4章14話 錬金術師エルメスの破滅
本日は2話あります。前の話がありますのでご確認ください。
恐ろしい事実に気付いたファルマがサロモンと別れ、真相を確かめるためにユーゴーのいる宮殿の薬師控室に入ろうとすると、何も知らない薬師と廷臣がちょうど帝都で評判の錬金術師の噂話をして盛り上がっているのが部屋の中から聞こえてきた。
(お、もってこいのタイミングで話が出たな)
ファルマから話題を切り出さなくてもよさそうだ。
「……それで、実演で錬金に成功したそうですね」
「先日も帝都某所で実演会が行われ、どうやら盛況だったようですよ。なんでも、またホムンクルスを見せたとか」
錬金術師エルメスの噂は、ついに宮廷にも聞こえるようになったらしい。
「一度、見に行ってみたいものですな」
「錬金術師かその弟子でなければ会場に入れないようですよ。貴族の錬金術師は門前払いを食らっているようですから、平民の錬金術師となると伝手がありませんな……」
エルメスはうまくしたもので、詐欺の露見を恐れてか、教養のありそうな貴族の錬金術師を会場からシャットアウトしているとのことだった。
(そうか、ピエールさんは平民の錬金術師だったから入れてもらえたのか)
「皆さん、こんにちは」
ファルマは何食わぬ顔で彼らの会話の途中で薬師控室に入ったので、二人の薬師たちが振り向く。
「おや、ファルマ師。こんにちは。今日は非番では」
「少々残務がありまして。仕事が終わったら、すぐに帰ります」
ファルマは適当な理由をでっちあげる。
すると、丁度良かったとばかり一級薬師の一人がファルマとユーゴーに話を振った。
「ご苦労様です。そうだ、尊爵様とファルマ師はその錬金術師の話をご存知ですか?」
廷臣の診察を終え、カルテをつけ終わり帰り支度をしていたユーゴーは、不意を突かれた様子だった。
「ああ。まあ、耳には入れてはいますが、ワシが術を見ることはできませんし、ペテンに興味はありませんな」
関与を疑われないようにか、エルメスの錬金術をペテンと切って捨てた。
「ペテンなんですかね、夢のある話ではありますが。ファルマ師は錬金は理論的に可能だと思われますか?」
暢気な薬師は、興味本位でファルマにさらに突っ込んだ質問をする。
「金は元素ですので、合成して新たにできるものではないのです。何か特殊な神術を使ったのでなければ、確実に詐欺ですね」
ファルマがあっさりと本質をついた説明をすると、ぴくっ、とユーゴーの動きが止まった。そしてユーゴーはファルマを疑わしげに、じろりと眺める。
「どうかしましたか? 尊爵様」
と、ファルマはすまして視線を返す。
「いや……」
あの夜は女装をしていたからか、ユーゴーはファルマが錬金術の集会に立ち会っていたことに気付いていないようだった。
「そうですか、ではけしからん詐欺師ですね。帝国は取り締まるべきだ」
詐欺と聞いて失望した薬師は、早く懲らしめなければと鼻息を荒げる。
「金なんてできるわけがないよな」
薬師と廷臣が笑っていたところで、ファルマは言った。
「金を見せるだけでよいのならできますよ」
「ええっ、本当ですか?!」
薬師たちは喜んだ。
「さあ、皆さんも目を閉じて念じてください、金よ出ろと」
ファルマは右手を軽くかざし、眼を閉じて呪文らしき言葉を唱える。
そして、思いつきのままに適当な詠唱を終えると、すっと目を開けた。
「出ましたよ」
そんな言葉と共に、ファルマは自信たっぷりに両手を広げる。
なぜか得意げなファルマに対し、薬師たちはからかわれたのかと失笑した。ユーゴーも、やれやれといった様子で溜息をつく。
「何もないぞ」
