3章4話 緑内障と宮廷画家ダレ
皇室を示す金の紋章の入った、可愛らしいラッピングのされた宝箱が緊張でカチコチになったロッテの前にコトリと置かれる。
異世界薬局に宮廷からの使者がやってきた。
ある高貴な人物から、ロッテへの贈り物だという。
「陛下からだな」
封蝋のされた立派な封筒には、エリザベートII世の直筆サインがあった。
「陛下から!? 陛下ってどういうことです?」
「皇帝から、ロッテ宛てにだって」
腰を抜かしそうになったロッテが震える手で真紅のリボンとラッピングを解くと、宝箱は二段の引き出しになっている。彼女は緊張しながら上段の引き出しを引っ張り、中を取り出してみた。
「こっ、これはあああっ!? あの、噂のおおっ!?」
ロッテは新大陸でも発見したかのような驚愕っぷりだ。
「何でしょうファルマ様?」
「知らなかったのか」
彼女は物憂げな顔でファルマを見つめた。
「知ってるわけないじゃないですかぁ……私、召使いですよぉ」
ロッテ自身、高級菓子とは縁がなかった。ド・メディシス家のブランシュやファルマにお菓子の給仕をするときに羨望の眼差しとともに、鼻をひくひくさせながら運ぶぐらいだ。ファルマからおすそ分けをもらったり、薬局の従業員となってからは自分の給料で買えるようになったとはいえ、あくまで庶民に手の届くレベルのものである。
「あらら、ロッテちゃんこれはプラリネ・ショコラよ~、おいしいのよね~。あ、狙ってないわよ、ロッテちゃんが大事に食べたらいいわ」
エレンがロッテの肩ごしに、宝石箱の中身を覗きこんだ。大事な一粒を巻き上げるほど、エレンは鬼ではない。
「プラリネ! 知らない言葉ですエレオノール様!」
プラリネ・ショコラとは、一口チョコのことだ。バレンタインデーの時にやり取りされるあの某高級チョコに似たものである。
「下も開けてみますね」
ロッテは二段目の引き出しを引く。すると、円盤状のカラフルな菓子が整列して顔をのぞかせた。
「これはこれは、マカロンだわ。甘くてふわっとしておいしいわよねー」
エレンがロッテの食欲を刺激する。
「えへへ、プラリネにマカロン!!」
ロッテは頬が緩みっぱなしだった。ロッテの褒美にということならお菓子しかない、と進言したのは間違っていなかった、と振り返るファルマである。
「ああっ、これ食べられるんですか? 食べるなんて勿体無いです、宝石みたいなのに!」
ロッテは大切な宝物の入った引き出しを閉めた。はぁ……と残り香を楽しむ。
「お菓子は早く食べたほうがいいよ、マカロンはそんなに日もちしないよ」
ファルマが苦笑する。
「こんなかわいいの、食べるなんて無理ですよう!」
彼女は宝箱にしがみつき、首を左右に振る。
「ていうかロッテちゃん、まず陛下からの手紙を読んだ方がいいんじゃない?」
読み終えたロッテは、手紙を取り落とした。
「私が、きゅ、きゅ、きゅーーーー宮廷画家に!?」
ロッテの声が裏返り、そのまま後ろにひっくり返ってしまいそうだった。召使であった彼女からみた世界一の大国、サン・フルーヴ国皇帝というと、それはもう雲の上の存在だ。その皇帝に請われて一足飛びに宮廷画家に栄達という誉れは、奇跡としか言いようのない出来事だった。
「ロッテは絵の天才じゃないかな!」
常日頃ロッテから持ち上げられているファルマは、お返しとばかりにロッテを誉めそやす。
「きゃー! そんなー! 本当ですかー? 私って天才ですかね!」
多少演技じみていたにもかかわらず、ロッテは真に受ける。
「で、引き受けるの? ロッテちゃん」
「だめです、怖いですよう、宮廷画家なんて……無理ですよう」
「陛下のお誘いを断るほうが怖いと思うけど。それに、断るならこのお菓子、食べないほうがいいと思うよ」
「ぴゃー!」
お菓子と手紙を交互に見比べ、変な声が出たロッテだった。
