4章9話 錬金術師(?) ファルマ・ド・メディシス
「ボヌフォア家の養子とした、雷神術の素養を持つ赤子は元気にしておるのか」
宮廷での定期診察、その際に、女帝がソフィの現況をファルマに確認する。
こう見えて女帝、一児の母なだけあって子供好きだった。
「はい、今日も元気に雷撃を繰り出しています。その電撃も、慣れると気持ちよくなります」
どちらかというと調教されてきたのはファルマとエレンだった。
「ふははは、それは将来有望な神術使いだな」
確かに、ソフィに関しては誘拐の心配はなさそうだった。
泣いた瞬間に誘拐犯が感電してしまうだろうし、感情の昂った彼女の周囲には放電が見える。それがまた派手なので、うかつに近づくものはないだろう。
「早く手合わせがしてみたいものだ、早く大きくならんかのう」
そして気の早い女帝に、ファルマは乾いた笑いを浮かべた。
「陛下のお相手をつとめるには、せめてあと十年はお待ちください」
「うむ、今度ソフィを連れてまいれとエレオノールに伝えておけ」
みすぼらしい捨て子から一転、大帝国の皇帝に目をつけられてしまった0歳児のソフィである。女帝はソフィに雷術使いとして期待をかけているのだろうが、ファルマとしては彼女には穏やかな幼少期を過ごさせてやりたかった。無属性という希少な属性であるために、物珍しげに扱われてしまうことに、神脈を開いたファルマとしては責任も感じる。
「そういえば電撃は攻撃だけでなく、人命救助にも!」
女帝の命令で戦闘的な英才教育を施されてしまってはたまらない、そう思ったファルマは、穏健な能力の活用法をPRした。
「ははは、さすがにそれは買いかぶりすぎというものだぞ。赤子に何ができる」
「というのはですね……」
ファルマは説明を始めた。
一週間前、薬局の近くに平民の老人が行き倒れた。
ファルマが市民に呼ばれて駆けつけたが、既に心停止をして心筋が不規則な拍動を起こし、診眼で視ても真っ赤で、手の施しようもない状態だった。
誰もが彼の命を諦めた時、エレンがソフィをおぶってきていたので、思いついてソフィを下ろし、その小さな手と足を平民の胸にほどよいポジションで置かせ、彼女のワキをくすぐってみた。
すると、何も知らないソフィは大喜びで電撃を放ち、平民は電気ショックで除細動され、さらに心肺蘇生を再開することにより息を吹き返したのだった。
完全にAEDだ……、とファルマは驚いた。
「なにぃ? 心臓の止まった人間を生き返らせた、だとぅ?!」
話を耳にした女帝は玉座から転がり落ちそうになるほど興奮していた。
「そんな神術使いの話は聞いたことがない!」
「厳密には”心臓の止まった”というのは違います。鼓動をやめた心臓ではなく、鼓動が正常でなくなった心臓、というべきです」
ファルマは細かい部分を訂正する。誤解があってはいけない。
心静止と心停止は違って、ソフィの電撃が有効かもしれないのは、心停止の時だ。
「ええい、そんな微妙な違いを言われてもわからん。どうしてそんなことが起こる!」
女帝エリザベートは気が短い。三十秒以上の説明は求められていないのだ。
「私たちの肉体の筋肉は、全て電気信号で動いております。電流を流せば、心臓の信号が整うこともあります」
ふむ……と女帝は考え込んだ。
「まさか、今までに貴族出身で神脈が開かず平民と判定された者ども。無属性だったので見落とされていただけなのでは」
女帝の言葉に、女帝の執務室の中で宮廷人たちと共に話を聞いていたサロモンは萎縮する。
「いやはや面目ない。無属性の鑑定は難しいのです、どの属性でも開かなければ、そのまま見落とされる可能性はありますな」
「もしそうなのだとしたら、無属性の神術使いの神脈を眠ったままにしておくのは帝国にとって大きな損失だ」
「いかにも」
サロモンは同意する。
「ファルマよ、そなたには神術使いの鑑定ができるのか」
「いえ、神脈が見えるだけで、鑑定はできません」
また仕事が増えそうな予感がするファルマである。しかしファルマとしても、彼らの名誉の回復のために協力するのは吝かではなかった。