「はは、これは一杯くわされました。ファルマ師は私たちをからかっておいでだ」
ファルマは彼らと一緒になって笑ってから、ふと指を後ろに向けた。
「後ろですよ」
ふわりと金粉が舞い、彼らの視界の隅に黄金が入り込んだ。
「えっ!?」
彼らがはじかれたように振り返ると、部屋を埋め尽くすほどの砂金の山が鎮座していた。黄金の山の表面からは金が湧き出し、さらさらと表面を滑り落ちていた。
それは帝国中の金を集めたかのような、有無を言わせぬ金の量だった。
薬師は目をぱちくりとさせると、思わず砂金の山の中に手を突っ込み、その質感を確かめる。
「さて、見ましたね?」
彼らがそれを目に入れたのを見届けたファルマがパチンと指を鳴らすと、黄金は跡形もなく消滅した。
「なっ……今の黄金は一体……!?」
薬師たちもユーゴーもあっけにとられていたが、薬師たちは次に拍手を送った。
「本物だと思いましたか?」
ファルマはユーゴーの反応を窺いながら冗談めかして尋ねる。
「今、何をどうやった!?」
「気になりますか。ただの手品です」
ファルマは涼しい顔をして答えるのだった。
「手品? これが? いやあ、これはお見事。どうやったのか、教えてくださいよ」
「これは余興にいいですね。件の錬金術師もほんの一握りほどの金を出すのが精いっぱいだったと聞きますから、ファルマ師の見世物は規模が違う!」
「手品のタネは秘密にしておかないと、興ざめですからね」
ファルマはもっともらしく理由をつけて種明かしを断った。そのからくりは、物質創造で金を創り出し、消去できれいさっぱり消したのだ。タネも仕掛けもない本当の意味での錬金を披露し、エルメスとは逆に手品だと称した。錬金ショーを無価値なものにしたのだ。
「ファルマ様にはかないませんな」
上手い見世物を見たとばかり、薬師たちは喜んだ。
だが、ユーゴーは顔を引きつらせ、笑わなかった。タネを仕込む時間はなかった、既存のどんなトリックを使っても、今の見世物は不可能。手品ではないと勘付いたからだ。
「もし、これ以上詐欺を続けるのであれば、全てのトリックを暴いて裁きを受けさせます」
ファルマは、場にいた全員に話しながら、その実ユーゴー一人に釘をさした。
「おお、それは胸がすくでしょうな。是非やっつけてください」
薬師たちも、面白そうだとはやしたてる。
「悪事がバレるのは時間の問題です」
ファルマが放った言葉は、そのままユーゴーにとっての直接的な脅威となった。
そしてユーゴーはファルマの指に、見覚えのある指輪がはめられているのを見たのだった。
ファルマがユーゴーを牽制して宮殿を去り、馬を走らせド・メディシス家へと戻る途中、背後をつけられていることに気付いた。そのまま家へは戻らず、帝都郊外の荒れ地へと馬を走らせる。
ファルマが振り返ると、仮面の男が馬に乗って尾行していた。
その正体は、もうファルマの知るところだ。
「仮面を取ってはどうですか、尊爵様。隠さなくてもわかっています」
手っ取り早く、ファルマは仮面の男に呼びかける。
「錬金術師エルメスは、あなたですね。もう、こんなことはやめたらどうですか?」
全てを見通したかのようなファルマの口ぶりに、ユーゴーは豹変し、邪悪な微笑を向けた。
「やれやれ。余計な首をつっこまなければ、よかったものを……もはや生かしてはおけなくなった」
ユーゴーは晶石の3つついた金の杖を抜いた。ユーゴーの神術使いとしての腕は、上々だ。
彼の行動に呼応し、ファルマも薬神杖を抜く。
ファルマの手に、すらりとしたフォルムの美しく透明な杖が握られた。それを見たユーゴーは後ずさりする。
