。彼は恐る恐る、右手を氷の表面に突っ込む。氷の向こうに、そして異界へとファルマの手は通った。

(抜けた! 思ってみれば、氷の神術を使えないと入れないな……)

 水の神術を使える偶然は、この時のために用意されていた必然のようにも思えた。

 その手で研究室のドアのレバーを引いてみたが、びくともしない。

 扉に取り付けられた防犯のための電子認証装置が作動していた。


(まさか……こんなときのためのこれか!)

 ファルマは職員証を扉にかざした。


 ウィーン……ガチン。


 機械的な音とともに電子錠が外れ、研究室の扉が中開きになる。

 ファルマはそろりそろりと頭を突っ込み、半身だけ異界の扉の向こうへと入りこんだ。

 遂に研究室の中に入り込むと、すぐに戻れるように入った扉は開いたまま、ドアストッパーを噛ませる。これで、行き来はできるはずだ。


「俺は……夢を見ているのか」

 カチッ、カチッ、研究室の中で時計が秒針を刻む音が聞こえる。

 そしてファルマの視界に、見たくなかった光景が飛び込んできた。

 白衣を着た一人の男が、寝袋にくるまって研究室の隅のソファーに寝ていた。


(いた……)

 T大学薬学研究科 准教授 薬谷やくたに 完治かんじ、生前のファルマである。

「おい、俺!」

 ファルマは思わず男の肩に触れたが、男はファルマに気付かない。強く叩いても、びくともしない。目を開こうと瞼をいじっても頬をつねろうとしても肉をつまめず、ファルマは男に触れることも干渉することもできなかった。

 ファルマは何とも言えない心境で男を見つめる。 


(この俺自身に、ファルマは干渉できないのか……)

 その男は自分でありながら、自分ではないかのようだ。

 ファルマは薬谷のデスクに置いてある、日付つきの時計を見る。

 日付は、彼の命日となったであろう日の当日。

 午前三時五十分。

 薬谷准教授は研究室で仮眠をとったまま、そのまま睡眠中に他界してしまうのだ。

 この男が、もう二度と目を覚ますことはない。


 だが、まだ生きていた。


 ファルマは男が机の上に置いていたスマートフォンを取り上げ、外部と連絡が取れるかを試みた。

 無常にも電波は圏外。飛んでいるハズのWi-Fiにもアクセスできない。

 研究室内の固定電話も内線もつながらない。

 PCは動くものの、やはり回線は途切れている。

 ブラインドごしに見えた窓の外は、真っ暗だ。夜、ではない。そこは暗黒だった。

 そこになければならない街の明かりすら見えない。 


(異界なのか、ここは……)


 ファルマは生前の記憶を手繰り寄せながら、研究室の中を見て回った。

 室内はまったくあの時、最後に眠りにつく直前の状態のまま。

 稼働中の装置超低温冷凍庫のモーター音が耳に懐かしい。超遠心分離機はあと4時間連続稼働するはずだ。彼が最後にセットした大規模ゲノム解析装置のワークステーションが何台も稼働している。実験台の上に置かれた試薬類、積み上げられたノート。主亡きあとも動き続けるであろう、無数の精密実験機器に囲まれた部屋。


 研究室内の全てのものに、ふれることはできた。

 今、これが夢であったとしても。この場でできることは何か。ファルマは口腔粘膜細胞を採取し、前処理をして全ゲノム情報解析装置にセットした。


 まず、知るべきものは自分。

 このファルマという存在が何者なのかを、現代科学の粋を集め、データにして暴き出す。


(くそ、データが出るまでに時間がかかる。扉はまだ繋がっているのか?)

 彼は、ドアロックをかけた泉の入り口を見た。

 ドアは先ほどファルマが開いたままで、閉まる気配はない。

 彼はせき立てられるようにいくつかの試薬と、サンプル入りのチューブを冷凍庫から取り出し、発泡スチロールケースに入れた。次に、この世界への縁ある人々への遺書をしたためようかと思案した時点で、


「ううっ、ぐうううーーっ!」

 ソファに横たわる薬谷の呼吸が荒くなり、もがき苦しみはじめた。

 診眼を使おうとしたが、この部屋の中ではファルマの能力は使えなかった。

 遂にこのときが来たか、とファルマは動揺する。


(助けるべきか、どうする!?)

 診眼に問えなくても、助ける方法はある。心肺蘇生(CPR)をしつつ、研究室内にあるアドレナリンを投与すればいい。

 だが、ファルマに彼の心肺蘇生はできなかった。

 全体重をかけて押しても、胸骨がへこまないのだ。さきほど試したように、やはり薬谷の肉体に、ファルマは干渉できない。薬剤を投与しようにも注射針も皮膚に通らない。それ以上の対処を施す猶予は与えられなかった。


 ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ……。


 アラームが鳴った。深夜の実験中だった生前の薬谷が、仮眠のために午前三時四十二分の一時間後、つまり四時四十二分にセットしていたものだ。

 それがけたたましく鳴った。

(四時……四十二分!)