「神脈が見えるのならば、見てはくれぬか」
「わかりました。やってみましょう。そのあとのことはサロモンさんにお願いします」
女帝は思いついて、帝国中から秘密裡に貴族出身の平民を集めさせた。
日時をずらして宮殿に招かれてやってきた平民たちはのべ三百名を超えたが、ファルマはその中の五名が無属性の神術使いであると見抜き、その場で神脈を開いてみせた。
ファルマは神脈を開けるが、属性の鑑定ができないのでサロモンが鑑定を行うと、無属性の商神、音楽神、時神、旅神、農業神など、ここ数百年見つかっていない非常に珍しい守護神を持つ者が見つかった。彼らは十五歳から四十八歳まで、全員が親から捨てられそれぞれ神殿附属の孤児院に預けられて苦難の人生を歩んでいたが、新しい姓とともに子爵や男爵に叙され、帝都周辺に女帝より直々に封土を与えられることになった。
「探してみるもんだのう、思わぬ宝が見つかった」
女帝はほくほくだった。すぐれた神術使いは帝国の財産である。適材を適所に配することにより、その分野においてすぐれた効果が見込める。
「はい、間接的に神官の神脈発掘能力の低下を指摘されることにもなり、耳の痛いことです。しかしこれを神聖国が知れば……」
サロモンは帝都神殿の神官たちがこの情報をかぎつけないか不安だった。
無属性の神術使いの神脈を発掘し、その神脈を開けるのがファルマだけだというのなら。神殿はますますもってファルマを欲しがるだろう。
「気取られぬようにせねばならん。まったく、あの少年はどれだけ帝国に恩恵をもたらしてくれるのか」
「ありがたいことでございます。ファルマ様の世直しのご計画は、帝国のみにとどまってはおられません」
自らの住処が快適ならばそれでよいというのではなく、ファルマは他国の民のことも考えてやまない。
「まあよい、好きにさせれば」
それが最善だ、と女帝は考えている。
「ぜひ、この調子で平穏にお過ごしいただきたいことですな」
女帝はド・メディシス家の警備を強化していた。
通行人を装い、帝都軍の聖騎士を配備したり、薬局やド・メディシス家に忍び込もうとしていた二ケタではきかないほどの不審者を、ファルマには気付かれないよう捕らえ尋問をし、帝国からたたき出したりもしていた。もちろん、ブリュノも屋敷や大学の警備のために聖騎士を増員し、家族や使用人たちに危害が及ばないよう夜間の巡視を強化させていた。ブリュノのおさめるいくつかの封土のうち、マーセイル領との連携も特に緊密に行っていた。
女帝とブリュノの手回しがあってはじめて、ファルマは一見なにごともなく日常生活を送れているのである。
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「ファルマ様、ごきげんよう」
異世界薬局に調剤薬局ギルドの長、ピエールがやってきた。娘も一緒だ。
木漏れ日薬局のピエールは定期的に、荷馬車をひいて薬局へ薬を仕入れにやってくる。まとめて買い上げて、ファルマの服薬、処方指導を伝えながら各調剤薬局加盟店へと配るのだ。風邪薬や解熱剤などの、日本では薬剤師がいなくても販売できる市販薬や、日々の健康食品、オーラルケア商品、各種生理用品など手広く取り扱っている。
「これ、お前。挨拶をしなさい」
「おや、君は……」
ファルマが声をかけると、ピエールの娘がピエールの背後から顔をだし、ぺこりと一礼した。そして恥ずかしそうにファルマを見る。ピエールいわく、インフルエンザの時にファルマに坐薬を入れられてからというもの、ファルマに複雑な思いをいだいているらしい。ファルマは誰にどんな処置をしたかは覚えているが、あくまで投薬という認識だったので、何故彼女が顔を赤らめているのかぴんとこなかった。
「ええと、飴いる?」
ファルマが飴のビンを持って声をかけると、彼女はさっとピエールの後ろに隠れた。
「ロッテ、手があいていたら三階でこの子とおやつ食べて休憩してて」
「ええっ、いいんですか? どうしてもですか? どうしても!?」
「はいはい、どうしても」
「はーいっ!」