「もし、宮廷画家に専念したかったら、薬局の手伝いはしなくていいよ」
ファルマは多忙になるであろうロッテを気遣う。ロッテにとって宮廷画家としての抜擢は栄誉だとは思うが、ファルマも手放しで喜んでいるわけではない。名誉ではあるが、ファルマと同じようにしがらみが多くなるだろう。それに、仕事量は激増するに違いない。画家などというクリエイティブな仕事には、終わりというものがないのだ。無限に時間を消費する。
自分を棚に上げてだが、過労は厳禁だ。
「私は薬局のお手伝いは、やりがいがあります。そして陛下からのご依頼も大変な誉れです。もし迷惑でなければ、どちらもお手伝いさせてもらいたいです」
ロッテは屈託のない笑顔で答えた。
「せめて、屋敷の仕事は免除してもらえるように言っておくよ。かけもちなんてできるわけがない」
「いえいえ、お屋敷の仕事も私の務めですから」
彼女には労働という意識がないのだ。
「免除してもらうから、いいね」
「あうう、そんなー。私のやりがいがー」
(こりゃ、ロッテは俺と似た人種かもしれないぞ)
彼女の仕事量を注視しておかなければ、とファルマは警戒を強めるのだった。
…━━…━━…━━…
数日後、女帝への拝謁のため、ファルマはロッテと共に宮廷へ赴いた。
ロッテは、薬局の給料を工面して新品のドレスをあつらえていた。
拝謁の場にふさわしいドレスをということで、高級裁縫店でロッテの母親が身銭を切って値の張るものを手配したようだ。気の利く女帝のことだから後ほど、十分な支度金が下賜されるだろうが。
宮殿へと到着した二人は、女帝の執務室へと通される。
女帝は山積みの書類と格闘しつつ、国務卿ら大臣を侍らせ凄まじいスピードでサインを書いていた。
「陛下、新しい宮廷画家が参りました」
「おお、そなたがシャルロットか」
女帝が執務の手を止め、笑顔でロッテを迎える。
ロッテはスカートを両手で持って頭を下げ、深く腰を落とすお辞儀をする。普段、屋敷で見る彼女のお辞儀より一段と深く丁寧だ。少女ながらに大貴族の召使であるロッテの礼儀作法は洗練されている。
「はい、皇帝陛下。シャルロット・ソレルと申します。このたびは宮廷画家へとご指名を賜り真に光栄にございます。また、素晴らしい贈り物を拝領し、感謝にたえません」
「うむ、そなたの作品には余人を以って替えがたい無垢と曲線美の魅力が凝縮しておる」
「お褒めにあずかり、恐悦至極にございます」
宮廷御用達の美術工房への出入りを許すので、陶磁やタペストリ、ステンドグラスなどの原画を制作して職人にそれを作らせてほしいとのことだった。
「そなたは年若く、無理はさせとうない。気が向いた時にデザインを持ち込んでもよいし、作品の制作は工房でなくともよいぞ」
ノルマではないし、在宅ワークも可能ということだった。かなりの厚遇である。
「陛下にご満足いただける作品の制作に取り組む所存にございます」
ロッテは女帝から宮廷画家のステータスを示す、クロスした絵筆をあしらったバッヂを与えられ胸元につけた。以後は自由に工房に出入りしてよいという。
「緊張しました~! 陛下ってお綺麗ですね、女神様みたいでした!」
執務室を退室したロッテは、はぁ〜と言いながら心臓を押さえていた。心臓がバクバクして血の気が引いていたという。
「緊張してた? なかなかだったよ」
ファルマはほっとする。皇帝の前に出しても恥ずかしくない振る舞いだといって、国務卿も感心していた。引き続き、ロッテは宮殿の敷地内にある宮廷工房の見学に訪れた。ファルマも同行する。
「工房長のユベールだ、しっかり励んでくれ」
若い工房長には歓迎された。
「よろしくお願いいたします」
工房の中では多くの宮廷画家、職人たちが家具、調度品などの依頼品の製作をしている。その中の一人の老画家が、真剣な面持ちで王家の肖像画の制作に取り組んでいた。