ファルマは常に薬神杖を帯びていたが鞘に入れており、宮廷で杖を抜いたことはなかった。
「何だ、その杖は……! 薬神杖……なぜそれがここにある!? 人間には触れられん杖のハズだ」
「おや、ご存じですか」
ファルマはくるりとそれを回転して見せびらかす。
宮廷薬師ユーゴーの守護神は薬神、それだからか、薬神の薬神杖を知っていた。
もし、ファルマが薬神の聖紋の刻まれた腕を見せたら、その意味を知るユーゴーは悲鳴を上げてひれ伏しただろう。
「私も知っていることがありますよ」
ファルマは一呼吸置いた。
「この杖の晶石と同じ硫酸湖の底の晶石には、死者の魂が封じ込められている。それを発見したあなたは、晶石を溶かして猿に死者の魂をとりつかせ、ホムンクルスだなどとうそぶき、多くの人を騙した。また、豊富な知識を悪用して、生活に困窮している平民錬金術師を相手に詐欺を働いた。……違いますか?」
ユーゴーからの反論はなかった。
多少かまをかけてみたところはあったが、ある程度図星だったようだ。
「どうしてあんなことをしたんです? あなたの詐欺のために、大事な部下も一人失ったでしょう」
「部下? あれは生きた死体だ。もともと死んでいたのだ、構いはせん」
ユーゴーはファルマに杖を向ける。
(生きた死体? どういう意味だ?)
あの女錬金術師に体温はあったし、息遣いもあった。死体でも悪霊でもなかった。どういう意味なのかと、ファルマは勘ぐる。
「ワシの崇高なる計画を、お前などに分かってたまるか……」
そして、怨恨というものを噛み殺したような声を出した。
「お前などに分かってたまるか! ファルマーーッ! お前などにーーッ!!」
目を剥き、口角泡を飛ばしながら絶叫する。
温和で上品な紳士だったかつての宮廷薬師の姿は見る影もなかった。憎悪にとりつかれ我を失った、哀れで醜い男がそこにいた。
(完全に逆恨みだな)
ファルマは、薬神杖を手にふわりと浮遊した。と同時に、普段は抑え気味にしていた神力を半分ほど解放する。場には瞬時にして神力だまりが発生し、神力の渦を作った。
雷鳴が轟き、暴風に揉まれ、大気が震える。
「”水の槍……”」
格の違いを思い知ったのだろう、恐慌状態になったユーゴーが神術を放とうとしたが、ファルマの神力に押しつぶされ、神力を杖に呼び込むことすらできず、発動すらしなかった。ユーゴーは水属性神術使いだ、同系統の術を使うことで、ファルマに力を喰われてしまった。
ファルマはわざとらしく大きな動作で薬神杖を振る。杖を振り切ると、ユーゴーのすぐ傍を掠めるように、氷の柱が幾重にも空へと突き立った。だが、ユーゴーに氷柱は当たらなかった。
間接的に神力をぶつけられた圧力で、ユーゴーの杖は粉々に破壊された。
「どうした? 撃てないのか?」
膝から崩れ落ちガタガタと怯えるユーゴーに、ファルマは上空から悠然と彼を見下ろし声をかける。手を出してはいけない相手だったと、ユーゴーは遅まきながら気づいた。
パニック状態になったユーゴーは、まだあまり帝国では出回っていなかったリボルバー式拳銃を取り出し、複数弾ファルマをめがけがむしゃらに発砲した。
(最新式拳銃か。大貴族が聞いてあきれるな)
弾丸の軌跡は、ファルマの目にはやけに遅く見えた。
ファルマの神経伝達速度が、一気に加速しているのだ。
(受けるか)
貴族は、杖一本あればそれで戦う。
剣や銃はたとえそこにあって、自分が瀕死であったとしても絶対に使わないものだ。
エレンにそう聞いていたファルマは、ユーゴーを見損なう。
「やった……!」
思わずユーゴーが叫んでしまうほど、射撃は正確だった。三発がファルマの胸部に命中したかと思いきや、服に穴が開いただけで、弾丸はファルマの体を貫通して無傷だった。