ロッテはスキップしてティーセットを取りに行った。今日はオレンジケーキを焼いていたはずだ。
「どうですか、そちらのほうは」
定期的に開催される調剤薬局ギルドの定例会に、ファルマも時々顔を出すようにはしているが、基本的にギルドの経営はピエールに任せている。
「どの店舗も、右肩上がりの売上でございます。生理用品、オムツ、下着の需要は特に」
「それはよかった。生理用品を扱う店舗には女性薬師を配置してください」
生理用品はデリケートな問題なので、男性薬師からは買いづらいだろう。
「はい、女薬師を一名は雇用するように言ってあります。そしてオムツに関しては、若い騎士の需要が多いです」
鎧を着る場合、簡単に着脱できないので特に重宝するとか。綿素材のオムツも飛ぶように売れているとのことだった。
「ははは……意外ですね。介護用のつもりだったんですが。長時間の着用は控えるように言ってください、衛生面で支障がありますので」
そのあとも、景気の良い話を聞く。最近の調剤薬局ギルドは順調そのものだった。
薬師の登録販売者数も増え、加盟店は軒並み業績好調である。薬価を下げたことにより、帝都民の潜在需要を掘り起こした。調剤薬局ギルド加盟店はきちんと処方のルールを守り、問題を起こすことは少なかった。異世界薬局から仕入れるか、関連工場から買い付ける以外に医薬品の入手経路がないからだ。ピエールやファルマの機嫌を損ねてギルドを脱退させられては困るわけである。
「調剤薬局ギルドは好調なんですね。薬師ギルド加盟店はどうですか?」
「かわいそうなほど客が減っていますね。最初はいい気味に思っていましたが、こうも差がつくと……」
かつてベロンがギルド長を務めていた薬師ギルドは、ファルマが新規に立ち上げた調剤薬局ギルドに大半の薬師を吸収されてしまったとはいえ、新たなギルド長を立ててまだ細々とだが存在する。とはいえ、危険で有毒な薬の取り扱いは女帝の勅令が下り軒並み廃止になったので、扱える薬はハーブやポーション、キノコ類や動植物の干物などの生薬がメインだ。
「そうですか……」
それを聞いて、ファルマも申し訳なく思う。
「伝統薬を愛用する市民もまだいる筈だけど……帝都ではもう、生き残りは難しいかしら」
エレンも同情した。
「経営難の薬店には資金、技術援助をしてあげてください」
調剤薬局ギルドは現代薬や健康グッズを、薬師ギルドは伝統薬を扱うよう、今では棲みわけができている。が、調剤薬局ギルドに客を取られたぶん、薬師たちの実入りは少ない。
「は? はあ、ファルマ様がよろしいのでしたらそのようにします」
敵に塩を送るようなものだが、ピエールからしてみれば、今更売上の差が埋められるとは思わなかった。
「彼らにも生活がありますからね。経営がうまくいかないようなら、俺のところに相談に来るよう言ってください」
ファルマも薬師ギルドを潰したかったわけではなく、庶民が粗悪でいかがわしい薬を高値で売りつけられることがないようにしたかっただけで、むしろファルマと敵対していたギルド幹部たちがごっそりと組織を抜けたあと、個別に異世界薬局を訪れた薬店の店主には、生薬やハーブの効能についてアドバイスをしたり、日々の食卓で使えるレシピ、薬茶の調合法を教えたりもしていた。
「そんな時勢もあってか……もと薬師ギルド所属の薬師の錬金術師が、帝都の錬金術師や薬師たちを集めて、怪しいことをしているようです」
「錬金術師……」
錬金術は、地球においては自然科学のはしりだ。錬金術師たちの膨大な試行錯誤によって化学は発展してきたといってもいい。錬金術師たちによって多くの化合物が発見され、それが創薬に応用されることもある。薬学との相性はよい。
だが、ブリュノは錬金術には否定的だったらしく、ファルマ少年の書棚には錬金術関連の書籍は揃えられていなかった。したがって、ファルマにとってはほぼ初耳に近い言葉だった。
「錬金術師って、えーっと……卑金属から金を取り出すことを究極の目的としているんですっけ。普段は何をしている人たちなんです?」
研究資金はどこから得ているのか、などとファルマは疑問だ。