「うちの工房の筆頭肖像画家、ダレ男爵だ」
ファルマとロッテが、少し離れた場所から制作の様子を見学している。
「おや」
画家、ダレ男爵はロッテからの熱視線に気付いた。
「シャルロット・ソレルと申します。お上手ですね、生きているみたいです」
圧倒的技量に恐れをなすロッテである。
「なに、上手いだけの肖像画家の代わりはきく」
美化する技量が多少あるだけだな、と彼は賛辞には慣れきっているといった様子で答えた。
しかし、帝国最高の大画家としての地位を得ているからこそ、彼は女帝の肖像を描くことを許された肖像画家なのだと、ロッテは尊敬する。
「お前がシャルロットかね。お前の絵を見たよ」
「はい、ありがとうございます」
「はっきり言うが、お前の絵は稚拙で、お世辞にも上手くはない」
技法も何も勉強したわけでもないロッテは言い返す言葉をもなく、耳まで真っ赤になって羞恥し俯いた。宮廷画家と名乗るにもおこがましい、そんなことはロッテにもわかっている。
「お、仰る通りでございます」
ロッテはすっかり萎縮していた。
「それでよかったのだな」
しかし彼は明るい声で、何かを払拭したように彼女に告げた。
「わしは長年画力の向上に努めてきた。実物と遜色のない絵を求めてきた、だからお前の作品を見て力が抜けたよ。巧拙ではなく、優劣でもない、芸術は自由だということを思い出させてくれた」
女帝の心をとらえたものは、老画家の描いてきたものと正反対だった。
それは彼の人生の全否定のように感じ、彼を初心にかえらせてくれたと自嘲する。
「かといってこの年で、新たな挑戦はできん。この絵は未完のまま、献上をせず引退をしようと思う」
「えっ、それは何故?」
かなり描き進んでいて、ここで諦めるのは勿体無いとファルマもロッテも惜しむ。
工房長も引退するとは初耳だと驚き荒てる。
「わしは悪霊に憑かれてしまったようだからな」
悪霊に憑かれてしまった者の描いた絵を宮廷に飾れば、皇帝に災いを呼びこんでしまうかもしれない。だから、身を引くべきだと彼は言う。
「話を聞かせてください」
以前であれば「そんなまさか」と、一歩引いて聞いていたファルマだが、カミュとの遭遇以来、この世界には本当に悪霊らしきものがいるとわかり、彼の話に傾聴する。
しかし男爵は悪霊憑きだと自称する割りに、ファルマは嫌な気配を感じない。さらにファルマは診眼を使ってみたが、特に異常は見えなかった。そこで事情聴取に戻る。
「たとえばそれは、どんな悪霊なんですか?」
…━━…━━…━━…
ファルマはダレ男爵の話を聞くと、サン・フルーヴ帝都教区の神官長を訪ねた。
神官長はファルマの来訪にテンションが上がりまくり、熱烈な歓迎をみせた。ファルマが神殿を訪れると、聖域が強化されるのだというから、嬉しいのだろう。
「ようこそお越しくださいました。今日はどういったご用件で」
「神官長さんに相談がありまして」
「この私に、ご相談でございますか! ああ、なんと恐れ多い」
神官長と神官たちの感謝の祈祷がはじまったので、長居せず話を手短に切り上げることにした。
「人体が消えたり、現れたり、生首が浮かんでいたり、空間が歪んで見えたりするみたいなんですけど、そういう悪さをする悪霊がいるんでしょうか。男爵には黒い影は見えなかったんですが……」
「いえ、悪霊というのはそういうものではございません」
サロモン神官長はきっぱり否定した。
「多少の悪霊であれば薬神様の聖域で消し飛ばされてしまうでしょうし、凶悪な大悪霊であれば神術使いならば誰の目にも見えます」
「ということは、悪霊じゃないんですね」
「そのはずです」
(じゃ、何が起こってるんだ? 脳の病気じゃなかったしなあ、男爵の気のせい? 疲れて幻覚を見た?)