ファルマは全くガードをせず、神術も使わず全ての弾丸をその身に受けた。
速度と質量を持ってぶつかってきたもの、認識したものは半実体化することによって回避できる。そんな、自らの体の特性を知っているからだ。
「お前は……何者だ! ば、化け物か……っ!」
弾丸はファルマに当たっている。当たっているが倒れない。ぴくりともしない。
ユーゴーがようやく震える唇で紡いだ、罵倒にもならない言葉がそれだった。
「さあ、何者なんだろうな?」
自分が何なのかだなんて、ファルマにも分からないのだ。
「いくぞ」
ファルマが軽く指先をはじくと、ユーゴーの下半身を分厚い氷が覆い、土壌ごと凍り付き、まったく動かなくなった。悲鳴を上げてもがくユーゴーに、ファルマは浮遊しつつゆっくりと近づくと、薬神杖を逆手に持って振りかぶり、ユーゴーの恐怖心を煽って一気に杖を振り下ろした。
刺される……と察知したユーゴーはガードも中途半端に、体をこわばらせ目を閉ざす。
しかし、死への一撃はなく、薬神杖はユーゴーの頭蓋を貫通していた。
「聖泉の衰涸」
ファルマの声がユーゴーの脳内に響き、杖で脳をかき回されたかのような感触がして、カチン、とユーゴーの体奥で何かが閉ざされた音がした。神脈の閉鎖は無詠唱でできるのだが、何をしたか分からせるために、ファルマは敢えて発動詠唱を発音して彼の耳に刻み付けた。
そのまま、ファルマは彼に囁くように話しかける。
「お前の神脈は俺が閉じた。詐欺被害者に賠償をし、二度と詐欺をしないのであれば罪は不問にし、もう一度神脈を開いてやる。さもなければ、お前は破滅だ」
そう言い終えると、ユーゴーの半身の凍結を解除する。
「ひ……ぃ」
子どもとは思えないほどの絶対的な威圧と強制力を含んだ言葉に、ユーゴーは歯の根が合わず、失禁していた。ファルマは彼を荒野に残して馬に乗り、屋敷へと帰って行った。
結局、ユーゴーはまったくの無傷だったが、精神的には深刻なトラウマを負った。
その後、帝都で錬金術勉強会は二度と開催されることはなく、エルメスという錬金術師は闇の中に消えた。ファルマにやりこめられたユーゴーは、財産を切り崩し錬金術師たちに賠償をした。尊爵家の財力をもってすれば、錬金術師から集めた金は大した金額ではなかった。錬金術師たちは、差出人不明の金塊を受け取り、たいそう喜んだという。
言った通りにしたので、そろそろ神脈を開いてやろうかとファルマが考えていたところ、それから暫くもしないうち、ユーゴーは女帝に宮廷薬師を辞退する旨を告げ、バッジを返却して領地へ逃げ帰った。
この間、ユーゴーはファルマから徹底的に逃げ続け、一度も顔を合わさなかった。廷臣たちに聞けば、宮廷でファルマの名が出ようものなら、奇声を上げてどこかへ走り去ってしまったという。廷臣たちの間では、尊爵はファルマへの嫉妬のあまり発狂してしまった、ということになっていた。
その頃には、ピエールの火傷は癒えて元気に営業を再開した。
「やっちまった……」
多少、脅しすぎてしまったかなとファルマは猛省した。神脈を閉じたままだと、領地に戻ってもすぐ神術が使えなくなったことがバレて大貴族の地位を追われて困るだろうし、あの精神状態では平民の薬師としても再起不能だろう、そう思ったファルマは、
「もう牙を抜かれて反省してるだろうし、神脈開きがてら訪ねてみようか」
また、あの場では明かされなかったユーゴーの本当の目的も気になるところだった。
そこでファルマは、慰問を兼ねてユーゴーの領地を訪ねてみることにした。