「あまり商売にならない職業なので、錬金術師自体はそれほど人数は多くありません。普段は、化合物の合成を行って生計をたてています。それを薬師に売ったり、錬金術師が薬師を兼ねていたりもします。ですが、究極のところは人間を不老不死にしたり、金を合成することを目的としています」
「賢者の石があればできると言われているけどね。その存在はお師匠様が否定されたわ」
エレンが口を挟む。
「賢者の石は合成できない、という有名な論文をあなたのお父上、ブリュノ・ド・メディシス尊爵が七年前に発表して以降、国内外の薬師や錬金術師の間では金の合成に絶望的でした。ですが、その錬金術師は賢者の石を合成したというのです」
(この世界にも賢者の石っていう概念があるのか……)
ブリュノの功績を聞きながら、ファルマは”賢者の石”という言葉を聞いて感慨深い。
賢者の石というのは、不老不死の妙薬を作ったり、金の触媒ともなる。薬の中の薬、というイメージだ。勿論、地球上では伝説上のものなのだが。
「なんでも、ホムンクルスの生成に成功したこともあるとか」
(また、錬金術師の心を鷲づかみにしそうな名前が出てきたな)
ホムンクルスは、蒸留瓶の中で錬金術師が作るという人造人間の小人である。
「それを見た人はいるんでしょうか」
もしそんなものがいるのなら、お目にかかってみたいものだ、とファルマは思う。
「いいえ、ホムンクルスの生成には40週以上という時間がかかりますので。すでにできたものを展示しているようですな。おそらくは人の胎児の死体をガラス容器の中に入れて動くように見せかけて見世物にし、その見物料をとっているのではないかと」
見物人たちは、詐欺に遇っているとは気づいていないのだ、とピエールは言う。
「悪質ね……完全に詐欺じゃないの。目的は何なの? 賢者の石といい、ホムンクルスといい、そんなのすぐバレちゃうじゃない」
エレンが嘆かわしいといったように眼鏡をはずす。
「だいたい、生命がガラス瓶の中でなんて育つわけないわ。ファルマ君もそう思うでしょ?」
エレンに同意を求められ、ファルマは困る。
「理論的には、不可能じゃないんだけど」
「また、よくわからないこと言って……」
(受精卵は胚盤胞までなら体外で育つし、生殖工学の話なら話せば長くなるけどな)
むしろそのあたりはファルマの得意分野だったが、話がややこしくなるので口をつぐんでおいた。胚盤胞までは胎盤がなくても育ち、人工胎盤があれば体外で胎児を育てることも理論的には可能で、地球では研究開発も進んでいた。
「その錬金術師は帝都の錬金術師たちを集めて、毎週集会を開いているようです。薬師の1割ほどは錬金術師でもありますので、薬師たちも傾倒しています。ああ、そういえば私も錬金術師でした」
ピエールは錬金術師のバッジを持っていると言った。
「その集会では、どんなことをしてるんでしょう?」
「それは、賢者の石を使って錬金を成功させる様子を実演して見せているようです。あとは、ホムンクルスを見せたりだとか。その秘儀を、薬師や錬金術師が破産するほど高額で売っているのですな」
「その技術を売ったとして、誰か他に成功した人がいるのかしら。失敗する人間が多ければ、気付きそうなものでしょうに」
エレンは胡散臭そうに眉をひそめた。
「それが、成功者がいるのだとか」
「仕込みなんじゃないの?」
その成功者がサクラの可能性もある、とエレンは疑っている。
「その集会の場所、分かります?」
百聞は一見にしかずだ、とファルマは興味を持つ。
「はい。調べはついていますが、集会に参加できるのは錬金術師とその弟子のみです」
「じゃ、俺が錬金術師のピエールさんの弟子ってことにして、一緒に行ってみません?」
「危険ではありませんか。ファルマ様の名は帝都中に知られています、おそらくは、お姿も」
「変装すればいいんですよ」
ファルマは事もなく言った。
「ファルマ君とピエールさんじゃ心配ね。私もついていくわ」
「エレオノール様の名も帝都中に知られておりますな」
「そうなの?」
エレンは尊爵にして宮廷薬師ブリュノの一番弟子という立場を、自覚していなかった。