「あ、そうか。眼病だ」
薬局に戻ったファルマはぽんと手を打った。眼の病気という言葉にロッテが反応する。
「でも、眼の病気でそんな事が起こるんでしょうか」
「人の脳は、見えていない部分を無意識のうちに補うんだよ。実験してみる?」
「何をするんです? 私、目の病気なんですか?」
「ロッテは違うけど、誰でも体験できることだよ」
ファルマは柄物のハンカチの上にファルマの薬師のバッヂと、ロッテの宮廷画家のバッヂを並行に刺し、それをロッテに向けてひらりと掲げる。
「片目を閉じて、目を動かさずにロッテのバッヂを見ていて。ハンカチをゆっくりロッテに近づけていくよ。俺のバッヂが消えるところがあるから」
「ファルマ様のバッヂが消えました!」
「それが”盲点”だ。で、バッヂがあった部分、今どうなってる?」
「ハンカチの柄があります! どうして!?」
「その現象な。ロッテは見えない部分があるのはおかしいと思って、周囲の模様でバッヂの部分の”穴”を埋めたんだ」
「わぁーっ?! 私、絶対そんなことしてないです!」
「無意識にやってることだからな。普段、両目でものを見ている限り、お互いの目が盲点を補い合って完全な像になっているんだ」
「ということは」
ロッテははっと息をのむ。気付いたようだ。
「ダレ男爵も多分、脳の中で同じことをやってる。ただ、その視野の欠けが大きくて認識に齟齬をきたしているんだろうな」
「なるほど……!」
「明日、男爵を薬局に来るように言ってくれないか? 治療を急いだ方がいい」
「悪霊に憑かれたわけではなくて、病気なんですね」
「そうだよ、現時点では憶測だけど」
「男爵は来てくださるでしょうか」
ロッテは不安だった。病気だから来てくださいなどと小娘に言われるのは気分を害さないか、それよりなにより不躾ではないかと。
「俺が手紙を書くよ」
翌日、ロッテがダレ男爵におそるおそるファルマからの手紙を渡した。
彼が手紙を開くと、格子模様の図柄が描かれている。
「何だこれは」
”この格子のどこかが歪んで見えたり、欠けていたら異世界薬局に来てください”
そんな注釈がついていた。
不機嫌な顔をしながら、それでもその日のうちにダレ男爵は薬局にやってきた。
「いったい何が分かるというんだ。最近の薬局は悪霊憑きも診るのか? 神殿に行った方がましだ」
「まあまあ、それも含めての診察です」
ぐちぐちと言っているダレ男爵に対して、ファルマは真正面から診眼を発動する。すると彼の両目にほんの小さく、赤い光が点っていた。光が小さすぎて以前は見落としていたようだった。
ファルマはいくつかの病名を絞り込んでゆく。
「”原発開放隅角緑内障”」
ヒットした。眼圧が上昇することにより目の神経が傷つけられ、視野を失ってゆく目の病気だ。地球では、失明の原因の第2位にあたる。
「男爵、これは緑内障という病気です」
「何だと? 聞いたことがないぞ」
「今名付けましたからね」
ファルマはあらかじめ準備していた道具と拡大視を使って、眼底検査、視野検査を行う。
「左の視野は半分見えています。右はかなり欠けていますね。ほうっておけば段々と欠けていって、最悪の場合失明します」
ファルマは視野検査の結果を彼に見せる。
「なっ、治せるのか? 薬はあるのか? 謝礼ならいくらでも出すぞ」
ダレ男爵は怯えていた。失明したら廃業どころか日常生活もままならない。ファルマはゆっくりと首を左右に振った。
「残念ですが、今の状態よりよくなることはまずありません」
ファルマは治せないことを正直に伝える。診眼でも赤が出ている。
一度死んだ視神経は回復しない。iPS細胞などを使えばまだ可能性は見いだせるが、この世界では実験環境と眼科医がいないので無理だ。早期発見が鍵となる。
「わしはこれから、暗闇の中で生きるのか……ああ、何の神罰だ」
男爵は奈落の底に突き落とされたような、絶望を体現した顔をしていた。
「ですが、薬を使えばこのままで進行を止めることはできます」
「本当か!?」