 ……それを引き金にしたかのように、ファルマの意識は研究室の扉の外にはじき飛ばされた。


 視界ごとホワイトアウトして、どれほどの時間が経っただろうか。

 気が付けば彼はもとの世界の聖泉に浮いていた。


「ああ……」

 泉の表面に張られていたであろう氷は、すっかり解けていた。

 夢から覚めたのだろうか。それとも、こちらの世界こそが夢の世界で、ファルマはまだ夢を見続けているのか。彼は酩酊とする。

 意識を繋ぎとめ、状況を整理しようと努めた。


 ふと、いつもより陽光を眩く感じて、手を太陽にかざす。

 その時、研究室内から取ってきた試薬入り発泡スチロールケースが泉の水面にプカプカと浮いていることに気付いた。とっさに握ってきたのだろう。おぼつかない手つきでケースに触れる。

「夢じゃない……のか」

 ファルマは一気に目が覚めた。そしてさらに、無意識に太陽にかざした手を見てはっと息を飲んだ。


 異界を往復した代償なのか、ファルマの手は、聖泉に入る前より明らかに透けていた。

「……これは……」


 ファルマはサロモンから聞いた薬神の伝説を思い出す。

 先代の薬神は聖泉から天上の世界への出入りを繰り返すうち、ある日を境にそのまま戻ってこなくなったと。


(彼女は……、どんどん実体を失い、この世界から消えたんだろうか)

 今のファルマになら、先代の薬神に何が起こったのか分かる。


「ここは、どこだ……この世界は、いったい何なんだ」

 その答えを得るために、ファルマは泉から出た。

 発泡スチロールのケースを目立つ場所に置くと、薬神杖一本を手に天をめがけて飛翔をし、どこまでも昇った。

 猛スピードで、垂直に、薬神杖に身を任せ空気がなくなるまで、空がやがて宙になるまで。宇宙に届く距離へ、ひたすら空を駆けのぼった。

 凍てつく寒さが彼を襲い、彼の体表についた水滴が凍るが、彼の身は凍らず、酸素が薄くなってきても息苦しくすらない。


 息を肺の中から吐ききった。

 空気を溜めたままこれ以上上昇すると、肺が破裂してしまう。そう考えたのだ。

 だが、人間らしくそんな気を回している自分をファルマは滑稽に思った。 

 もう、とっくに人間ではないのに、自己防衛本能がまだ働くのだ。


 生きた死者は死なないと、分かっているのに……。


(天辺まで行って、世界を見てやる!)


 半分は八つ当たり。半分は現実逃避だ。ただただ何も考えず、もう戻れないのではと思うほど遠く高い場所へ到達した。

 そしてファルマははじめて、その惑星の宇宙空間から地上を見た。

 分かっていたことだが、彼が見た青い惑星、それは地球とはまったく似ても似つかない、ファルマの知らない星だ。海洋の形も、陸の形も、彼の記憶にあった地球のそれとは違う。


(なんだよ、これ……)


 宇宙と向かい合うことは、自己と向かい合うことでもある。

 恐ろしいまでの無音の中で、聞こえるのは体内の音だけだ。

 何千年も、何万年もの時を超えたような、途方もない孤独を感じた。


 そこから見える宇宙には、無数の星々がひしめきあっている。だが、どれだけ探しても、見渡す限りに太陽系の惑星はない。太陽に似た星があり、月があっても、似ているようで宇宙のありようはまったく違う。

 極限の低温、そして猛烈な宇宙線の放射が彼を苛む。 

 太陽ではない恒星が、ファルマのいた惑星に影を作っていた。


(地球ではない。惑星だった……。でも、ならここは、どこだ)


 これまで後回しにしていた大きな謎を、ファルマは改めて突きつけられた思いだ。

 八方ふさがりになったような気がして、あらんかぎり無音の絶叫をしたあと、惑星の自転に置いてゆかれないよう、重力に任せてゆっくりと地上を目指す。


 大気圏に入っても、ファルマの体は燃えたりしない。

 この惑星を包む大気にすら、存在を拒絶されているような気がした。

 近づいてくる地面を見据え、ファルマは落ちてゆく。


 今は戻るしかなかった。

 ファルマ・ド・メディシスとなった今の彼に、相応しい居場所へと。


挿絵(By みてみん)


4章終了です。5章へお進みください。

また、書籍一巻発売しました。

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