「じゃ、私が男装して、ファルマ君が女装すればいいんじゃない? それならバレないでしょう」
エレンはノリノリだ。普段、伯爵令嬢としての立ち居ふるまいが求められているだけに、その反動で男装の麗人コスプレをしてみたいようである。
「そんなことしなくても、普通にフード被って覆面していけばいいんじゃないの?」
女装趣味のないファルマは勘弁してほしかった。
「やるなら完璧にやりたいわ、男装よ! ファルマ君は女装ね!」
「エレンは好きにしたらいいよ。俺は断固として女装なんてしないからな!」
こうして、ファルマとエレンは、ピエールと共に怪しい錬金術師の集会に潜入することにした。
「ところで、潜入してどうするのですか?」
ピエールが訊ねる。
「もし、錬金術のからくりを暴けば、その業界から追放できますよね。暴いてみせます」
「少なくとも詐欺師だという証拠が出れば、商売はできなくなるでしょう。しかし、錬金術師の集会の規模はだんだんと大きくなってきているので、やはり信じるに足る何かはあるのでしょう。水銀と硫黄を用いて、金を合成したと聞きます、ファルマ様には勝算がおありで?」
「水銀を使うのは、合ってるんですけどね」
「どういうことなの?」
エレンが耳を疑った。事務作業に精を出すセドリックや他のバイトの薬師らも聞き耳を立てている。
「錬金というか、金の合成は可能なことは可能なんだ。といっても金は原子だから、化合物としてはできない。水銀、つまり原子番号80の原子にガンマ線を照射して、原子核を崩壊させ陽子を剥がせばいずれは原子番号79の金になるよ」
「え?!」
「は!? 錬金は不可能じゃないってことなの?」
エレンとピエールは椅子から立ち上がって大声で叫んだ。エレンは持っていた眼鏡を落として踏みそうになるのを、ファルマがさっとキャッチした。
「もう、また落とす! メガネ落とすなよ」
もはやお約束すぎて、わざとやっているのではないかと疑う。エレンには割れないようにプラスチック製の眼鏡を作ってあげたほうがよいのではとファルマは考えるほどだった。
お茶会をしていたロッテとピエールの娘が、二人が大声を出したので三階から降りてきた。
「どうしましたか?」
「あ、何でもないよ。お茶会続けてて」
ファルマは二人に手を振る。ロッテは口のまわりにケーキの粉がついていたのを恥ずかしそうに拭って三階に戻っていった。
「二人とも落ち着いて。でも、この世界の技術では無理、膨大なエネルギーが必要なんだ」
金を合成できないことはないが、1回の反応でできる金原子は数個もなく、現代の地球の科学技術で小匙1杯ほどの金を合成しようと思えば、とても現実的ではないほどの膨大な電力と時間と予算がかかる。
「そうよねー、びっくりしたわ。ファルマ君が神力で金を合成できるって言ってるのかと思って」
エレンはふう、と落ち着いて着席した。そして眼鏡をかけなおす。
「俺の神力を使って水銀をどうにかしようと思っても、多分エネルギー不足で無理だよ」
「はは、もしもそんなことができるのならば大儲けですな、その秘術を教えていただきたいですよ」
ピエールが冗談めかして豪快に笑う。
「ははは……そんなことできるわけないよ」
ファルマはピエールと一緒になって笑った後で、冷や汗をかく。
あることを思い出したからだ。
(あ、そういや俺、物質創造を使えば金の合成できたわ)
あらゆる物質を左手の能力で創ることのできるファルマは、金のみならずもちろん金属や宝石類などを合成することもできたが、異世界薬局の利益だけで潤沢な資本を有しているので、ちまちま金策に走る必要もなく考えたこともなかったが。
(……そのくくりでいくと、俺も錬金術師かな)
ファルマはある意味、この世界でただ一人の真の錬金術師といえなくもなかった。
「いやー楽しみだな、錬金術。どうやって錬金をするのかな?」
ファルマは不敵な笑みを浮かべる。
「あなたのほうが悪い錬金術師みたいな顔になってるわよ、ファルマ君」
しかしその表情をみて、悪徳錬金術師を手ひどくやり込める気満々だ、とエレンはぞくりとした。