ファルマは緑内障の進行を食い止め眼圧を下げる目薬を処方して、彼に手渡した。失明は防げると思うが、治療を始めてみなければ薬の効果が出るか分からない、とファルマは説明する。
「残った視野を大切にしましょう」
「ありがとう。わしは残りの余生を、田舎で静かに過ごすことにする」
「薬は取りに来てくださいよ」
「ああ、分かった」
ダレ男爵は薬袋を持ってファルマに懇ろに礼を述べた。そのくたびれた後ろ姿に、ファルマは言葉を投げかける。
「あの。男爵。引退せずにそのままの世界を描いてみればいいのではないでしょうか、あなたは悪霊に憑かれてはいませんから」
「そのままの世界が見えていないのだ、どうして肖像画など描けようか」
彼の画家生命はもう閉ざされてしまったと、彼は自分の可能性に見切りをつけてしまっている。口から出るのは溜息ばかりだ。
「肖像画ではなくて、変容した世界を描けばよいのではないでしょうか」
ファルマはふと思いついて、提案してみた。
「あなたが手に入れた新たな世界を、キャンバスに起こしてみてはどうでしょう」
ファルマに励まされ、男爵は制作意欲が湧いてきた。
「……自信がないが……目が見えるうちに試してみよう。後悔はしたくない」
というのもひょっとすると、肖像画は描けなくなったとしても、現代美術として価値があるのではないのかとファルマは考えたのだ。
完成したダレ男爵の作品は、女帝に献上された。
しかし男爵は、その絵に価値が生まれるとは思っていなかった。それでも彼の魂を込めて、今の彼が表現できる精いっぱいの、画家人生の集大成といえる作品を女帝に捧げた。
駄作だと罵倒される恐怖に震えながら、男爵は平伏しつつ女帝の言葉を待った。
作品と対峙した女帝は、暫くの間無言で鑑賞していた。そして最後に一つ、唸った。
「面白いではないか」
それは、賛辞なのか罵倒なのか分からないコメントだった。
「この絵は理解できぬが、心を揺さぶられる。どこかで見たことのあるような、それでいて斬新な世界観だ。嫌いではない、いや、むしろよいではないか」
女帝は作品に釘づけになっていた。
そこにあったのは、現実がふとした瞬間に非現実と繋がってしまったかのようなインパクトを持つ、現実にはありえないオブジェクトの組み合わせ、デペイズマンと地球では呼ばれるであろう技巧によって描かれた絵画、新たな芸術だった。
その後、宮廷肖像画家を引退したダレ男爵は、宮廷画家として引き続き召し抱えられた。彼は宮廷の手厚い庇護を受けてキャンバスの中に夢の世界のような異空間を映し出す、非現実的なアートの制作に取り組んでゆく。それは時に歪んだ空間であったり、デフォルメされた人体であったり、全く異質のもの、異なる概念の組み合わさった、常識を打ち破るアートであった。
その斬新な表現手法は不思議な魅力を持ち、国際サロンを席巻し、ダレ・ムーブメントとなった。個展は連日客が押し寄せ、大盛況である。そして彼の個展には、ロッテがデザインし職人に作らせた陶磁、工芸品なども共に展示され、同様に好評を博した。
「ファルマ殿には本当にお世話になった。この成功もあなたのおかげだ、ぜひこれをおさめてほしい」
そんな手紙と共に、時価総額にして大変な額になるであろう彼の300号寸法の油彩が、メディシス家に届けられた。掛布を取ると、そこには、誰かの夢の中の世界をそのまま映しとったような空想的な絵が描かれていた。超大作だ。
「あ、ありがとうございます。父も喜ぶでしょう」
特大サイズなので、玄関に飾るしかない。
「うーん、この感じ……」
(なんか見たことあるんだよな、この画風。マグリッドとかダリとか、あんなの)
メディシス家の玄関に飾られることになったダレ男爵のシュールすぎる、少々とは言えないほどグロテスクだが、ダレの心の向くまま描かれた素朴な作品を眺めながら、ひょっとすると、彼はこの世界におけるシュルレアリスム的画法の先駆けなのではないかと考えるファルマだった。
あまりに個性が強すぎたからか、ロッテとブランシュは夜中、玄関の絵の前を通れなくなったという。




